「当然、上だな。まずは最初の方針通り、あの幻影の出どころから調べるべきだ」
友人は一切の迷い無く言い切った。単刀直入、実に彼らしく分かりやすい。
「分かった」
私は目の前に表示されている上矢印に触れる。一瞬、独特な浮遊感がしたけど、それもすぐに収まる。恐らくはこの部屋自体が、上昇を始めたのだろう。
「少し揺れたが、何も起こらんな?」
「大丈夫、既に起こっているよ。もう分かる」
私が言い終わって一呼吸程の間を置いて、笛の様な高い音がして、入り口の扉が開いた。開いた扉の先には相変わらずの無機質な床と、遥か遠くまで抜ける様な青空とが広がっていた。
「やはり高いな、空に手が届きそうだ」
「文字通りね」
この空は天井に投影された紛い物、その高さまで手を伸ばせば実際に届かせる事が出来るだろう。例えば、この塔の真の頂上、振り返れば今まさに目の上で光を湛えているその場所まで登るとか。
「そして、これがこの街の幻影……幽霊騒ぎの元凶か……太陽さながらだな」
「正直、あまり直視しない方が良いと思うよ。光が強すぎる」
私はその根元へ移動すると、ぐるりと回って何か無いか調べてみる。真下は屋根が設けられているのもあって、その強い光に目を焼かれる心配は無い。
「何も無いね……」
ある程度予想はしていたけど、此処に投影装置の制御端末の類いは、見つからない。
「いや、何も無いというのはおかしくないか? ここに確かにこれがある以上、それを操作しているのは、ここにある筈だ。もし、そうで無いとしたら何処にある?」
「多分あるとしたら、この塔の地下。恐らくだけど、この街全ての制御を、そこでしている可能性が高いと思う」
「この街全てか、途方もない話だな。やはり、『忘れ去られた人々』は我々の尺度で図るのは無理そうだ」
友人は塔の縁の手摺りに身を預け、この街を見下ろしながら、感嘆するように或いは打ちひしがれた様に言った。
「それは、どうだろうね? 過剰に彼らを特別視すると、きっと見えるものも見えなくなる。案外、技術という覆いを取り払ってしまえば、君達ともそう変わらないかもしれない」
眼下を見下ろしてみれば、文明の絶頂期という言葉をそのまま形にした様な街並みが、薄い靄の中で広がっている。そんな中、嫌にはっきり見える人々の営みの残滓は、どこまでも穏やかな日常を描いていた。
「とてもそうは思えない事だが、お前が言うと、何故か本当にそうなのではないかと思える」
彼の声色は晴れ渡ったものだった。
「そろそろ、地下へ行こうか」
「そうだな。お前が言うのなら、きっとこの街の全てがあるのだろう」
私達は塔の頂上に来た時と同じ様に小さな部屋に入り、今度は下矢印に指先を触れさせる。先程と同じように一瞬浮遊感がした。
「これは……!?」
扉が開き、塔の地下へ足を踏み入れた瞬間、友人が驚愕の声を上げた。
その部屋は一言で言うのであれば、巨大なひとつの精密機械だった。全てが深い青の光沢を持つ金属で作られ、その表面には線とその先端に小さな円が刻まれている。絶えず光が明滅し、脈動するように線の上を光が流れて行く。
私は部屋の奥に鎮座する端末に触れる。見ようによっては、祭壇か何かにも見える滑らかな曲面で構成された台座の様な形をしている。
触れた指先から伝わる感覚は意外にも、一般の金属がそうであるような硬質な冷たさではなく、むしろ暖かく感じられた。
「何が……! これは……!?」
友人が驚愕の声を上げた。先程まで柔らかく脈動していた光が激しく明滅すると、部屋全体が0と1の文字で埋め尽くされる。そして、0と1の明滅が収まると、端末の上に立体映像が表示された。
「ふーむ……」
空中に浮かぶ映像に触れると、それは形と映し出すものを変化させる。ゆっくりと操作を確かめる様に、指先を映像の上に滑らせる。何度も試行錯誤を繰り返し操作方法を確認する。
