フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
ブロリーとの戦いを終えた一行を乗せ、フリーザ・コーポレーションの宇宙船は惑星サダラへ向かっていた。船内の医療区画ではキャベ、カリフラ、ケールが応急処置を受け、サイタマたちもそれぞれメディカルマシンや治療装置を使ったことで、どうにか普通に会話できる程度まで回復している。
ただし、船内の空気は決して明るくなかった。ターレス一味との戦闘が終わったにもかかわらず、サダラ防衛隊との通信だけが依然として復旧していなかったからである。
「やはり応答がない」
ジェノスは通信卓の前に立ち、何度目かになる呼び出しを試していた。正規回線、非常回線、フリーザ・コーポレーションの中継衛星を経由した回線まで試しているが、返ってくるのは無機質なノイズだけだった。
「ターレスの通信妨害が、まだ残っているのだろうか」
隣で画面を見ていたアマイマスクが眉を寄せた。すでにターレス本人はベジータに敗れ、周辺の妨害装置も戦闘の余波でほとんど機能を失っているはずである。
「可能性は低いと考えられる」
ジェノスは別の観測画面を開いた。周辺宙域の電波状況には、先ほどまで確認されていた強力なジャミング反応がほとんど残っていない。
「少なくとも、この距離からサダラ防衛隊の通信網を完全に沈黙させ続けられるほどの妨害波は検出できない」
「僕も、ターレスのせいではないと思います」
治療を終えたばかりのキャベが小さく口を開いた。胸部にはまだ固定具が巻かれ、長時間立っていられる状態ではないが、サダラの話となれば横になっている気にはなれないらしい。
「防衛隊には妨害時の非常用通信があります。通常回線が使えなくても、少なくとも何かしらの応答は返ってくるはす」
「じゃあ何で誰も出ないんだ?」
アマイマスクが椅子の背もたれへ深く身体を預けたまま尋ねた。
その問いに、何人かが黙った。ベジータ、フリーザ、サイタマ、タツマキ、カリフラは、程度の差こそあれ一つの可能性へすでに辿り着いている。
誰が最初に言うのかという、ひどく嫌な沈黙だけが船内へ落ちた。事情を知らないジェノスとアマイマスクは顔を見合わせ、キャベだけが不安そうに周囲の反応を確かめている。
「ブロリーが惑星サダラを破壊しましたからねえ」
沈黙を破ったのはフリーザだった。
しかも、楽しそうだった。
カリフラとケールの視線が同時に突き刺さった。ジェノスは通信卓の前で完全に固まり、アマイマスクも珍しく表情を取り繕うことができていない。
「……は?」
キャベの口から出たのは、それだけだった。
「…あんたね」
タツマキが露骨に顔をしかめた。サイタマも何とも言えない顔でフリーザを見る。
「お前、今ちょっと嬉しそうじゃなかった?」
「気のせいですよ」
「絶対気のせいじゃないわよ」
フリーザは否定したが、口元の笑みまでは消していなかった。サイヤ人そのものが大嫌いなフリーザからすれば、惑星サダラは存在自体が気に入らない。当然、以前から良い感情を抱いているわけもなく、さらにその星が消滅したとあっては実に気分がいいものであった。
「そ、そんな……」
キャベは言葉を失ったまま、やがてベジータへ顔を向けた。自分が最も信頼している相手に、今の話を否定してほしいという気持ちが表情へそのまま出ている。
ベジータは腕を組み、目を閉じたまましばらく黙っていた。やがて短く息を吐くと、感情を抑えた低い声で答える。
「まだ確認はしていない。だが、恐らく事実だ」
「師匠……」
「奴が放った気弾の方向と、その後に起きた爆発の位置を考えればな」
キャベは膝の上で拳を握った。すぐに否定する材料を探すように顔を上げる。
「か、確認しましょう。まずは実際にサダラへ行って、それから――」
「もう着いていますよ」
フリーザがあっさりと言った。
「……え?」
「話している間に座標へ到達しました。外をご覧なさい」
船内の大型モニターが切り替わった。正面観測窓の遮光処理も解除され、かつて惑星サダラが存在していた座標が、そのまま一行の前へ映し出される。
そこに星はなかった。
代わりに無数の岩石と金属片が、暗い宇宙空間を漂っていた。大小様々な残骸がゆっくりと回転し、その間を細かな塵が光を反射しながら流れている。
「……」
キャベは何も言えなかった。
何も存在しない空間より、残骸があることの方が残酷だった。都市の一部だったのか、宇宙港の構造物だったのか、あるいは誰かの家だったのかも分からない破片が、そこに惑星が確かに存在したことだけを物的証拠として残している。
