古めかしい見た目の立派なお屋敷、その重々しく飾られた門が、ぼくを見下ろしている。太陽はとっくに沈んでしまって辺りは真っ暗、みんなが噂しているようなおばけ屋敷という評価がぴったりだ。
そう、おばけ屋敷。このお屋敷は、街の外れの森の中に、ひっそりと人が近づくのを嫌っているみたいに建っている。見た目や立っている場所からしてもそうだけど、何よりここに人が出入りしている所を誰も見たことが無いらしい。
そんなわけで、このお屋敷には色々なうわさが語られている。その昔、ここに住んでいた貴族が黒魔術の為に人をさらっていただとか、吸血鬼が住んでいるだとか、はたまた悪魔を崇める人たちが夜な夜な集まっているだとか。けど、最近よく聞く噂は真っ白な顔の幽霊をこの屋敷の近くで見たという話だ。
「じゃあ、くじ引きで決めるぞ。先っぽが赤いのがアタリで、アタリのヤツからだ」
ユリウスはそう言って3本の棒を握った手を出した。ぼくたち3人は「幽霊の正体を突き止めてやる」なんて言って、肝試しに来たのだ。
「まずお前が引け」
「うん、分かった」
差し出された棒を、指を空中に滑らせるようにして選ぶ。どれがアタリだろうか、正直一番最初になるのは嫌だ。しばらく指先を泳がせていたけれど、意を決して目をつぶって棒を手から抜き取る。
「んっ!あ……」
ゆっくりと目を開いて、棒の先を見ると、そこは赤く塗られている。アタリだ。
「決まりだな。 お前が1番目だ」
「ねぇ、幽霊なんて本当にいるのかな?」
「何言ってんだ、それを確かめるんだろ? それともなんだ、もしかして怖いのか? 何なら俺が先に行ってやってもいいんだぜ」
「まさかっ……! 怖いわけないじゃないか」
にやにやと笑みを浮かべる2人に言い返し、ぼくは門に手を掛ける。ずしりと重みを感じたけど、意外にもスムーズに開いた。
「じゃあ、行ってくるからなっ……」
門をくぐり、振り返って2人に声を掛けると、ぼくは庭を抜けてお屋敷へ進んでいく。一応手元にロウソクの明かりが有るけれど、手元を照らすくらいしかできないこの光じゃ、庭がどうなっているのかは分からない。しんと静かな中、辺りの木が風に揺れる音だけが聞こえてくる。
玄関の前に立つと、お屋敷はより一層おどろおどろしく、それ自体が怪物か何かのように感じられた。
「……すー……」
手元の明かりを扉に近づけてよく見てみる。扉は石で出来ていて、何か複雑な模様が刻まれている。ぼくにはそれが何なのかは分からないけど、たぶん怪物の姿を描いてあるんだと思う。
扉を引くとズズ……とこすれる音がしてゆっくりと開いた。お屋敷の中は当然のように真っ暗で、やっぱり静まり返っている。今すぐにでもおばけが出てきそうだ。
ぼくは扉の隙間に体を押し込むようにして中に入ると、ぐるりと壁に沿って一周する。右と左に扉があって、奥には、月と星が並んだマークが書かれた赤い布が垂れ下がっている。たぶん、大昔ここに住んでいた貴族の身分を表してるんだと思う。
この部屋には変わったものはない……はず。ぼくは右の方へ進むことにした。
扉を開けると、近くしか見えないからそうだとは言い切れないけど、廊下になっているようだった。左手を壁に沿わせ、ゆっくりと恐る恐る進んでいく。
「えっ……!」
曲がり角を曲がって少しすると、先がうっすら明るくなっているのが見えた。それはだんだんと、さらに明るくなっていき、やがて光の中に人影が見えた。ぼくは慌てて、近くの扉から部屋に入った。
「はー……はー……もしかして本当に……?」
縮こまって息を整える。心臓がバクバクうるさい。この音に近づいてくるんじゃないかなんて、思わず考えてしまう。扉をほんの少しだけ開けて、そこに顔を近づけて耳を澄ます。足音が近づいてきているのが分かる。時間が過ぎるのがひどく長く感じる。廊下の長さからしても、通りすぎてしまってもいいはずなのに、それどころか、まだ近づいてきている所みたいだ。
息を殺して神様に祈っていると、光が遠ざかり、真っ暗になった。たぶん通りすぎたんだと思う。
「あれが、幽霊……?」
遠くからで良く見えなかったけど、松明を持っていたようには見えなかった。いや、そもそも松明でもあそこまでは明るく無いし、何よりあの光は青い色だった。
扉から顔を出して、右左と頭を振って周りを確認してから、部屋の外に出る。もうあの光は近くにはない。気付かれなかったみたいだ。
「良かった……」
ぼくはそっと胸を撫でおろす。
「君、こんな辺鄙な所の屋敷に何の用かな?」
「は……?」
肩に手を乗せられ、声を掛けられた。ぎぎぎと、ゆっくり振り返る。ぼくの顔より少し高い位置に、真っ白な顔があった。
「ひぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
腰から崩れ落ちるように倒れる。完全に腰が抜けてしまった。どうにか逃げようとするけど、脚は不格好にバタバタ動くだけで、立ち上がるどころか体をずらす事すら出来ない。動けないぼくを、それは何をするわけでもなく、じっと見つめてくる。
「え……」
やがて、それはその真っ平らな白い顔に手を当てると、顔を外した。いや、そうじゃないさっきまで、ぼくが顔だと思っていたのは、お面だった。
「落ち着いた?」
おばけだと思っていた目の前の人は、女の子だった。いや、女の子のおばけかもしれない。まるでこの世の物と思えない、人形のように整った顔をしているのもそうだけど、さっきまで付けていたお面に負けないくらい、素顔も真っ白で、髪の毛も真っ白、おばけじゃ無かったとしても、おばけみたいだ。
「う……うん」
すこし落ち着いてきたから、ぼくはうなずいた。
「まあ、凡そ察しは付いてるけど、一応聞いておく事にする。君は怖いもの見たさに、此処に入ってきた訳だね?」
「うん……」
すこしハスキーな澄んだ声は、柔らかいけど有無を言わさない凄みがあって、ぼくはうなずく事しかできない。
「君くらいの年の頃、幽霊だとか或いは未知の物だとかに、心惹かれるのは理解できるけど、もし此処の住人が危険な人物だったらどうするのかな? 君がいなくなってしまえば、きっと君の家族は心配する」
「ごめんなさい」
「よろしい。素直に謝れるのは良いことだ」
一見すると僕より少し年上のお姉さんくらいに見えた女の子は、しゃべり出すとずっと年上のように感じた。
「そうだね、面白い話に興味が有るんだったら、こんな夜中、泥棒みたいなことはしていないで、昼間この屋敷を訪れると良い。たぶん彼女も嫌がらない」
「彼女?」
「此処の主人さ。私もしばらくは此処に落ち着いているつもりだから。君が屋敷を訪れるのを歓迎するよ」
そう言って、女の子はお面を付け直した。
「さて、お話はお終い。行こうか、家まで送ってくよ」
この後、入り口で待っていたユリウス達2人も、ぼくと同じように諭されることになった。