朝となり、ユースティアとクレアはホテルのホールに出た。昨夜のドレスとは異なり、カジュアルな服装であった。
「よく似合っています。プレゼントした甲斐がありました」
「ありがとうございます。でも、本当にいいのですか?」
「えぇ。またそれを着てデートしましょう。では。本当なら送っていきたいところでしたが」
ユースティアはクレアを送ろうとしていたのだが、クレアはそれを断っていた。
「私とユースティアさんが二人で歩いているところを見られるのは現段階ではあまりよろしくありません。でも、そのお気持ちは嬉しいですよ」
クレアが小さく微笑むと、ユースティアは観念したようだった。
「では、最後に」
そういうとユースティアはクレアに顔を近づける。今は朝であり、少ないながら他の宿泊客もいる。しかし、クレアはスッと目を閉じてユースティアのキスを受け入れたのであった。
「んっ……。……ふふっ、ありがとうございます。ではまた」
最後にユースティアの頬にキスをすると、クレアはホテルから去っていった。
「全く、本当に素敵な女性だことで」
そんなことを呟きながらホテルを出て行く。
「そうは思いませんか?」
「えぇ。あなたは悪い男です。ほら」
後ろにいる女性へと話しかけると、その女性はユースティアの顔を強引に取ると、強引にキスを奪った。
「んっ、やっぱりあなたからはいつもいい香りするわ」
そう言いながら、その女性はユースティアの脇腹をキュッと抓る。
「いたた。痛いですよリズ」
リズライヒ・ヴィンター。名門ヴィンター伯爵家の次女であり、ユースティアの二つ年上の女性である。ユースティアとはただならぬ仲であり、ユースティアとは関係が深い女性である。
「それで、浮気性のユースティア。今日は私に付き合って下さいね。折角昨日はトールズまで行ったのに、まさかあの方と一夜を過ごしていたなんて思わなかったわ」
「……学院に行ったんですか?」
「それとあなたの寮にもね。随分と可愛らしい子達がいるのね。彼女たちとは駄目よ? あなたの毒牙は、初々しい女の子には猛毒なのだから」
ユースティアはトリスタに戻ったときの追及の嵐を想像して、帰るのが少し憂鬱になっていた。
「まったく……ノアと一緒にいて下さいと言っていましたよね」
「あら、昨夜は一緒にいたわよ。貴方がいないと分かったから、すぐに戻ってきたのだから」
「はぁ……分かりました。では、一緒に行きましょう」
「それでいいのよ」
リズライヒはユースティアの腕を取ると、王宮に向かって歩き始めた。リズライヒは美女である。それも、他に並び得ぬほどの美女。ユースティアの銀の長髪とは対照的に、闇夜の如き漆黒の長髪は好対照で、道行く人々の視線を集めていた。
「ふふっ、あなたの腕に抱きついてると、幸せな気分になるわね」
「私としても嬉しいですが、流石に恥ずかしいですよ」
「でしたら、昨日私を袖にした罰ですわ。それが、こんな役得ならば、嬉しいでしょう?」
「ははは……、そうですね」
珍しくユースティアは苦笑していた。そのまま王宮の前に到着すると、門にいた近衛兵に用件を伝える。すると、近衛兵は慌てたように二人を王宮内に案内する。
案内された部屋で待っていると、一人の男が部屋に入ってきた。
「よっ、お熱いことだな」
「お久しぶりです、レクター特務大尉」
レクター・アランドール特務大尉。オズボーン子飼い《鉄血の子どもたち(アイアンブリード)》の一人で、《かかし男(スケアクロウ)》と呼ばれる男である。
「おいおい、固いな。いつも通りレクターさんで構わんよ。ヴィンター嬢もお久しぶりです。相変わらず熱々ですね」
レクターはリズライヒにも頭を下げる。リズライヒはチョンとスカートをつまむと頭を下げた。
「ごきげんよう。お久しぶりです」
「さっ、ユースティアの所のメイドほどではないですが、ここのコーヒーも中々です。ユースティアもそれでいいかい?」
「構いませんよ」
レクターがベルを鳴らすと、メイドがコーヒーと菓子を持ってやってきた。素早く用意をすると下がっていった。
