ただし、アルフィンは除く
時間も良い頃となり、ヴィータと別れ、ユースティアとアルフィンは観客席に座っていた。
「それにしても、私、こちら側の席に座るのは初めてです。いつもの席も全体を見られて良いのですが、近くで見るのもいいですわ」
この劇場にはアルフィン達皇族専用の観覧席が用意されている。しかし、今回はお忍びなのでそちらの席は使っていない。確かに注目されているが、それはアルフィンでなく、ユースティアがいるからであった。
「ふふ、注目されてますわね、お兄様?」
「アルじゃないところが救いかな。まぁ、声をかけてくることもないだろうから、ゆっくりしてよう。さ、もうすぐ始まるぞ」
「えぇ。そうですね。なんだかドキドキしてきました」
その後まもなく幕が上がり、とうとう開幕する。
帝国で人気の悲恋の物語。しかし、帝国トップの劇団員たちの紡ぐセリフは、観客達の心を振るわせる。
そして、主役であるヴィータの演技はその中でも飛び抜けていた。小さな仕草一つ一つが、観客の視線を惹きつける。そして、彼女の口からこぼれる声は、聞く者すべてを聞き惚れさせた。
そして最終幕。最大の山場である王女のアリア。王女であるヴィータが歌の一節を紡いだ瞬間、劇場は涙に溢れる。どこまでも響き渡る歌声に、悲しみを添えられた歌は、王女の死に際の感情が溢れんばかりに込められていた。
そして至福の時間が終わり、ヴィータが倒れ、騎士の最後のセリフが終わり幕が下りると、会場は盛大な拍手に包まれた。
興奮冷めやらぬ中、ユースティアとアルフィンは帝都ホテルの最上階のレストランに来ていた。
「あぁ……今でもドキドキしていますわ。徳に最後のクロチルダ様のアリアは、まさしく天上の歌声というものです」
「はは、満足してもらえたみたいでよかったよ。でも、流石はヴィータさんだ。あそこまで感動したのは久しぶりだよ」
アルフィンは未だに興奮が残っているようで、うっとりとしていた。ユースティアも苦笑しつつも、アルフィンの劇の感想を聞いていた。
「それに、最高の演劇のあとに、こんなに素敵なディナーだなんて、うふふ、とても素敵なデートですわ」
「がんばってセッティングした甲斐があったよ。これからは学院も忙しくなりそうだから、ちょっと張り切ってみた」
そう言うと、アルフィンは少し寂しそうな顔をする。
「そうですわね。少し淋しいですけど……。でも、手紙は忘れないで下さいね?」
「もちろん。俺もアルフィンからの手紙楽しみにしてるからね。それと、遅くなったけど、はい」
アルフィンに渡した小さな箱。それを開けると、精緻なネックレスが入っていた。
「お兄様、これは?」
「アルフィンへのプレゼント。お守り代わりかな?」
アミュレットのようなデザインの中心に、小さな宝玉が収まっていた。
「これはクォーツですか?」
「そ。中は《熾天使》。アルフィンにピッタリだと思ってね」
「て、天使だなんて……。もうっ、あんまり照れさせないで下さい!」
嬉しいながらも恥ずかしがるアルフィンを、嬉しそうに見つめるユースティア。
食事も終わり、時間も遅くなってきたため、バルフレイム宮にアルフィンを送り届ける。
「本当でしたら、お茶でも、と言いたいところですが。今日はとても楽しかったですわ。また、いつかデートしましょうね?」
「はい。その時も張り切らせてもらうよ。じゃあ、これで。ネックレス、大事にしてね?」
「もちろんです。さっそく明日エリゼに自慢しちゃいますわ」
笑顔で別れると、ユースティアは駅に向かう。チケットを買おうとすると、なぜかその前にチケットを渡された。悔いを傾げつつ指定された個室に入り出発を待っていると、ある人物が個室に入ってきた。その人物を見て、ユースティアはすぐに得心した。
「……流石に早いですね。お疲れ様です、クレア大尉」
その人物はクレア・リーヴェルト大尉。《鉄道憲兵隊》の隊長である。
「このようなタイミングとなってしまい申しわけございません」
「どうぞ、おかけ下さい。生憎お茶などは出せませんが」
ユースティアに勧められた通りに座るクレア。するとちょうど鉄道が発車する。
「それにしても、久しぶりです。以前、オルディスにいらしたとき以来ですか。あのときはお世話になりました」
「いえ。我々こそ、ユースティア様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたことか。改めてお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
頭を下げてくるクレアに対して、ユースティアは苦笑い。
「まぁ、そのくらいにしておきましょう。それより、急かしてしまったようですみません」
「すみません、少し前に帝都に戻ってきましたので。それで、件のことですが……」
「そのことですが、父はなにもこちらには情報を漏らしていません。おそらく、そちらと同様の知識程度かと」
その後もいくつか情報交換をすると、二人とも一息つく。
「そうですか……。しかし、そのことが分かっただけでも良かったです。この話題はこれくらいにしておきましょうか。それにしても、ユースティア様が私の後輩になるとは。世の中何があるか分かりませんね」