「姉さん……」
ケールが口元を手で押さえた。大きな瞳から涙が溢れ、声を抑えようとしても肩の震えまでは止められない。
「ケール……」
カリフラは妹分の肩を抱いた。普段なら誰より先に怒鳴り散らしているはずなのに、今は自分まで涙を浮かべながら、ただケールの背中を撫でている。
キャベは窓の向こうを見たまま動かなかった。自分が守るべきだった星も、防衛隊の仲間も、家族も知人も、そこに残っているかもしれない何もかもが、一度に現実味を失っていた。
「……最悪だな」
サイタマが小さく呟いた。タツマキも今回は何も言い返さず、黙ったまま残骸の海を見ている。
対照的に、フリーザだけは非常に機嫌が良かった。さすがに笑い声を上げるほどではないが、赤い瞳の奥に隠しきれない満足感が漂っている。
「フリーザ、終わっていないか」
ジェノスが声を落としてアマイマスクへ言った。
「今さら確認することか?」
「しかし今回は特にひどい」
「聞こえていますよ」
二人が黙った。サイタマとタツマキも小声で何か言っていたが、フリーザが振り向くと同時に揃って視線を逸らす。
「キャベ」
ベジータの声が、沈んだ空気を切った。
「第六宇宙のナメック星人とは連絡を取れるか?」
「え?」
キャベは反射的に顔を上げた。質問の意図までは分からないまま、記憶を辿る。
「恐らく可能です。僕たち防衛隊から直接連絡できるかは分かりませんが、シャンパ様にお願いすれば……」
「なら問題ない」
ベジータの口元が僅かに上がった。
「何が問題ないんだよ!」
カリフラが立ち上がった。ケールを抱いていた腕を離し、そのままベジータへ詰め寄る。
「故郷がなくなったんだぞ! あたしたちの星が――」
そこで言葉が止まった。
カリフラは思い出した。
目の前にいる男も、故郷を失っている。
しかも、その原因となった張本人が今この部屋にいる。
「……悪い」
カリフラは気まずそうに視線を下げた。
「そっちも、だったな」
「気にするな」
ベジータは短く答えた。故郷を失った悲しみそのものは理解できるが、今は感傷へ浸っている時ではない。
「カリフラさん、いきなり声を荒らげるのはお下品というものですよ」
フリーザが横から口を挟んだ。
事情を理解した上で、あえて言った。
「てめえ……!」
カリフラのこめかみに青筋が浮かんだ。
「相手にするな」
ベジータが先に止めた。
「サイヤ人が絡むと、昔からああいう奴だ」
「昔からって……」
「今よりひどかったな」
「ベジータさん、余計なことを言わないでいただけます?」
フリーザの声を無視し、ベジータはキャベたちへ向き直った。
「サダラは戻せる」
「戻せる……?」
「ドラゴンボールを使う」
三人の第六宇宙サイヤ人が揃って首を傾げた。
「ドラゴン……ボール?」
キャベは初めて聞く言葉を確かめるように繰り返した。カリフラもケールも事情が分からず、泣いていた顔のままベジータを見る。
「ああ、それか」
サイタマだけは聞き覚えがあった。
「前にフリーザから、自分がそれで生き返ったって聞いたな」
「随分と雑な説明ですね」
「でも合ってるだろ?」
「否定はしませんが」
フリーザは腕を組んだ。自分を復活させた道具という点では、ドラゴンボールの有用性を誰よりよく知っている。
「ですが、こちらのナメック星人もドラゴンボールを作れるのですか?」
「可能性は高い」
ベジータは以前ウィスから聞いた話を思い出した。ナメック星人とドラゴンボールの関係は、一つの宇宙だけに閉じたものではない。
「ウィスが言うにはナメック星人の祖先は、神龍の原型とも言える超ドラゴンボールから欠片を削り取り、自分たちのドラゴンボールを作ったとされている。超ドラゴンボール自体が第六宇宙と第七宇宙の両方に跨って存在している以上、第六宇宙のナメック星人にも同じ系統の技術や術が残っている可能性は高い」
「つまり、第六宇宙にも神龍がいるかもしれないということですか」
ジェノスが尋ねた。
「あくまで可能性だ。実際に作れるのか、作れるとしてどの程度の願いまで叶えられるのかは、専門家に聞いた方が早い」
「その専門家がいるのですか?」
「とっておきの奴が第七宇宙にいる」
ベジータはようやく少しだけ笑った。
◇
数時間後、一行は第七宇宙の地球へ戻っていた。
向かった先は神殿だった。雲より高い場所に浮かぶ白い神殿で事情を聞いたデンデは、しばらく考え込んだ後、キャベたちへ向き直る。
