TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
呪術高専から補助監督が運転する車に揺られて到着したのは、静岡県某所にある洋館だった。
昼間だというのにうっそうと生い茂る木々に囲まれた薄暗い山道の奥に、その古びた洋館はひっそりと建っている。
外観からはいかにも『曰く付き』といった空気を醸し出しているが、不思議なことに、建物自体から呪いの気配は全く感じられなかった。
恐らく、一足先に到着した歌姫先輩と冥さんは、『原因は建物の中にある』と判断して内部へと足を踏み入れ……そのまま、呪霊の結界に囚われてしまったのだろう。
「洋館自体には呪力を感じないね。悟、君の眼で何かわかるかい?」
夏油が目を細めて洋館を見上げながら、隣に立つ五条に尋ねる。五条はサングラスを少しずらし、『六眼』で洋館を観察しながらニヤリと笑った。
「んー……。洋館全体が、結界術で作られた『無限ループ』の迷路になってるな。中に入ったら最後、空間と時間がツギハギになってて出られない仕組みだ。歌姫と冥さんは、丸二日この中を走り回ってるってわけ」
「なるほど。厄介な術式を持った呪霊だな。結界の核は見つかりそうかい?」
「いや? 探すの面倒だし、洋館が原因なら、洋館ごと外から吹っ飛ばせばよくね?」
五条がそう言い放つのと、彼が右手の指先に莫大な呪力を練り上げたのは、ほぼ同時だった。
「あっ、おま――」
「ちょっ、待て悟――!」
私と夏油が止める間も、ツッコミを入れる間もなかった。
「――術式順転、『蒼』!」
凄まじい轟音と共に、呪力で引き寄せられた洋館の外壁が、一瞬にして紙屑のようにへし折られ、粉砕された。
舞い上がる土煙。バラバラと降り注ぐ瓦礫。そして、その崩壊する建物の二階部分から。
「いやあぁぁぁぁ……っ!?」
「……!」
結界の破壊により外へと放り出された歌姫先輩と冥さんの姿があった。
冥さんは空中で体勢を立て直しているが、疲労困憊だったらしい歌姫先輩は、瓦礫と共に無防備な状態で真っ逆さまに落下してくる。
「このバカサングラス! 中に二人が居るのわかってただろ!」
私は同級生に特大の暴言を吐き捨てながら、呪力で身体能力を限界まで引き上げ、地を蹴った。
ドムッ! と地面を陥没させるほどの踏み込みで跳躍し、空中で落下してくる歌姫先輩の腰と膝裏に腕を回す。
「え……っ?」
ふわり、と。
私は彼女の身体をお姫様抱っこの体勢でキャッチし、そのまま軽やかに地上へと着地した。瓦礫の雨を避けながら、彼女を腕の中にすっぽりと収める。
「歌姫先輩、無事ですか? 心配したんですよ、2日も連絡無かったから」
「あっ、硝子~~! ありがとう、死んだかと思った~!」
「おーおー。泣いてる? 歌姫」
そこへ、元凶である五条が瓦礫を踏み越えながら、腹の立つドヤ顔で煽りを入れてきた。
「つーかさー。自分より年下の後輩の女に抱きかかえられて、恥ずかしくないの?」
「泣いてないし別に恥ずかしくもないわよ! あと敬語ォ!!」
私の腕の中で、歌姫先輩が五条に向かってシャーッ!と猫のように威嚇する。
私は相変わらずデリカシーがマイナスに振り切れている同級生に呆れつつ、腕の中の柔らかくて良い匂いのする先輩の感触を、密かに堪能していたその時。
「グオォォォォッ!!」
突如、背後の瓦礫が吹き飛び、洋館の呪霊が大口を開けて襲いかかってきた。
「っと!」
私は腕の中の歌姫先輩をしっかりと抱き直すと、大きく後方へと跳躍し呪霊の攻撃を回避する。
同時に、夏油の呼び出した巨大なワームのような呪霊が、襲い掛かってきた洋館の呪霊を下から丸呑みにした。
「飲み込むなよ、後で取り込む。……悟、弱い者イジメは良くないよ?」
「強いヤツいじめるバカがどこにいんだよ」
「ふふっ、君の方がナチュラルに煽っているよ夏油君」
土煙の中から無傷で歩み寄ってきた冥さんが、面白そうに目を細める。
私は冥さんに軽く会釈しつつ、天然煽りをかましながら歩いて来る夏油の背中を、歌姫先輩を抱えたまま軽く蹴り飛ばし、同時に少し離れた場所にいる五条を睨みつけた。
「おい、このナチュラルクズ共。こんな可愛くてか弱い歌姫先輩をいじめるなよ。蹴るぞ」
「いや、もう蹴ってるじゃないか……。それに硝子、その台詞もだいぶ先輩を馬鹿にしてないかい?」
「あっ」
夏油の冷静な指摘に、私はハッとして腕の中を見下ろした。しまった。このクズ二人といつも一緒にいるせいでクズがうつったか……!?
