英雄伝説閃の軌跡 白銀の羅刹   作:天神神楽

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翡翠の公都にて

 

5月26日となり、実技テストである。リィンやユースティア達は順調に課題をクリアしたが、Ⅶ組に重くのし掛かる問題が、一月前よりも悪くなって顕在していた。

「まさか、リンクが繋がらなくなってしまったとはな」

ユーシスとマキアスの《ARCUS》のリンクが、繋ごうとした瞬間、切れてしまったのである。課題自体はクリアできたものの、二人は何も出来なかった。今もお互いを非難し合っていた。

そんな二人の間に入ったのはユースティア。

「取り合えず、言い争いはその辺にしておけ。一応まだ授業中だぞ?」

「ふん……分かっている」

「君に言われるまでもない!」

二人に背を向けられ、ユースティアは肩を竦めた。

取り合えず、言い合いも収まったのを見計らうと、サラは今月の特別実習先と班構成の書かれたプリントを配った。

そこには以下のように記されていた。

 

A班:リィン、エマ、マキアス、フィー、ユーシス、ユースティア

 (実習地:公都バリアハート)

 

B班:ラウラ、アリサ、エリオット、ガイウス

 (実習地:旧都セントアーク)

 

人数に差があるという所にも目が行くが、それよりも見逃せない項目がある。

前回に続いて、ユーシスとマキアスが同じ班だということに加え、マキアスが公都バリアハートに行くということである。

「冗談じゃないぞ!!」

「このような茶番、認めるわけにはいかない」

案の定、ユーシスとマキアスはサラに噛みついた。リィン達に説得されようとも貸す耳をもたず、班構成の見直しを主張し続けていた。

「第一、人数に偏りがある。普通ならば、5:5で分けるだろう」

「あー、それは私の事情だ」

ユーシスの言葉にユースティアが答える。

「事情だと?」

「そうだ。実は実習の期間中に別行動をしなければならなくてな。その為にA班の人数が多くなっているんだ。それに、リィン達も言っていたように、士官学院の学生ならば、教官の意向に逆らうのは問題だぞ」

「私用で動こうとする君には言われる筋合いはない」

これにはマキアスも反論した。ユーシスも口には出さないものの、同意見のようで、ユースティアはお手上げと両手を挙げた。

「降参しました。サラ教官、よろしくお願いします」

「なによ、やるなら最後までやりなさいよ。……ともかく、私としても命令したつもりではないし、君達の要望を聞くのも吝かではないんだけど……気が変わったわ」

そう言うとサラは自分の武器を取り出した。

「力を示せ、とはいうけれど、私は武力が全てだとは思わない。だけど、自分の意見を通したいのなら、あんた達の力、見せてみなさい」

そうして始まる、ユーシスとマキアス、そして巻き込まれたリィンとの戦い。結果はいうまでもなく、サラの完勝であった。

「ふむ、リィンは随分と奮闘したな。旧校舎での調査が効いたのかな」

「ははは……まだまだだよ」

疲れてはいるものの、リィンはすぐに立ち上がると太刀を鞘に納めた。

「謙遜することないぞ。教官は私達よりも遥かに格上の相手。そんな相手に対して効果的に立ち回ったんだ」

「ありがとうユースティア。とはいえ、負けたのは悔しいな」

「それでこそ武人だよ」

リィンとユースティアはほのぼのとしていたが、ユーシスとマキアスはそうはいかない。決定を覆せず、解散を告げられると、なにも言わずに校庭から去ってしまった。

 

