「これが、あたしとノアの出会い。5年前の出来事だね」
物語を語り終えると、クーラさんはお茶のカップを手に取って、一息に飲み干した。
「5年前……! ちょっと待って、ノアって何歳なの!?」
お話の中のノアは、今と同じような見た目であったように思う。けど、今より5歳年下の外見でも小さな少年だし、それならおかしくはないけど、そうじゃないはず。
「さぁね、少なくとも10年間、皇帝直属の冒険者をしてるみたいだけど……そこんとこどうなの?」
「私が陛下に10年間仕えてきた。まず、それは間違って無いね。そして、年齢だけど……私自身まともに覚えてない……というか、私の時間間隔がずれているとは、君の言った事だよね?」
クーラさんの言葉に、ノアは手元のノートから少しだけ顔を上げて答えた。
「あ~、はいはい。つまり答えたくないと。つまり知ってるとしたら、それこそ陛下くらいか……」
そう言ってクーラさんは、手のひらをひらひらと振った。今ので分かったのは、少なくともノアは見た目通りの年齢じゃないって事だ。
「ねぇ……輝晶ランタンって、ぼくと初めて会った時も持ってたあれだよね?」
「うん、その通り。此れの事だね」
ノアは今度はしっかりと顔を上げて、机の傍らに置いてあったランタンを持ち上げて言った。明るい場所では始めて見たそれは、ピカピカに磨かれた白い石でできていて、その真ん中に透明な宝石がはめ込まれている。
「それで、家が買えるくらい高いって本当?」
「そうだね。間違ってはいないけど、正しくも無いかな」
「それってどういう事?」
間違っていないのに、正しくも無い。言っていることがちぐはぐだ。
「確かに物に依っては家が買えるほどの値が付くこともある。けどそれは、特に高額な物の話。私の手元の此れにそれほどの価値は無いよ」
「高額な物って、どういうものなの?」
「そうだね、大きさや装飾等による美術品的な価値も考慮されるけど、最も重要視されるのは結晶の質だね。輝晶ランタンの核である結晶は、発光体であると同時に、通常のランタンにおける燃料の役割を兼ねている」
ノアは中央にはめ込まれた結晶に、片手で包み込むように触れて言葉を続ける。
「当然、永遠に発光し続ける訳じゃない」
「え……ちょっと待って……輝晶ランタンって、半永久的に光源として機能するんじゃないの……?」
ノアのその言葉に、クーラさんは如何にも信じられない物を聞いた、といった様子でノアをじっと見つめる。
「そうだね。永久にでは無く、半永久的、という事ならあながち間違いとも言い切れないかな。遺跡で比較的多く見つかる物でも、多くの場合、凡そ10年間は灯として使えるから」
「う~ん……10年って微妙な所ね。燃料代を考えても、普通のランタンとトントンじゃない」
クーラさんはそう言って、顔をしかめた。
「そうだね、これが最上の物ともなれば、それが作成された時から、現在へ至るまで、明かりとして稼働し続けているんだけど」
「待って、作られてから今までって、何千年も光続けてるって事!?」
思わずぼくは、驚きの声を上げた。
「そうなるね。まぁそれは家が建つどころか、持ち出し厳禁だけどね。家が買えるくらいの物は、まぁ100年程かな」
「つまりノアのそれは安物って事だね」
「安物って……それでも庶民には、とても手が出ない値よ」
感心するぼくに、クーラさん呆れたように言った。
「うん……正しくないけど間違っても無い。分かったようなわからないような。というか、この香りノアの匂いだったんだね」
今も、ふんわりと甘い焼き菓子のような香りが漂っている。それは言われてみれば、目の前の四角い焼き菓子とは、少し違う香りだ。
「確かに、そう言って来る人はいるけど、私自身には分からないね」
ノアはそう言って、お面の奥で目を細めた。
「ところで、話に出てきたフォンスって、どんな街なの?」
ぼくは話題を切り替えた。北の街って話だけど、どんな場所なんだろうか。
「う~ん、どんな街かぁ……そうね、ひと言で言うなら、技術の街ね。街のいたる所に工房があるの」
「工房? じゃあ、ノアの持ってるみたいな輝晶ランタンみたいな、すごいものも作れるの?」
「売ってくれる工房もあるけど……ノア、実際の所、作れるような物なの?」
クーラさんはぼくの質問に軽く答え、ノアに話を振った。ノアはお面の頬に指をあて話し始める。
「そうだね、それはどこまでか? という話になるね」
「どこまでか……?」
ぼくはノアの言葉をオウム返しにした。
「結晶に関しては残念だけど、再現はおろか原理すら把握できていない。けど、外装に関しては、技術のある職人なら問題無く作れるよ」
「つまり偽物って事?」
「まさか、問題無く機能する以上、それは本物だよ」
ノアはあっけらかんとした声色で言った。
「そうは言っても、遺跡で見つかったのと、今の職人が作ったのじゃ、まったく価値が違うじゃない」
「価値の有無と、物の真偽は別物だよ。それに、優れた職人の作は当時の物にも劣らない」
ノアは柔らかいけど重みのある声色で言うと、手元のランタンを軽く持ち上げた。
「それに、別にこればかりがフォンスで作られてる訳じゃないしね。これは……フォンスの職人の作では無いけど、全て現代の技術で作られてる」
そう言って、ノアは小さな箱を取り出した。手のひらに乗るくらいの大きさで、琴の形の装飾が付いている。見た目では、ぼくには何なのか見当もつかない。
「これは?」
「オルゴールだよ、優れた彫金細工で、こうして音色を奏でるんだ」
そう言って、ノアは箱を開けるとつまみを回した。すると、小箱は穏やかな曲調の柔らかな音色を奏で始める。何というか、暖かな春の日の小川を思わせるような曲だ。
「綺麗な音色……」
「気に入ってくれたなら、何よりだ。そして、私から見たフォンスは湖の街だね」
思わず呟いたぼくに、ノアは小さくそして満足そうに頷くと、言葉を続けた。
「帝国最大の湖である、アンティクア湖の南側に面するように街があってね。街中を水路が通っているんだ。本当に綺麗な街だよ」
「綺麗な街かぁ、いつか僕も行ってみたいな」
澄んだ水が流れる物づくりの街、どこかちぐはぐだけれど、ノアがきれいだと言うんだし、そのふたつが調和しているんだろう。
「そうだね。さて、翻訳が終わった」
「相変わらず、早いわね~。ありがと」
ノアは走らせていたペンを止めて、本を閉じるとクーラさんに手渡した。
「では、約束通りに私の御話にしようか。『竜追い人、コルネリウス。山嶺の白い竜』物語のはじまり、はじまり」
そう言って、ノアは机の脇に避けてあった本を手に取ると、ゆっくりと開いた。