初の自由行動日。ユースティアは早朝から駅前に来ていた。昨夜リィンに言った通り、帝都に行くためである。列車の出発にはまだ時間があるため、ユースティアはラジオ局の前に来ていた。
まだ朝早いため、もちろんラジオ局は閉まっている。だが、ちょうどよいタイミングで扉が開き、中から帽子をかぶった女性が出てきた。
「あら、ユースティア。朝からデートのお誘いかしら?」
「先約有りです。第一こんな所でなにやってるんですか。今日公演最終日でしょ?」
「大丈夫よ。それに、これをあなたに渡さなくちゃいけなかったしね」
そう言って取り出したのはチケット二枚。先程いっていた最終日の演劇チケットである。
「……即日完売だと聞いていましたけど」
「私が取っておいたのよ。姫様と一緒にいらっしゃいな」
そういってチケットを渡すと、ミスティはユースティアの腕をとる。
「……何してるんですか?」
「私も帝都にいくから、一緒に行きましょう。個室だから二人っきりよ」
「お供しますよ魔女様」
「えぇ、お供しなさいな、騎士様」
そうしてミスティと腕を組みながら、駅に向かうユースティア。人は少ないものの、結構注目される。
「全く、帰ってきた後が怖い」
「こんなに美人と一緒にいられるんだから我慢しなさいな」
電車が出発し、豪華な個室でお茶を飲みながら話すユースティアとミスティ。
「でも、あなたがトールズに入るなんてね。どう、学生生活は?」
「楽しいですよ。面白そうな奴らがいっぱいいますしね」
「そうね。本当に面白そうな子ばかり。ふふふ、今度私もお邪魔しようかしら」
「大騒ぎになるでしょうね。どちらで来ようともね」
お互いに含んだ言い方をしているが、お互いに理解しているようで、帝都までの短い時間はあっという間に過ぎてしまった。降りるときも腕を組むことになった。
ミスティを劇場まで送り届けると、そのままバルフレイム宮に向かう。
ユースティアともなれば、ほぼ顔パス。軽いチェックを受けて中に入ると、すぐさまメイドに皇族の私室のエリアに案内される。
「二週間ぶりですね姫様。お元気でしたか?」
「お久しぶりですお兄様。ふふ、士官学院でのお話楽しみにしていましたよ」
ユースティアの事をまっていたアルフィンは、早速といわんばかりにテラスへと移動し、話を始める。
「そうですか。とても面白そうですね」
「はい。とても自由で色々なことが体験できるよ。アルフィンもいい学園生活を送れているようでよかった」
「えぇ。エリゼったら、リィンお兄さんのことを話すとすぐに慌てて。とっても可愛いんですよ」
「からかうのもほどほどに。さて、実はアルフィンに贈り物があるんだ」
「まぁ、お兄様の贈り物ですか? 何でしょう?」
とても嬉しそうに手を合わせてその贈り物を待つアルフィン。
「ヴィータ・クロチルダの最終公演のチケットだ。特別観覧席だから、一番いい席で見られるぞ」
「まぁ! とても素晴らしい演劇だと評判ですね。でも、よく取れましたね? 初日で完売したと聞いていたので、残念と思っていたのですが」
「ちょっとしたコネでね。劇場関係者から譲ってもらったんだ」
というか、主役である。
「でしたら夜はお兄様とデートですね」
「いや、好ければ一日デートしよう。この間あげた服を着てくれると嬉しいけど」
「えぇ。ふふっ、楽しみです。すぐに着替えて参りますので、こちらでお待ち下さい」
そういうとアルフィンはスキップでもするかのように、ウキウキしながらこの場から離れていった。
ユースティアはお茶のおかわりを「二杯」もらうと、メイドを下げさせる。そして、奥の物陰に声をかける。
「どうぞ。ノアよりは劣るかもしれませんが、この紅茶も絶品ですよ」
声をかけられた主――ギリアス・オズボーンは、不適な笑みを浮べながら物陰から出てきた。
「そなたのメイドの淹れたものも飲みたかったがね。せっかくのお誘いだ。ぜひいただこうか、ユースティア卿」
ユースティアに勧められたまま、悠然と腰掛けると紅茶を口にする。満足そうに笑みを浮べると、ユースティアに向き合う。
「先日来たときにはご挨拶できずに申し訳ない。どうしても席を外すことができなくてね」
「宰相閣下ともあればお忙しいのでしょう。こうしてご一緒出来るだけでも幸運というものでしょう」
革新派のオズボーンと四大名門のユースティア。本来であれば不倶戴天の敵である。しかし、二人は敵意など持っておらず、それどころか、好意さえ持っているようだった。