「じゃあ、乾杯だ。クロスベル行ったときにもらってきた豆だが、美味しいぜ?」
「では……うん、確かに。いい香りです」
「それに、このクッキーも美味しいです。流石はレクターさんですね」
二人とも、レクターのコーヒーを絶賛する。レクターは満足そうにするとカップを置いた。
「さて、早速だが本題だ。リズライヒさんが持ってきてくれた件の資料についてだが、とても役に立つ。改めて感謝する」
「お役に立ったのならなによりです。こちらとしてはお仕事を増やしてしまったので、申し訳ないと思っているんですが」
「それが俺たちの仕事だよ。リズライヒさんもありがとう。大変だっただろう?」
レクターの言葉に、リズライヒは首を振る。
「いえ。ノアさんもいましたから、それほど大変ではありませんでした。全く、この人のメイドさんは非常に優秀です。そうは思いませんか、レクター様?」
ユースティアの腕を抓りながら言うリズライヒに、レクターも流石に苦笑いするしか無かった。
「それにしても、ユースティアは相変わらず尻に敷かれているな」
「私にはもったいない女性ですよ」
少し顔をしかめつつも、リズライヒのことは愛おしげに見つめていた。それを見てレクターはやれやれと肩をすくめた。
「はいはいご馳走さん。まぁ、お前さん達のお陰で、ラマール州の方にも何とか潜り込めている。とはいっても、殆ど分からないことだらけどな」
「それは師匠が優秀だからでしょう。あまりラマールの方には深入りしない方がいいでしょう。あそこは私でも分からないことだらけですから」
「そうしたいところだけど、そうできないのが官職勤めのイヤなとこでね。まぁ、しっかり参考にさせてもらうよ。俺が言うことではないけど、お前たちもあまり危ない橋を渡るなよ?」
「それこそ今更でしょう。ですが、学校は違えど元会長のあなたに言われてはしないわけにはいきませんね」
「というか、ユースティアといるだけで、危ないことだらけですから。心配はご無用です」
「全く、大した奴らだ。分かった。心配はしないよ」
レクターはそう言うと、ソファから立ち上がった。
「呼び出しておいて悪いが、仕事が山積みでな。悪いが失礼するよ。せめてゆっくりしていってくれ」
レクターはメイドを呼ぶと、そのまま部屋を出て行った。
「ゆっくりと言われてもなぁ。リズは何かしたいことでもありますか?」
「そうですね、では久しぶりにユースティアの髪でも結わせて貰おうかしら」
リズライヒはメイドに道具を持ってくるよう言うと、ユースティアを鏡の前に座らせた。
「普通、こういうのは私がやる側ではないですか?」
「ふふっ、ではあなたにも後でやって貰いましょう」
リズライヒはメイドから受け取った櫛でユースティアの髪を梳かす。ユースティアの髪に引っかかることなくサラサラと流れ、後ろで見ていたメイドが息を漏らしていた。
「いつ見ても貴方の髪は綺麗ね。羨ましくなるわ」
「それはこちらのセリフです。私はリズの髪、好きですよ」
「私もユースティアの髪は好きですから」
二人の雰囲気に、部外者であるはずのメイドの方が照れて真っ赤になってしまっていた。
慣れた手つきでユースティアの髪の毛を結い上げると、入れ替わるようにリズライヒが座る。
「ほら、やっぱりリズの髪も綺麗じゃないですか」
「当たり前よ。貴方に負けてしまっては悔しいもの。折角だからお揃いにしてくれるかしら」
「畏まりました、お嬢様」
そう言うと、ユースティアも慣れた手つきでリズライヒの髪を結い上げる。
「ありがと。ねぇ、どうかしら?」
リズライヒは不意に後ろで顔を惚けさせているメイドに感想を求める。
「は、はいっ! お二人ともとてもお美しいです!」
「ありがとう。では、お披露目にでも行きましょうか。貴女もついてきてね」
メイドを伴って、部屋から出る二人。社交界で話題によく出てくる二人である。そんな二人がお揃いの姿でいるのだから目立つこと仕方がない。
