フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
荒れ果てた大地の中央で、ブロリーの黄緑色の気が再び膨れ上がった。ブラスターメテオによって周囲の山も森も原形を失い、足元には巨大なクレーターがいくつも口を開けているというのに、その破壊の中心に立つ本人だけは疲労の色すら見せていない。
「ここがお前たちの死に場所だ!」
ブロリーが両腕を広げると、全身から噴き出した気が空へ向かって燃え上がった。圧力だけで大地が沈み、周囲の岩が一斉に浮かび上がって、そのまま細かな破片へ砕けていく。
ベジータは我儘の極意を維持したまま、紫色の気をさらに高めた。先ほど受けたダメージは決して軽くないが、目の前の相手へ背を向けるという選択肢だけは最初から存在していない。
「はあああああっ!!」
ベジータが真っ先に飛び込んだ。右拳、左のボディーブロー、肘、膝、回し蹴りをほとんど途切れさせずに繋ぎ、ブロリーへ息をつく暇すら与えない。
しかし、一発も当たらなかった。ブロリーは大きく動くことすらせず、首を傾け、上体を僅かに逸らし、必要な時だけ半歩ずれるだけでベジータの連撃を全て外していく。
「何だと……!」
ベジータがさらに速度を上げたところへ、別方向からブラックフリーザが割り込んだ。ブロリーの意識がベジータへ向いている隙を狙い、死角から後頭部へ全力の蹴りを放つ。
「背中がお留守ですよ!」
ブロリーは振り返らなかった。身体を僅かに沈めてフリーザの蹴りを外し、その姿勢のまま正面から飛んできたベジータの拳まで首を傾けるだけで避けてみせる。
「随分と余裕じゃねえか!」
今度はサイタマが加わった。三方向から、我儘の極意ベジータ、ブラックフリーザ、そしてサイタマの攻撃がほとんど同時にブロリーへ襲いかかる。
それでもブロリーは崩れなかった。フリーザの拳には掌を合わせ、ベジータの蹴りを腕で逸らし、サイタマの一撃だけは身体を捻って射線から外す。
「邪魔だ!」
ブロリーの左腕が大きく薙ぎ払われた。サイタマは咄嗟に両腕を上げて受けたものの、それだけで身体ごと数百メートル先まで弾き飛ばされ、岩盤を何度も削りながらようやく止まる。
「サイタマ!」
ベジータが一瞬だけ横目を向けた。そのわずかな意識の逸れを、ブロリーは見逃さなかった。
「消えろっ!!」
ブロリーの拳がベジータの腹部へ突き刺さった。鈍い音がした直後、我儘の極意を纏った身体がくの字に折れ、ベジータの目が大きく見開かれる。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされなかったことが、むしろ一撃の重さを物語っていた。衝撃のすべてが体内へ叩き込まれ、ベジータはその場で両膝を地面へつく。
「が……あ……!」
我儘の極意は、ダメージすら闘争心と力へ変える。しかし今の一撃は、闘争心へ変換する以前に身体の機能そのものを止めかねないほど重かった。
「どうした?」
ブロリーは膝をついたベジータを見下ろし、口元を歪めた。相手が立てない姿を見ること自体を楽しんでいるような笑みだった。
「破壊神の真似事は終わりか?」
「……貴様……!」
「そちらばかり見ていると危ないですよ」
フリーザが大きく距離を取った。両手の十本の指先に赤い光が灯り、そのまま間髪入れずデスビームの乱射へ移る。
「ホーッホッホッホ! これはどうです!」
赤い閃光が無数の角度からブロリーへ襲いかかった。頭、胸、関節を狙う軌道へ、あえて外側を通して回避方向を潰す射線まで混ぜた、精密な連続射撃だった。
「無駄だ!」
ブロリーも両手を突き出した。黄緑色の気弾が大量に放たれ、デスビームと空中で次々に激突する。