そして、数日経ち5月29日。特別実習当日である。

前回のリィンとアリサの痴話喧嘩とは異なり、ユーシスとマキアス、そしてリィンの間に流れる空気は最悪であり、エマはタラリと汗を流していた。フィーは端から諦めている。

一方ユースティアはというと。

「はい、今朝キルシェのキッチンをお借りして作ったお弁当よ。皆で食べてちょうだい」

「なぜいるのですか」

帝都からわざわざやってきたリズライヒから弁当を受け取っていた。6人分ともなれば大きい。

「ユースティア……いくら貴方が女誑しとは言っても、これは、ねぇ……」

色々ユースティアにやらかされているアリサは、ここぞとばかりに口撃していた。

「ふふふ、お弁当はともかくとして、用があるのは本当よ。はい、昨日殿下から受け取ったから渡しておくわね」

そう言って渡されたのは、一枚の封筒であった。そこにはアルノール家の紋章が書かれている。

ユースティアは落としていた肩を戻すと、その封筒をしっかりと受けとる。

「では皆さん、様々な課題があるとは思いますが、決して挫けず、諦めずに最後まで考え抜いて行動してくださいね。帝都からではありますが、応援しています」

リズライヒからの激励にⅦ組の面々は頭を下げる。そこに列車が到着した。

「じゃあ行ってきますよ。姫様方にはよろしくお伝え下さい」

「分かりました。必ず」

最後に一言交わすと、列車の扉が閉まる。そのまま座席に着いたが、皆ユースティアに注目していた。

「ん? あぁ、リズの朝ごはんか? リズも料理は上手だから美味しいぞ」

「いや、そうじゃ……」

「まぁまぁ、まずは朝ごはんを食べようじゃないか。話はそれからだ」

リィンの言葉を遮り、ユースティアはそれぞれにリズライヒが作ったサンドイッチを渡す。皆、何か言いたそうだったが、サンドイッチを口にした瞬間、目を見開いた。

「美味しいな……」

「こんなに美味しいサンドイッチ、初めてです」

「おかわり」

「だろう? リズは私の料理の先生だからな。それに、こんなに美味しいものを食べると色々バカらしくなってこないか、ユーシスにマキアス?」

黙っていた二人に話しかけると、二人はユースティアのことを睨んだ。

「バカらしいとはなんのことだ?」

「随分強引に思えるが」

「苦しいのは百も承知だがな、そうでもしない限り、いつまでも歪みあうつもりだろう?」

あまりにストレートな物言いに、リィン達だけでなくユーシス達も絶句していた。

「マキアスの意見については、私からは何も言わない。ユーシスについても同様だ。だが、それを鑑みたとしても、二人の態度がこの特別実習にそぐわないのは一目瞭然だろう」

「くっ、ではこの男と仲良くしろとでも言うつもりか!」

マキアスが叫ぶが、ユースティアは一切動じない。

「いや、二人はそういう間柄ではないだろう。だが少なくとも、学院においては、Ⅶ組の10人は《仲間》だ。決して敵ではない。それはあの日、オリエンテーションの最後に参加を決めた私達10人が心しておかなければならないことだ」

ユースティアの言う《仲間》という言葉に、全員黙り混む。そんな中、最初に口を開いたのはユーシスであった。

「……分かった。少なくとも学院の中では、不必要にいがみ合うのはやめよう。まぁ、この男が納得するかは知らんがな」

「そ、それはこっちの台詞だ!」

またしても言い争いだしたが、これまでのものとは確かに違っていた。

「ま、堅苦しい話は終わりだ。早く食べないと、フィーが全部食べちゃうぞ」

「食べていいなら、食べる」

いつの間にか両手にサンドイッチを持っていたフィーに、リィンとエマは笑ってしまった。

バリアハートが近づき、ユーシスが街の説明をする。それが終わると、ふとユーシスが何かを思い出した。

「そう言えば結局聞いていなかったが。ユースティアとリズライヒ卿はどんな関係なんだ。先日訪ねてきた時といい今朝といい、な」

一番気になっていた件故に、特にエマが興味津々であった。

「あー、あれについては完全にリズの悪ふざけだ。で、私とリズの関係だけど、一言で言えば同僚だな」

「同僚? あちらはともかく君は学生だろう?」

前回の実習では別の班であったマキアスは首を傾げた。それはエマ達も同様だったが、唯一前回も班が一緒であったリィンはとあることを思い出す。

「領邦軍を止める時に言ったやつか?」

「そう。《王家直属監査官》ってやつだな。私はその役職に《準男爵》として特別に就いている。その経緯については極秘だけど、リズ、リズライヒ・ヴィンターは私の部下なんだよ」

