フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
「ヤツをこの次元がら追い出す」
荒れ果てた大地の片隅で、サイタマはベジータの言葉を聞き返した。スーツはところどころ破れ、全身にはまだブロリーから受けた攻撃の痛みが残っているが、それ以上にベジータの話がまるで理解できない。
「…次元から追い出す?」
「そうだ」
「……どういうこと?」
サイタマは眉を寄せたまま首を傾げた。敵を殴って遠くへ飛ばすという話なら分かるが、次元から追い出すと言われても、何をどうすれば実現するのか想像すらできない。
「簡単に言えば、この世界の外へ奴を放り出す」
「意味わかんないんだけど」
ベジータが説明を始めようとしたところで、少し離れた岩盤が大きく弾けた。黒い気をまとったフリーザが大量の瓦礫を吹き飛ばして姿を現し、口元の血を手の甲で拭いながら二人のところへ飛んでくる。
「随分と楽しそうに相談していますね」
フリーザは着地すると、ブロリーから視線を外さないまま言った。ブラックの姿こそ維持しているものの、全身には先ほどまでなかった傷が増え、呼吸にも僅かな乱れが見える。
「ちょうどいい。貴様も聞け」
「わたしに命令しないでください」
「いいから」
サイタマが間へ入ると、フリーザは露骨に嫌そうな顔をした。それでも遠くからブロリーがこちらへ歩き始めているのを確認し、小さく息を吐いて腕を組む。
「……仕方ありません。手短にお願いしますよ」
ベジータは二人を見回した後、遠くのブロリーへ視線を向けた。伝説の超サイヤ人となった男の気は一度も下降しておらず、戦闘が途切れている今でさえ、わずかずつ膨れ続けている。
「奴には勝てん」
フリーザの眉が僅かに動いた。ベジータが自分の口から敗北の可能性を認めること自体、滅多にない。
「このまま正面からやり合えば、いずれ全員押し切られる。奴は戦えば戦うほど強くなるからな」
「…忌々しいですが、そうでしょうね」
フリーザは不機嫌そうにブロリーを見た。ブラックへ変身した直後は技術と速度で優位を取れていたはずなのに、戦闘が長引くほどその差を凄まじい速さで埋められている。
「だから倒すことを考えるのはやめる」
「じゃあ、どうするんだ?」
「さっき言っただろう。この時空から追い出す」
サイタマは依然として分かっていない顔をしていた。フリーザも腕を組んだまま、具体策を話せというように顎を僅かに上げる。
「具体的には?」
「時空そのものに穴、もしくは裂け目を作る。そこへ奴を叩き込む」
さすがのフリーザも数秒ほど黙った。やがて半ば呆れたような表情で、ベジータを見る。
「そもそも、そんなものが都合よく作れるのですか?」
「さあな。だが、前例はある」
ベジータは目を細めた。自分の記憶の中に残る、二つの異常な出来事を順番に思い返す。
「俺は以前、時空が裂けるところを二度見ている」
サイタマとフリーザが揃ってベジータへ視線を向けた。ベジータはまず、一つ目の記憶を辿るように話し始める。
「一度目は魔人ブウとゴテンクスだ。精神と時の部屋から出られなくなった時、あいつらは馬鹿みたいな大声を出して次元そのものに穴を開けた」
「大声?」
サイタマが妙なところへ食いついた。
「じゃあ俺たちも叫ぶの?」
「そんなみっともない真似をするか!」