「恐らく、可能だと思います」
「本当ですか!?」
キャベが身を乗り出した。
「もちろん、実際に第六宇宙のナメック星人を調べてみないと断言はできません。ただ、向こうにも同化できるナメック星人がいて、ドラゴンボールに関する技術や記憶が受け継がれているなら、作り方そのものを再現できる可能性は十分あります」
デンデは慎重に言葉を選んだ。自分たちとは違う宇宙のナメック星人へ、こちらの常識がそのまま当てはまるとは限らないからだ。
「もし向こうだけでは難しくても、僕が直接行ければ技術的な助言はできると思います。問題は、どうやって第六宇宙まで行くかですね」
「それなら――」
キャベがフリーザへ顔を向けた。
「嫌です」
「まだ何も言ってません!」
「言わなくても分かります」
フリーザは即答した。
「わたくしの船を使ってデンデさんを第六宇宙へ運べ、と言うのでしょう?」
「そうですけど……」
「お断りします」
「何でだよ!」
カリフラが再び声を上げた。
「せっかく戻せる方法があるんだろ!」
「だからこそですよ」
フリーザは実に嫌らしい笑みを浮かべた。
「惑星サダラが消滅した結果、第六宇宙におけるわたくしたちの最大の競合相手まで消えました。わざわざ自費で復活させる理由がどこにあるのです?」
神殿の空気が冷えた。
「終わっている」
ジェノスが即答した。
「クズだな」
アマイマスクも続いた。
「最低」
タツマキも加わった。
「お前、やっぱ性格悪いな」
サイタマまで言った。
「合理的な経営判断と言ってほしいですね」
ベジータが呆れたように腕を組んだ。
「昔からいちいちやり方が汚いんだ、貴様は」
「恐縮です」
「それで、条件は何だ」
めんどくさそうに言うベジータの言葉に、フリーザの笑みが深くなった。
「話が早くて助かります」
嫌な予感を覚えたキャベが身構える。フリーザは待っていましたと言わんばかりに携帯端末を取り出した。
「惑星サダラを復活させ、第六宇宙のナメック星へデンデさんを送り届けるために、わたくしの側で必要な輸送と交渉を引き受けても構いません」
「本当ですか?」
「ただし」
フリーザは端末を操作した。空中へ立体表示されたのは、長大な契約書だった。
「復活後、サダラ防衛隊はフリーザ・コーポレーションの下部組織となりなさい」
「はあ!?」
カリフラが叫んだ。
キャベも言葉を失ったが、フリーザは気にせず続ける。
「名称は残しても構いません。日常の治安維持や惑星防衛も、これまで通りあなたたちを中心に行えばいいでしょう。ただし組織上は、わたくしたちの安全保障部門の指揮系統へ入っていただきます」
「そんなの飲めるか!」
「では結構です」
フリーザはあっさり端末を閉じかけた。
「惑星サダラのない第六宇宙でも、わたくしたちは何も困りませんので」
「待ってください!」
キャベが止めた。
フリーザは最初からそう言うと分かっていたように、ゆっくり顔を向ける。
「キャベ!」
カリフラが睨んだ。
「こんなの完全に足元見られてんだぞ!」
「分かってる」
キャベは静かに答えた。
「でも、今は他に方法がない」
「シャンパに頼めばいいだろ!」
「…どうだろうな」
ベジータがぼそっと呟いた。
現状、第六宇宙と第七宇宙の間を安定して往来できる手段は限られている。天使や破壊神が使用するキューブなら可能だが、使うかどうかは別の話だ。
さらに厄介なのは、フリーザ・コーポレーションがすでに第六宇宙で食料供給、物流、雇用、治安維持へ深く入り込んでいることだった。人間レベル向上という名目まで掲げ、短期間にもかかわらず成果を出している以上、シャンパにとってもフリーザの要求を無視しにくい。
「惑星サダラがなくなっても、わたくしたちが代替の防衛と物流を提供できます」
フリーザはにこやかに言った。
「シャンパ様としても、サイヤ人だけを特別扱いしてわたくしとの関係を悪化させる理由は薄いでしょうね」
「全部計算してやがる……」
カリフラが歯を食いしばった。
「まさか」
フリーザは胸へ手を当て、わざとらしい困り顔を向ける。
「わたくしは純粋に困っている皆さんへ救いの手を差し伸べているだけですよ」
「その救いの手に契約書握ってんじゃねえか!」
「ギブアンドテイク、ですよ。何かを得るには何かを捨てなければいけません」
ベジータは深いため息をついた。
「相変わらず貴様は救いようがないな」
「ほっほっほ。感無量です」