そして、そんなことを宮殿内でしていれば、当然。
「お、お兄様?」
すぐにアルフィンに伝わる。
「ひ、姫様。何をしていらっしゃるのですか?」
この日、アルフィンはエリゼを招待していた。お茶をしているに、ふとイヤな予感がしたために、こうして宮殿内を歩いていた最中に、こうして腕を組んでいるユースティアとリズライヒを発見したのである。
廊下の影で、仲睦まじい様子の二人にワナワナと震えていた。
「あら、ユースティア様ではないですか。それにリズライヒ様も。一言ご挨拶をぐえっ」
淑女にあるまじき呻き声をあげるエリゼ。アルフィンに首根っこを引っ張られて、廊下の影に引きずり戻された。
「だめよエリゼ。今顔を出してはいけないわ」
「ごほっごほっ。ひ、姫様急に引っ張らないで下さい……」
咳き込むエリゼを余所に、アルフィンはユースティアとリズライヒを追いかけていた。このまま放っておくこともできず、エリゼもため息を吐きつつアルフィンの後を追いかける。
「第一、今日お兄様が来るだなんて聞いていませんわ」
「……私はこんなことになるだなんて聞いていませんでした」
エリゼの恨み言も何とやら、アルフィンはユースティア達の尾行を続行した。とはいえ、一国の皇女がこんなことをしていれば、注目されるのは当然である。通りかかる人々に、思わず二度見させており、集中しているアルフィンはともかく、エリゼは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
一方ユースティアとリズライヒは、しっかりと後ろの可愛い追跡者に気が付いていた。
「ふふふ、姫様は相変わらず可愛いわ」
「……まぁ、それには同感ですが。それで、いつまで知らんぷりしているんですか?」
「もちろん、向こうが出てきてくれるまでよ」
つまり、アルフィンが折れない限り、リズライヒはこの茶番を続けるつもりだということである。
「全く……姫様に嫉妬していただく、というのも悪い気はしませんけど、後が非常に大変なことになるんですよ? とくに、本人とプリシラ王妃への釈明が」
「それこそ、自業自得よ。それに、それを何とかしてこそ男の甲斐性よね?」
全く悪びれないリズライヒに、ユースティアはこれ以上お願いをしても無駄だと諦めた。
「それで、どこに行くのですか?」
「そうね、お庭に行きたいわ。あなたがいないと行けないところですし」
アルノール家と懇意にしているユースティアは、城内の多くの施設の利用を許可されている。とはいえ、普段はアルフィンやプリシラ、またはオリヴァルト達皇族の面々と利用しているのであり、今回のように皇族以外の女性とともにプライベートで利用したことはない。
それに加えて、嫉妬で後をつけてきているお姫様がいるのだから、どうなるかは火を見るよりも明らかである。その証拠に、後ろからの殺気はどんどん増していた。
「リズ、もう呼びますよ? シュバルツァー嬢もそろそろ可哀想ですし」
この場で最も可哀想なのは、やる気もないのに恥ずかしいことをさせられているエリゼであった。
一方追跡組。
「あら?」
「どうかしましたか姫様?」
影から覗くアルフィンの後ろから、ぐったりしながら訪ねるエリゼ。
「いえ、お二人を見失ってしまって」
「えっ? ここは一本道で見失うはずが……」
「もう気付かれてますから、一緒にお茶でも飲みましょうか」
「「きゃあ!?」」
突然後ろに現われたユースティアに、アルフィンとエリゼは飛び上がるほど驚いた。振り向けば、今まで追跡していたユースティアとリズライヒがいた。
「お、おおおお兄様!? どうして、えっ!? 今まで前に」
「落ち着いて下さい姫様。単純に高速移動しただけです。それより、一緒にお茶でも飲みましょう。ずっと歩いていて疲れたでしょう? さ、エリゼさんも」
「は、はい。ありがとうございます」
追跡にノリノリであったアルフィンはともかく、元々やる気のなかったエリゼは素直にユースティアの誘いに乗ったのであった。