想像もしていなかった解答に、全員ポカンとしてしまった。士官学院にはユースティア以外にも多くの貴族生徒が存在する。《四大名門》であるパトリック・ハイアームズ、アンゼリカ・ログナー、そしてユーシス・アルバレア。もちろんユースティア・カイエンもそうである。

しかしユースティア以外の貴族生徒は爵位を継承しているわけではなく、貴族の家の生まれであるに過ぎない。無論、貴族であることには変わりないのだが、爵位持ちというわけではない。

だが、目の前の男はカイエン公爵家の生まれに加え、自身も爵位を持っているのである。

だが、ユーシスは一つ疑問を覚えた。

「では、お前はカイエン家を継がないのか?」

「多分な。家自体は兄が継ぐだろうし、父上もそのつもりのはずだよ。それに、今の立ち位置の方が色々口出し出来るしな。オルディスで色々献策出来たのも、息子ではなくて、《準男爵》として動いたからだしな」

海都オルディスの繁栄は、帝国のみならず諸外国でも有名であり、その立役者であるユースティアも同様である。

「継承したわけではないから、対して偉いわけじゃないけどな。とはいえ、現状では言わば王家直属なわけだから、貴族には効くんだが……まぁ、そこはものは使いよう、ってやつだ」

「じゃあ、今回の私用というはもしかして」

エマがちらりと封筒を見る。するとユースティアは一枚書類を取り出した。

「いや、これは殿下から頼まれたリュートの弦のおつかいだ。ほら、あの人忙しいからバリアハートにまでいけないからな」

その書類には確かに《買ってきてほしいものリスト》なるものが書いてあった。あまりな結末に、がくりと肩を落としたのだった。

その後直ぐに駅に到着し外へ出ると、Ⅶ組A班を豪華な導力車が出迎えた。そこから出てきた青年は優雅で、まさしく貴族というような出で立ちで、その顔立ちはユーシスに似ていた。

「お疲れ様、Ⅶ組諸君。そして、ようこそバリアハートへ」

「あ、兄上!?」

ルーファス・アルバレア。ユーシスの驚きの声の通り、アルバレア公爵家の長男であり、貴族界きっての貴公子である。オリヴァルト、ユースティア、そしてルーファスの三人が、帝国の女性たちの人気を三分しているのである。

「お久しぶりです、ルーファスさん。確か、以前お会いしたのは……」

「皇宮でのパーティーだったね。あの時の君と姫様のダンスには見惚れてしまったよ」

「ルーファスさんこそ、まだまだ私では敵いません。あれこそ貴族、というのでしょうね」

二人の会話に、皆置いていかれそうになる。が、そこはしっかりと話を元に戻していた。

「おっと、すまないね。彼と話すとつい話しすぎてしまう。まずは宿泊先に案内しよう。私としては我が家でも、と思ったのだが、それでは実習の本意から外れてしまうだろうからね」

案内された車に乗り込むと、こそこそとユーシスがユースティアに声をかけた。

「お前は兄上とも親交があったのか?」

「あぁ。実家でやったことについて話し合ったりしてな。ルーファスさんにも、色々な意見をいただいたんだ。家と家の関係もあるから、頻繁に、とはいかないけど、多くのことでお世話になっているよ」

