白面紡ぐ、言の葉の星々。語り部ノアの千夜一夜   作:通勤

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人類文明保全博物館

街の門を抜けると、そこには人々が集っていたであろう広場が広がっていた。しかし、今ここにあるのは、その面影だけ。談笑する人々はその姿形だけで、辺りは静寂が支配していた。

 

「ノア、あれは何だろうか?」

 

 友人が指差すのは、この広場の中央。そこには、球形の映像を映し出すオブジェがあった。それは、一切のくすみも無く磨き上げられた、金属の台座に掲げられるようになっており、深い青の中に無数の輝きが星々の様に瞬いている。

 

「うーん……」

 

 私はそれに、吸い寄せられるように近づいて行くと、星々の中にゆっくりと手を伸ばす。当然、映像でしかないそれは、私の指先で一瞬揺らぎ、なんの感触も与えては来ない。ただ静かにそれらは、明滅を繰り返すばかりだ。

 当然その光の群れに、何か意味を見出そうとする事は出来る。例えば、ごくシンプルに解釈して星図、或いは球体と光で、文明の光を映す惑星の模型、けど答えを確かめることが出来ない以上、その行動にあまり意味はない。

 

「何か分かったか?」

 

 友人に声を掛けられ、私の意識は思考の中から引き戻される。

 

「ん……ううん。何も分からないよ、残念だけどね」

 

「そうか。ならやはり、ひとまずはあの中央のひと際高い塔を目指すべきだろうな」

 

 彼の方針は正しいだろう。この街はそれ自体が巨大な博物館、その中央へ向かうとなれば、その道中の建物も多くの者の目に触れさせたい物をまとめている可能性が高い。そして、塔を目指すという事、それ自体にも利点がある。それを基準に、自分たちの位置を絶えず把握できるのは大きい。

 

「いや、ちょっと待って……」

 

 私は広場中央のオブジェから離れ、広場を見回してみる。私が探しているものがあるとすれば、それは入り口付近。そして、そうでなかったとしてもある程度目立つようになっているはず。

 さらに私はゆっくりと広場を歩きながら、目当ての物が無いか探して行く。恐らくそれの周囲には、人々の姿を投影していないはず。しかし、私の探している物は見つからない。

 

「ノア、何を探しているんだ?」

 

「この街の地図だよ。この広場には、間違いなく設けられていると思ったけど、まぁ、見つからないならそれで良い。君の方針で行こう」

 

 私達は広場の奥の門を通る。門と言っても立派な物ではなく、私の胸辺りの高さの2本の支柱だけの簡素なものだ。

 

「これは、市場か……? しかし、すごい規模だな。いや、規模で言えば、帝都の市場も此れに並べるだろう。だが荷の運び込みの問題もあって、店舗はテントを用いている。だが、ここは全てが地面に根を張った建造物だ。余には、大量の品をどう運び込んだのか想像も付かんな」

 

 真っすぐに伸びた通路の左右には、無数の店舗が整然と敷き詰められ、そしてそこを行き交う人々の姿が映し出されている。店の前で足を止め、商品に目を向ける人、店の前で呼び込みを行う店員、しかし、その喧騒の中で、音だけが抜け落ちているのが、酷く不気味に感じられる。

 

「ん……ここは食堂(ポピーナ)か?」

 

 友人が1つの建物に目を留め、立ち止まった。そこは建物の一角に、張り出すようにこじんまりと設けられたもので、カウンターと椅子の簡素な作りになっていて、確かに彼の言葉通り、帝国内で広く見受けられる食堂屋台に近いものがある。そして、一番右端には1人、お客さんが映し出されていた。

 

「ふーむ……」

 

「おいっ、何勝手に入って……」

 

 友人の制止する声も無視して、私はカウンターの奥へ入っていくと店の中を物色する。正直言って、機械類に関しては何なのかは私にも分からない。マニュアルの類いでもあれば別だけど、それらしいものも無い。

 私は機械の扱いは諦めて、棚を調べていく。指先を触れさせるだけで、滑る様に戸が開いた。

 

「なるほど、此処は多分カフェだね。ほら、これが商品の材料らしい」

 

 そう言って、棚に入っていた物を友人に手渡す。それは飾り気の無い銀色の袋で、ぷにぷにとしている。

 

「商品の材料と言われても、余では判断できんぞ。中身について説明は書いていないのか? いや、そんなもの望めないか、ワインの入った壺に態々ワインとは書かんしな」

 

「いや、書いてあるよ」

 

「書いてあるのか……それで、中身は何か分かるか?」

 

「中身は果物の果汁らしいけど、どんな果物なのかは分からないね。開けてみようか」

 

 私のその言葉に、友人は露骨に顔をしかめる。

 

「待て……本気か? 流石に『忘れ去られた人々』の品とはいえ、腐ってるだろう」

 

「そう? 私は多分大丈夫だと思うけど、君がそう言うならやめておこうか」

 

 私は袋を棚に戻すと、通りに戻った。

 

「さて、ここは後にして塔へ向かおうか。どの道この規模の街、細かい調査は本格的な調査団が必要になる」

 

 私達は人々の影が行き交う通路を、塔へ向かってまっすぐ足を進めていく。市場を抜けると、辺りの建物が背が高く、飾り気の無いものに変わっていく。

 

「しかし、この街は随分と穏やかだ」

 

「穏やか?」

 

 不意に彼が口を開いた。

 

「ああ、先程の市場だが、スリの姿がまったく見られなかった。それに、人々の歩みもゆっくりだ」

 

