一人になったユースティアは、一息吐きつつ宿屋に戻る。中ではマゴットが朝の準備をしていた。早速朝帰りしてきたユースティアに、マゴットは呆れたような顔を見せる。
「全く……実習中に朝帰りかい?」
「ははは。素敵な女性がいたもので。あ、カップお返ししますね」
酒を飲んだ気配を全く見せず、あっけんからんとしているユースティアに、マゴットはため息を吐いた。
「まぁ、“あなた”なら大丈夫だろうがね。どうするんだい? 少し休むのかい?」
「えぇ。二時間くらい取れますから、大丈夫です。では」
そう言うとユースティアは物音を立てずに部屋に入った。部屋の中では全員まだ眠っており、やはり疲れていたのか、ユースティアが入ってきたことには気付かず、スヤスヤとしていた。
ユースティアは静かに着替えると、ベッドの中に入る。そして、すぐに寝息を立て始めた。
そして二時間後。ユースティアは誰よりも早く目を覚ましていた。次いでリィンとラウラが目を覚まし、アリサとエリオットも目を覚ます。
下におり朝食を食べていると、アリサがユースティアに何時戻ってきたのか尋ねた。
「それで、昨日は何時戻ってきたのよ。昨日は下に降りたらいないし、いつまで経っても戻ってこないし」
「いや、昨日は美人のお姉さんと意気投合してね。結構遅くまで話していたんだ。実に楽しかったな」
ユースティアからは女性らしい香りが漂ってくる。そんなユースティアに、アリサはジト目で見つめる。そんな視線を気にせず、ユースティアは朝食を食べ続けた。
なんやかんやあったが、朝食を終えると課題を受け取り、今度は全員でやろうということで揃って宿屋を出た。
すると、大市の方が騒がしい。何事かと大市に向かうと、先日の商人二人がまた騒動を起こしていた。しかも昨日とは違い、二人とも殺気立っていた。
リィン達は慌てて二人を止めにかかる。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さい!」
「何があったかは知らぬが、一旦落ち着いた方がいい」
初めは止められたことに苛ついていたようだが、ユースティアの姿を見ると二人は何とか落ち着いた。
「それで、どうしたのですか? 先日は日替わりで場所を交換することで同意していたはずですが」
「それが、こいつが俺の店を壊しやがったんだ!」
青年商人が指さす先には破壊された店があった。しかし、それには壮年の商人も反論する。
「何を言うか! 君こそ私の店を破壊したのだろう! それに商品まで盗んでいきおって! この盗人が!」
二人とも興奮しているようで、再びとっくみあいに発展しそうになるが、リィン達がそれを止める。
そんな中、ユースティアだけが冷静に手を顎に置き何かを考えていた。
「ユースティア? どうかしたの?」
「ん? あぁ。ちょっと確認したいことが……」
「この騒ぎは何事か!」
アリサに声を掛けられ、ユースティアがふと顔を上げたところに、大きな声が割り込む。そこには大勢の領邦軍が訪れていた。
「何時までも商売に戻らず何をしておるか!」
「どうやら彼らの店舗が破壊されたようで。あなた方は何をしに?」
張本人達ではなく、士官学院の制服を着るユースティアが前に出たことに一瞬たじろぐ領邦軍隊長。しかし、すぐに気を取り直し、ユースティアを無視し、二人の商人に相対す。
「ふむ……そういうことなら、貴様等が互いに恨み合っていて破壊し合ったのだろう」
隊長はあまりに無茶苦茶な理論を言う。流石にこれには反論をする。
「なっ!? それはあまりに横暴というものです!」
「そ、そうだ、俺はやってないぞ!?」
「うるさい! 文句を言うのならば貴様等二人とも逮捕するぞ!」
しかし、隊長は聞く耳を持たず、理不尽なことを言った。しかし、隊長の言うことはハッタリでも何でもなく、この無茶苦茶な理論で逮捕することは二人にも理解出来ていた。
二人とも悔しそうに俯くのを満足そうに見つめると、この場から去ろうとする。しかし、ユースティアはそれを止める。