ひとまず、鍵無しでも情報を閲覧する事だけは出来る。指先を動かすと、この街を映し出す映像や、エネルギーの流れ、そしてそれら情報の履歴。更に調査を進めるため、あれこれ指先を動かしていると、不意に映像が止まる。どうやらこの先は鍵が必要らしい。
鍵に繋がる情報が無いか調べるため、一旦作業を戻す。
「ノア、何か分かったか?」
「いや、残念だけど、重要な情報の為には鍵が必要らしい」
「そうか。では、余は少しこの部屋を調べてみる」
そう言って、彼は壁面を中心に部屋を調べ始めた。私も再び端末に向き直り、立体映像に指先を滑らせていく。
先程の鍵が必要な領域以外にも、重要な情報がある可能性はあるし、何より鍵に繋がるような情報が見つかるかもしれない。
「むー……」
私は小さく唸った。端末からこれ以上情報を引き出すことは、私には出来ない。鍵が掛けられた階層の存在は勿論の事、素人ではそもそも触れることが出来ない領域もありそうだ。しかし、私に分かるのはそれがありそうという事だけで、その片鱗にすら触れられない。完全に手詰まりだけど、それでも情報を求めて指先を滑らせる。
「ノア、こっちに来てくれ」
頭を掻きながら仮想鍵盤を叩いていると、不意に友人に呼ばれる。
「何か見つかった?」
「ああ、ここを見てくれ」
友人が差す其処へ目を向けると、なんてことは無く他の場所と同じように、立方体が組み合わさったようにデコボコとしているだけだった。しいて言うなら、いくつかの光の線がそこに集まって途切れている事くらいか。
「何も無いと思うけど?」
「よく見ろ、ここだ。壁に切れ目が入っている」
友人がなぞる其処には、確かに切れ目が入っていた。それは4度折れ曲がって伸びて、長方形を形作っている。そう、それはまるで……
「恐らく隠し扉だろう」
私の言葉は、彼に代弁された。
「だね……」
幾何的な構造の壁面と一体化したスリットの周辺を、私は手のひらで撫でて行く。金属特有の硬質な冷たさが伝わって来る。けど、それはどうでも良い。開閉の為のスイッチなんていう、都合の良いものである必要は無い。それこそ指が引っ掛かる段差程度のもので良いから、何か扉を開くためのとっかかりが欲しい。
「ここは貴重な遺跡、なんてことの無い壁ひとつでさえ黄金に等しい価値がある。正直、余もやりたくは無いが、こじ開けるか?」
「ううん、多分それはやめた方が良い。恐らくだけどこの部屋は、それ自体がひとつの装置になっているんだと思う。傷ひとつでさえ何が起こるか分からない」
「それなら、どうする? 正直、余には仕掛けについて、皆目見当が付かん」
「そうだね……ん?」
壁を調べていると、手に妙にしっくり来る感触が伝わってくる。冷たい直線で構成された中で、そこだけが人の手に馴染む柔らかな曲面となっている。
「これは……見た目では、分からないな」
その曲面にピタリと手のひらを合わせ、軽く体重を掛けると、その横の壁が滑るようにして開く。その先に広がるのは真っ暗闇だった。
「暗いな……輝晶ランタンを付けるぞ」
友人がランタンに光を灯すと、扉の先が照らされ、暗闇に隠れていたものが明らかになる。
「通路だな……」
先に広がっていたのは短い通路で、扉が2つ左側と突き当りに設けられている。艶やかな赤みがかった茶色の床とベージュの壁面は、先程の部屋の幾何学的で冷たい印象とは打って変わって、何処か有機的で暖かな質感になっている。
「奥から調べてみようか。そちらの方が重要な可能性が高そうだ」
「だな。罠の類いは……なさそうだ」
友人がその前に立つと、扉は左へスライドして開く。部屋の奥には壁一面を使う形で、NO.8と表示されていた。
「あれは何の記号……? それにこれは……棺か?」
ランタンの光が照らし出すと、それは既に蓋は開き、その中はもぬけの殻になっていた。
「中にはなにも無しか……この様子では蓋が開けられてから、随分と時間が経っている様だ。ノア、あの記号の意味は分かるか?」
「記号……? あぁ、帝国の言葉で言うなら、8番目だね」
