部屋に入ると、ユースティアは先程の老人――総支配人に飲み物を頼む。それを待っている間に、ユースティアはクレアをソファに案内する。
「どうぞ、水です。少しゆっくりしましょうか」
「あ、ありがとうございます」
クレアは水を受け取ると、一口口にする。そして、深く息を吐く。
「ふぅ……、柄にもなく緊張して疲れてしまいました」
「それはすみません。では、そのお詫びと言っては何ですが」
ユースティアはグラスを置くと、クレアの後ろに回る。
「きゃっ。ユ、ユースティアさん?」
「鉄道憲兵隊隊長の任務は激務でしょう。私といるときくらい、肩の力を抜いて下さい」
ユースティアの優しい手つき(※肩もみ)に、クレアは無意識に緊張させていた体から力を抜く。
「ありがとうございます。ふふふ、ユースティアさんといるときはリラックスしているつもりでしたが、存外私も女だったようです」
「何を言いますか。クレアさんは素敵な女性です」
そのままクレアとリラックスしていると、部屋の扉がノックされる。ユースティアがそれに応対し、ワインボトルとワイングラスを受け取った。
「リラックスもしてもらったところで、お勧めのワインです。飲みましょう」
ユースティアは笑顔を浮かべながら、ワイングラスにワインを注ぐ。
「さ、どうぞ。帝都でも人気のラマール州のワインです」
ユースティアに勧められ、二人はワインを飲む。が、同時にクレアが顔をしかめる。
「っと、ブジョネのようですね」
高級ホテルとしては、ほぼ有り得ない失態である。しかし、ユースティアは特に驚くわけもなく、淡々とワインブラスをテーブルに置く。
「ユースティアさん」
「先月の実習中、正確にはクレアさんがルナリア自然公園に来てくれた頃でしょうか。その時に、《G》と名乗る男が、その場所にいました」
唐突なユースティアの言葉に、クレアは目をつり上げる。それまで部屋にあった甘い空気は全て吹き飛んでいた。
「それは……」
「先日話した、厄介話、です。彼は魔獣を操る笛型のアーティファクトを所持していました。まぁ、持ち主自体はそこそこな人物かと思いますが、あの笛は脅威となるでしょう」
「そうでしたか。でも、どうしてあのときに教えてくれなかったのですか?」
クレアの問いに、ユースティアは懐から、数枚のメモ用紙を取り出しそれをクレアに渡す。
「ノア達に頼んで調べてもらいました。確定ではないにせよ、恐らく」
「いえ、これほどのもの、感謝いたします。我々の方でも調査していきますので、何か分かりましたら連絡いたします」
「えぇ。ありがとうございます」
ユースティアがクレアにお礼をすると、そこで扉がノックされる。ユースティアは扉を開けると、今度はその人物を中に招いた。男性が持ってきたカートにはワインボトルが数本乗っていた。
「折角の夜です。最高のソムリエが選んでくれた“今度こそ”最高のワインをご馳走しますよ」
ユースティアの言葉に、クレアは困ったようにクスリと笑う。
「さっきのはわざとだったのですね?」
「いえ、こんな素晴らしい所で無粋な話をしたことへの罰でしょう」
ユースティアのわざとらしい冗談に、クレアはそれ以上追及するのは止めた。
それからは、会話を楽しみながらワインを開けていく。
一本飲んだ所で、ユースティアがソムリエの男に声を掛けた。
「申し訳ない。予想以上に酔ってしまったようです。後一本だけ頂くから、あとは皆さんで飲んで下さい」
予想外の贈り物に、流石の一流の従業員とはいえど、喜びを隠すことが出来なかったようで、入ってくるよりもいくらか軽い足取りで部屋を出て行った。
「ユースティアさん、酔ったなんて嘘でしょう?」
「えぇ。でも、これからは二人っきりで過ごしたいですから。クレアさんとなら深く酔うのも魅力的ですが、やっぱりもったいないですから」
ユースティアは新しいグラスにワインを注ぐと、クレアに渡す。
「それに、クレアさんには一緒に酔ってもらいたいですし。さ、今度こそ美味しいお酒です」
「えぇ。では、卿はお付き合いします。ふふふ」
グラスを打ち鳴らすと、不意にクレアがクスクス笑い出した。
「どうしましたか?」
「いえ、私も存外女だったようです。こんなに悪い男性に引っかかってしまうだなんて」
「いやでしたか?」
「そこがズルいんです。イヤなわけ、ないじゃないですか」
そう言うと、クレアは何も言わず目を閉じる。ここで何かを言うほどユースティアは無粋ではない。そのまま顔を近づけると、クレアに長いキスをしたのだった。
唇をクレアから離すと、クレアの顔は真っ赤に染まっていた。それが酔いからくる赤さとは別物なのは明らかであった。
「……溺れさせてくれますか?」
「えぇ。今夜はどこまでも酔って下さい」
その夜は、何時までも部屋の明かりが消えることはなかった。
ノクターン候補その一
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