春。〝サクラローレル〟が有馬記念を勝利し、それを祝福するかのように、入学式はサクラが満開だった。
「あわわ……っ。」
制服を着て、いざ入学式に行かんと、校門の前に立つがーー壮大だ。数多のウマ娘たち、おっきな校舎、広大なる校庭。此処まで巨大な学園にこれから通うことを考えると、足が踏み出せない。
校門付近であたふたしている。それを見かねたかのように、校門の脇に立っていた人が彼女の方へと歩いてきた。
『おはようございます。ご入学おめでとうございます!』
「お、お、おはようございましゅ」
緊張の果てに、突然声をかけられ、挨拶の最後の締めを噛んでしまった。その様子を見た話しかけてきた人ーー駿川たづなは少し驚いた直後、ふふっ、と笑った。
『落ち着いて落ち着いて。ごほん。私はトレセン学園の理事長秘書、駿川たづなと申します。ようこそーートレセン学園へ!』
「よ、よろしくお願いしましゅ…ま、また噛んじゃったぁ……」
「あぁぁぁもう幸先が不安だよぉぉお……っ!」
両膝をつき、頭を抱えて悶える彼女。他の生徒たちは明らかにヤバいやつだと言わんばかりに避けている。
其処に彼女と同じ入学生が、1人やってきた。心配というよりは…面白そうだから、といった具合だろうか。
『はーっはっはっは!桜の舞う入学式!まさしくボクのための舞台!だが、それはキミもそうだろう?』
「………あ、あなたは………」
顔を見上げる。新入生にもかかわらず、下から見上げたその立ち姿には圧倒的な貫禄があった。間違いない。このウマ娘はまさしくウマ娘として、覇者になるために生まれてきたような、そんなウマ娘だ。
『ん?ああボクかい?名乗るほどでもないがーー此処は一つ、他の皆皆様にも示しておくとしようか』
『ボクはテイエムオペラオー!いずれ日本に、いや、世界にその名を轟かせる最高のウマ娘になる者だ!!」
声の張りから一目瞭然だ。其処からは圧倒的な自信とーーそれを上回る自己愛が漏れていた。
そんなオペラオーの姿は、彼女とは正反対のキャラであったが、彼女が求めた姿があった。
『ではキミに問おう!今日という晴れ舞台に地面と睨めっこしているキミは、一体何をしに来た!』
質問が飛んでくるとは思ってもいなかったように、彼女は呆気に取られていた。
「え…っと、あ……」
答えようとするも、言葉が出てこない。まさかこんな質問をされるとは思ってもいなかったからか……或いは
『立て、立ちたまえ、立つんだ!』
『ボクにはまだ誰1人として見下ろす道理はない!そして、キミもまだ何者でもないボクを見上げる必要はない!ボクたちはまだ同じスタートラインにいるのだから!』
「え…っはわぁ…っ!」
手を伸ばしながら雄々しく語るオペラオーの手を取る。すると勢いよく立ち上がらせてきた。目線はーーやや彼女の方が下を見る形になったが
『おっと、どうやらキミの方がボクより背丈が高いようだ。だが気にすることはない!』
『そして、改めて問おう!キミは何をしにきた!』
自分の方が小さいにもかかわらず、態度は彼女より遥かに大きい。だが、彼女が密かに欲しいと思っているのはそれだった。
「えっと、私…いつもドジばっかでダメダメで…、そんな自分を…その……変えたくて…」
『ーーならば!!』
『ボクの背中を見ろ!いいや、見せてやる!』
真っ直ぐな眼差し。あまりにも自己愛に溢れた眼光は、彼女さえも虜にしてしまいそうな肌に輝かしい。
「ーーせ、背中を……?」
『ああ!ボクの逞しく、輝かしい背中を見て走れ!何も考えられないほどに、圧倒的なポジティブ《最強》を見せてやろう!』
「………私なんかが走っても……」
テイエムオペラオーの宣言。其れはある種煽りだ。背中を見て走れ、ということはつまるところ、お前は私には勝てない、といっているようなものだ。
だが、ネガティブ思考な彼女は、煽られているなんて考える余裕もなく、そして発言した本人ですら、煽っている自覚はない。
己の背中を見て、共に強くなろう。変わるにはそれだけでいい。
『関係ないさ。トレセン学園に入るということは、いやでもキミとボクはいずれ共に走る運命が来る。その時が、早まったに過ぎない!』
『いずれ競うボクの騎士よ!キミにもう一つだけ、聞きたいことがあるんだ!』
『ーーキミの名を教えてほしい』
