TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
(……あ、あァ……)
床に倒れ伏し、薄れゆく意識の中。私は、甚爾が理子の遺体を抱き上げ、そのまま薨星宮の暗闇の中へと姿を消していくのを見ていた。
(クソッ……待て。ふざけんな……返せ……!)
動かない腕を必死に動かそうとする。だが、指一本まともに動かせない。出血による急激な体温の低下。視界が急速に狭まり、世界が黒く塗りつぶされていく。
死ぬ。確実に。
反転術式は回しているはずなのに、甚爾の『釈魂刀』で斬られた傷は、肉体を修復しようとする端から、何かに阻まれるように治癒がストップしてしまう。
(……『魂の輪郭がわかってねぇ奴の反転じゃ治せねぇ』……だっけか)
薄れゆく意識の底で、私はあいつの言葉を反芻していた。魂の輪郭。そんなもの、前世で格闘バカとして生きてきた私に分かるはずがない。
私はずっと、筋肉、骨、神経――目に見える『肉体』の極致だけを追い求めてきた。私にとって自分自身とは、この『身体』そのものだったからだ。
だが今、その肉体が完全に機能を停止しようとしている。血が流れ尽くし、五感が完全に消え去り――。
フワッ、と。
『……ん?』
不意に、身体の重さが消えた。痛みも、冷たさもない。ただ、奇妙な浮遊感だけがある。私はゆっくりと目を開け――そして、信じられない光景を目にした。
『……は? なんだこれ』
数メートル下の冷たい床。そこには、血溜まりの中で意識を失っている『
私は今、宙に浮きながら、自分自身の死体を見下ろしていた。
『幽体離脱……? なんだこれ、幽助かよ』
宙に浮く自分の両手を見つめる。半透明で、青白い光を帯びている。だが、確かに『形』――『魂の輪郭』が知覚できているのだ。自分の『魂』の形を、文字通り目で見て、完全に把握していた。肉体という器が壊され死の淵に陥った事で、皮肉にもあいつの言っていた『魂の輪郭』を完璧に理解できていた。
『なら、話は早い』
私は、血溜まりに沈む自分の肉体――空っぽになった器を睨み下ろした。そこに残っているのは、理子を守れなかった後悔と、絶対に生きて
(……死んでたまるかよ。まだ負けてねぇんだよ、私は……ッ!)
そう思った直後、私は宙を蹴り自分の肉体めがけて真っ逆さまに飛び込んだ。本当に今の私の状態が魂だというのなら、身体から離れていては恐らく本当に死んでしまうからだ。自分の肉体に触れている自分、という不可思議な現象を起こしつつ魂の輪郭をなぞりながら反転術式を回す。
「……ガハッ!!」
次の瞬間、私は口から大量の血の塊を吐き出しながら、ガバッと上体を跳ね起こしていた。身体を見下ろせば、パックリと開いていた致命傷が、凄まじい勢いで白煙を上げ、肉と骨を完全に縫い合わせていた。
「ハァッ……ハァッ……!」
私は荒い息を吐きながら、血まみれの自分の両手を見つめる。治った。魂の傷ごと、完全に。
「……そうだ、夏油は!」
私はハッとして、数メートル先で血の海に沈んでいる親友の元へ駆け寄った。夏油は肩口から胸にかけて深く斬り裂かれ、すでに呼吸が止まりかけていた。顔は土気色になり、完全に死の淵だ。
「死ぬな……死ぬなよ、バカ夏油……っ!」
私は夏油の胸ぐらを掴み、その傷口に自分の両手を強く押し当てた。他者への反転術式のアウトプット。今までは感覚でやっていたそれを、今は明確なビジョンを持って放つ。
(自分の魂の形が分かるなら……他人の魂の形だって、触れれば分かるはずだ……!)