「ははは……、何だか想像出来ない世界ですね」

「ただの女誑しじゃなかったんだね」

「第一、仕事相手は男性が多いぞ。まぁ、宰相閣下なんかは、オペラで主役張れそうなくらいいい声だけど」

豪華な衣装に身を包み、オペラハウスで歌うオズボーン宰相を想像しようとして、全く想像出来なかった。

そんなどうでもよいことを話している内に、目的地に到着した。

「では、私は用事があるのでこれで失礼する。ユーシス、士官学院生として、アルバレア家の者として、確りと励むように。他の皆も頑張ってくれたまえ」

そういうとルーファスはそのまま去ってしまった。

「さて、折角ルーファスさんが用意してくれたんだ。入ろう」

ユースティアとユーシスを先頭に、ホテルに入る一行。その際、部屋割りで少々揉めたが、何とか依頼を受けとると、一旦男子達の部屋に集合する。

「さて、今日の内に殿下の用事を済ませておきたいのだが、いいだろうか?」

「ふむ、確かに今日は依頼の数も少ないから大丈夫だろう」

「俺も構わないけど、三人はどうだ?」

その言葉に、マキアス達も問題ないと頷く。

「ありがとう。あぁ、それに伴ってなんだが、えーと、エマ。悪いのだが、髪を結ってくれないか?」

「へっ? えぇっと、それはいいのですが」

いきなりの申し出に、エマを初めとした他の皆が首を傾げた。

「どうしたんだいきなり」

皆の言葉を代表してユーシスが尋ねる。

「大したことではないさ。ただ、バリアハートには知り合いの人が多いからね。少し変装しないと囲まれかねない」

相変わらずなユースティアに、皆は聞いて損したと肩を落とした。

そうしてエマは苦笑しながらユースティアの後ろに回り、髪に櫛をいれる。

「わぁ、ユースティアさんの髪の毛、凄くさらさらですね。私は癖があるので羨ましいです」

「はは、こればかりは気を付けているからな。だが、エマの髪も綺麗じゃないか。折角貴族の街にきているのだ。なに、私も結わせてもらおうか」

自分の髪のセットが終わると、ユースティアはエマを椅子に座らせ、エマの三編みをスルスルと慣れた手付きでほどく。

「ユ、ユースティアさん!?」

「ほら、ジッとしていて。エマの髪は綺麗なウェーブだから、下ろすだけでもガラリと変わる。少し整えるだけでもこの通りだ」

瞬く間にエマの髪のセットを終え、リィン達に振り向かせる。

「びっくり」

「あぁ。ただ髪を下ろしただけなのにこんなに変わるとは思わなかった」

リィンとフィーはエマの変貌ぶりに目を丸くしていた。

「ほら、そこの男二人。女性が髪型を変えたのに、何も言うことはないのか?」

「ふむ……確かに驚いた。大人しい印象だったが、随分と変わるものだな」

「確かに、いつもとは違う印象だが、似合っていると思う。というか、ユースティア。何故君はそんなにも女性の髪の扱いに慣れているんだ」

ユーシスとマキアスにも好評価で、エマは恥ずかしさで俯いてしまう。

「私は姫様やプリシラ皇妃と仲良くさせてもらっているからな。よくお二人の髪を結わせてもらっているのだ。今年の新年の舞踏会の時のお二人の髪のセット担当は私だしな」

「……貴様が特別なのはよく理解した」

ユーシスの言葉に、一同溜め息をつきながら同意した。

ともあれ、一同はフロントから依頼を受け取り内容を確認する。

「ふむ、《オーロックス峡谷道の手配魔獣》と《穢れなき半貴石》と《バスソルトの調達》の三つか。すまないが、皆には手配魔獣とバスソルトをお願いしたいのだがいいか?」

「それは構わないけど、もしかして殿下の件か?」

「あぁ、半輝石、つまりはドリアード・ティアのことだろうが、これは楽器のケースの飾りにもよく使われるものでな。リズに一つ作って貰えないかとお願いされているんだ」

「ふむ、私用といえども、課題に関係しているから構わん。皆はどうだ」

他の皆も依存はないらしく、ユースティアはリィン達と別れ、一人で《宝飾店ターナー》を訪れる。

「いらっしゃい、って、ユースティア卿!?」

「お久しぶりです。依頼を見てきたのですが、彼が依頼主ですか?」

