TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~   作:a-ru

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※本作の五条・夏油・灰原・ナナミンは元・プロ格闘家のTS硝子さんが居る事により接近戦が強化されています。


第16話『死角』

 背後から深々と突き立てられた刃。それでも、五条はそのような事態に直面しても咄嗟の判断力を失っていなかった。

 

 五条は刺された状態のまま、背後の男へ向けて呪力を爆発させ、恐らくは『蒼』だろう強烈な引力が男の身体を強引に背後へと引き寄せ、結果として五条の身体から刀が抜け落ちる。

 

「チッ」

 

 男が舌打ちをして空中に投げ出され体勢を崩した、そのコンマ一秒の隙。夏油が即座に反応し、巨大なワームのような呪霊を呼び出し、空中で男を丸呑みにする。

 

 私は五条と夏油が連携プレイをしている間に五条の元へと駆け寄り、その胸の傷口に手を当てて反転術式を使用する。貫かれた肺、断裂した筋肉。それらがシュウゥゥと白煙を上げながら、一瞬にして縫い合わされていく。

 

「悟ッ! 大丈夫か!?」

 

 理子と黒井さんの前に立ち塞がり、盾となる位置につきながら夏油が叫ぶ。私は血に染まった手を離し、額の汗を拭った。

 

「……問題ねぇよ。硝子に治してもらったからな」

 

 五条は口元の血を手の甲で乱暴に拭い、ゆっくりと立ち上がった。感じた痛みまでは反転では消えないだろうし、制服は血で真っ赤に染まっているというのに、その顔には凶悪な笑みが張り付いていた。

 

「天内優先だ。アイツの相手は俺がする。傑と硝子は、二人を連れて先に天元様の所へ行ってくれ」

 

「悟、一人でやる気か!? 私たちも――」

 

「行けって言ってんだよ。俺を誰だと思ってんだ」

 

 五条の蒼い瞳が有無を言わさぬ圧力で私たちを射抜く。私はギリッと奥歯を噛み締め、五条の背中へ声をかけた。

 

「おい悟。あいつ……足音も殺気も全くねぇぞ。いくら死角からの奇襲とはいえ、私の目でも、お前が刺し貫かれる直前まで『初動』に気付けなかった。……死ぬなよ」

 

「誰に言ってんだよ」

 

 私と夏油は理子と黒井さんを抱え、天元様が待つ薨星宮(こうせいぐう)へと走り出した。

 

◇ ◇ ◇

 

 硝子や夏油たちがその場を離脱した直後。

 

 夏油が放った呪霊が内側から無惨に切り裂かれ、中から男――伏黒甚爾(ふしぐろとうじ)が、鬱陶しそうに血振るいをしながら姿を現した。

 

「星漿体と他の奴らもいねぇな。……それに、やはり傷が治ってるか」

 

 甚爾は、五条の胸に傷一つないことを確認し、面白くなさそうに首を鳴らす。甚爾が握っているのは、呪霊を内側から切り裂いた大太刀――あらゆるモノの硬度を無視して魂を切り裂く呪具、『釈魂刀(しゃっこんとう)』だ。

 

「反転使いが居るから、出来ればお前はさっきの不意打ちで仕留めたかったんだが……ナマったかな」

 

「天内の懸賞金はもう取り下げられたぞ、マヌケ」

 

 五条が挑発するように言い放つ。対する、甚爾は凶悪な笑みを崩すどころか、ひどく可笑しそうに肩を揺らした。

 

「あぁ、あの懸賞金は俺が懸けたやつだからな。オマエみたいに隙がない奴には、緩急つけて偽のゴールを幾つか作ってやるんだ。『懸賞金の時間制限』が無ければ、オマエは最後まで術式解かなかったと思うぜ」

 

「……その色々面倒な仕掛けしてやった不意打ちが、硝子に速攻で治されてたら世話ねぇな?」

 

 痛烈な皮肉を返す五条。確かに刀で刺し貫かれた傷は治った。しかし、五条の脳は三日三晩『無下限』をフル稼働させたせいで極度の疲労が残っている。

 

 傷は治っても、頭の奥でガンガンと鳴り響く警鐘だけは、他者の反転術式では取り除けない。

 

(……クソッ、視界が少しブレやがる。だが、やるしかねぇ……!)