夏油の肉体越しに、消えかかっている彼の『魂の火』を感じ取る。私はそこに、自らの正のエネルギーを力ずくでねじ込み、繋ぎ止めた。
「戻ってこい、夏油!!」
私の叫びと共に、激しい白煙が夏油の身体を包み込んだ。魂の輪郭を捉え、他者へ強引に正のエネルギーをねじ込むという荒業。だが、その効果はてきめんだった。
「……ッ、がはっ!!」
夏油が大きく胸を反らせ、肺に溜まっていた血を吐き出しながら激しくむせ返った。死の淵にいた彼の顔に急速に血の気が戻り、肩口から胸にかけて深く斬り裂かれていた致命傷が、見る間に塞がっていく。
「夏油! 息ができるか!?」
「……ハァッ……ハァッ……。……硝子、君か……?」
焦点の合っていなかった夏油の瞳に、徐々に理知の光が宿る。彼は自分の塞がった胸元に触れ、信じられないものを見るように私を見上げた。
「……あの男は、私の呪霊操術を警戒して急所を外したようだったが、君は確実に殺す気で首元を狙っていたはずだ。それに、奴の刀で斬られた傷は治せないと……」
「ああ、アイツもそう言ってたし、私自身も治せないと思っていた。だが……アイツが言ってた『魂の輪郭』とやらを、さっき死ぬ寸前に掴んだ……らしい」
私は、自分の手についた血を服で乱暴に拭いながら、短く息を吐いた。
「肉体から魂が壊れてこぼれ落ちそうになって、初めて自分の中の魂の形が分かった。……ま、そのおかげで、アイツの刀で斬られた傷もこの通りだ」
夏油は私の言葉を咀嚼するように数秒沈黙した後、ゆっくりと立ち上がった。その顔には、死の淵から生還した安堵よりも、ひどく冷たく、重い決意が張り付いていた。
「……そうか。ありがとう、硝子」
夏油は短く礼を言うと、血溜まりの中に落ちていた自身の呪霊の玉を拾い上げた。
「……行こう。理子ちゃんを取り戻す。そして――五条の仇を討つ」
その声の静けさが、逆に彼の腹の底で煮えたぎる殺意と後悔を雄弁に物語っていた。私は無言で頷き、二人で血まみれのまま、薨星宮の長い階段を全速力で駆け上がった。
◇ ◇ ◇
しかし。
地上へと戻り、五条を残してきたはずの参道に辿り着いた私たちが目にしたのは、信じられない光景だった。
「……五条の遺体が、ない……?」
夏油が呆然と呟く。
そこには、五条が流したであろう大量の血だまりと、周囲の木々や建造物が吹き飛ばされた激しい戦闘の痕跡だけが残されていた。だが、五条の遺体はおろか、甚爾の姿もない。
「誰かが……例えば夜蛾先生たちが来て、五条の遺体を回収したのか?」
「いや、違う。こっちに血の色の靴跡がある。恐らく、血だまりで倒れてる状態から立ち上がった時に靴に血がついて、そのまま歩いたから足跡が残っているんだろう」
私が血溜まりに触れながら呟くと、夏油が疑問に思った顔をする。
「この血の量では致命傷のはずだ。悟は反転術式は使えなかったはず。硝子みたいに死の淵で使えるようになり、傷を治してヤツの後を追った……ということだろうか」
「そうすると、ヤツの向かった先は盤星教か。理子の暗殺を依頼したのはあそこのはずだ」
「ああ。そこに悟やヤツがいる可能性が高い。急いで向かうぞ、硝子」
私たちは、おそらく生きているだろう五条との合流と、ヤツへのリベンジのため、血塗れの服のまま全速力で盤星教の本部――『星の子の家』へと向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇
盤星教・本部施設『星の子の家』。
その巨大な教団施設のホールへと飛び込んだ私と夏油は、その異様な光景に息を呑み、思わず足を止めた。
「「……ッ」」
広いホールを埋め尽くす、何百人もの信者たち。彼らは一様に恍惚とした表情で、無言のまま、パンッ、パンッと、不気味なリズムで拍手をし続けていた。天元様という『神』が純粋なまま保たれたことを祝う、狂気すら感じる静かな熱狂。
そして。
その拍手喝采の中心――祭壇のような場所の前に。今までとは別人のような、浮世離れした雰囲気を持った五条悟が立っていた。
「悟……!」
夏油が呼びかけると、五条はゆっくりとこちらを振り返った。制服の胸元は血で真っ赤に染まっているというのに、その顔には苦痛など微塵もない。サングラスが外れた五条の蒼い瞳は、感情の抜け落ちたビー玉のように虚空を見つめ、一切の表情が削ぎ落とされていた。
「あー……遅かったじゃないか、お前ら」
五条が、ふわりと浮遊するような足取りのまま、ひどく平坦な声で呟く。無事だったのは安堵した。だが、私たちがここへ来た最大の目的が見当たらない。
「悟、お前……無事でよかった。だが、理子ちゃんは!? 遺体はどこだ!」
夏油が血相を変えて尋ねる。私も悔しさに唇を噛みながら、言葉を絞り出した。
「すまない、五条。私たちが隙を突かれて、理子を殺された……っ」