キャベは立体表示された契約書を見つめた。惑星サダラを取り戻したいという気持ちと、そのために防衛隊そのものをフリーザの組織へ差し出すことへの抵抗が、顔にそのまま表れている。
「キャベ」
サイタマが声をかけた。
「会社のやり方はアレだけどさ」
「アレとは何です?」
「今はお前に聞いてない」
フリーザを遮った後、サイタマはキャベへ視線を戻した。
「俺たちもいるから、変なことやらせるつもりはないよ」
「そうね」
タツマキも腕を組んだ。
「少なくとも、復活させた途端に奴隷みたいに扱わせるつもりはないわ。そんなことしたら私がこの会社ごと潰すし」
「会社ごと!?」
「信用できない社長の下にいるなら、そのくらい必要でしょ」
アマイマスクも静かに頷いた。
「組織の所属がどうなろうと、防衛隊の本来の役割まで捨てさせるつもりはない。僕からも保証する」
キャベは三人を順番に見た。その言葉だけでも、少しだけ張り詰めていた表情が和らぐ。
「……ありがとうございます」
もう一度契約書を見る。
それから、カリフラとケールを見た。
「僕はサインします」
「キャベ!」
「カリフラさん。今はサダラを取り戻すことが最優先です」
キャベの声は震えていたが、意思は変わらなかった。
「防衛隊がどういう形になったとしても、僕たちがサダラを守ること自体は変わりません。それに、ここで意地を張って故郷を戻せなかったら、その方が僕は後悔します」
「……」
カリフラは唇を噛んだ。
ケールがそっと袖を掴んだ。
「姉さん……」
「分かったよ」
カリフラは悔しそうに顔を背けた。
「ただし、変な命令したらあたしがこいつぶっ飛ばすからな」
「わたくしを?」
「他に誰がいるんだよ!」
「どうぞご自由に。やれるものなら」
フリーザは愉快そうに笑った。
キャベは契約書の最後まで目を通し、電子署名欄へ指を置いた。認証音が鳴り、サダラ防衛隊とフリーザ・コーポレーションを結ぶ契約が正式に成立する。
「契約成立です」
フリーザの笑顔は、この日一番輝いていた。
「怖いくらい嬉しそうね」
タツマキが引いたように言った。
「サダラ消えた時より嬉しそうじゃない?」
サイタマも真顔だった。
「社長としては最悪の顔だ」
ジェノスまで加わった。
「ほっほっほ」
◇
その後、メタルナイトとの通信が接続された。立体映像として表示された無機質な無人機の顔が、契約成立の報告を聞いて短く沈黙する。
『これで第六宇宙における最大の軍事的競合は、事実上フリーザ・コーポレーションの指揮系統へ入った。現状、お前を止められる相手はいない』
「言い方が露骨ですよ」
『事実だ』
「まあ、否定はしませんが」
フリーザは機嫌良く笑った。
『宇宙間航行船についても進捗がある。最終試験が予定通り進めば、近いうちに破壊神や天使の移動手段へ依存せず、全ての宇宙を往来できる。』
「素晴らしい」
フリーザの目が細くなった。サダラ防衛隊を傘下へ入れ、物流と治安維持の両方を握った上で、間もなく自前の宇宙間航路まで手に入る。
惑星サダラの消滅は、本来なら第六宇宙全体を揺るがす大惨事だった。だがフリーザにとっては、その惨事すら自分の組織を拡張するための契機へ変わっている。
「……やっぱり悪党だな」
サイタマが小声で言った。
「今さらだ」
アマイマスクが返した。
フリーザは二人の声が聞こえていても、今回は気にしなかった。神殿の縁まで歩いていき、遥か下に広がる地球を眺めながら満足そうに両手を後ろで組む。
第六宇宙の物流網はすでに押さえた。
惑星サダラが復活すれば、その防衛戦力まで自分たちの傘下へ入る。
そして宇宙間航行船が完成すれば、破壊神の許可がなくても数多の宇宙を往来できる。
フリーザの野望は、戦争ではなく契約と物流によって第六宇宙へ深く根を張った。かつて惑星を恐怖で支配していた男は、今では星を壊すよりも、その星が自分なしでは回らなくなる方がはるかに効率的だと理解している。
「第六宇宙は、これで十分でしょう」
フリーザは静かに笑った。
その背後ではキャベたちがデンデと今後の段取りを確認し、サイタマたちは地球へ戻った後の予定について話している。誰もフリーザの次の言葉を待ってはいなかったが、本人だけはすでに別の宇宙へ思考を移していた。
「さて」
赤い瞳が、空のさらに向こうへ向けられた。
「次なる宇宙へ、航路を広げましょうか」
フリーザは満足そうにほくそ笑んだ。ブロリーという悪魔が残した破壊の跡から、また一つフリーザ・コーポレーションの版図が広がろうとしていた。