驚く店主を宥めつつ、ユースティアは店主の隣にいる男性に視線を向ける。

「は、はい。でも、貴族のお方に依頼をするなんて……」

「確かに私は貴族ですが、今は学生です。それに、これから一世一代の告白をなさるような方には、是非ともお手伝いをさせて頂きたい」

その男性の目的をあっさりと見抜き、ユースティアは依頼を受ける。北クロイツェン街道に出向き、早々にドリアード・ティアを幾つか採取して戻ろうとすると、ユースティアは溜め息をつく。

「何か御用ですか?」

何もない空間に声をかけると、ゆらりと一人の男が姿を現す。その男は貴族のような出で立ちで、何よりも怪しい雰囲気を纏っていた。

「君相手では隠れていても無駄であったかな? 久しぶりだ、ユースティア卿」

「お久しぶりです、ブルブラン。こんな所にいていいのですか?」

ブルブラン。またの名を《身喰らう蛇》の執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。世界中で指名手配されているとんでもない男である。

そんな男と対峙しているユースティアだが、等の本人は面倒臭そうな表情をしていた。

「なに、問題はないさ。それより、随分と面白そうなことをしているではないか。いや、年齢的に考えれば妥当なのかな?」

「まぁ、楽しいですよ。で、まさか、入学祝でも届けにきたのですか?」

ユースティアは適当に言ったつもりだったが、ブルブランはうむ、と頷いた。

「え? 本当に?」

「かの《死線》が恋い焦がれ、あのお方の寵児の入学なのだ。素直に祝わせてもらおう」

ブルブランは、懐から二つの包みを取りだし、それをユースティアに渡す。

「まさか、貴方がメッセンジャーとはね。怪盗から配達人に鞍替えしたのですか?」

「それこそ、まさか、だよ。それに、君の周りには面白いことが多い。これからが楽しみだよ」

ブルブランの言葉に、ユースティアは更に嫌そうな顔をする。

「あまり、鬱陶しいようなら、容赦しませんからね」

「それだけ言ってもらえるなら、有難い。君も実習、頑張りたまえ」

それだけ言うと、ブルブランは現れたとき同様、フッといなくなってしまった。

「全く……面倒の多い人だこと。取りあえず、戻りますか」

この先の苦労を想像し、如実に疲労感を醸し出していたが、依頼の件もあるので、寄り道せずにバリアハートに戻る。

「お待たせしました……おや?」

宝飾店に戻ると、そこには暗い顔をした店主と依頼人が、そしてメイドをつれた男が待っていた。

「お久しぶりですね、カリスト男爵。奥様へのプレゼントをお探しですか?」

「ユ、ユースティア卿!? どうしてこちらに!?」

カリスト男爵は、まさかユースティアがいるとは思ってもいなかったらしく、飛び上がるようにして驚いていた。

「士官学院の実習の一環でして。いやはや、殿下のご依頼を受けてドリアード・ティアを取りにきたのですが、中々見つかりませんで。どうにか一つ手に入れたので、ここで加工してもらおうと思っているのです。そうだ、ここで会えたのも何かの縁です。宜しければ、奥様へのプレゼントのアドバイスでも……」

「い、いえっ、やはり妻へのプレゼントは自分で選ばなければなりませんので……」

「おっと、これは大変な失礼を。ははは、貴方のような男性が旦那様とは、奥様もお羨ましい」

「は、ははは……ユースティア卿にそう言ってもらえたとあれば、社交界でも自慢できますな。で、では、私はこれで……」

カリスト男爵は、愛想笑いをしながら店を出ていった。控えるメイドも困ったような顔をしていたが、ユースティアに笑みを向けられると、顔を赤くしながら店を出ていった。

その姿を見送ったユースティアは、さて、と呆然とする二人の方に振り返る。

「これで、ゆっくりと出来ますね」

「「へ?」」

ユースティアの言葉に、二人ともポカンとする。

「彼は今健康というか美容というか……老いが気になるようで、様々な物に手を伸ばしているんですよ。まぁ、殿下の名前を出せばおいそれと手を出せませんから、上手くいったということで」