「はは、もしもの時はよろしくお願いしますね、クレア先輩」
「ふふふ、何だか照れてしましますね。ユースティア様が後輩でしたら、ものすごく大変な学院生活になってしまいそうです」
「俺としてはそれも楽しそうですがね。クレア大尉の制服姿も見てみたいですが」
先程までとは違い、和やかに会話をする二人。話している内にトリスタに到着する。鉄道を降りると、クレアは出口まで出てきた。
「じゃあまた。今度は連絡しますね」
「はい。何かありましたら、すぐに連絡して下さい」
「えぇ。それと」
不意に、ユースティアはクレアに顔を近づける。
「私の父には目を光らせておいて下さい。何かは分かりませんが、何かがあります」
「……分かりました。ありがとうございます」
後ろから見れば、キスをしているような体勢。しかし、頷くクレアの表情は引き締まったものとなっていた。
クレアと別れたユースティアが帰ろうと振り返ると、アリサが口を開けてこちらを凝視していた。
「お、アリサ。買い物か?」
「え、えぇ。ちょっと買い忘れたものがあって……」
「よければ持とう。ほれ」
「あ、ありがとう、って、そうじゃないわよ!」
ユースティアが袋を持つと、アリサが叫ぶ。
「い、今の人は!? こ、恋人!?」
どうやらアリサは、先程の姿を見ていたようである。
「ほほぅ? そう見えたかな?」
ユースティアも会えて訂正せず、アリサをからかうことに決めた。
「だ、だって、キ、キキキキスしてたじゃない……」
「ちょっとした知り合いでね。綺麗な人だし、結構付き合いも深いんだ。あんまり詮索するものじゃないぞ?」
「そ、そうね。ごめんなさい」
顔を真っ赤にさせてブツブツ言っているアリサに、ユースティアは耐えきれず吹き出してしまう。
「な、なによ?」
「い、いや。随分アリサは初心だなって思ってな。さっきの、冗談だぞ?」
嘘だといわれ、アリサはポカンとする。そして、先程とは違う恥ずかしさで顔を真っ赤にさせた。
「あ、あなたねーっ!!」
「まぁまぁ。ちょっとした内緒話だよ。それを勘違いしたアリサが悪い」
「うぅぅぅぅ……、納得いかないわ……」
言葉通り納得がいっていないようなアリサを無視しつつ、寮に戻る。エントランスではエマとラウラがお茶を飲んでいた。
「おかえりなさい、アリサさん。あら、ユースティアさんも帰ってきたんですね」
「ただいまっ!」
アリサは荒々しくいうと、ユースティアから荷物を奪うと、プリプリしながら階段を上っていった。
「……何をしたんだ?」
「ちょっとからかっただけなんだけどな。二人はお茶か?」
「はい。ノアさんに淹れていただきました」
じゃあ俺もと言おうとすると、言う前にノアがキッチンからやってきた。
「お帰りなさいませ。どうぞ、良い茶葉が手に入りましたので」
薫り高い紅茶を受け取り、香りを楽しむユースティア。それが、様になっているのだから、エマもラウラも苦笑するしかない。
「それより、今日は朝から出かけてみたいだが、何をしていたんだ?」
「姫様とお忍びデート。運良く、ヴィータ・クロチルダの演目のチケットを手に入れたからな。楽しかったぞ」
ユースティアの言葉に、紅茶を飲んでいたエマとラウラはむせてしまった。
「おぉ、大丈夫か? ノア、水を」
「はい。どうぞ、ゆっくりとお飲み下さい」
ノアから受け取った水を飲み落ち着くと、改めてユースティアに向き合う。
「ひ、姫様と、で、デートだと?」
「あぁ。前に行ったときは挨拶だけだったからな。初めは話だけと思ってたんだけど、さっきも言ったけど、チケットが手に入ったからデートした、というわけ」
「ほ、本当に貴族さんなんですね、ユースティアさんって」
「何を言うか。まぁ、貴族らしさは父さんに任せてるからね。俺までアレだったら、今頃第三学生寮は全面改装だろうな」
あながち間違いでないため、笑うに笑えない。
「それにしても、流石はカイエン家というか何というか。今日は手合わせをしてもらもうと思ってたんだがな」
「はは、それは実習の後だな。取り敢えず、剣が送られてきてからだな」
「む? 今の剣ではないのか? ずいぶんの業物と思っていたのだが」
「まぁ、相当な名剣だな。ちょっとある人に預けててな。ちょうど、すれ違いでこっちに来たんだ。今度の実習が終わる頃に届けられることになっているんだ」
持っていた剣を取り出すユースティア。ラウラの言うとおり、ユースティアの持つ剣は、美しい刃をも持っていた。「刀」のような波紋はないが、煌めく刃と、黄金が散りばめられた鞘は、まさしく芸術品といっても過言ではない作りとなっていた。
「確かにユースティアさんの剣は美しいと思っていましたが……。でも、これは予備の剣なのですか?」
「んー、この剣はその人の剣で、貸している間借りてるんだ。良い剣なんだけど、幾分俺の身に余るというかな。ま、身の丈に合ってないって所かな」
「ふむ。これほどまでの名剣を使いこなす人物となれば、素晴らしいお方なのだろうな。是非お会いしたいな」
「機会があれば紹介するよ」
その後はアルフィンとのデートについてあれこれ聞かれつつ、夜が更けていった。
クレアさんは女神
一見冷たそうなのに、とても優しいところがステキ