赤と緑の光が交差し、無数の爆発がブロリーとフリーザの間を埋め尽くした。膨れ上がった黒煙が一瞬だけ互いの視界を遮り、その瞬間を狙ってサイタマが上空から落下してくる。
「今度こそ――」
サイタマが拳を構えた。しかしブロリーは頭上へ視線を向けるより先に、片手へ巨大な気弾を作り出していた。
狙いはサイタマではなかった。ブロリーは視線すら向けず、その気弾をブラックフリーザへ投げつける。
「……!」
フリーザは即座に危険を察した。今の自分でも正面から受ければ無事では済まないと判断し、攻撃を中断して横へ大きく回避する。
黄緑色の巨大弾はフリーザのいた場所を通り抜け、そのまま遥か彼方の岩山を呑み込んだ。遠方で巨大な光が膨れ上がり、山体のほぼすべてが一瞬で消滅する。
その間にもサイタマは落ちてきていた。拳を振り下ろす寸前になって、ようやくブロリーが顔を上げる。
「マジ殴――」
「遅い!」
ブロリーが下から頭を突き上げた。サイタマの拳とブロリーの額が正面から激突し、凄まじい衝撃音とともにサイタマの腕が大きく跳ね上がる。
「ぐっ!?」
それまでサイタマの拳を受ける側だったブロリーが、今度は頭突きだけで攻撃そのものを押し返した。体勢を崩したサイタマへ、間を置かず回し蹴りが飛ぶ。
「があっ!」
蹴りが脇腹へ直撃し、サイタマは横方向へ吹き飛ばされた。その身体が荒野を削りながら遠ざかる間にも、ブロリーはすでに次の標的へ視線を移している。
巨大な気弾を避けたフリーザは、回避のために身体を大きく捻ったままだった。ブロリーはそこへ間を置かず、さらに三発の大型気弾を次々と投げつける。
「しつこいですね!」
一発目をかわし、二発目も身体を沈めて避ける。三発目で大きく姿勢を崩し、続く四発目が真正面から迫った。
「これは……!」
フリーザは両腕を交差させた。直後、巨大な爆発がブラックの身体を完全に呑み込み、防御の上から凄まじい衝撃を叩きつける。
「ぐあああああああっ!!」
防御そのものは間に合ったが、爆発の圧力までは殺しきれなかった。ブラックフリーザは爆炎とともに数キロ先まで吹き飛ばされ、遠くの岩山へ突っ込んで姿を消す。
ブロリーはその方向を確認すらしなかった。足元には、まだ腹を押さえながら立ち上がろうとしているベジータが残っている。
「次はお前だ。サイヤ人は簡単には死なさんぞ」
「……!」
ベジータが顔を上げた瞬間、ブロリーの蹴りが顎を捉えた。身体は真上へ跳ね上がり、そのまま遥か上空へ飛ばされていく。
「ぐっ……!」
ブロリーは両掌を空へ向けた。無数の黄緑色の気弾が、打ち上げられたベジータを追うように発射される。
「くそったれが!」
ベジータは空中で身体を捻った。一発目をかわし、二発目を弾き、三発目の横をすり抜ける。
だが数が多すぎた。いくつかの気弾が周囲で爆発し、その余波で姿勢が崩れたところへ残りの光弾が一斉に殺到する。
「ぐあああああっ!!」
上空に巨大な爆炎が広がった。紫色の気が一瞬完全に見えなくなり、地上からはベジータの姿を確認することすらできない。
「まだだ……!」
煙の中からベジータが飛び出した。戦闘服はさらに破れ、額と口元から血を流しているが、それでも我儘の極意を保っている。
しかし、逃れた先にはブロリーがいた。いつ追いついたのか分からないまま、巨大な身体がベジータの真正面へ現れる。
「……うおおああっ!!」
ブロリーの右腕が横へ伸びた。ラリアットがベジータの首元へまともに入り、身体が凄まじい勢いで横方向へ持っていかれる。
ブロリーはそのままベジータを腕へ引っかけた状態で飛行した。前方には巨大な岩盤が立ちはだかっていたが、それを避けるどころか速度をさらに上げていく。