私の謝罪に対し、五条は少しだけ首を振り、ひどくあっさりと答えた。
「いや、元はと言えば俺がしくったからだ。……で、天内の遺体だけど、どこにもなかった」
「……ない?」
「ああ。アイツが天内の暗殺依頼を受けたからには、ココに遺体を持ってきているはずなんだけど、無かった。天内の遺体は、既に別の誰かが持ち去ったみたいだな」
五条の言葉に、私と夏油は愕然とした。遺体すらない。守れなかったどころか、彼女の弔いすらできないというのか。しかし、五条の顔には悲壮感はなく、心底どうでもいいと感じているような顔だった。
遺体がない。その事実を前にしても、五条は全く頓着していない。コイツは、何かが変わってしまった。一緒にクレーンゲームで笑い、ナマコを投げ合ってふざけていた、生意気だけど人間臭かった同級生の『五条悟』とは別人のように変わってしまった。
あれだけの血を流す傷が見た感じでは全て塞がっている所を見ると、やはり死の淵で呪力の核心を掴み、反転術式を習得したのだろう。悲しみが振り切れたのか、それとも本当に全てがどうでもよくなっているのか。
「…………」
その隣で、夏油は呆然と立ち尽くしていた。守れなかった少女の遺体すら取り戻せなかったという後悔。そして、周囲で狂ったように拍手をし続けている非術師たちへの、吐き気を催すほどの嫌悪感。
「悟。こいつらが、理子ちゃんの遺体を隠したんだろうか。……いや、見た感じではここには一般教徒しかいないな……。呪術界を知っていて理子ちゃんの遺体を持ち去った主犯の人間は、もう逃げた後か」
夏油が半ば自問自答のような形でそう結論づけると、五条は少しだけ首を傾け、ひどく平坦な声で言った。
「こいつら、殺すか?」
五条の蒼い瞳が、夏油を、そして私を真っ直ぐに見つめる。
「今の俺なら、多分何も感じない。……お前らが『殺せ』って言うなら、殺すよ」
ゾッ、と。私の背筋を悪寒が駆け抜けた。
夏油が唇を噛み締め、何かを言いかけたその時。
「……バカ言ってんじゃねぇよ」
夏油が何かを言う前に、私は五条を真っ向から睨みつけ、言い放った。
「理子を奪われ、その遺体すら隠された。その事に関しては煮えたぎるほど腹が立っている。何も知らずに拍手してる、この連中を全員ぶちのめしてやりたいとも思ってる。だがな……民間人を理由もなく虐殺するような『外道』にだけは、私は絶対にならねぇ」
私の言葉を聞いた夏油は、ピクッと肩を震えさせ、そのあと肩を降ろしひどく疲れたような声で同意した。
「……硝子の言う通りだ。それに、主犯がいないなら……殺す『意味』が無い」
私たちの答えを聞いた五条は、「そっか」と短く返した。
「意味ね。……それ、本当に必要か?」
「意味は必要だろ」
「ああ、大事なことだ。特に、術師にはな」
私と夏油が同時に答える。五条は、それ以上何も言わなかった。
恐らくすぐに再戦しても確実に負けたであろうリベンジを五条が代わりに果たしてくれたことには残念さも感じているが感謝している。
だが。
私は、この絶望と喪失感のまま、暗い海の底へと沈んでいくようなタマではない。私の中身は、酸いも甘いも噛み分けた、闘争に脳を焼かれた格闘バカなのだから。
私は、自分の胸元――甚爾の『釈魂刀』で抉られ、反転術式で治した傷跡を、衣服の上から強く握りしめた。
(……理子を守れなかった。あの殺し屋に、私は手も足も出ずに斬り捨てられた。結果的に五条が倒してくれたが、私は完全に『負けた』んだ)
その事実が、遅れて私の腹の底をドス黒く焼き焦がしていく。
私は高専に入ってから、同級生二人にも負けない『最強の一角』だと思っていた。
しかし、冷静に考えればそれはただの驕りだ。私は前世で完成させた格闘技術と、反転術式のアウトプットというチートを持っていたからこそ、初めから強かっただけ。
実際、高専に入学してから領域展開を習得した以外、私は後輩の七海や灰原に師匠面して稽古をつけていただけで、私自身は『何一つ成長していなかった』のだ。
圧倒的なフィジカルと経験で叩き潰してきた
(ふざけんな。ここで立ち止まるようなら、前世で死んだ時に一緒に格闘家としての意地も捨てておくべきだった)
天才は一人で空へと昇っていった。なら私は、どこまでも泥臭く、地べたを這いずり回ってでも、あいつの背中に追いついてやる。
(……やり直しだ。前世の貯金はもう尽きた。私の『裂蹴拳』と呪力を、もう一段階、いや二段階以上、上のレベルへと昇華させてやる。それに、2回目の死の淵を経験した『今の私』になら……新しい『何か』に手が届く予感がする)
理不尽に命を奪われた少女の笑顔を脳裏に刻み込みながら。私は、血に染まった拳をギリッと握りしめ、自分自身への再鍛錬を固く決意したのだった。
次回、2007年8月へ。第20話『分岐点』