「お待ちを。いくつかお聞きしたいことがあります」
「む? 一介の学生如きが身をわきまえよ。よそ者が首を突っ込むな」
隊長はユースティアのことを無視して通り過ぎようとしたが、ユースティアは隊長の肩を掴み無理矢理止める。
「貴様っ!!」
「駄目よ! ユースティア」
慌ててアリサがユースティアを止めようと名前を呼ぶと、隊長がギョッとした。
「ま、まさか……」
隊長の様子に、今度はユースティアが満足そうに微笑む。
「えぇ。此度の訪問は学院の実習故公式のものではありませんが、このような事件があっては無視出来ません」
「ユースティア?」
いつもと違い雰囲気を放つユースティアに、リィンは首を傾げる。
「王家直属監査官の名において、このユースティア・カイエン。此度の貴殿等の対応に異議申し立てましょう。まぁ、公式ではない故、王家に報告することは避けますが、アルバレア公並びに、父カイエン公には報告いたします。宜しいですね?」
「……はっ。おい、戻るぞ」
隊長は悔しそうな顔をしつつ大市から退散していた。
ユースティアはそれを見送ると、再び商人達の方を向く。
「さて、先程は遮られてしまいましたが、もう一度確認させて下さい。お二人は確か昨夜は酔いつぶれていましたよね?」
ユースティアは昨夜シャロンと共に二人が担がれて酒場を出て行くのを見ていたのである。その様子はしこたま酔っており、そんな状況では店を破壊するなんてことは無理であろう。
「あ、あぁ。昨日は誰かが奢ってくれたみたいだから、たくさん飲んでしまってな。正直記憶がないくらいだ」
「俺も同じだ。何時家に帰ったかも記憶にない」
二人ともそのようで、思い出したのかこめかみを押さえていた。そんなところにオットー元締めがやってくる。
「ユースティア卿、騒ぎを静めて下さり感謝いたします」
「こちらが勝手にしたことです。それより、要らぬ労をかけてしまうこと、お詫びいたします」
恭しく頭を下げるユースティアに、オットー元締めは苦笑を浮かべる。そして、今度はリィン達に顔を向ける。
「君たちもご苦労だった。今日も課題があるだろう。頑張ってくれたまえ」
「は、はい。ありがとうございます」
オットー元締めにお礼を言ってから、リィン達は大市を離れる。教会辺りまで来ると、リィンがふと立ち止まる。
「なぁ、ユースティア。このままでいいんだろうか」
「ん? さっきのことか?」
「あぁ。ただ単に課題をこなしているだけでいいのかなって思って」
リィンは先程の出来事を気にしているようだった。
「私はどのような判断を下そうとも文句はないよ。A班のリーダーはリィンだ。なら私はそれを精一杯助けるだけだ」
いつもの飄々とした雰囲気ではなく、落ち着きながらも信頼をさせてくれるようなものであった。
リィンはそんなユースティアの様子に驚きつつも、決意したように頷いた。
「俺たちA班は今回の大市の事件を解決したい。皆もそれでいいか?」
リィンはアリサ達を見回す。アリサ達はそんなこと当然だと言わんばかりに頷いた。
「私も領邦軍の態度は気になったしね」
「それに、領民を徒に苦しめることは同じ貴族として見過ごすわけにはいかない」
「僕たちも協力するよ、リィン」
全員が大市の事件を解決することで同意する。ユースティアはその様子を嬉しそうに眺めていた。
「それじゃあ、私は課題の方を片付けておこう。幸い今日のは簡単なものばかりだからな。リィン達は町で聞き込みをしていてくれ」
「今日は私も行くわ。ユースティア一人だと、何をやらかすか分からないしね」
そういうアリサも本気ではなく、クスクス笑いながら言っていた。
「それじゃあ、俺とエリオット、ラウラの三人は聞き込み。ユースティアとアリサは課題の依頼の方を頼む」
「了解。それじゃあ、まずは財布の方をやってしまうか。困っているだろうしね」
「何かあったらARCUSに連絡をして」
そうして、ユースティアとアリサは依頼人であるリジーを訪ねるために大市へと戻った。
「すみません、あなたはリジーさんで宜しいでしょうか?」