「きさ――」
言い終えるより早かった。ベジータは背中から岩盤へ叩きつけられ、轟音とともに岩壁全体へ放射状の亀裂が走る。
「がああああああっ!!」
それでもブロリーは止まらなかった。腕を押しつけたままさらに岩盤の奥へベジータを押し込み、巨大な岩山を内側から破壊していく。
やがて岩壁全体が耐えきれず崩れ落ちた。ブロリーが腕を離すと、ベジータは大量の瓦礫の中心へ力なく倒れ込む。
紫色の気が急速に消えていった。我儘の極意が解除され、髪も普段の黒へ戻ったまま、ベジータは完全に動かなくなった。
「ベジータ……!」
離れた場所で体勢を立て直したサイタマが、その光景を見て拳を握った。
「ブロリー」
サイタマはゆっくり立ち上がった。破れたスーツについた土を払うこともせず、正面の巨体だけを真っ直ぐ見据える。
「手加減なしだ」
「ほう?」
ブロリーが振り向くより早く、サイタマが間合いを消した。
「連続マジ殴り!」
最初の拳が胸へ直撃した。続いて腹、頬、顎、脇腹へと、これまでなら一発で戦況を決めかねないマジ殴りが間断なく叩き込まれていく。
凄まじい衝撃波が連続して発生した。大地は何重にも抉られ、遠方の山まで振動し、雲さえ衝撃で円形に散っていく。
それでもブロリーは前へ歩いた。両腕を下げたまま防御すらせず、サイタマの拳を真正面から受けながら、一歩ずつ距離を詰めてくる。
「……え?」
サイタマの拳が頬を捉えた。ブロリーの顔が少し横を向いただけで、次の瞬間には何事もなかったように正面へ戻る。
「…!」
胸へ入った拳で身体が数センチだけ揺れた。しかし歩みは止まらず、目立った傷も増えていない。
「フッフッフ…」
次の拳が腹へ入った。ブロリーは呼吸すら乱さず、むしろサイタマの攻撃を浴びるほど笑みを深くしていく。
サイタマは殴り続けながら、初めて自分から後退し始めた。拳を打つたびに自分の方が一歩ずつ下がり、それでもブロリーの巨体は同じ速度で迫ってくる。一撃必殺の拳が吹き荒れる海の中を散歩でもするかの如く。悠々と歩いてくる。
「……!!」
ブロリーはサイタマの拳をもう一発顔面へ受けた。その衝撃を確かめるように首を一度鳴らすと、いやらしい笑みを浮かべながらサイタマに告げた。
「何なんだ、今のは?」
「……!」
直後には残虐な笑みへ変わり、巨大な両手がサイタマの肩を掴む。
サイタマが振りほどくより早く、ブロリーは自分の身体を後方へ倒した。同時に右脚を跳ね上げ、サマーソルトの要領で腹部へ蹴りを叩き込む。
「があっ!!」
サイタマの身体が弓なりに折れた。そのまま上空へ蹴り飛ばされ、何度も回転しながら数百メートル先まで飛んでいく。
それでもサイタマは空中で無理やり身体を捻った。どうにか足から地面へ着地したものの、膝は深く沈み、呼吸も一瞬止まりかける。
そこで背後に倒れている人影へ気づいた。ブロリーの攻撃を受けて意識を失ったタツマキが、少し離れた大地へ横たわったまま動いていない。
「……!」
ブロリーも同じものを見た。やがてサイタマとタツマキを交互に見比べ、何か面白いことを思いついたように口元を吊り上げる。
「サイタマとか言ったな!」
「…何だよ」
「そこの女がかわいいか!?」
「……は?」
ブロリーは片手をタツマキへ向けた。掌の前に黄緑色の光がいくつも生まれ、それが見る間に数を増やしていく。
「おい」
サイタマの表情が変わった。自分を狙う時とは違う、明らかに嫌なものを見る目だった。
「やめろ」
「ハハハハハハハハ!!」
無数の気弾がタツマキへ向かって放たれた。
「やめろっつってんだろ!」
サイタマは即座に駆け出した。タツマキの前へ滑り込むように立ち、両腕を交差させて全ての光弾を自分の身体で受け止める。