「でも、それで開いたんだろ?」
「状況が違う! あれは精神と時の部屋と現世の境界を破っただけだ。ここで同じことをしても、同じ結果になる保証はない!」
サイタマは「そういうものか」と納得したような、していないような顔で頷いた。フリーザは二人のやり取りに付き合う気がないらしく、こめかみに指を当てて苛立たしげに続きを促す。
「では、二度目は?」
「ブラックというやつだ」
その名を口にした瞬間、ベジータの表情が僅かに険しくなった。未来世界で戦った、悟空の身体を奪った敵の姿が脳裏に蘇る。
「あいつは自分の気を鎌の形に変え、それを振るって時空そのものを切り裂いた。できた裂け目がどこへ繋がっているのか、本人にすら分からんような代物だったがな」
「なるほど」
フリーザの赤い瞳が細くなった。ようやくベジータの考えに、多少なりとも現実味が帯びてくる。
「つまり採用するのは後者ですね」
「そうなる」
「あなたにできますか?」
ベジータは即答しなかった。できると断言する根拠はないが、できないと言って終われる状況でもない。
「やらねば死ぬだけだ」
ベジータは右手を見下ろした。ゴクウブラックが使っていた気の鎌の形、その時に感じた気の密度と異様な歪みを、記憶から可能な限り再構築する。
「ただし、どれほどの気が必要になるか分からん。裂け目を作るまで時間もかかるかもしれん」
「つまり、わたくしたちに時間を稼げと?」
「そういうことだ」
フリーザは呆れたように目を細めた。ナメック星の頃から変わらないと言いたげな顔で、鼻を鳴らす。
「あなたは昔から、つくづくくだらないジョークがお好きですね」
「何だと!?」
「ですが、このままやればいずれ負けるという点には同意します」
フリーザはブロリーへ向き直った。黒い気が再び身体の周囲へ静かに立ち上り、赤い瞳から余計な軽さが消える。
「ですから、さっさとやりなさい」
「貴様……!」
「喧嘩は後にしろよ」
サイタマが割って入った。ちょうどその時、三人の会話を待っていたかのように、ブロリーがゆっくりこちらへ近づいてくる。
「相談は終わったか?」
ブロリーは楽しそうに笑っていた。歩くだけで足元の地面が沈み、黄緑色の気が周囲の大気を重く震わせる。
「だが雑魚がいくら頭をひねったところで、この俺を倒すことはできぬ!」
全身の気が一気に膨張した。爆発的な風圧が広がり、近くに転がっていた巨大な岩塊がまとめて吹き飛ばされる。
「来ますよ!」
「分かってる!」
フリーザとサイタマがほとんど同時に前へ出た。ベジータはその場へ残り、二人の背中を見送ると両脚を開いて腰を落とす。
右手へ気を集中させた。頭の中には、かつてゴクウブラックが作り出した禍々しい鎌の姿だけを鮮明に思い浮かべる。
◇
最初にブロリーへ到達したのはフリーザだった。右拳を顔面へ放つと見せかけて直前で身体を捻り、そのまま脇腹へ鋭い蹴りを叩き込む。
「ふん!」
ブロリーが腕で防いだ瞬間、反対側からサイタマの拳が迫った。ブロリーがそちらへ身体を向けようとすると、その前にフリーザが再び顔面へ攻撃を仕掛ける。
「こっちですよ!」
「邪魔だ!」
ブロリーがフリーザへ拳を振るった。フリーザはそれを紙一重でかわし、その瞬間にサイタマが懐へ潜り込む。
「おらっ!」
サイタマの拳が腹へ入った。ブロリーが僅かに身体を折ったところへ、今度はフリーザの膝が顎へ飛ぶ。