 

「それを言われるとアレだが。まぁ、オマエはどっちにしろここで死ぬから問題無いだろ」

 

 甚爾はそう言いながら、持っていた大太刀を自身の首に巻きつけていた奇妙な呪霊の口の中へと呑み込ませた。そして、代わりに呪霊の口から引き抜いたのは――特級呪具『天逆鉾(あまのさかほこ)』。

 

 引き抜くと同時に地を蹴り、地面が砕ける音をさせながら一瞬でトップスピードに乗った甚爾が、常人では目で追うことすら不可能な速度で五条へと肉薄する。

 

(速えっ! だが、見える!)

 

 もし彼が『格闘バカの異端児(家入硝子)』と出会っていなければ、六眼の情報処理に頼りきり、この速度に対応しきれなかったかもしれない。

 

 しかし今の彼は、あの同級生を相手に、何度も何度も至近距離での殴り合いを経験している。その経験から、五条の身体が思考よりも先に反射で動いた。

 

 迫り来る天逆鉾の切っ先。五条はそれを最小限のスウェーで躱し、流れるような動作で『蒼』を使い甚爾の身体を引き寄せ、渾身の拳を叩き込む。

 

 だが甚爾は、五条のその一撃を即座に腕でガードし、後方へと弾き飛ぶことでダメージを完全に殺してみせた。

 

「へぇ……術式ばかりに頼るガキだと思ってたが。最近の高専生は呪術だけじゃなく、体術も学んでんのか」

 

 自身の攻撃を躱され、尚且つカウンターまで合わせてきた五条に対し、甚爾は軽い驚きを顔に浮かべて目を細める。

 

「『最近の』なんて言うと、年齢(トシ)がバレるぞおっさん」

 

 軽口を叩き返す五条。その額には、冷や汗が伝っていた。

 

(動きが読みづらくておかしいと思っていたが……こいつ、呪力が少ないとかじゃねぇ。『全く無い』のか……! 『天与呪縛(てんよじゅばく)』のフィジカルギフテッド!)

 

「……まぁいい、少し本気でやるか」

 

 甚爾が短く息を吐いた瞬間。

 

 その姿が、五条の視界からフッ、と消失した。

 

 周囲の木々や建造物を立体的に蹴り渡り、圧倒的なスピードで撹乱し始めたのだ。呪力がない以上、視界から外れれば気配を追うことは不可能な相手。

 

(あいつの首に巻き付いてる呪霊か、手に持ってる呪具の呪力を探ればわかるが……速すぎんだろ!)

 

「仕方ねぇな。なら、隠れる場所を無くしてやるよ!――術式順転、出力最大。『蒼』!!」

 

 五条は両手を合わせ、術式順転『蒼』の最大出力を周囲へ向けて解放した。凄まじい引力が爆発し、木々も、社も、周囲の遮蔽物のすべてが紙屑のようにへし折られ、更地へと変貌する。

 

「これで遮蔽物は消えた、奇襲は出来ない……っ!?」

 

 五条が見晴らしを良くした、次の瞬間。無数の不気味な羽虫――低級呪霊『蠅頭(ようとう)』の群れが解き放たれ、五条の視界を真っ黒に覆い尽くした。

 

「チッ!」

 

 一つ一つは雑魚でも、これだけの数が密集すれば、微弱な呪力を放つ蠅頭の群れは六眼のセンサーを狂わせる強力な『チャフ(目眩まし)』として機能する。

 

(どこだ……!? どこから来る……!?)

 

 五条は全神経を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。だが、甚爾は一向に襲ってこない。極度の疲労に苛まれていた五条の脳裏に、不意に最悪の可能性がよぎった。

 

(まさか、俺を無視して……天内たちの方へ……いや。大丈夫だ。あそこには傑と硝子が、っ!?)

 

 戦闘から一瞬だけ意識を逸らしてしまった五条だが、頼れる悪友たちの顔を思い出し、即座に意識を目の前の戦いへと引き戻す。意識を戻したその瞬間――蠅頭の群れの裏側、完全に六眼の死角から、音もなく甚爾の凶刃が迫っていたことに気づく。

 

(躱せねぇ……!!)