「ぐっ!」
爆発が連続した。最初の数発だけでも地面が大きく陥没し、十発、二十発と重なるにつれてサイタマの身体が少しずつ後方へ押し込まれていく。
背後には意識を失ったタツマキがいる。いつものように攻撃を避ければ、そのまま全ての光弾が彼女へ降り注ぐ。
「この……!」
サイタマは足を地面へ食い込ませた。何発食らっても避けず、腕を下ろさず、その場から一歩も動こうとしない。
「ちょっとは手加減しろ!」
ブロリーは一瞬だけ攻撃の手を止めた。首を傾げながら、言葉そのものが理解できないという顔をする。
「手加減?」
サイタマが荒い息を吐く中、ブロリーは笑いながら考え込むような間を置いた。やがて答えを見つけられなかったのか、楽しそうに言う。
「手加減って、何だ?」
「この野郎……!」
「ハハハハハハハハ!!」
再び気弾の嵐が始まった。今度は先ほどより出力も密度も増し、無数の黄緑色の光がサイタマだけを執拗に叩き続ける。
「ぐああああああっ!!」
スーツがさらに破れ、腕が下がりかける。それでもサイタマは歯を食いしばり、もう一度両腕を持ち上げた。
「まだ……だ」
爆発が重なるたびに足元の地面が削れていった。やがてサイタマの膝が地面へついたが、それでも身体だけはタツマキの前から動かさない。
「ハハハハハハハ!」
ブロリーは両手をさらに前へ突き出した。最後に一際大きな光弾が形成され、そのままサイタマの胸へ直撃する。
「がっ……!」
大爆発が起こった。煙が晴れた時、サイタマはタツマキのすぐ前へ倒れていたが、最後まで彼女を庇う位置だけは変わっていなかった。
「終わったな」
ブロリーは倒れた二人をしばらく見下ろした。やがて興味を失ったように鼻を鳴らし、ゆっくりと背を向ける。
「所詮、クズはクズなのだ」
黄緑色のオーラが再び燃え上がった。ブロリーの高笑いだけが、壊滅した大地へ長く響き続ける。
◇
戦場から遥か離れた場所まで逃げてきても、パラガスの耳には轟音が届いていた。ターレスたちが使用していた宇宙船の近くまで辿り着きながら、何度も背後を振り返っては顔を引きつらせる。
「はあ……はあ……!」
遠い空が何度も光っていた。地面も絶えず震え続け、これほど距離を取ったというのに、ブロリーの気は肌へ直接触れるように感じられる。
「もうこの星だけの話ではない……」
パラガスは乾いた唇を舐めた。自分が育て、制御し、武器として利用してきた息子が、完全に自分の理解を越えた存在へ変わったことを認めざるを得なかった。
「このままでは銀河すら終わる……!」
しかし、パラガスはこうなる可能性をまったく想定していなかったわけではない。だからこそブロリーを戦わせるたび、万が一の時には自分一人だけでも脱出できる準備を欠かさなかった。
宇宙船の裏側に隠された小型ハッチを開くと、その内部から球形に近い一人用の宇宙ポッドが姿を現した。大気圏突入にも耐え、多少の墜落程度では傷一つ負わない頑丈な脱出艇である。
「これさえあれば……」
パラガスは急いでポッドへ乗り込んだ。座席へ身体を滑り込ませ、ハッチを閉じると同時に起動装置へ手を伸ばす。
「すまんな、ブロリー」
震えていた顔に、ようやく僅かな安堵が戻った。
「お前は強すぎた。だが俺まで付き合って死ぬ理由はない」
エンジンが低い音を立てて始動した。パラガスは発進操作へ手をかけ、あとは上空へ飛び出すだけというところまで準備を進める。
「これで――」
操縦席の窓の向こうに、何かが見えた。最初は遠くの岩かと思ったが、それはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「……?」