「ぐっ!」
二人の連携には、ほとんど言葉が必要なかった。これまで幾度となく手合わせを重ねてきたため、互いがどのタイミングで踏み込み、どの瞬間に引き、次にどこへ攻撃を置くのかを身体で理解している。
サイタマが正面から圧力をかければ、フリーザが死角から急所を狙う。ブロリーがフリーザへ意識を向ければサイタマが前へ出て、サイタマへ攻撃しようとすればフリーザがその隙へ正確なカウンターを差し込んだ。
「ハハハハハハハ!!」
ブロリーは攻撃を受けながら笑った。口元からは、苦痛よりも明らかに歓喜の方が強く滲んでいる。
「そうこなくちゃ面白くない!」
巨大な拳がサイタマへ飛んだ。サイタマは身体を沈めてかわし、直後にフリーザがその腕へ蹴りを入れて軌道をずらす。
「そこ!」
さらにサイタマの拳が胸へ入った。ブロリーは後方へ数歩押されたが、すぐに踏み止まって笑みを深くする。
最初のうちは二人が押していた。ところが数十秒も経たないうちに、戦いの流れが少しずつ変わり始める。
ブロリーがサイタマの踏み込みに合わせて先に拳を置いた。サイタマは咄嗟に腕で防いだが、それだけで身体を大きく後方へ押し戻される。
「ぐっ!」
その穴を埋めようとフリーザが飛び込んだ。だがブロリーは、先ほどまで反応できなかった死角からの蹴りへ、今度は肘を合わせて止める。
「……またですか」
フリーザの表情が険しくなった。戦えば戦うほど、ブロリーは二人の連携そのものまで覚え始めている。
ブロリーの右拳がフリーザを狙った。フリーザがそれを避けた先には左膝が待っており、咄嗟に両腕を下げて受け止める。
「くっ!」
身体が浮いた。そこへブロリーが追撃しようとしたが、サイタマが横から体当たりするように割って入る。
「こっちだ!」
「貴様から死にたいか!」
ブロリーの注意がサイタマへ移った。フリーザはその間に着地し、わずかに乱れた呼吸を整えながら再び攻撃態勢へ戻る。
◇
少し離れた場所では、ベジータが右手へ気を集中させ続けていた。紫色の気が掌から細長く伸び、少しずつ刃のような形を作り始める。
「くそっ……!」
形自体はできていた。だが、時空そのものへ干渉するには単に大量の気を集めるだけでは足りず、極端な密度で一点へ圧縮したうえで、刃の形を崩さず維持しなければならない。
何より、ベジータ自身に残っている気が少なすぎた。ブロリーとの戦いで我儘の極意を維持し、何度も甚大なダメージを受けた代償が、ここへ来て重くのしかかっている。
「足りん……!」
その声を聞いて、少し離れた場所で膝をついていたカリフラが顔を上げた。全身傷だらけのまま、ベジータが作ろうとしている気の刃へ怪訝そうに目を向ける。
「おっさん、それ何してんだ?」
「話しかけるな。集中が乱れる」
「何かやろうとしてんだろ?」
ベジータは舌打ちした。説明している時間すら惜しいが、カリフラはどう見ても引き下がる気がない。
「奴をこの世界から追い出す。だが、気が足りん」
「じゃあ、あたしの使えよ」
「何?」
カリフラはふらふらのまま立ち上がると、ベジータの背中へ手を当てた。残っている気を絞り出すように集中し、その力を少しずつベジータへ流し込んでいく。
「おい、勝手に――」
「黙って使え! あたしだって、あいつには死ぬほどムカついてんだよ!