自分とは正反対のウマ娘。偶然にも初めて話した同級生。これから過ごす学園生活で自己紹介をする機会なんていくらでもある。此処は一つ、練習しとかねば…!と、いった思考が彼女の脳裏を駆け巡った。
「………メイショウドトウですぅ…!」
自分が出せる最大の声量で名前を言った。言ってやったと言わんばかりにオペラオーの顔を見る。
『……メイショウ…ドトウ…。ああ、そうか!よろしく頼むよ!ドトウくん!』
少し驚いたような表情を浮かべていたが、ニヤりと、笑いオペラオーが彼女の手を取った。初めての自己紹介、おそらく成功だろう。
『あの〜、もうチャイムなってますよー』
ひと段落ついたのがわかったのだろう。隣で見ていたたづなさんが、貴方たち遅刻よ。と、割り込んできた。登校初日ーーそれも入学式に遅刻は流石に爪痕を残しすぎている。
「えぇぇぇ〜〜〜〜!!!」
「ちょっと、オペラオーさんのせいでふよぉ!?急がないとぉ!!」
『はーっはっはっはっ!ボクたちが遅いんじゃない…って、おっととと』
時計を見た彼女はあたふたしながら、テイエムオペラオーの手を無意識に掴み、突如として走り出す。それに引っ張られるように、オペラオーもその足で走り出した。
『……今年の新入生は、個性豊かなウマ娘が多いみたいですね』
その背中を見ながら微笑むたづなさんだった。
◆◇◆◇
『今年も春がやってきました』
入学式。今はこの学園の生徒会長が歓迎の言葉のスピーチの時間だ。クラス関係なく、出席番号順に座るようで、彼女とオペラオーは席が離れていた。
右も左も、知らない子たち。何よりも会場全体が希望とやる気に満ち溢れたオーラを醸し出してた。
ビクビクとしながら、彼女は考え事をしていたが、生徒会長の言葉が彼女の耳を通り、脳を侵略してきた。
『ーー堅苦しい前置きはここまでとしよう。初めまして。私がトレセン学園生徒会長ーーシンボリルドルフだ』
シンボリルドルフーー史上初の無敗三冠を成し遂げた偉大なウマ娘。その名は彼女でさえも聞いたことがあり、会長を憧れの的として見る者もいれば、目標とする者もいる。其れほどまでに、名高いウマ娘だ。
ある者はいった。競馬に絶対はないが、〝その馬〟には絶対がある。とーー未来永劫語り継がれる〝皇帝〟
『私から伝えたいことはたった一つ』
唯一抜きんでて、並ぶ者なし
『”Eclipse first,the rest nowhere.”』
『これは本校が掲げるモットーだ。この言葉の本当の意味がわかる者が、世代の頂点へと輝ける。勇往邁進。血の滲む努力あるのみ。以上だ』
そんなウマ娘は、トレセン学園の生徒会長の座についていた。そんな会長の次に放った一言に、彼女は内心、驚愕していた。
あれほどまで堅苦しくスピーチをしていた会長が、宣戦布告の如く、高らかに、マイクを捨てて、語ってきたのだから。
「………すごい…』
もはや言葉が出ない。開いた方が塞がらないとはこのことだろうかーーだが、直後に聞こえてきた言葉に、彼女は顎が外れてしまうのではないかと、思わせてしまうほど彼女は壇上に視線を釘付けにされることになる。
『えー、それでは次は新入生代表の言葉。テイエムオペラオーさん。お願いします』
彼女と同じ時間帯に登校していた他のウマ娘も、その名を聞いていたが故に、そのアナウンスに呆気に取られた。そんな一瞬の場の揺らぎを是正するように、オペラオーが壇上にて、口を開いた。
『ーー諸君!かの有名な会長さんが〝皇帝〟と呼ばれているならば、ボク、テイエムオペラオーはいずれこう呼ばれるようになるだろう!』
『最も強く、美しいーー〝覇王〟と!』
『同級生となる君たち、ボクの伝説を特等席で見れる学園生活へようこそ!』
堂々たるその姿は、皇帝シンボリルドルフとはまた違った貫禄があった。オペラオーの言葉に一瞬静まり返った会場は、途端にザワザワと騒がしくなる。
当のオペラオーは其れを歓声と勘違いし、愉悦に浸りながら舞台裏へと姿を隠した。
そのざわめきのほとんどは覇王に対する冷笑や当惑の声だった。が、ライバル心を燃やしているような、そんな発言も、おそらくナ行あたりの列の前方から聞こえてくるのを彼女は聞き取っていた。
「お、オペラオーさん………っ」
あんな人が、学園生活で初めて話した人なのか、と此方まで恥ずかしくなるような感覚に襲われ、彼女はパイプ椅子で、静かに顔を隠した。