私とその友人は、帝都から北東のハレーア村に訪れていた。
事の始まりは1週間ほど前、久しぶりに帝都を訪れた私に、彼が幽霊が出るという噂がある洞窟の調査の手伝いを頼んできたからだ。
「さて、ノア。お前はどう考える?」
村の一角の屋台にて、楊枝で貝をほじくりながら友人が話を振ってきた。
「どうって、私は神殿で神様に仕える神官でもないし、なんとも言えないよ」
「いや、お前に限ってそんな事は無いだろう。お前がそうやって、曖昧な言い方をする時というのは、何か自分の中で何か考えが形になっている時だ」
友人はいつもこうやって、私の事を酷く過大評価してくる。残念だけど、私はこの世の全てを知り尽くした大賢者などでは無い。少し、人より多くの言葉を理解できるだけだ。
ただ、幽霊について考えている事が全くないという訳ではない。けれどそれは、幽霊の正体がどんな枯れ木なのだろうかと考えているだけだ。
「本当に何か正体について、考えがあるとかそういうのは無いよ。それに、仮に自分の中でこれという、推測があっても。今の段階で口にすることはしない。余計な憶測で語って、変な先入観を持ってしまうと、却って真実が見えなくなってしまう」
「なんだ、やはり考えがあるのではないか。だが、まぁ……まずはここで聞き込みといこう。もうすぐ昼時、人も増えてくるはずだ」
「そうだね」
私は頷くと、ブドウの実を一粒、房から取ると口にする。流石は帝国の食糧庫とも称される、農業都市アグリコラとの中継地、ブドウも弾力があって甘い。私は次々に粒を口に運んでいく。
「すみません店員さん、果物を適当に見繕って籠でお願いします」
「お前、相変わらず果物が好きだな。今日はどれだけ食うつもりだ? まったく食が細いのか、太いのか」
呆れたように言う友人を余所に、私はリンゴ、オレンジ、ザクロと、次々に果物を平らげていく。そうしているうちにお昼時となって、お店の周りに人が増え始める。じゃあ、聞き込みを始めよう。
「店員さん、お会計を。それと、幽霊が出るっていう洞窟について、何か知らないかな?」
私は余分に硬貨を握らせて、質問をする。
「幽霊……お嬢ちゃん悪いことは言わないから、あの丘に近づくのはやめときな……連れ去られちまって帰ってこない奴もいるって話だ。ほら、一緒にいるアンタもお嬢ちゃんによく言い聞かせといてくれよ」
にべもない。まぁ、私の容姿では仕方がない事かもしれないし、次からは友人が矢面に立つ形の方が良いだろう。
しかし……
「……」
「お嬢ちゃん……まあ、いつも通りだな。やっぱりもう少し、肉を食べるべきなんじゃないのか?」
不服そうに黙り込む私を、友人が揶揄う様に言う。そう、私の性別は間違いなく男だ。しかし、初対面で私を男であると認識してくれた人物は、目の前の友人含め、今のところ誰一人としていない。
「はぁ、まあいいさ。声を掛けるのは、君に任せる事にする」
「いや、待て……余が声を掛けて回るのか? それはそれで問題が起こりそうだと思うのだが?」
「何をいまさら。こうして堂々と食事してたのに、騒ぎになるどころか、妙な視線も感じないし、大丈夫でしょ」
「あー……まあ、そうか。そうする事にしよう」
食事中、周りの人の視線が集まっていたのは、私の方ばかりで彼の方にはまったく向いていなかった。恐らく、彼の懸念事項は、過剰な心配だと言ってよいはずだ。
「すまんが、この辺りで噂されている幽霊について、何か知らないか?」
友人が最初に声を掛けたのは狩人、狩りに出ていた所らしく、服には草が張り付いている。
「幽霊……ああ、この村の南の丘に出るって奴だな。俺も見たことがあるよ」
「それは、本当か? なら、詳しく教えてくれ」
「ああ、その時は確か、鹿を追いかけて丘のふもとの洞窟に入っていったんだ。俺も噂は知っているけど、しょせん噂だと高を括ってたんだ。ところが、本当に見たんだよ幽霊を。霧の中で体が透けてた」
幽霊の目撃談、1人目から幸先が良い。村の南の丘とは、ほんの少し歩いた所、この村からもその姿がうかがえるあの丘だろう。
「それで、その幽霊はどんな姿をしていた?」
「姿……? すまない。ちらっと見えた時点で引き返したから、詳しくは覚えてないんだ。ただ、背が高かったような気がする」
「なるほど、感謝する」
彼は感謝の言葉を言って、次の人へ話しかける。その人は厚手の皮鎧で、軍でも広く使われている幅広の剣を腰に下げている。多分、冒険者だ。職業という点では、非常に情報が期待できる。