「というか、殿下とはもしかして……」

店主の言いたいことに気が付いたユースティアは、大丈夫だと手を振る。

「そちらのものは確保しているから大丈夫ですよ。それに、これから式を挙げる男性からこれを取り上げたと知られれば、そちらの方が怒られてしまいますからね」

そう言いながら、ユースティアは大きめのドリアード・ティアと、小さな箱を渡す。

「ユースティア卿、これは?」

「私達からのお祝いです。素敵な結婚式になるよう応援いたしますよ」

そう気障な台詞を吐き、ユースティアは依頼を完遂したのだった。

 

依頼を終えたユースティアだったが、合流する時間にはまだまだ余裕があった。

「ふむ、折角だし一休みでもしようか」

小さく呟くと、ユースティアは《ソルシエラ》のテラス席でお茶を飲むことにした。

時間帯的にもテラス席には誰も居らず、ユースティアは丁度よい機会とばかりにブルブランから受け取った包みを開く。その中には、仕立てのよい万年筆と装飾が見事な髪留め、そして一通の手紙が入っていた。

ユースティアは万年筆を手に取ると、微妙な表情で見詰めた。

「……普通にいいものだから、どう反応すればいいのやら。流石というか、困ったというか」

帝都の老舗のメーカーの最高級モデルという、センスの良すぎる贈り物である。身なりこそ奇抜だが、それ故に世の機微に敏感な怪盗紳士を思い浮かべようとしたが、止めた。

「さて、げに恐ろしきはこちらかな」

そう言いつつも、ユースティアはどこか嬉しそうに手紙を開く。そこには短いながらも美しい筆跡で文章が綴られていた。

そして、最後にはこのように書かれていた。

 

『どこに居ようとも、どのような立場に成ろうとも、貴方は私の弟子です』

 

