ぼくはあの子との約束通りに、昼間お屋敷を訪ねた。森に囲まれたここは昼間でも薄暗く、やっぱりおばけ屋敷というのがぴったりだ。
玄関の扉に手を伸ばし、そこで止まる。あの日は忍び込んだから、普通に扉を開けて入ったけど、今日はそうじゃない。どうするのか考えて、手で扉を叩く。なんとも言えないかすれた音がした。
「これじゃ、ダメだったかな……?」
少し待ってみたけど、反応がない。もう一度、叩いてみようと、腕を振り上げたその時、扉が開くと中からぴっしりと整った身なりの男の人が、出てきた。
「当家に如何な……いえ、貴方の御話はノア様より伺っております。どうぞ此方へ」
「は……はい」
うながされてぼくはお屋敷の中へ入ると、男の人の後をついて歩いて行く。その動きは、なんというか隙が無いというか、キッチリと堅苦しい感じだ。左手の扉を進んで突き当りの扉の所で、男の人は立ち止まると、そのとなりに立って口を開く。
「ノア様は今、こちらの部屋にいらっしゃいます。それと
「えっと……よろしくおねがいします……」
セバスティアヌスさんに頭を下げると、ぼくはおそるおそる扉に手を掛ける。部屋の中に入ると、あの女の子が部屋の奥の机に向かって何かしていた。けどぼくが入ろうとすると、気が付いたようで、顔を上げる。やっぱりその顔は、あの日と同じようにお面を付けていた。
「君か、ようこそ歓迎するよ。唯、悪いけど少し待っていてほしい」
そう言って、女の子――執事さんの言っていた事からすると、ノアという名前らしい――は、また机に視線を落とした。
「ねぇ、何をしてるの?」
「ん? ああ、少し手紙をね、友人に連絡する用があるんだ」
「友人? その友達ってどんな人?」
「そうだね……いや、彼について今はまだ語らないでおこう。多分だけど、近々君と顔を合わせることになるかもしれない。紹介するのなら、その時だ」
そう言って、ノアは顔をこちらに向けた。お面で顔は分からないけど、たぶんその下で意味ありげに笑みを浮かべているように感じる。
「さて……そう言えば名乗っていなかった。私はノア、少なくともそう名乗っている」
手紙を書き終わったみたいで、立ち上がると、ノアは自身の胸に右手を当てて名乗った。けど、そう名乗っているだなんてちょっと変な言い方だ。けど、変わっているというのであれば、ノアの見た目からしてそうだし、ひょっとしたら大人は場合によってそんな言い方をするのかもしれない。
ノアは机の上に置いてあったベルを掴むと、それを鳴らす。すると、執事さんが部屋に入ってきた。
「ノア様、如何様でしょうか」
「セバスさん、これをあの方に届けてください」
ノアが火の付いていない燭台に変わった形の棒を近づけると、燭台に火が付いた。それに何やら赤い塊を近づけて溶かし、封筒に垂らしてスタンプのような物を押し当てる。そしてそれをセバスティアヌスさんに手渡した。
「確かに承知いたしました」
セバスさんはそれを酷くかしこまった様子で受け取ると、部屋から出ていった。
「それ、何!? 何で火が付いたの?」
ぼくは前のめりになってノアに尋ねる。
「これか……ふむ、客人をいつまでも立たせておくのも忍びない。そこの椅子に座ってくれるかな? 話はそれからにしよう」
ノアにうながされて、ぼくは丸いテーブルの前の椅子に座る。するとノアは話をしてくれるのかと思えば、部屋の隅に置かれた棚の方へ行ってしまう。どうしたのかと、ぼくが首を傾げていると、カップとティーポットを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「うん……いただきます。ん! おいしい」
ノアが注いでくれた飲み物は、焦げ茶色でドロドロとしていて、見た目では美味しそうには全く見えなかったけど、一口、口にすると驚いた。とろりと濃くて、なんというかコクがあって甘くておいしい。
「口に合ったようで良かった。さて、まずはこれの説明だったね」
ノアは手に持っていた棒を机の上に置いた。それはぼくの手の平ふたつ分くらいの大きさで、途中で折れ曲がった奇妙な形をしていた。薄い板が蛇がとぐろを巻くみたいに折り重なって棒状になっていて、先っぽではすぼんでいてまるで花のつぼみみたいだ。そして金みたいな鮮やかな色ではないけど黄色っぽい金属で、金属なのにまるで木みたいな模様がついている。
「これ、もしかして魔法の杖? すごいや、はじめて見た!」
「そうだね。多くの人はこれをそう呼ぶよ」
「ねぇ! 触ってみてもいい!?」
「構わないよ」
言うが早いかぼくは杖を掴んでいた。ノアの持ち方からすると、短い方を持つみたいだ。杖なのに折れ曲がった短い方を持つなんてすごく変わっている。
「えい、えい。炎よ出ろ」
強く念じて杖を振ってみるけど、何も起こらない。
「うーん。やっぱり呪文を唱えないといけないのかな? ねぇ、どうなの?」
「確かに多くの杖は魔法の行使に呪文が必要になる。けど、多分これを扱うのは君には無理だ。何人か持った人はいるけど、何故か私にしか使えなかった」
「そっか……」
魔法を使ってみたかったのに、残念だ。けど、どうしてノアにしか使えないんだろう。やっぱり、物語の聖剣みたいに、神様の子孫だとかじゃないとダメなんだろうか。ノアは肌も髪も真っ白だし、そういわれても納得できる気がする。
「では、本題に入ろうか」
「本題って?」
「忘れたのかい? 約束したじゃないか、面白い話をしてあげるってね。そうだね……肝試しに此処を訪れた君に丁度良いのは……」
ノアは言葉を切ると、お面の頬に指を触れさせた。
「幽霊が出るという洞窟の調査をした時の話にしよう。では、物語の始まり、始まり、なんてね」