「す、すいません歌姫先輩! そんなつもりではなくてですね……!」
慌てて弁解しようとする私に対し、歌姫先輩はふわりと優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。あのクズ二人と違って、硝子は本当にそんな事思ってないってわかってるから」
私に向ける聖母のような笑顔から一転、歌姫先輩は五条たちへ親の仇のような鋭い睨みを利かせる。どうやら、日頃の行いの差というやつは完璧に機能しているらしい。
「それより、さっき二日って言わなかった? 私たち、あの中にはほんの数時間しか居なかったはずだけど……」
歌姫先輩が怪訝な顔で首を傾げると、瓦礫の上に立っていた五条が「あー」と気の抜けた声を出した。
「洋館壊す前に六眼で見たけど、やっぱり呪霊の結界で時間ズレてた系か。珍しいけどたまにあるよね。冥さんがいるのにおかしいと思ったんだ」
五条が事も無げに言うと、隣で土埃を払っていた冥さんがピクリと反応した。
「……ん? という事は、実働二日というわけだ。その分のギャランティを上乗せしてもらわないといけないね」
「まだ吹っ掛ける気なんだ……」
命の危機にあったというのにブレない守銭奴っぷりを発揮する冥さんに、歌姫先輩が呆れてツッコミを入れた、まさにその時だった。
「それはそうと君たち」
冥さんが、ふと周囲の明るい景色――真っ昼間の山林に無惨にぶっ壊れた洋館の残骸――を見渡して、不思議そうに首を傾げた。
「帳は?」
「「「あっ」」」
私、五条、夏油の三人の間抜けな声が、初夏の青空に虚しく響き渡った。
◇ ◇ ◇
『――続いてのニュースです。本日昼頃、静岡県の山中にある木造の廃洋館にて、大規模なガス爆発とみられる事故が発生しました。周囲に民家などはなく、けが人は――』
東京都立呪術高等専門学校、一階の空き教室。
ブラウン管のテレビから流れる昼のニュースキャスターの声をBGMに、私たち最強の問題児三人組は、横一列に並んで床に綺麗な正座をさせられていた。
「……さて」
私たちの目の前には、腕を組み、鬼のような形相で仁王立ちしている担任・夜蛾正道がそびえ立っている。
「帳も張らず、補助監督を置き去りにし、さらにその状態のまま洋館を跡形もなく破壊したそうだな。言い訳を聞こうか」
地を這うような夜蛾先生の低い声に、私はビシッと真っ直ぐ手を挙げた。
「はい先生! ご存知の通り、私は未だに結界術が苦手で帳を張れません! つまり物理的に不可能なので、私は完全に無実です!」
「そんなわけないだろう」
「チッ」
私の完璧な論理武装は、夜蛾先生の一言で一瞬で打ち砕かれた。私が舌打ちをして肩を落とすと、隣で正座をしていた夏油が、まるで優等生のような爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「先生。洋館を破壊したのは悟です。私と硝子は全力で止めようとしたのですが、彼が忠告を無視して『蒼』を放ちました。我々は彼の暴走を止めきれなかった、悲しき被害者なのです」
「おい傑ッ!? お前、息をするように俺を売りやがったな!?」
「夏油の言う通りです先生。悪いのは全部このサングラスです」
「硝子まで!? お前らだって帳張るのなんて完全に忘れてただろ!?」
0.1秒で自分を裏切った私たちに対し、五条が青筋を立てて抗議する。夜蛾先生は深く、本当に深いため息をつくと、一切の容赦のない拳骨を五条の頭頂部に真っ直ぐ振り下ろした。
「ガハッ!?」
見事なツッコミ(物理)を食らい、五条が頭を抱えて畳に突っ伏す。私と夏油は、それを見ないふりをして背筋を伸ばし、静かに目を伏せた。
「……全く、お前らという奴は」
夜蛾先生は深くため息をつき、腕を組み直した。
「洋館の惨状を見れば、硝子と夏油の仕業でないことくらいは分かる。十中八九、悟の暴走だろうな。……だが、お前らも同罪だ。連帯責任として、三人揃ってきっちり始末書を書くように」
「「はーい」」
「い、いてぇ……理不尽だ……」
私と夏油が素直に返事をする横で、五条が恨めしそうにうめき声を上げていたのだった。
◇ ◇ ◇
キュッ、キュギュッ! ダンッ、ダダンッ!