「そう言えばあなたの子どもたちは最近いかがでしょう。クレア大尉には一度ご挨拶しておきたいのですが」
「彼らはいつでも元気だ。大尉には伝えておこう。特別実習の時に会えると良いが」
「私も月に一度は帝都に来られると思いますので、その時に。鉄道警備隊の詰め所に出向きます」
「ではそのように伝えておこう。来る前に連絡を頂きたいが、よろしいかね?」
「ではその時は取って置きのお菓子でもお持ちしましょう。では、今日の所はこれで。閣下も忙しいのでしょう?」
「あぁ。実はコッソリと抜け出してきたのでね。失礼するよ。姫様とのデート、しっかりエスコートしたまえ」
そういうとオズボーンはユースティアに礼をすると去って行った。
少し冷めた紅茶を飲みながらアルフィンが来るのを待つ。
「お待たせいたしましたお兄様」
オズボーンが去ってすぐに、アルフィンが帰ってくる。先程の紅い服ではなく、白い可愛らしい服に着替えていた。
「いかがですか?」
「うん。よく似合ってる。こんなに可愛い子とデートできるだなんて幸せ者だ」
褒められたアルフィンは嬉しそうに微笑む。そんなアルフィンに取り出した帽子をポスンとかぶせる。
「わふっ!?」
「流石にそれだけじゃバレちゃうからね。それと髪も束ねておこうか。こっちに座って」
ユースティアに勧められるままに、椅子に腰掛けるアルフィン。メイドから串を受け取ると、それをアルフィンの髪に入れる。
「ふふふ、お兄様に髪を梳いてもらうのも久しぶりですわ」
「アルフィンの髪は綺麗だからね。整えていて楽しくなる」
慣れた手つきでアルフィンの髪をまとめると、綺麗な髪留めで止める。
「よし、これで大丈夫。帽子と眼鏡をかければまぁ、バレないだろう」
ユースティアの渡した帽子や眼鏡を装着して変装完了である。街で顔を見られても、似ているというくらいで済むレベルである。
「では行きましょうか。ふふ、エスコートして下さるの?」
「もちろんですよ姫様。お手を」
少し演技のような仕草でアルフィンの手をとるユースティア。それがおかしくなったのかアルフィンはクスクス笑う。
「ふふっ、じゃあまずはどこに行きましょうか!」
ウキウキしながらユースティアの手を引くアルフィン。苦笑しつつもそれに従うユースティア。
午前中はアルフィンの買い物に付き合い、店を冷やかしつつ、細かいものをいくつか買うと、ちょうど昼時となる。ユースティアは中心街のレストランではなく、《アルト通り》にある音楽喫茶《エトワール》に入る。
「普段はこういう店には入らないだろう?」
「えぇ。でも、とてもいいお店ですね。あ、綺麗な方」
軽い昼食をとり、コーヒーを飲んでいると、店内のピアノに一人の赤髪の女性が立つ。
拍手が止み、店内が静かになると、彼女はピアノの席につく。そして、ピアノの演奏が始まると、客皆がその音色にうっとりとする。
夢のような時間が終わり、彼女がピアノから手を離すと、盛大な拍手に包まれる。その女性はお辞儀をしつつ、どうしてかユースティア達の席にやってきた。
「こんにちは、素敵なカップルさん。お邪魔させていただいても良いかしら」
「はいっ、あの、とても素敵でしたわ」
「ふふ、ありがとうございます。あなたは初めてだけれど、男の子の方は何度か来てくれてるわよね?」
「えぇ。ここはお気に入りですからね。でも、《エトワール》の人気ピアニストが同級生のお姉さんとは思いませんでしたけどね」
「あら? もしかしてトールズの学生さん?」
「はい。エリオットのクラスメイトです」
弟と一緒のクラスと聞いて、嬉しそうに微笑む女性。
「あら、そうだったの。あ、私はフィオナ・クレイグよ。エリオットのお話を聞きたいわ。あ、彼女さんもいいかしら?」
「はい。私もお兄様の学院でのお話を聞きたいですわ」
弟のこととあって、ワクワクしているフィオナ。アルフィンもユースティアの学院生活には興味があるようで、フィオナと同様ワクワクしていた。
「そうだな……一番の出来事は旧校舎の地下での探検だな。オリエンテーリングがあって、その地下で魔獣と戦ったんだ」
それから、授業のことや戦闘訓練について話すと、二人とも興味深そうに聞いていた。
「エリオットは大丈夫なのかしら?」
「えぇ。エリオットも慣れていないから大変そうですが、アーツの腕前は素晴らしいです」