故郷まで滅ぼされて、だまって見てられるか…!」
ベジータは一瞬だけ何か言い返そうとした。しかし手元の気の刃が少し安定したことに気づき、結局それ以上は何も言わない。
それでも足りなかった。裂け目を作れるところまで力が届かず、刃の先端が何度も揺れて形を失いそうになる。
「くそ……まだ足りん!」
カリフラが荒い息を吐きながら戦場へ顔を向けた。ちょうどフリーザがブロリーの拳をかわし、その隙へ反撃を入れているところだった。
「おい、フリーザ!」
「何ですか!」
「ベジータに気を貸せ!」
戦闘中のフリーザが一瞬だけ目を細めた。
「は?」
「聞こえただろ! 気が足りねえんだよ!」
「貴様! 余計なことを言うな!」
ベジータが怒鳴ると、カリフラは呆れたように振り返った。
「何でだよ!」
「あんな奴から気を借りるくらいなら死んだ方がましだ!」
「今それ言ってる場合か!?」
フリーザはブロリーの攻撃を避けながら、わざとらしく肩をすくめた。次の瞬間にはブロリーの拳を両腕で受け止め、その衝撃で地面へ二本の深い溝を刻みながら後退する。
「わたくしとしては結構ですが、こちらも気を渡せるほど暇ではありませんよ!」
フリーザが反撃の蹴りを放った。ブロリーは身体を反らしてかわし、そのまま拳を返してくる。
そこへサイタマが間へ入った。ブロリーの拳を両腕で受け止め、数十メートル押し込まれながらもどうにか踏み止まる。
「フリーザ!」
「何です!」
「俺が時間稼ぐ」
サイタマは歯を食いしばったまま、ブロリーの拳を横へ弾いた。腕の震えを隠しきれていないが、それでも自分から一歩前へ出る。
「ベジータの方、行ってこい」
「一人で持ちますか?」
「分かんない」
サイタマは少しだけ笑った。冗談にしては、口元に余裕がない。
「なるべく俺が死ぬ前に終わらせてくれ」
フリーザの表情から、わずかに残っていた軽さが消えた。サイタマがその言葉を冗談めかして口にしているからこそ、今の相手がどれほど危険なのかが嫌でも分かる。
「分かりました」
フリーザは大きく後退した。代わりにサイタマが両拳を握り、ブロリーの真正面へ立つ。
「こっから俺一人だ」
「ハハハハハ! クズが!余程死にたいと見える!」
「いいや」
サイタマは呼吸を整えながら構えた。目の前の怪物から一秒でも長く時間を奪うことだけを考える。
「フリーザがなんとかしてくれるさ」
◇
フリーザがベジータのところへ戻った時、気の刃はまだ不安定に揺れていた。カリフラから受け取った気だけでは明らかに足りず、ベジータ自身の呼吸もかなり荒くなっている。
「随分と惨めな姿ですね」
「うるさい」
「貸し一つですよ」
フリーザはにやりと笑った。ベジータが睨み返すより先に肩へ手を置き、自分の気を流し始める。
「誰が借りると言った!」
「死ぬよりはましでしょう?」
「離せ!」
「今離したら失敗しますよ」
「貴様……!」
ベジータの怒声を無視し、フリーザは気を送り続けた。ブラックの膨大な気が流れ込んだ瞬間、ベジータの右手に形成されていた刃が一気に安定する。
紫に近い光を帯びた鎌状の気が、腕の先からさらに長く伸びていく。周囲の空気が僅かに歪み、その刃だけが現実の景色から浮いて見えた。
「……これならいけそうだ」
ベジータは深く息を吸った。頭の中で、もう一度ゴクウブラックが行った動作を最初から再現する。
◇
その頃、サイタマは完全に防戦へ回っていた。ブロリーの右拳を避けたところへ左の蹴りが入り、両腕で受けても身体ごと数百メートル吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
地面を滑りながらどうにか踏み止まった。だが顔を上げた時にはブロリーが眼前へ迫っており、腹部へ巨大な拳が突き刺さる。
「がっ……!」