荒野の向こうから、一人の男が歩いていた。巨大な身体、逆立った黄緑色の髪、そして周囲を染め上げる黄緑色の気が、見間違える余地を奪う。
「あ……あ…!!」
パラガスの顔から安堵が消えた。喉が引きつり、指先まで震え始める。
ブロリーだった。
急いでいる様子はない。走りもせず、飛びもせず、ただゆっくりと歩いてくる。
それが余計に恐ろしかった。逃げられるものなら逃げてみろと、わざわざ時間を与えられているようにしか見えない。
「飛べ!」
パラガスは発進装置を叩いた。
「早く飛べ!」
エンジンが最大出力へ移行し、ポッドが地面から浮かび上がった。あと数秒もあれば、そのまま上空へ飛び去れるはずだった。
しかし、機体が急に止まった。エンジンは唸り続けているのに高度が上がらず、機体そのものが空中へ固定されたように動かない。
「な……?」
何かに掴まれている。パラガスは嫌な予感を覚えながら、ゆっくり窓の外へ目を向けた。
巨大な手が、ポッドの外装を掴んでいた。窓のすぐ向こうでは、ブロリーが笑っている。
「どこへ行くんだ?」
「ブ……ブロリー……!」
パラガスの歯が震えた。喉から声が出ず、何度も口を開閉した後、ようやく言葉を絞り出す。
「お、お前と一緒に避難する準備だ……!」
ブロリーの笑みが深くなった。
ブロリーはポッドを一度眺めた。続いて、窓の向こうにいるパラガスへもう一度視線を戻す。
「一人用のポッドでか?」
「……!」
パラガスの顔が完全に固まった。
「ち、違う! ブロリー、聞け!」
ブロリーの指に力が入った。直後、頑丈な外装から耳障りな金属音が響く。
「待て!」
ポッドの装甲が目に見えてへこんだ。大気圏突入の摩擦にも、着陸時の衝撃にも耐える特殊装甲が、ただの握力だけで紙細工のように歪んでいく。
「待て、ブロリー!」
さらに指が食い込んだ。窓が歪み、内部の空間がゆっくりと狭くなっていく。
「やめろ!」
パラガスが操縦席の中で暴れた。だが、外へ逃げるためのハッチまで変形し、すでに開くことすらできない。
「ブロリー!」
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
ブロリーは両手でポッドを掴み、そのまま頭上へ持ち上げた。さらに両側から力を込めると、頑丈な機体が悲鳴のような金属音を上げながら徐々に押し潰されていく。
「ぐ……!」
壁が迫ってきた。座席も曲がり、パラガスは身体を動かす余裕さえ失っていく。
「やめろおおおおっ!」
パラガスは絶叫した。目の前には、自分が長年道具として扱ってきた息子の笑顔がある。
「親が……子に殺される……!」
ブロリーは何も答えなかった。むしろその言葉を聞いて、さらに両腕へ力を込める。
「これも……サイヤ人の定めか……!」
「おおおおおおおおおおっ!!」
ブロリーが咆哮した。次の瞬間、ひしゃげたポッドを頭上から思い切り投げ放つ。
機体は凄まじい速度で空へ飛んだ。数秒で雲を突き抜け、そのまま大気圏外へ向かって一直線に遠ざかっていく。
「…!!」
パラガスの声は急速に小さくなった。やがてポッドは光の点となり、そのまま宇宙の闇へ消えていく。
ブロリーはしばらく空を見上げていた。やがて口元へ笑みを戻すと、両腕をゆっくり広げる。
「銀河が終わる?」
先ほどパラガスが漏らした言葉でも聞いていたかのように、ブロリーは低く笑った。黄緑色の気が再び膨れ上がり、その圧力で周囲の地面がめくれ上がっていく。
「フフ……この俺が、銀河の破壊程度で満足するとでも思っているのか?」
ブロリーの気が大きく脈打った。巨大な岩石が次々と空へ舞い、その中心で伝説の超サイヤ人だけが愉快そうに笑い続けていた。
◇