その後。始末書を書き終えた私たちは高専の体育館で、何故かバスケをしていた。ルールは簡単。呪力使用禁止、純粋なフィジカルのみで行う2on2のバスケットボールだ。
私と灰原のチームに対し、五条と夏油のチーム。
ちなみに七海は「私は遠慮しておきます」と早々に辞退し、笛を首から下げてコートの端で審判と得点係をしている。非常に彼らしい選択だ。
「ほらほら悟! 動きが直線的すぎるよ! もっと腰を落とさないと!」
「うるせー! お前、なんでそんなに動き変態なんだよ! バスケ部か!?」
私はドリブルでボールを突きながら、目の前でディフェンスの構えをとる五条をニヤリと挑発した。
私はドリブルのテンポを意図的にズラし、右へ抜くと見せかけて、強烈なステップと共に左へ切り返した。いわゆるクロスオーバー。格闘技のフェイントの要領で完全に重心を逆へ振られた五条は、足をもつれさせて「うおっ!?」と無様に尻餅をつく。私は尻餅をついた五条を横目に、ふわりと軽快なレイアップシュートを決めた。
「っしゃあ! ナイッシュー家入先輩!」
味方チームの灰原が歓声を上げる。審判の七海も、笛を吹きながらホイッと私のチームの得点板をめくった。
「あー……クソッ。なんか調子狂うな。つーか硝子、お前さっきから無駄に動くたびに胸が揺れてて、なんか目障りなんだけど」
「……悟、それは思っていても口に出してはいけないデリカシーの問題だぞ」
立ち上がりながら負け惜しみのように放たれた五条のノンデリ発言に、夏油がすかさずツッコミを入れる。
私はスポーツブラでガッチリ固めているとはいえ、激しいスポーツをすればどうしても揺れてしまう豊かな胸元を見下ろし、チッと舌打ちをした。
「うるせぇ、こっちだって邪魔くさいと思いながら走ってんだよ。文句があるならお前の腹にこの脂肪を移植してやろうか?」
「ぶふっ……! げほっ、ごほっ!」
「七海!? またむせてるよ!?」
前世の感覚ゆえの恥じらい皆無な私の発言に、真面目な七海がコートの端で盛大にむせ返っている。私たちがそんなふうに、バカバカしくも平和な『青い春』を謳歌していた、まさにその時だった。
「――楽しそうだな、お前ら」
ガララッ、と。
体育館の重い引き戸が開く音と共に、夜蛾先生が中へと入ってきた。その顔は、いつもの説教の時の怒り顔ではなく、呪術師としての極めてシリアスな任務の顔だった。その只ならぬ空気に、私や五条たちは遊びの手を止め、スッと表情を引き締める。
「天元様からの依頼だ。この任務は、お前たち二年に行ってもらう」
「……天元様から?」
夏油が怪訝そうに眉をひそめ、五条が面白そうに口角を上げる。私も無言で首に巻いていたタオルで汗を拭いながら、夜蛾先生の次の言葉を待つ。
そして直後。夜蛾先生の口から放たれた『不可解な任務の内容』に、私たち三人は揃って目を丸くすることになるのだった。