サイタマの身体が浮いた。さらに顎へ膝を受け、そのまま上空へ打ち上げられる。
ブロリーが追ってきた。サイタマは空中で拳を返したが、ブロリーは顔面へまともに受けてもほとんど揺れず、そのまま強烈な頭突きを返す。
「ぐあっ!」
サイタマは地上へ叩き落とされた。大地へ巨大な穴を開け、土煙に包まれたクレーターの中心でしばらく動けなくなる。
「くそ……」
それでもサイタマは両手を地面へつき、身体を押し起こした。立ち上がった瞬間には、すでにブロリーがまた目の前まで来ている。
「ハハハハハハハ!」
最初の拳は避けた。次の蹴りは腕で受けたが、その次の一撃には間に合わず、胸へまともに拳を受ける。
サイタマは再び吹き飛ばされた。今度は岩壁へ激突し、大量の瓦礫を浴びながら片膝をつく。
「と、とんでもなく重くて、早い…フリーザのやつ、こんなの一人で相手してたのかよ……」
口元から血を拭いながら、サイタマは苦笑した。ブラックフリーザが単独でしばらくブロリーを食い止めていた時は外から見ていたが、自分一人で正面へ立って初めて相手の異常さが嫌というほど分かる。
反撃そのものが、ほとんど意味を持たない。拳を入れても倒れず、蹴っても止まらず、その間にも相手だけはさらに強くなっている。自分も成長速度には自信があるほうだったが、そいつが音を立ててぶっ壊れそうになってきた。
「もう終わりか?」
ブロリーがゆっくり近づいてきた。サイタマは震える膝へ手を置き、荒い呼吸を繰り返しながらもう一度立ち上がる。
「いや、まだっぽいかな…」
ブロリーの笑みが深くなった。次の瞬間には二人の姿が再び交錯し、衝突のたびに大地へ新しい亀裂が走っていく。
◇
「いくぞ……!」
ベジータは右手の鎌を大きく振りかぶった。フリーザとカリフラから得た気、自分に残っている気、そのすべてを刃の一点へ集中させる。
そして、何もない空間へ全力で振り下ろした。最初の瞬間には何も起きず、ただ気の刃が虚空を通過したようにしか見えなかった。
「…大丈夫か?」
カリフラが言いかけた時、空気の中央に一本の黒い線が現れた。それは紙へ刃物を入れたように縦へ広がり、次第に周囲の景色を歪ませながら裂けていく。
「おお……」
カリフラが目を見開いた。フリーザも珍しく感心したように、その不気味な裂け目へ視線を向ける。
ベジータだけは緊張していた。かつてゴクウブラックが同じように時空を裂いた時、その奥から訳の分からない分身が大量に現れたことを思い出していたからだ。
数秒ほど待ったが、今回は何も出てこなかった。ベジータは警戒したまま裂け目を見つめ、ようやく肩から少し力を抜く。
「……よし」
「何がよしなのです?」
「何でもない!」
ベジータは内心で心底安堵した。少なくとも今回は、意味不明な敵が裂け目から増殖するような事態にはならないらしい。
「サイタマ!」
ベジータが叫んだ。
ちょうどその瞬間、サイタマはブロリーの拳を胸へ受けていた。身体が地面へ叩きつけられ、そのまま何度も転がった末にようやく動きを止める。
「ぐ……」
サイタマは顔だけを上げた。ベジータの背後に開いた黒い裂け目を確認すると、苦痛に歪んでいた口元が僅かに緩む。
「やっとか……」
ブロリーも裂け目の存在に気づいた。サイタマへとどめを刺すのをやめ、訝しむように顔を向ける。
「何だ、それは?」
その一瞬だった。
「今です!」
ブロリーの背後からフリーザが両手を突き出した。巨大な黒紫色の気功波が放たれ、無防備な背中へまともに直撃する。
「ぐおっ!?」
ブロリーの身体が前へ押された。すぐに振り向こうとしたところへ、今度はベジータがフリーザの横へ並ぶ。
「ファイナル――」
ベジータは両手を前へ突き出した。全身に残った気を掌へ集め、黄金の光を一気に膨張させる。
「フラッシュ!!」