「そっか、私は気が付かなかった。けど、歩く速さは兎も角、スリが無いのはそれを映してないだけじゃないかな?」

 

「いや、それは無い筈だ。道を行く人々の全員があまりにも無防備、物をスられるなんて、まったく思っちゃいない様子だ。まるで、お前のようだな」

 

「いや、待って。私はしっかりと警戒しているよ」

 

 突然こちらに飛んできた流れ弾に、私は口を尖らせ抗議する。別に私は性善説の絶対的な信望者ではない。貴重品は服に縫い付けるようにして、絶対に盗れないようにしている。

 

「警戒ねぇ……お前が服に物を縫い付けているのは、態々そうまでしなければ、対策にならないからだろう」

 

「……」

 

 私は友人の言葉に反論を諦め、黙り込んだ。正面に意識を戻せば、いつの間にやら、中央の塔はその存在感をいや増し、私達にその影を落としていた。辺りを行き交う人々の数も随分と減っており、此処にいるのは、身なりが整っていて、例えば役所勤めの様な、硬い職業であったように思える。

 友人は別に避ける必要も無いのに人を避けていたのもあって、人の数が減ったことで歩きやすくなったらしく、歩く速さが少し早くなった。少し付いて行くのが大変だ。

 やがて、塔自身が私達に圧し掛かるように感じられる程まで近づくと、塔の周囲を囲うように築かれた壁が行く手を遮った。

 

「壁だな。どうやら、ここが門になっている様だが……っ……!」

 

 友人が閉ざされた扉に手を伸ばすと、空中に映像が表示された。彼はそれに酷く驚いたようで、びくりと腕を引く。すると、映像が消えた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、なんともない……しかし、何なんだこれは?」

 

 私は彼の前に出ると、自分でも扉にゆっくりと手を伸ばしてみる。扉に指先に触れると映像が表示され、離すと映像が消える。

 

「んー……」

 

 私は扉に指を触れさせ、映像をじっと観察する。文字を表示するための空欄らしき横線と、その下に並んだ文字。どうすれば良いかは分かるけど、何が正しいかは分からない。

 

「そうだね。しいて言うなら、この扉の鍵かな?」

 

「鍵? 穴も閂も無いこれが?」

 

 彼が大きく首を傾げた。それも無理も無い事だろう。帝国の錠前といえば、外部からつっかえで物理的に施錠する極めて古典的な方法か、ピン錠かのどちらかだ。 

 

「まぁ、そうなるだろうね。これも説明が難しいな……」

 

「それで、開けられそうか?」

「残念だけど、無理だね。これを何の手がかりも無く開けるのなら、雪の中で真珠を探す方が余程簡単だと思うよ」

 

 少し触ってみたけど、打ち込んだ文字と表示される文字が違う。単純に文字を打ち込めば良い訳では無いみたいだ。

 

「そうか……なら、こうしよう。ほっ! ふっ……」

 

 友人が背負い鞄から金属製の棒を取り出し、壁の上へ掲げると、矢のようにグラップリングフックが壁に打ち込まれる。彼はしなやかな動きで、危なげ無く壁を登っていった。

 

「良し、大丈夫そうだ。ロープに掴れ、引き上げる」

 

 彼の言葉に従い、私は壁から垂らされたロープを手に巻き付けるようにして掴む。私自身の力だけでは、とても上がっていく事は出来ない。彼にロープを引かれ、ばたばたと脚を動かして、どうにかこうにか壁を登る。当然、降りる時も一苦労、優々と飛び降りる様に進む彼の後に続いて、おっかなびっくり降りていく。

 

「はー……はー……ぜー……」

 

 私は地面に崩れ落ちて、息を整える。帰りも登る事を考えると、今から既に頭が痛い。

 

「生きてるか?」

 

「ん……」

 

 友人の言葉に、呻く様に相槌を打つ。

 

「しかし、人影が全く居なくなったな」

 

「はー……ふー……多分この区画は、人々の姿を映す必要が無いんだと思うよ」

 

 わざわざ鍵が必要な扉で区切ってある区画、恐らく管理用の区画で誰かに見せる必要が無いのだろう。この区画に存在するのは、今目の前にそびえ立っている塔だけだ。

 

「さて、ここの扉も鍵が必要なんて事が無ければ良いが……」

 

 友人が扉に近づくと、右上と左下に分かれる様にして扉が開いた。扉の先、塔の内部は一切の物が無く、壁面に光の筋が走り、奥に扉が1つあるだけだった。

 彼の方を見れば、この殺風景さに少々拍子抜けしているようだった。多分、彼の中の塔の内部のイメージは、帝都にそびえる白亜の塔の細やかな彫刻が施された、華やかさと荘厳さの同居した空間だったのだろう。

 

「何も無いな……?」

 

「正直、エントランスに大して何もないのは予想していたけど、此処まで何も無いのは私も予想外だね」

 

「何にせよ、何もない以上は奥に進むしかないな」

 

 入口と同じように塔の奥の扉が開く。

 

「ここも、これまた殺風景だな。しかも狭い」

 

 友人は吐き捨てるように言う。確かにこの空間は、隙間なく人が詰めた状態でも、一度に入れるのは6人程が限界だろう。唯、そんな狭く何もない空間でも1つ人目を引くものがある。扉のすぐ横の、骨組み状の青い光で構成された頭の丸くなった円柱だ。

 

「ふーむ……上か下、どっちにする?」

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