「8番……他にも同じ……いや、似た記号を余は見た事がある。あれは確か……ノア、お前と出会った遺跡の中だ。あれは?」
「あれは数字では無かったね。一番始めの文字が番号として振られていたはず」
友人の質問に答えながら、私は部屋の中を探索する。此処は随分と簡素な作りで、最後に人が居たのは想像も付かないほどの昔の事だったのか、床にはそこだけ埃が少ないなどの人が動いた形跡は見受けられない。正直言って、彼の言う所の棺の中に人が収まっていたのか疑問に思うくらいだ。
「駄目だな、この部屋には何も無さそうだ。もう1つの部屋を調べよう」
「そうだね」
友人の言葉に私は頷く。どうやら彼の方も、何かを見つけることは出来なかったらしい。
「そちらの部屋もこの有様で無いと良いのだが……」
そう言って友人は、通路の左側にあった扉の方へ歩き出した。その声色には、ほんの少し疲れの色が混じっている。
「ほう……」
友人は部屋に入るなり、満足げな声を漏らした。
「これは、確かにアタリかもしれないね」
その部屋はひと言で表すなら書斎だった。暖かな木目の床と真っ白な壁、それと綺麗に整えられたベッドと机。
「うーん、なんと言うか。懐古趣味的だね」
「懐古趣味?」
「いや、あまり気にしないで。私がそう思っただけだから」
私は机の引き出しを一つずつ引き出していく。ひとつ目の中に入っていたのは、経年劣化でぼろぼろになり元が何だったのか判別不可能な紙片。ふたつ目には何も入っていない。私が3つ目に手を伸ばそうとしたその時、友人に声を掛けられた。
「ノア、こいつを見てくれ。これは何だと思う?」
友人の手にあるのは、小さな小箱に収められた透明な物体だった。水晶かガラスか或いはそれ以外の何かなのかよく分からないそれは、小指ほどの大きさで六角柱に切り出され、目に近づけてじっと観察すると、何重にも重なるように内側に何か細かな文字の様なものが彫り込まれていた。
「これは……鍵かな?」
「これが鍵? 余には宝飾品にしか見えないが……」
「うん。正直、確証も無ければ、そうであるという理由も無いんだけど、直感的にそう思った」
「こういう時の、お前の感は鋭いからな。信じるさ」
友人は軽く目じりを緩めて言った。
「あの部屋に戻ろうか」
「そうだな」
開きかけた引き出しを閉めなおし、私達は部屋を後にした。
端末の鎮座する部屋に戻ると、私は鍵にちらりと視線を落とし、端末の前に立つ。辺りではやはり青い光が規則的に明滅している。
「さて……」
端末にはこの六角柱が収まるような場所は見受けられない。首を捻りながら何か無いかと、手に持った鍵を近づけると、鍵に引っ張られるような力が掛かり、私は驚いて手を放してしまう。
「っ……!」
鍵は端末の上で静止すると、その場でくるくると回転する。0と1とが激しく明滅を繰り返すと、表示された映像に数列が猛烈な速さで打ち込まれていく。
「正解……」
私は満足げに呟く。鍵によって認証され開かれた階層は、この街全体の制御システムの様だ。どの項目が何を制御しているか細かい所までは判別できないけど、まず手始めに全ての扉のロックを解除する。
「何か分かったのか? それこそ彼らの歴史の年表とか」
友人が食い気味に私に聞いてきた。
「ううん、この端末はあくまで街の制御を担っているだけみたい。けど、別にここから情報が手に入らなくても、問題ないよね?」
「いや、お前は何を言って……」
「だって、この街そのものこそが、彼らの営み其の物なんだから。全ての鍵は今ので解除したから、この街の全てを調べられる」
友人は私の言葉に呆気に取られた様に押し黙り、やがてゆっくりと口を開いた。
「そうだな。余とした事が、そんな当然の事を失念していた」
「あぁ、後……一応だけど人々の姿の映像は切っておこうか。これで幽霊騒ぎも終わり」
私は空中に浮かぶ映像に指を滑らせ、塔の映写機能を切ってしまう。これで、私の今回の仕事は終わり、後は考古学者達の仕事だ。