TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
「……ん、うぅん……」
半壊したマンションの最上階。吹き込む風に煽られて、革張りのソファに寝かされていた女性――世話係の黒井さんが、ゆっくりと目を覚ました。
「黒井っ!!」
私の背中に隠れていた理子が、弾かれたように駆け寄って彼女の胸に飛び込む。黒井さんは一瞬ビクッと身を強張らせたが、腕の中の理子を見て、ホッと安堵の息を吐き出した。
「理子様……! ご無事で……! 一体、何が……」
体を起こした黒井さんが周囲を見渡す。壁の半分が吹き飛んだ惨状、簀巻きにされて転がっている『Q』の呪詛師たち、そして――高専の制服を着た、私たち三人の姿。
黒井さんの目が、特に五条のサングラスと夏油の奇妙な前髪でピタリと止まり、微かに困惑の色を浮かべた。
(……まぁ、無理もないか)
私は内心で苦笑する。黒井さんは高専から護衛が来ることは知っていただろうが、まさかこんな『柄の悪い高校生三人組』が来るとは思っていなかったのだろう。
「ん? お、世話係も起きたか」
「ああ、良かった。無事に目を覚ましたようだね」
五条と夏油が、さも自分たちの家のようにくつろいだ態度で声をかける。黒井さんが「あなた方は……」と口を開きかけた、その時だった。
「ま、とりあえず任務だし? どうせ同化でおセンチになってんだろうから、色々言うこと聞いてやろうぜって夜蛾センに言われてきたんだけどー」
五条が、ポケットに手を突っ込んだまま、デリカシーの欠片もない言葉を放り投げた。
その瞬間、理子の肩がピクリと跳ねた。彼女は黒井さんの腕から離れ、五条に向かってビシッと指を突きつける。
「無礼者! いいか、天元様は妾で、妾は天元様なのだ! 貴様のように『同化』と『死』を混同している輩がおるが、それは大きな間違いじゃ! センチになどなっておらん!」
気丈に声を張り上げる理子。五条と夏油は「あーはいはい」「案外図太いね」と面白そうに笑い合っている。
だが、肉体年齢はともかく、精神年齢は二人より上である私の目は誤魔化せなかった。彼女の突き出した指先が、微かに、けれど確かに震えていることを。
(……やれやれ。このノンデリコンビは、人の心の機微ってやつが本当に分かってねぇな)
私は小さくため息をつくと、五条と夏油の間を抜け、理子の前へと進み出た。まだ何か茶化そうと口を開きかけた五条の脛を、軽く、だが的確に蹴り飛ばす。
「いっ」
「お前らはちょっと黙ってろ」
五条が片足でケンケンしているのを放置し、私は理子の目の前でスッとしゃがみ込み、視線を彼女と同じ高さに合わせた。
「な、なんじゃ……」
警戒して後ずさろうとする理子の、ギュッと強く握りしめられている小さな両手。私はその震える拳を、自分の両手でそっと包み込んだ。
「……バカ。手がこんなに震えてんじゃねーか」
「っ……!」
「お前、まだ中学生の14歳だろうが。自分が消えてなくなるのを、怖がらない子供がどこにいる」
理子の瞳が、大きく見開かれる。
私は彼女の手を握ったまま、空いている片手で、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。無理して強がる子供をあやす時のように、少しぶっきらぼうに。
「私たちの前でくらい、無理して強がるな。……怖かったら、怖いって言っていいんだよ」
その言葉が引き金だった。
理子の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。彼女は私の手をギュッと握り返し、子供のように顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。
「……っ、う、あぁぁん! 本当は……本当は、もっとみんなと一緒に居たい! もっといろんな場所に行きたい! 学校に行きたい……!!」
私は何も言わず、泣き喚く理子を軽く抱き寄せ、その華奢な背中を一定のリズムでポンポンと叩いてやった。
ふと視線を感じて顔を上げると、黒井さんがハッとしたような顔でこちらを見ていた。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでおり、私と目が合うと、深く頭を下げて、視線だけで『ありがとうございます』と伝えてきた。