黄金の奔流がフリーザの気功波へ重なった。二人分の巨大なエネルギーが一つの濁流となり、ブロリーを裂け目の方向へ押し始める。
「くだらん!」
ブロリーは両掌を前へ出した。黄緑色の巨大なエネルギーが一瞬で膨れ上がり、真正面から二人の力を迎え撃つ。
「とっておきだ!!」
三つの巨大な力が正面から衝突した。轟音が大地を揺らし、ぶつかり合ったエネルギーの中心から無数の稲妻と衝撃波が四方へ飛び散る。
「うおおおおおおおっ!!」
「はあああああああっ!!」
フリーザとベジータは最初から全力だった。二人とも残っている気を惜しまず注ぎ込み、ブロリーを一歩でも裂け目へ近づけようとする。
しかし、押せなかった。
それどころか、少しずつ押し返されていく。
「くそったれ……!」
ベジータの腕が震えた。二人分の全力を合わせても、ブロリーの出力がじわじわと上回り始めている。
「無駄なことを」
ブロリーが笑った。黄緑色の気がさらに濃くなり、両腕へ新たな力が加わる。
「今、楽にしてやる!」
ブロリーがさらに気を込めると、黄緑色の光が一段大きく膨らんだ。フリーザとベジータの気功波が、目に見えて押し返され始める。
その時、一発の小さな気弾がブロリーの側頭部へ命中した。ほとんどダメージはなかったが、顔が僅かに横へ向く。
「……?」
続いてもう一発が飛んだ。今度は反対側のこめかみに当たり、ブロリーの苛立った視線が気弾の飛んできた方向へ向く。
「誰だ……!」
そこにはカリフラが立っていた。その隣には、意識を取り戻したばかりのケールもふらつきながら立っている。
ケールは今にも倒れそうなほど弱っていた。カリフラも満身創痍で、二人ともまともに戦える状態ではないが、それでも両手だけはブロリーへ向けている。
「姉さん……」
「最後まで付き合え、ケール!」
「……はい!」
二人が再び気弾を放った。威力そのものは、今のブロリーへまともなダメージを与えられるほどではない。
それでも、意識を逸らすには十分だった。ブロリーが苛立ってそちらへ目を向けた一瞬を、地面へ倒れていたサイタマも見逃さない。
「今だ!!」
サイタマの叫びを聞き、フリーザとベジータの表情が同時に変わった。
「「オレに!!命令するな!!!!!」」
二人は残った気をさらに絞り出した。二本の気功波が一気に太くなり、ブロリーのオメガブラスターを押し返し始める。
「ぐっ……!」
初めてブロリーの足が後方へ滑った。踏み止まろうと力を込めても、今度は少しずつ裂け目へ近づいていく。
「なんて奴らだ…!」
さらに押された。足が一歩、もう一歩と後ろへ下がり、背後に開いた漆黒の裂け目が目前まで迫る。
「おおおおおおおおっ!!」
ブロリーは全力で押し返そうとした。黄緑色の気がさらに膨れ上がり、再び拮抗しかける。
サイタマはその光景を地面から見上げた。自分が何度殴っても止まらなかった相手が、フリーザとベジータの二人分の全力すら正面から押し返そうとしている。
「まだあれ押し返すのかよ……」
驚いている間にも、戦況は再びブロリーへ傾き始めた。しかし次の瞬間、サイタマは二人の姿が気功波の後ろから消えたことに気づく。
「……!」
ブロリーも初めて明確に驚いた。フリーザとベジータは自分たちの気功波そのものを目隠しに使い、エネルギーの奔流の横を超高速で抜けている。
「貴様ら――!」
「遅い!」
ベジータの拳がブロリーの頬へ入った。
「これで!」
フリーザの蹴りが腹部へ突き刺さる。
二人はそのまま止まらなかった。拳、蹴り、肘、膝を左右から浴びせ、反撃を受けても構わずブロリーの巨体を前へ押し続ける。
「ぐおおおおおおっ!!」
ブロリーも殴り返した。ベジータの頬へ拳が入り、フリーザの肩へ肘が当たる。
それでも二人は下がらなかった。防御よりも、目の前の巨体を一センチでも裂け目へ近づけることだけを優先する。