「まぁ、エリオットも頑張っているのね。でも、中々手紙をくれないのよあの子」
どうやら、フィオナはエリオットが手紙をくれないことが哀しいらしい。
「ふふふ、でもお兄様。とても楽しそうで何よりですわ」
「あぁ。色々な事が出来るからな。部活は入ってないけど、たまに料理部にはたまに顔を出している。エリオットは吹奏楽部に入って練習していますよ」
「そうですか。ふふっ、今度私から手紙を出そうかしら」
話している内に、時間が結構過ぎていた。
「あら、もうこんな時間。ごめんなさいね、つい楽しくて。大切なデートの時間を邪魔しちゃって」
「いえ。とても楽しい時間でしたわ。ありがとうございました、フィオナさん」
アルフィンも満足しているようだった。
フィオナと別れ、《エトワール》を出ると、三時頃となっていた。
「会場は八時ごろでしたよね? その間何をしましょうか」
「そうだな……ん?」
何をするかと悩んでいると、《ARCUS》に通信が入る。
「ちょっと失礼するな」
通信に出ると、そこからは聞き覚えのある声。
『こんにちは。姫様とのデートはいかが?』
「……公演の準備はいいんですか?」
ミスティこと、ヴィータ・クロチルダである。
『心配はご無用よ。それより、これから時間あるかしら? せっかくだから、始まるまでお話でもしない?』
「事前練習とかは大丈夫なんですか?」
『えぇ。そういうのは全部終わったわ。あとは開演まで待つだけ』
相も変わらず飄々としているヴィータに、思わずため息をつくユースティア。
「ちょっと待ってて下さい。今聞いてみますから」
《ARCUS》を耳から外すと、首を傾げていたアルフィンに尋ねる。
「ひ……アル。これから、劇場に行かないか? 出演者の人に誘われてたんだけど」
「まぁ! はい、喜んで。どなたからのお誘いなのですか?」
「それは会ってからのお楽しみだな。というわけで、今から行きますから待ってて下さいね」
『えぇ。支配人に伝えておくわ』
《ARCUS》の通信を切ると、アルフィンと共に《ヘイムダルオペラハウス》に向かう。そこにはまだ会場前にもかかわらず、多くの人々が集まっていた。
「流石に大人気ですね」
「人気の演目に加えて、千秋楽だからな。さ、行こうか」
会場を待っている人々を尻目に、関係者出入り口から中に入る。そこでは、ヴィータから聞いていたのか、老支配人が出迎えた。
「お待ちしておりました、姫様、ユースティア様。早速ですが、クロチルダ様の部屋にご案内いたします」
アルフィンが来ることも承知していたらしく、支配人は二人を丁寧に案内した。
「クロチルダ様、お二人がいらっしゃいました」
『ありがとう。入ってもらって』
部屋に入ると、広い部屋の中で、青いドレスを着たクロチルダが二人を出迎える。支配人は三人に紅茶を淹れると、そのまま部屋を出て行った。
「こうしてお話しするのは初めてですね。初めましてアルフィン殿下。今日は私どもの公演にいらして下さりありがとうございます」
「ま、まさか、お兄様のお知り合いの方がヴィータ・クロチルダ様だとは思いませんでした。でも、今日の私は姫ではなく、ただのアルですわ。今日の公演楽しみにしていました。実はチケットが取れなくて残念に思っていたのですが、こうして観覧できること嬉しく思います」
「はい。今回の演目は我々としても自信作となっています。楽しみにしていてくださいね」
ヴィータに笑いかけられ、顔を赤らめるアルフィン。
「そうだ、ユースティア。久しぶりにお菓子作ってくれない? 簡単なのでいいから」
「いきなりか……。材料なんて持ってきてないですよ?」
「大丈夫よ。劇場にも簡単な調理場があるから。じゃ、よろしくね」
ぐいぐいと部屋から押し出されるユースティア。部屋に残されたアルフィンは、いきなりヴィータと二人きりになってしまう。
「ふふ、ごめんなさいね。姫様とどうしてもお話ししたくて」
「お話ですか?」
「えぇ。ユースティアのお話」
ヴィータの妖艶な表情にアルフィンはドキリとしたが、それよりも気になっていたことを尋ねる。
「その、クロチルダ様はお兄様とどのようなご関係なのですか?」
「あら? ふふふ、気になるかしら? そうですね、彼は私の騎士様といったところでしょうか?」
「騎士、ですか?」
謎のワードに首を傾げるアルフィン。