この言葉に、ユースティアは苦笑したが、心の中で頭を下げた。

「私は、確かにあなたに救われた。今でもそのように言っていただけること、心から感謝します」

小さく呟くと、ユースティアは髪留めを外し、騎乗の戦乙女をあしらった髪留めを新たにつけた。

すると、そこに依頼を終えたリィン達がやって来た。

「ユースティア。依頼は終わったのか?」

「あぁ。ここで待っていれば合流出来ると思ってな。サインは貰ったのか?」

「あぁ。魔獣の討伐の前に昼食と思ってたんだ」

「なら、ここで食べていこう。なに、今日は私の奢りだ。座って待っていてくれ」

そう言うと、ユースティアは手紙を仕舞い、レストランに入っていく。すぐに戻ってくると、依頼内容について報告しあい、やはりというか呆れられた。

「君という奴は、何というか……」

「ははは、場馴れというやつだよ。それに今日はあとは魔獣討伐だけなんだから、気を抜かずいくぞ?」

と、そこでエマがユースティアの髪留めが変わっていることに気が付く。

「あれ? ユースティアさん、髪留め変えたんですか?」

「そう言えば、何か持ってたけど」

フィーもユースティアが何かを持っていたことを思いだし、それについて尋ねる。

「あぁ、縁ある人と会ってね。その時に入学祝として頂いたんだ。まさか、ここで会うとは思わなかったけどね」

ユースティアは髪留めを外すと、リィン達にそれを見せる。

「これは……家でも中々見られない程だな」

ユーシスが驚愕するほどに見事な装飾に、ユースティアは嬉しそうに答える。

「ユーシスにそう言って貰えると嬉しいよ。ともあれ、今日は私も用事はないから、午後は一緒に行かせてもらうよ」

「そう言えば、ユースティアと依頼を受けるのは初めてだな」

リィンの言う通り、ユースティアはリィンと何かしらの依頼を受けるのは初めてであった。

「はは、ならば私の実力特とごらんあれ、と言いたいが、指揮はリィンに任せるよ。自惚れる訳ではないが、私が一人で突っ走っては実習の意味がないからな」

ユースティアの言葉にリィンは苦笑しながら頷いた。

昼食を終えた一向は、オーロックス峡谷道に向かう。が、そこでトラブルが起きてしまった。

リンクを繋ごうとしたマキアスとユーシスが、構築に失敗し、言い合いを始めてしまったのである。そして、そんな二人を狙う魔獣から二人を庇うためにリィンが負傷してしまったのである。

幸い、エマのお陰もあり大事には至らなかったものの、流石の二人も責任を感じていたのだった。

ともあれ、報告を終えてホテルに戻ると、ユースティアはリィンをベッドに寝かせる。そして、一人部屋を出ていくマキアスの後を追った。

「マキアス」

「……君か。説教でもしに来たのか」

「まぁ、それでもいいのだが、反省をしている者にしても逆効果だろう。少し話をと思ってね。入学以来、ろくに会話してないだろう?」

ユースティアはマキアスをテラスに誘い向かい合う。

「さて……何から話すべきかな」

「なら、僕から聞きたい」

顎に手を当てるユースティアに、マキアスが問いかける。

「君は、僕の従姉さんのことは知っているのか?」

マキアスがまだⅦ組の誰にも打ち明けていないことをユースティアに尋ねた。

ユースティアは少し目を閉じた後にはっきりと答える。

「その問いに対しては、知っている、と答えるよ。私は君の従姉に起きたことを知っている」

ユースティアの返答にマキアスは立ち上がりかけるも、それを留めて座り直す。

「その言い方では、まだ何かあるんだな?」

「あぁ。私とマキアスは同い年だ。当然、その頃は陛下から爵位を貰ってはいないし、その頃はオルディスには居なかった時期だからな」

「居なかった? ……どういうことか聞いてもいいか?」

マキアスの言葉にユースティアは少し考え込んてから説明を始める。

「そうだな。私の師がオーレリア将軍であることは知っているな?」

「あ、あぁ。ラウラが話しているのを聞いたからな。でも、それと今の話とどう関係があるんだ?」

「貴族の間では、私はオーレリア将軍の弟子、まぁ《白銀の羅刹》とか呼ばれているんだが、オーレリア将軍に本格的に師事するようになったのは13歳からなんだ。まぁ、3、4年といったところか」

話が見えてこず、首を傾げるマキアス。

「それより前は、8つの頃から5年程旅に出ていたんだ。だから、その時私は帝国にすらいなかったんだ」

それほど幼いときに旅に出ていたと聞き、唖然とするマキアス。

「まぁ、その時に私がいたとして何も出来なかったことも確かだがね」

いかにユースティアが優秀だったとしても、子供の頃では別であることは、マキアスも理解していた。

「君は……」

「ん?」

「君は、僕のことを蔑まないのか?」

マキアスの質問にユースティアはポカンとする。

「君の普段の様子を見れば、そのようなことをしない人物だというのは分かる。だが、だからこそ、貴族だからと言って無差別に嫌うような僕のことは嫌じゃないか?」

マキアスの真剣な問いかけに、ユースティアも改めて考える。

「少なくとも、マキアスのことをその様に思ったことはないよ。人の心は千差万別。ルーファス卿のこともレーグニッツ知事のことも尊敬しているし、宰相のことも素晴らしい人物だと思っている。無論、その過程における出来事には思わないことがないとは言えないが、結果を見れば素晴らしい人物だということは疑いようがないからね。マキアスもそう思っているのではないかい?」