「この……!」
ブロリーの片足が裂け目へ入った。続いて腰までが漆黒の向こうへ飲み込まれる。
「ふざけるな!」
ブラックフリーザが体ごとぶつかりにいった。さらに正面からベジータが胸へ蹴りを叩き込み、二人が同時に最後の力を振り絞る。
「オレが……こんなところへ……!」
ブロリーが咆哮した。裂け目の縁へ手を伸ばしながら、それでも身体は少しずつ奥へ押し込まれていく。
「入れられるものかあああああっ!!」
ブロリーの身体が裂け目へ飲み込まれた。
しかし、それで終わらなかった。
巨大な右腕だけが外へ残った。裂け目の縁へ手をかけ、空間そのものを掴むように指を食い込ませる。
「ぐおおおおおおおっ!!」
ブロリーは這い出ようとしていた。時空の外へ押し出されたというのに、腕力だけでこちら側へ戻ろうとしている。
「ば、バケモンか……」
サイタマは地面へ伏したまま目を見開いた。
「次元の裂け目から、力だけで出てくるのかよ…!」
ベジータとフリーザも限界だった。二人ともその場へ片膝をつき、もう一度押し返すだけの力が残っていない。
ブロリーの顔が少しずつ裂け目から見え始める。白い瞳がこちらを捉え、口元には信じがたいほど楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「ハハハハハ!…クズがいくら足掻こうがこの俺には勝てん!」
腕がさらに外へ出た。肩までこちら側へ戻り始め、このままでは数秒もしないうちに全身が這い出してくる。
「俺を止められると思ったか!」
その時、緑色の光がブロリーの腕を包んだ。
「いい加減に……!」
全員が声のした方向へ顔を向けた。
タツマキが意識を取り戻していた。
身体中に傷を負い、立ち上がる力すら残っていない。地面へ座り込んだまま、それでも両腕だけを裂け目へ向けている。
「消えなさいっ!!」
念動力が一気に解放された。ブロリーの腕を押し戻すのではなく、開いている裂け目そのものへ力を加え、左右から強引に閉じ始める。
「何っ!?」
ブロリーの右腕が時空の縁へ挟まれた。タツマキの鼻から血が流れ、やがて口元からも赤い筋が垂れる。
それでも念動力を緩めなかった。全身を震わせながら、あと僅かな隙間を閉じることだけへ意識を集中する。
「いけ……!」
ベジータも立てないまま叫んだ。
「いけーーっ!!」
「わたしに命令すんじゃないわよ!!」
裂け目がさらに狭まった。ブロリーは外側へ腕を引き、タツマキは時空の口を閉じようと押し込み、一瞬だけ両者の力が完全に拮抗する。
「ぐおおおおおおおおおおっ!!」
ブロリーの咆哮が裂け目の奥から響いた。だが次の瞬間、外へ出ていた腕が数センチ、内側へ押し戻される。
「もう……少し……!」
タツマキが最後の力を絞り出した。緑色の光が一段強くなり、裂け目の縁が一気に狭まる。
「馬鹿なあああああああああああっ!!」
ブロリーの腕が完全に向こう側へ引き戻された。漆黒の裂け目は一本の細い線となり、最後には何事もなかったように消滅する。
その瞬間、戦場を覆っていた異常な圧力まで消えた。ブロリーの気も完全に感じられなくなり、先ほどまで絶え間なく地面を揺らしていた轟音も嘘のように途絶える。
誰もすぐには動かなかった。勝ったという実感より、本当に戻ってこないのかという警戒の方が強く、全員がしばらく裂け目の消えた場所を見つめ続ける。
「……終わったか」
やがてベジータの膝から力が抜けた。大地へ片膝をつき、そのまま荒い呼吸を繰り返す。
「二度とやりたくありませんね……」
フリーザも近くへ腰を下ろした。ブラックの変身が解けるほど消耗しており、普段なら絶対に見せない疲れ切った顔をしている。
カリフラもケールの横へ崩れるように座り込んだ。ケールもカリフラへ身体を預け、二人揃ってしばらく動けそうにない。