 

 しかし、すでに回避も防御も間に合わない距離だ。自らの死が避けられないと確信した瞬間、五条の意地が爆発した。彼は己の命を守ることを完全に放棄し、迫り来る天逆鉾へ向かって、自ら半歩踏み込んだのだ。

 

「なら、テメェも道連れだァッ!!」

 

 五条は、呪力を限界まで練り上げた右拳での渾身のストレートを、甚爾の心臓がある左胸めがけて全力で叩き込んだ。

 

「……ちッ」

 

 相打ち狙いのクロスカウンターという絶体絶命のタイミングにも関わらず、甚爾はバネのように上体を捻り、その致命の一撃を紙一重で逸らしてみせた。

 

 ゴッッッ!!

 

「……ぐっ!」

 

 代わりに五条の拳は甚爾の脇腹へと深くめり込み、骨が軋む重鈍な音が響く。甚爾が初めて苦悶の表情を浮かべた。その瞬間――五条の拳が甚爾の肋骨を砕いたのと同時。甚爾の振るった天逆鉾が、無下限の防御をいとも容易く貫通し、五条の喉元を深々と切り裂いていた。

 

「が……はッ、ぁ……」

 

 鮮血が宙を舞う。

 

 五条の身体が、力なく後方へと崩れ落ちていく。術師殺しの凶刃は止まらない。倒れ伏す五条へ向け、甚爾はその切っ先を何度も、何度も冷酷に突き立て、最後のトドメとばかりに五条の額へ刃を突き立てた。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 五条から喰らった一撃のダメージが思いのほか大きかったのか、甚爾は少し荒い息を吐きながら、自身の脇腹を押さえた。そして、五条の血で染まった天逆鉾を振るい、血を落とす。

 

「……あの体勢から合わせるか。最近のガキは本当に恐ろしいな」

 

 甚爾は、血溜まりの中で事切れた五条を見下ろし、痛む肋骨をさすりながら自嘲気味に呟いた。

 

「やっぱり、少しナマってるかな」

 

◇ ◇ ◇ 

 

 上で五条が足止めを引き受けている間。

 

 私、夏油、理子、そして黒井さんの四人は、昇降機(エレベーター)に乗り込み、高専の最下層である『薨星宮(こうせいぐう)』へと辿り着いた。

 

 やがて、薄暗い昇降機を降りて重厚な扉の前に立った所で、黒井さんがふと足を止め、理子に向けて静かにお辞儀をして言った。

 

「理子様。私はここまでです」

 

 星漿体である天内理子と、天元様を同化させるための神聖な場。非術師である彼女は、結界の仕様上、これ以上先へは進めないのだと悟っているのだろう。

 

「理子様……どうか……っ」

 

 黒井さんの言葉が震え、その瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。たまらず、理子が弾かれたように駆け寄った。

 

「黒井っ……!」

 

 理子は黒井さんの胸に飛び込み、その背中に腕を回して強く抱きついた。黒井さんもまた、理子の小さな身体を壊れ物を扱うように、けれど力強く抱きしめ返す。

 

「大好きだよ、黒井。ずっと……! これからもずっと!!」

 

「私も……! 大好きです……理子様っ……!!」

 

 別れの涙を流し、互いの温もりを確かめ合うように抱き合う二人。私と夏油は何も言わず、ただ数歩離れた場所から、その光景を静かに見守っていた。

 

(……別れ、か。何度見ても、気分の良いもんじゃねぇな)

 

 私は、前世から引き継いだ少しばかり擦れた感情を隠すように、小さく息を吐いた。やがて、涙を拭って黒井さんに見送られた私たちは、重い扉を開け、薨星宮・本殿の内部へと足を踏み入れた。

 

「ここが、天元様の膝下。国内主要結界の基底……薨星宮、本殿か」

 

 私が思わず呟くほど、そこは異質な空間だった。薄暗い地下の巨大な空洞。その中央には、すべてを圧倒するような規格外の『大樹』がそびえ立っている。外の騒がしさとは無縁の、恐ろしいほどの静寂が支配する聖域。

 