「貴公、幽霊について姿などは分からないか?」
「幽霊? すまないが、知らないな。ここには依頼で立ち寄っただけなんだ」
目を細め訝しむような顔で、男性は言った。
「そうか」
私の期待は裏切られた。彼は会話を切り上げ、次はどうしようかと視線を動かしていると、子供たちに声を掛けられた。
「おじさん、幽霊について知りたいの?」
「ん? ああ、君達何か知ってはいないだろうか?」
「幽霊は、おれらみたいな子供さ。霧の中で何人も立ってたんだ」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
子供達に感謝を述べて、少し村の外れへと移動する。次に声を掛けたのは、一仕事を終えたらしく、地べたにしゃがんでパンをかじっている農夫だ。
「なぁ、すまないが、幽霊について知ってることは無いか?」
「幽霊!? アンタ、悪いことは言わねぇ。あの丘に行くのはよしときな。俺は確かに聞いたんだ……昼間にもかかわらず、聞こえてくる薄気味悪い声を」
その目を宙に泳がせ、酷く怯えた様子で農夫の男性は言った。
「声? 姿は見て無いのか?」
「姿! そんなもん見たら、魂を抜かれちまうよ……!」
男性は身を揺する様に震えて叫んだ。そんなに恐ろしい物を聞いたのか、もしくは何か怯えるのに足る決定的な物、例えば犠牲者が今まさに犠牲になる所を見たのか、私も質問をすることにする。
「ねぇ、聞いたのはどんな声? 何を言っていたのか分かる?」
「何を言ってたのか? そんなん分かんねぇよ! けど、あれは地獄の底から、響くようなしゃがれた声だった……」
「ふーん……ありがとう。助かったよ」
この怯えようでは、これ以上聞くことは出来ないだろうし、私は質問を打ち切った。
「まあ、こんな所だな。まずは現地へ行こう。調査拠点を設営してから、ゆっくりとお前の推理を聞かせてくれ」
「んー……」
友人に生返事を返して、私は思考の海へと身を沈めていった。
「ノア、キャンプの設営は終わったぞ」
「ん……分かった。私も手伝えれば良いんだけど」
ハレーア村南の丘、その麓の洞窟の入口の前に、調査拠点となるキャンプが設営された。その設営作業は完全に友人任せになってしまったけど、その当人にお願いだから手伝わないでくれと、念押しされてしまっては仕方がない。以前、キャンプの設営を行った時に、支柱をまともに支えられず倒してしまうわ、布の重さで押しつぶされるわで、まともにこなす事が出来なかったのだ。
「さて、余はお前の推測が聞いてみたい。お前の事だ、既に全てを見通しているのではないか?」
「まさか、買いかぶりすぎだよ。まぁ、ひとつずつ整理していこうか」
そう言って、私はこれまでの情報を書き付けた紙を、目の前に並べていく。
「まず、幽霊の数や姿は多分重要じゃない」
「何故そう思う? 普通なら特に重要だろう。幽霊の容姿はその性質や、元の人物を表している。正直言って幽霊騒ぎの原因の特定の証拠だろう?」
「幽霊の身元なんてものは正直どうでもいいんだ。そんな物に意味はない。重要なのは、そこにあった物が何なのか。だから私が気になったのは、霧」
幽霊の素性なんて物は、見る側が勝手にこじつけているだけに過ぎない。例えばその場所で女性が事故に遭って亡くなったとする。そんな場所で幽霊を見れば、人はその幽霊を女性と結びつけるだろう。本当はそれは亡くなった女性と無関係だとしても。
「霧……確かに
「で、そこから考えられるのは2つ……1つは外側、つまり目撃者自身の影が、霧に映り込んだ物。もう1つは内側。ただこちらは、それが何なのかまでは、今は何とも言えないけど……多分、『遺跡』。君もそうだと思ったから、私に声を掛けたはず」
「ふむ、確かに余もその可能性があると思ったからこそ、お前を頼った。しかし、それはその遺跡が太古の墓所で、そこに埋葬された者の霊がさまよい歩いているのだというもので、そのような何かの見間違いという発想は無かった」
太古の墓所の幽霊。酷くありがちな話だけど、生憎、私は神も霊も信じてはいない。
「それで、お前は内と外、どちらだと考えている?」
「当然内側、外から影が霧に映っていたのなら、夜には現れないからね」
そう、もし幽霊の正体が、目撃者自身の影なら、光は当然その背中から、つまり現れるとしたら日の出ている時間帯だ。
「まぁ、念を入れて探索は夜を待ってにしようか」