「ん? そうだけど、何かようかい?」
ユースティアは依頼の件を説明する。
「あぁ、じゃあ、あんた達がやってくれるんだね。多分困ってると思うから、頼んだよ」
仕立ての良い財布をリジーから受け取ると、二人はケルディックを歩き回る。駅や宿屋などを回り、件の人物が教会にいることを突き止める。
そして、教会を訪れると。
「あぁ、ありがとうございました!」
「いえ、私としても見つけることが出来て良かった。これで間違いありませんね?」
「えぇ! あぁ、これでご飯が食べられますわ!」
旅行者アナベルは飛び跳ねるようにして教会を出て行った。
「……何というか、凄い人だったわね」
「まぁ、パワフルな女性ではあるかな。さ、次は魔獣討伐だ。西ケルディック街道だったな。アリサはフォロー頼むぞ」
「えぇ、任せて」
続けて二人は西ケルディック街道に出る。途中で出てくる魔獣はユースティアが殆ど倒し、満を持して討伐対象の魔獣を発見する。
「ズウォーダーか。アリサ、風のアーツには気をつけて。いけるか?」
「大丈夫よ!」
「いい返事だ」
そうして、ユースティアは高速で魔獣ズウォーダーに斬りかかる。突然の攻撃にズウォーダーは反応出来ず、翼の部分を斬られ悲鳴を上げる。
「アリサ!」
「ええ! 《ファイアボルト》!」
アリサの《ファイアボルト》を発動する。アーツは体の真ん中に命中し、ズウォーダーはよろめく。それを見逃さずアリサも傷の所に矢を打ち込む。
「ナイスだアリサ! っと、発動はさせんよ」
ユースティアは、アーツを詠唱しているズウォーダーに三つの斬撃を喰らわせて詠唱を中断させる。そして、剣を構える。
「《シュタイフェ・ブリーゼ》」
技の名前を呟くと、ユースティアはズウォーダーに向かって剣を向けて突進する。その勢いは凄まじく、ユースティアが通った道には深い溝が刻まれていた。
「生き残りたいのなら、鎧の一つでも砕けるようになってからにしろ」
ユースティアが剣についた血を払うと、ようやく自分の体に大きな風穴が空いていることに気が付いたズウォーダーは、悲鳴を上げる間もなく倒れ伏した。
「ふぅ……。ん? どうしたんだアリサ?」
剣を納め振り返ると、アリサがポカンと口を開けて呆然としていた。
「え、えっと、アナタって、そんなに強かったのね」
「ははっ、師匠達に比べたらまだまだだよ。あの人達おかしいくらい強いから」
ケラケラと笑うユースティアに、アリサはガクリと肩を落とす。
「どれだけ天外魔境なのよアナタの師匠は……」
「まぁまぁ。さ、町に戻ろう。そろそろリィン達も何か掴んでるだろうしね」
肩を落とすアリサの肩をポンと叩いて、ケルディックに向かう。
すると、アリサがふと何かに気付いたように顔を上げる。
「あれ?」
「どうした?」
「あ、ちょっとね。ユースティアって、香水変えた?」
ユースティアは普段薄く香水をつけている。流石というか、普段から人に見られることを意識しているからか、それがイヤにならない。
とはいえ、実習中はユースティアは香水をつけてはおらず、昨日はいつもの香りはしていなかった。しかし、今アリサは香水の香りを感じたのだった。しかも、いつもの香りではなく、昔からよく感じていた香りであったのである。
「ん? あぁ、昨日女性と会ってたっていただろ? 魔獣も倒してたし少しつけてたんだ。因みに、シャロンさんのと同じやつな」
あっさりとシャロンの名前を出すユースティア。
「シャ、シャ、シャ、シャロンって、あなた、シャロンと知り合いなの!?」
「あぁ。ルーレにはよく行くことがあるからね。ルーレに行ったときはよくお世話してもらってるよ」
「じゃあ、シャロンが言っていた愛する男性って……」
「シャロンさん、そんなこと言ってたのか。まぁ、多分それは私だな。シャロンさんの愛と献身、少しだけでも君たちから分けてもらえているのなら、それは嬉しいことだ」
ユースティアは嬉しそうにしていたが、アリサはポカンとしたままその場で立ち止まっていた。
因みに今回、ちょっとした秘密が入っております。内容は秘密です。