私は『気にするな』という意味を込めて、片目をつむって見せた。
さて、うちのバカ二人はどうだ、と理子の背中を撫でながら見上げると、五条は気まずそうに頭を掻き、夏油は少しだけバツの悪そうな顔をしていた。
「……はぁー。マジでただのガキじゃん。おい傑、天元様の命令、何だっけ?」
「『同化まで、彼女の要望にはすべて応えろ』だね。……全く、世話の焼ける」
二人の顔からは、先程までの茶化すような雰囲気は消え失せていた。
私は理子の肩を抱いたまま、立ち上がってニヤリと笑う。
「そういうこった。お前のことは、この『最強の問題児三人組』が全部守り抜いてやる。だから笑え、理子」
「う、うん……! 妾、学校に行くのじゃ! 迷惑をかけてすまないが、守って欲しい!」
涙を袖で乱暴に拭いながら、理子は力強く頷いた。こうして私たちは、呪詛師の包囲網が敷かれているであろう東京の街中――彼女の中学校へと向かうことになったのだった。
◇ ◇ ◇
「よし、じゃあ私と理子で中に入る。五条と夏油は、外で呪詛師を叩く役割でいいか?」
「えー、俺も外暑いし中入りたいんだけど」
「悟、不審者で通報されるからやめておけ。そもそも、硝子はどうやって入るつもりだい? 高専の黒い制服じゃ悪目立ちするだろう」
五条の軽口を夏油がたしなめつつ、私に視線を向ける。私はニヤリと笑い、持参していたボストンバッグから『白衣』を取り出してファサッと羽織った。
「理子の親戚の『教育実習生』、あるいは『保健室の先生の臨時アシスタント』ってことで誤魔化す。私、一応医者目指して専門書とか読み込んでるから、それっぽいハッタリはいくらでも効くと思うからこれが一番楽じゃないかな」
「なるほど、悪くない手だね。黒井さんは、我々と一緒に外で待機しましょう」
「はい、理子様のこと……どうか、よろしくお願いいたします」
黒井さんが深く頭を下げるのを確認し、私は理子を連れて堂々と正面ゲートをくぐり抜けた。
◇ ◇ ◇
――数十分後。
「キャーッ! 理子のお姉様、超キレイだしカッコいい!」
「ねえねえ、彼氏とかいるんですか!?」
「あ、あー……ははは。彼氏はいないよー」
理子の友人たちに囲まれ、私は引きつった愛想笑いを浮かべながら冷や汗を流していた。
白衣を羽織って「理子の親戚の臨時医務アシスタントです」と名乗ったところ、私の少しハスキーな声とショートボブのボーイッシュな雰囲気……そして何より、日々の鍛錬で培われた長身と、白衣の上からでも隠しきれないグラマーなプロポーションが、女子中学生たちの琴線に触れてしまったらしい。女優でも見るようなキラキラした目で取り囲まれている。
(……女子校の熱量、こえぇぇぇ!!)
前世はむさ苦しい男だらけの格闘ジムで汗を流していた私にとって、甘い香水と制服の匂いが充満するこの空間は、特級呪霊の領域展開よりも息苦しかった。
「もうっ、みんな! 硝子お姉ちゃんに気安く触らないでよ! 私のお姉ちゃんなんだから!」
理子がムスッとした顔で私の前に立ち塞がり、両手を広げて友人たちを牽制する。
普段の古風な口調をすっかり封印し、年相応の普通の女子中学生として振る舞うその姿は、お気に入りのおもちゃを独り占めしようとする子供のようで、思わず頬が緩んだ。
(……なんだ。学校じゃ普通に喋れんじゃねぇか)
◇ ◇ ◇
一方、その頃。廉直女学院の敷地外。五条と夏油は襲ってきた呪詛師――紙袋を被った男と、式神を従える老人――と相対していた。
「黒井さん、今から戦闘になる。別の呪詛師が来たり、流れ弾が貴女に飛んだら危険だ。ここは私たちに任せて、黒井さんは硝子たちがいる礼拝堂へ向かってください」
「えっ、ですが……」
躊躇する黒井に対し、五条がひらひらと手を振って太鼓判を押す。
「俺の『六眼』で視たけど、校舎の中に『硝子以外に呪力を持ってる術師』はいない。校舎の中の方が安全だから、さっさと行きなー」
五条のその言葉には、絶対の自信があった。見渡す限り、校舎内には一般人の生徒と教師たちが発する微弱なエネルギーしか存在しない。五条の保証を得て、黒井は深く一礼した。