「階段を降りたら門をくぐって、あの大樹の根本まで行くんだ。そこは招かれた者しか入る事は出来ないから、同化まで天元様が守ってくれる」

 

 夏油が、理子へ向けて穏やかなトーンで説明する。理子は不安そうに大樹を見上げ、ギュッと自分の服の裾を握りしめた。私はそんな彼女の背中に向けて、わざと軽い調子で言葉を投げた。

 

「それか、引き返して黒井さんと一緒に家に帰るっていう手もあるぞ」

 

「えっ?」

 

 理子が驚いたように振り返る。夏油が、私の言葉を引き継ぐように優しく微笑んだ。

 

「担任からこの任務の話を聞かされた時、あの人は『同化』を『抹消』と言った。あれは、それだけ罪の意識を持てという事だ。……理子ちゃん、君と会う前に、私たち三人の間で話し合いは済んでる」

 

 夏油の言葉に、私はニヤリと悪ぶった笑みを浮かべて、彼の隣に並び立った。上に残っている、生意気で最高に頼れる親友の顔を思い浮かべながら。

 

「天元様との同化を拒んだって、呪術界の都合なんて知ったこっちゃねぇ。お前が帰りたいなら帰る。同化したいなら同化する」

 

「そうだ。どんな選択をしようと、君の未来は私たちが保証する」

 

 理子の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。私と夏油は顔を見合わせ、まるで示し合わせたように同時に言葉を紡いだ。

 

「「私たちは、最強だからな」」

 

 私と夏油の言葉に、理子は目を丸くした後、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。彼女は両手で顔を覆い、しゃくり上げながら、震える声で紡ぐ。

 

「……妾は、ずっと前から覚悟しておった。星漿体として、天元様と同化するのが自分の運命なのだと」

 

 涙声のまま、理子は必死に言葉を絞り出す。

 

「お主らが迎えに来てくれた日……本当はもっと皆と一緒に居たいと泣いてしまった時、あれが最後じゃと決めておった。お主らに守られながら、立派に天元様と同化しようと、そう思っておったのに……っ」

 

 理子は顔を覆っていた手を離し、涙でぐしゃぐしゃになった顔を私たちへ向けた。

 

「海が……信じられないくらい、青かったのじゃ。水族館のジンベエザメは大きくて、皆で食べたソーキそばは、美味しくて……っ。バカみたいにナマコを投げ合って、笑って……っ」

 

 彼女の脳裏に、数日間の輝かしい記憶がよぎっているのだろう。普通の女子中学生としての、青くて眩しい時間。

 

「もっと、皆と一緒に居たい……っ! 皆と一緒に……もっと、色んなところに行きたいっ! 黒井と一緒に、家に帰りたいっ……!!」

 

 魂からの叫びだった。押し殺していた生への渇望が、ボロボロとこぼれ落ちる。

 

 夏油は、この世の何よりも優しい微笑みを浮かべて、彼女に向けて手を差し伸べた。私もつられて、柔らかく笑う。

 

「帰ろう、理子ちゃん」

 

 私と夏油の言葉に、理子はパァッと花が咲いたような笑顔を見せた。

 

 涙を拭い、「うんっ!」と大きく頷いて、私たちの手を取るために一歩、駆け出そうとした。

 

 ――その、瞬間だった。

 

 私の鍛え上げた聴覚と警戒心が、脳内で大音量で警鐘を鳴らした。

 

(……足音? いや、荒い『息遣い』が、微かに――!)

 

 パンッ。

 

 無機質な、乾いた破裂音が、静寂の薨星宮に響き渡った。

 

「え……?」

 

 理子が何が起きたのか分からないといった顔で、足を止める。その華奢な身体が撃ち抜かれるより、ほんのコンマ数秒だけ早く。私の身体は反射的に理子の前へと躍り出て、彼女の小さな身体を庇い込むように抱き寄せていた。

 

「……がっ、は……!?」

 

 理子の頭部を貫くはずだった凶弾は、彼女の前に覆い被さった私の右胸から肩口にかけての肉を、情け容赦なく粉砕して貫き通した。

 

「硝子、お姉様……?」

 

 私の腕の中で、理子が呆然と私を見上げる。私の傷口から吹き出した赤い血が、理子の頬にポツリと跳ねた。

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