「疲れた……」
サイタマはその場で仰向けになった。空を見上げるだけでも身体のあちこちが痛み、起き上がろうという気すら湧いてこない。
「もう無理……」
少し離れた場所では、タツマキも力尽きて大の字になっていた。最後の念動力で残っていた体力をほとんど使い果たしたらしく、指一本動かすのも面倒そうだった。
先ほどまで惑星そのものが壊れそうな戦闘が続いていたのに、今では風の音だけが荒れ果てた大地を通り抜けている。サイタマはしばらく空を眺めた後、隣に倒れているタツマキへ顔を向けた。
「生きてる?」
「誰に聞いてんのよ……」
「良かった」
タツマキはしばらく黙っていた。意識を失っていた時間の方が長かったはずなのに、途中でほんの一瞬だけ目を覚ましていた時の光景だけが、妙にはっきり記憶に残っている。
サイタマが自分の前へ立っていた。ブロリーの気弾を何発受けても避けず、倒れる最後の瞬間まで自分を守る位置から動かなかった。
「……ねえ」
「何?」
「さっき、その……」
タツマキは言葉に詰まった。素直に礼を言うだけなのに、ブロリー相手に全力で念動力を使うより妙に難しく感じる。
「ありがと」
サイタマが少しだけ目を開いた。
「何が?」
「分かってるでしょ!」
「分かんない」
「ねじ切るわよ!」
「もう無理だろ」
「……」
タツマキはむっとした顔で横を向いた。頬が少し熱い気がしたが、さっきまで全力で戦っていたのだから当然だと自分へ言い聞かせる。
「まあ、気にすんなよ」
サイタマは再び空を見た。特別なことを言っているつもりなど、まったくないらしい。
「お前が無事だったら、それが一番だ」
「……」
タツマキの胸が一度だけ妙に大きく跳ねた。戦闘直後の疲労かもしれないと思ったが、普段とは違う感覚であることくらいは自分でも分かってしまう。
「……バカ」
「何で?」
「知らない」
タツマキが顔を背けたところで、遠くから二つの存在が急速に近づいてきた。やがて空からジェノスとアマイマスクが現れ、戦場の惨状を見て同時に速度を落とす。
「先生!」
ジェノスがサイタマの近くへ着地した。全身の傷と破れたスーツを見た瞬間、その表情がこれまでにないほど強張る。
「先生!? その負傷はどうしたのですか!」
「ジェノス」
「はい!」
「色々」
「説明になっていません!」
ジェノスが慌ててサイタマの状態を確認する一方で、アマイマスクは周囲の大地を見回していた。山も森もほとんど消え、地形自体が変わっている光景に、さすがにしばらく言葉が出てこない。
「……随分派手にやったな」
「キャベは?」
ベジータが座り込んだまま尋ねた。声には疲労が滲んでいるが、弟子の状態を確認するまでは気を抜けないらしい。
「治療は終わった。まだしばらく安静は必要だが、命に別状はない」
アマイマスクの返答を聞き、ベジータは目を閉じた。ほんの僅かに肩の力を抜き、長く息を吐く。
「そうか」
ジェノスは改めてサイタマへ近づいた。身体の損傷を目視だけでも確認しながら、すぐに船へ戻すべきだと判断する。
「先生、すぐにメディカルマシンへ入りましょう」
「うん」
サイタマは起き上がろうとした。腕に力を入れたものの、身体が途中までしか持ち上がらず、そのまま諦めて元の姿勢へ戻る。
「……ジェノス」
「はい」
「運んで」
「もちろんです!」
ジェノスは迷わずサイタマを背負った。普段なら文句の一つでも言いそうなサイタマも、今日は完全に任せることにしたらしい。
背負われたサイタマは、最後にもう一度だけ空を見上げた。どれだけ探してもブロリーの気は感じられず、戦場にはようやく本当の静けさが戻っている。
「帰るか」
誰も反対しなかった。長く続いた戦いを終えた一行は、それぞれ傷だらけの身体を引きずりながら、ようやく宇宙船へ戻り始めた。