どれほど意識を失っていたのか、ベジータには分からなかった。最初に戻ってきた感覚は背中を焼くような痛みで、その次に鉄臭い血の味と、遠くで何かが崩れる轟音が耳へ届いた。
「……ぐっ」
身体を起こそうとした。腕へ力を込めた瞬間、それだけで全身に激痛が走り、肘が震えて再び地面へ落ちる。
立てなかった。
その事実に、ベジータ自身が最も驚いた。身体へ力を入れようとしても脚は反応せず、指先にまで重い痺れが残っている。
「く……そったれ……」
もう一度力を込めた。それでも膝すらまともに立たず、わずかに持ち上がった上体が再び瓦礫の上へ沈む。
問題は身体だけではなかった。もっと原始的で、もっと認めたくない感覚が、胸の奥から這い上がってくる。
勝てないという確信だった。
あれには勝てない。戦い続ければ殺されるから、もう立つなとサイヤ人として鍛え上げてきた本能そのものが囁いている。心の中で、もうだめだ。おしまいだ。そういう弱音がこだましていた。
「……黙れ」
ベジータの指が大地を掴んだ。爪が割れるほど力を込め、土を握り潰す。
「黙れ……!」
頭の奥に、何度も見てきた一人の男の姿が浮かんだ。
カカロット。
腹立たしく、単純で、戦うことしか頭にない男だった。それでも、ベジータが唯一ライバルとして認めた男でもある。
何度絶望的な敵が現れても、カカロットは諦めなかった。自分より遥かに強い相手を前にしても、倒されれば立ち上がり、限界に届けばさらにその先へ進もうとした。
もしカカロットがここにいたならどうするのか。勝てないからと地面へ寝転がり、そのまま敵に背中を向けるような男ではないことだけは、誰よりベジータが知っている。
「……あの馬鹿が」
腕へ少しだけ力が戻った。そこで今度は、もう一人の姿が脳裏へ浮かぶ。
未来から来たトランクスだった。
何もかもを奪われた未来で、それでも希望を捨てなかった自分の息子。仲間を失い、師を失い、母を守りながら、絶望しか残されていない世界で剣を握り続けた男だった。
そんな息子を持つ自分が、たった一度叩きのめされた程度で這いつくばったまま終われるのか。ベジータには、それだけは死んでも認められなかった。
「ふざけるな……!」
ベジータの身体から紫色の気が僅かに漏れ始めた。腕が動き、震えていた膝が少しずつ身体を支え始める。
何度か崩れそうになりながら、それでも身体を持ち上げた。最後にベジータの脳裏へ浮かんだのは、悟空でもトランクスでもなく、自分自身だった。
サイヤ人の王子。
惑星ベジータの誇り。
数え切れない敗北を味わい、何度屈辱へ叩き落とされても、その誇りだけは最後まで捨てなかった男だった。
「サイヤ人の王子であるこの俺が……サイヤ人に負けるはずがない!!」
ベジータは立ち上がった。膝はまだ震え、額から流れた血が頬を伝っていたが、それでも自分の脚で大地を踏み締めている。
「俺が――サイヤ人の王子、ベジータだああああああっ!!」
紫色の気が一気に爆発した。我儘の極意が再び身体を包み、完全な状態には程遠いながらも、先ほど地面へ倒れていた男とは明らかに違う圧力を放ち始める。
「さすがサイヤ人ですね」
遠くから声が聞こえた。
声の主はブロリーではなかった。瓦礫の山からブラックフリーザが姿を現し、こちらも傷だらけになった身体を引きずるように立ち上がっている。
「誰が貴様に褒められたいと言った」
「相変わらず可愛げのない方です」
フリーザは口元の血を手の甲で拭った。次の瞬間には黒い気を爆発させ、一気にブロリーへ向かって飛ぶ。
「ホーッ!」
ブラックフリーザの拳がブロリーの頬へ入った。巨体が僅かに揺れると、今度はブロリーの拳が唸りを上げて返ってくる。