「……そうだな。僕も色々考えている、つもりだ」

政治に関心が高いマキアスだからこそ、ルーファスやオズボーンの政策の光と闇といった部分には詳しかった。

「それでいいのではないのかな? 一つの意見を盲信するのではなく、異なる立場の意見をぶつけ合い、妥協できる点を模索し合う。それが、政治の基本だ。それに、マキアスにはそれが出来るうってつけの相手がいるだろう?」

「なっ!? ……ユーシスのことを言っているのであれば、とんだ勘違いだが?」

「ははは、それでこそだよ。さぁ、明日も早いんだ。そろそろ寝た方がいい」

ユースティアはそういうと、席を立つ。しかし、向かおうとしているのは部屋ではなかった。

「君は寝ないのか?」

「あぁ。少し目が冴えてしまったから、夜風に当たってくるよ。なに、心配はいらないさ。夜更かしは仕事柄慣れているからね」

そうして、ユースティアはマキアスから離れ、ホテルの外に出た。昼間は賑やかな街も夜では静まりかえっている。

ユースティアは街中に流れる川の橋の下に着くと、物陰に声をかける。

「ここなら誰もいませんよ」

「……少し本気で気配を消したのたが。君には敵わないな」

そこから姿を現したのはルーファスであった。消していた気配をあっさりと見破られていたのにも拘わらず、ルーファスはやけに嬉しそうであった。

「そういうのは、どこぞの奇人に嫌と言うほど鍛えられましたからね。それに、ルーファスさんには陰行は似合いません」

「それは参考にさせてもらうよ。しかし、君が思っていたより、学院生活を楽しんでいるようで何よりだ」

「それは皇妃殿下に感謝しても仕切れませんよ。帝都にだけいては経験出来ないことばかりです。そんか機会を作って下さったオリヴァルト殿下に、貴方にも感謝しています」

オリヴァルトと親しいユースティアは、Ⅶ組が設立された経緯を本人から聞いていた。

「君は殿下だけでなく、イリーナ会長とも仲が良かったね。宰相殿ともか。ともかく、ユーシスも有意義な学院生活を送れているようで安心したよ」

「だからと言って覗き見はよくないですよ。それに、こんなに遅くに出歩いていては、見張りの兵も心配するでしょうに」

「それを言うならば君もなのだが……まぁ、それも間違いないし本題に入ろうか」

そう言うと、ルーファスの雰囲気がガラリと変わる。

「君の優秀なメイドだが、これ以上深みに関わらせない方がいい」

ルーファスの言葉にユースティアはピクリと反応する。

「ノアに限ってへまはしないと思いますが」

「それは私も同感だよ。君のメイドは勿論、リズライヒ殿も非常に優秀だ。現に、父上や領邦軍は全く気が付いていない」

「貴方に気付かれては元も子もないですが」

外部の者が侵入しているのにも拘わらず、ルーファスは笑みを絶やすことはない。

「それは私が君と仲が良く、君が宰相殿と仲が良いからだ。それがなければ、私も気が付けないよ」

「ご謙遜を。……しかし、忠告は感謝いたします。これは、帰ったら訓練のし直しですね」

ユースティアの言葉にルーファスはそれまでの張りつめた雰囲気を霧散させる。

「君達がこれ以上強くなっては、誰も手をつけられなくなってしまいそうだ。ともあれ、呼び出した側ではあるが、もう夜も深い。明日も依頼があることだし、早めに休みたまえ」

「ルーファスさんも、お身体にはお気をつけ下さい」

深く頭を下げると、ユースティアはその場から離れていった。残されたルーファスは、ユースティアの姿が見えなくなると、ポツリと呟く。

「《死線》に《氷の乙女》、それに加えて《闇現(やみうつつ)》と《幻想姫》か。彼の交遊関係は脅威に値するね」

面白そうに呟くと、ルーファスも夜の闇に紛れて、その場から消えたのであった。

 

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