「……分かりました。では、お言葉に甘えて理子様と家入様の元へ向かいます」
黒井が小走りで校舎へと向かっていくのを見送り、五条は再び眼前の敵へと向き直る。
紙袋を被った呪詛師が攻撃を仕掛けてくるが、無下限呪術により圧倒され、なす術もなく術式の産物である分身を次々と破壊されていく。余裕の五条は、ここで五条家に代々伝わる相伝の術式を試し撃ちしようと構えた。
「術式反転『赫』!! ……失敗!!」
五条は何事もなかったかのように誤魔化し、戸惑う紙袋の呪詛師を無慈悲に殴り倒して気絶させた。
少し離れた場所では、夏油が式神を操る老人を、呪霊操術と格闘術で難なく制圧し終えていた。
「ふぅ。とりあえず、これで終わりかな?」
夏油が額の汗を拭いながら歩み寄ってくる。五条はサングラスを押し上げながら、つまらなそうに首を鳴らした。
「雑魚ばっか。ま、野良の呪詛師なんてこんなもんか」
「今、なんか失敗って聞こえたけど気のせいかい?」
「気のせい気のせい。俺、最強だから」
「……まぁいい。油断は禁物だよ、悟。私たちも礼拝堂へ向かおう」
「硝子からケータイに連絡もないし、中は問題ないみたいだな」
五条は携帯電話を取り出し、メールが来ていないかを確認する。彼にとって、呪力を持たない一般人など『背景』と同じだった。六眼という最強のセンサーがある限り、呪詛師の奇襲などあり得ない。そう、完全に慢心していたのだ。
――だが、同時刻。
薄暗い渡り廊下。そこを小走りで礼拝堂へ向かう黒井の背後から、警備員の制服を着た『呪力を持たない非術師のプロ』が、音もなく忍び寄っていたことに、この時の五条たちは気づく由もなかった。
◇ ◇ ◇
バンッ!
礼拝堂の重厚な扉が開き、長身の男子高校生二人が姿を現した。
「おっ、ここかぁ。結構広いじゃん」
「お騒がせしてすまないね」
制服をだらしなく着崩した五条と、優等生然とした夏油。その異様に整った二人のルックスに、礼拝堂にいた女子中学生たちの視線が一斉に釘付けになる。
「えっ、誰あの人たち! 超カッコいい!」
「もしかして理子のお知り合い!?」
黄色い歓声が上がった瞬間、五条がニヤリと悪戯っぽく笑い、スッ……とサングラスを外した。吸い込まれるような蒼い瞳と、完璧な造形の素顔が露わになる。
「「「キャアアアアッ!!」」」
女子中学生たちから、悲鳴のような歓声が爆発した。夏油も夏油で、「ふふっ、怪しい者じゃないよ」と爽やかな笑みを振りまき、「前髪は変だけどイケメン!」とチヤホヤされている。
私はその光景を、半ば死んだ魚のような目で眺めていた。
「……お前ら、何しに来たんだよ。てか、敵はどうした」
「ん? ああ、あんなの秒殺秒殺」
五条がサングラスをかけ直し、さも当然のように言い放つ。夏油も苦笑しながら私の元へ歩み寄ってきた。
「襲ってきた呪詛師はすぐに片付けたよ。それより硝子、黒井さんは?」
「……は?」
私は怪訝に眉をひそめた。
「黒井さんなら、お前らと一緒に外で待機してたはずだろ。……ここには来てないぞ?」
「え?」
夏油の顔から、スッと笑みが消えた。五条もピタリと動きを止める。
その時だった。
――ピロリン♪
理子のポケットから、軽快な着信音が鳴り響いた。理子が不思議そうに折りたたみ式の携帯電話を取り出し、パカッと画面を開く。
「誰じゃろ、メール……」
画面を見た瞬間。
理子の顔から、サァッと血の気が引いた。
「……えっ?」
カタカタと理子の手が震え、携帯電話が手から滑り落ちそうになる。私は咄嗟にその携帯を横から掴み取り、画面を覗き込んだ。
「……ッ!!」
そこに添付されていたのは。
「どうした、硝子!?」
私の顔色が変わったのを見て、五条と夏油が慌てて画面を覗き込む。写真を見た瞬間、五条の蒼い瞳が限界まで見開かれた。
「……中に、術師はいなかった。まさか……」
ギリッ、と。五条が強く奥歯を噛み締める音が、礼拝堂に響いた。
「『非術師の刺客』か……! 生徒や教師の微弱な呪力と混ざって、六眼じゃ見分けがつかなかったのか……っ!」
最強であるが故の、痛恨の慢心。女子校の賑やかな喧騒の中で、私たちの周囲だけが、まるで氷水をぶちまけられたかのように冷たく凍りついていた。