フリーザはそれを紙一重でかわし、脇腹へ蹴りを叩き込んだ。ブロリーは腕で受け、そのまま反撃を返すが、フリーザも身を翻して攻撃線から逃れる。
二人の間で、再び至近距離の攻防が始まった。ブラックフリーザの戦闘技術はまだブロリーより明確に上で、速度についても完全には追いつかれていない。
ブロリーの拳を紙一重でかわし、その開いた脇腹へ打ち込む。後頭部へ蹴りを入れ、顎へ掌底を突き上げ、反撃を受ける前に間合いから外れる。
「悪くないが…」
ベジータは遠くから戦況を見た。ブラックフリーザなら、少なくとも今すぐ一方的に倒されることはない。
だが、長くは持たない。
そのことも分かった。
ブロリーの最大の異常性は、現在の戦闘力ではない。戦っている間にも際限なく伸び続ける、常識外れの成長速度こそが最も厄介だった。
数秒、数十秒と戦うだけで追いついてくる。追いついたと思えば、次には相手を越えるところまで強くなる。
実際、今もフリーザの攻撃をかわす回数が増えていた。先ほどまでは一方的に受けていた拳へ反応し、次第に自分から割り込むようになっている。
ブロリーの拳がブラックフリーザの頬を掠めた。続く一撃は腕で受けさせ、さらに次の攻撃では互いの拳がほぼ同時に顔面へ入る。
「……やはりか」
ベジータは歯を食いしばった。このまま正面から殴り合いを続ければ、いずれフリーザも押し切られる。
「おい」
横から声がした。ベジータが顔を向けると、少し離れた瓦礫の向こうからサイタマがよろめきながら歩いてくる。
「……サイタマ」
サイタマも立っていた。スーツはぼろぼろで全身に傷があり、一歩進むたびに身体が僅かにふらついている。
「まだ立てるのか」
「そっちこそ」
「俺を誰だと思っている」
「ベジータ」
「そういう意味ではない!」
サイタマが少しだけ笑った。しかしすぐに表情を戻し、遠くでブラックフリーザと打ち合うブロリーへ視線を向ける。
「で、あれどうする?」
ベジータはすぐには答えなかった。ちょうどブラックフリーザがブロリーの拳をかわし、脇腹へカウンターを叩き込んだところだった。
攻撃は当たっている。それでもブロリーは止まらず、次の瞬間にはさらに鋭い拳でフリーザを後退させている。
「このまま続ければいずれ負ける」
「…だろうな」
サイタマも否定しなかった。自分の連続マジ殴りを正面から浴びながら歩いてきた相手だけに、その判断へ異論はない。
「オレも正直かなりきつい」
「だろうな」
「なんかお前が言うと腹立つ」
「黙れ」
ベジータはしばらくブロリーを見つめた。倒せない相手をどう倒すかではなく、倒さずに戦いを終わらせる方法へ思考を切り替える。
やがて一つの可能性が浮かんだ。確実とは言えず、やったことのない方法だが試す価値はある。
「サイタマ」
「ん?」
「手を貸せ」
サイタマが首を傾げた。
「…何かあるの?」
「ああ」
ベジータの目が鋭くなった。ブロリーの力も、耐久力も、成長速度も、正面から上回ることだけを考える必要はない。
「奴を倒す必要はない」
「どういうこと?」
ベジータはサイタマへ顔を向けた。口元には、ようやく小さな笑みが戻っている。
「倒さなくても、勝つ方法はあるということだ」
サイタマの目が僅かに見開かれた。何をするつもりなのか分からないまま、それでもベジータの顔が冗談を言っているものではないことだけは理解する。
遠くではブラックフリーザとブロリーが再び激突した。衝撃波が大地を裂き、空気を震わせるたびに、フリーザが持ちこたえられる時間が減っていく。
「一度しか言わん。よく聞け」
「…分かった」
二人は並んでブロリーを見据えた。残された時間が少ないことを理解しながら、ベジータは思いついた策をサイタマへ話し始めた。