「えぇ。とはいっても護衛的なものですけどね。貴族の方に頼むのもアレですけど。オルディスに行くときは、必ず彼にお願いするんです。彼、尋常になく強いですしね」
ユースティアは、カイエン公爵家の次男ながらも、ラマール州領邦軍総司令官のオーレリア将軍の愛弟子である。若くして師匠に並ぶ実力を誇り、師弟ともに本気で手合わせすると、地形が変形しているという。
「実力はかねがねお聞きしていましたが、そこまででしたか……」
「お二人とも戦い出すと周りが見えなくなるんです。その後のカイエン公のお顔といったら。ふふふ、あの常に優雅たれと仰っているカイエン公がポカンと口を開けているんですよ」
「あら、ふふっ。あのカイエン公がですか?」
普段の様子からは想像できないカイエン公の姿に、アルフィンは思わず笑ってしまう。
「でもお話を聞く限り、お兄様とカイエン公は色々正反対なのですね」
「そうですね。ユースティアはカイエン公と趣味は正反対です。家庭的なものが好きで、装飾も落ち着いたものが好みみたいですしね。あの子ったら、オルディスに戻ると、街の子どもたちと一緒に遊び回ってるんです。カイエン家が領民に少なからず好まれているのは、あの子がいるからです。色々大変なことはありますが、それでも彼は領民に愛されているのです」
現在四大名門貴族のお膝元は、重い税金がかけられている。ハイアームズ家は比較的軽いが、カイエン公爵家も重い税を課しているが、ユースティアの進言によって、同時に様々な措置をとっている。同様に重税を課しているアルバレア公爵領よりも高い税収を得ている。
「そうでしたか。お兄様は本当に凄い方なのですね」
「えぇ。彼は本当に凄いわ。オズボーン宰相と同様、時代が生んだ傑物という人物なのでしょう。ルーファス卿やオリヴァルト殿下以上に光り輝く新たな星なのでしょう」
ユースティアのことを《星》と評するヴィータ。それにアルフィンも息をのむ。
「星、ですか。確かに、お兄様は光り輝いていますね」
「そんな彼に愛されている姫様が羨ましいですわ」
ヴィータにからかわれ、顔を紅くするアルフィン。そこにユースティアが戻ってくる。
「はぁ、突貫で作ったから簡単なものだけど。アルフィンも良ければ食べてくれ」
ユースティアが持ってきたのは先日Ⅶ組のメンバーに出したソルベである。
「というか、あらかじめ仕込んでありましたけどね。明らかに作らせるつもりでしたね?」
「えぇ。でも、最後の仕上げはあなたでなくてはいけないからね。姫様もお好きだと聞きました。どうぞ、お召し上がり下さい」
「作ったのは俺です。今からハーブティーも淹れますから」
ため息をつきつつ、三人分のハーブティーを淹れる。
「そう言えばクロチルダ様にお聞きしましたよ。お兄様はクロチルダ様の騎士様なんですってね」
「……変なことを吹き込まないで下さい」
「あら、だって本当のことじゃない。何度もたちの悪い男達から私を守ってくれたでしょう?」
「ですから、それはあなたが態々危ないエリアに踏み込むからでしょう」
「ふふふ、自分の騎士に守ってもらいたい女心よ」
仲良さげに話す二人に、むぅと頬を膨らませるアルフィン。
「お兄様ったら、随分クロチルダ様と仲がよろしいのですね」
「ふふふ、ごめんなさい姫様。この子の今の主は姫様でしたね」
「そ、そんなことはっ……」
慌てて否定するが、そんなことはヴィータには通じない。
「今は心の底から姫様の騎士ですもの。少し前に私の元に帰ってこないかと言ったら、姫様の騎士だからと断られてしまったんです」
「お兄様……」
「もう、やめてください……」
顔に紅くしたアルフィンに見つめられ、ヴィータに頭を下げるユースティア。そんな二人を見て、ヴィータはクスクスと笑う。
「そうね、お詫びに劇場を案内しますわ。普段では中々見られない所もありますから、姫様もご満足出来ると思います。他の出演者も紹介しますわ」
ヴィータの提案に、アルフィンは遠慮しつつも喜んでと了承した。ユースティアも反対するつもりはなかった。
「ではご案内しますわ。劇場自体が歴史的価値がありますから、楽しみにしていて下さいね」
そうして、三人は部屋を出て劇場の様々な所を巡る。出演者の一尾問い挨拶をしにいったときは、出演者たちが恐縮しきっていたが、それも含めてアルフィンにとっては楽しい時間となっていた。
閃の軌跡Ⅱの最終イベントの選択順は
アルフィン→エマ→アリサ→ラウラ→サラ
……もう、リィン、爆発しろよ。