TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
2017年。
私と五条、夏油が高専を卒業し、それぞれの道を歩み始めてから年月は流れるように過ぎた。
夏油はある程度の任務をこなしながらも、基本は解体されかかっていた旧・盤星教の施設で、いわゆる『拝み屋』のような真似をしている。
もっとも、表向きの看板は『理不尽に晒されている子供たちを保護する児童養護施設』だ。施設を維持するための資金源として、怪異や呪霊被害に悩む一般人から相談を受け、除霊代をせしめているのだが……その料金設定が実にアイツらしい。
一般人からは「ちょっと高めの総合病院」程度の良心的な診察料しか取らないくせに、後ろ暗い成金や悪徳富豪が泣きついてきた時は、足元を見て平然と数千万単位の「お布施」を毟り取っているのだ。完全に悪徳霊媒師の手口である。
無登録で民間の呪霊を祓えば、本来なら高専の上層部から目をつけられかねない行為だ。だが、そのあたりも抜け目がない。
現・学長である夜蛾先生に事前に頭を下げ、『呪術師が対応するまでもない軽微な被害が起こっている事案を、民間の相談窓口として私が処理します』と交渉し、半ば黙認させているのだ。上層部が何か嗅ぎつけて文句を言おうものなら、五条が「僕の親友に何か文句ある?」と圧力をかけて黙らせているらしい。
そうやって集めた金で、呪力のない子供にはまともな里親を探し、呪力のある子供には基礎を教えつつ将来的な高専への進学を勧める。業界の慢性的な人手不足を解消するつもりなのだろう。
そんな稼業にかかりきりで高専には滅多に戻ってこないせいで、去年入学した秤金次や星綺羅羅とは未だに顔を合わせてもいない状態だった。
五条はといえば、相変わらずヒマを持て余していた。というのも、後輩の七海や灰原も立派な1級術師となり、歌姫先輩や冥さんのように全国を飛び回って活動しているためだ。
五条の出番は特級クラスの呪霊が現れた時くらいだ。そのため、普段は高専で教師をしながら今年入学する美々子と菜々子に呪術を教えつつ、腐敗した上層部をどうやって掃除するか画策しているらしい。
そして私は、基本は医務室勤務で生徒や術師たちを治療する毎日だ。任務に出るのはよほど人手が足りない時くらいで、怪我人がいない時間は自己鍛錬に充てているため、学生時代よりもさらに強くなった実感がある。目標は――打倒・五条だ。
だが、そんな私の平穏な日常を脅かす存在がいた。
去年から、ある生徒に付きまとわれているのだ。京都校に所属しているその生徒は、度々東京へやってきては、怪我もしていないのに医務室へ特攻してくる。そう思っていた矢先、廊下からドスドスと床を揺らす足音が近づいてきた。
「
ガラァッ! と勢いよく扉が開く。
そこに立っていたのは、高専の制服を着た大男――京都校2年、東堂葵だった。手には高田ちゃんの布教用新曲CDが詰まった紙袋と、業務用サイズのプロテインの粉末を抱えている。
「誰が姉弟子だ。あとここは医務室だ、静かにしろ」
「フッ……相変わらず冷徹で美しい。高田ちゃんの握手会を前に、我が魂の師匠の顔を見ずにはいられなかったのです! 今でも思い出す、あの日。夕暮れの河川敷での、血の滲むような鍛錬の日々――」
東堂の脳内に突如として溢れ出した、存在しない記憶――
『甘いぞ、葵!!』
夕暮れに染まる河川敷。
そこには、泥だらけで汗だくになっている中学生の東堂と、高専の制服を着ている硝子の姿があった。
『その程度の踏み込みで、襲い来る非術師の刺客や呪霊から高田ちゃんを守れると思ってんのか! 立て!』
『あ、姉弟子ィ……ッ! 俺は……俺はまだやれます!!』
『立て、葵! 守りたいものがあるなら、血反吐を吐いてでも立ち上がれ! そんなヘナチョコな蹴りじゃ、私の裂蹴拳には遠く及ばないぞ!』
『はいッ! 姉弟子ッ!!』
以来、東堂は『姉弟子』となった硝子から格闘術の鍛錬を受けた。硝子はその後、医師として東京校に就職したが、東堂は恩師である九十九由基の紹介で京都校に入ることが決まっていた。
東京校に編入することも考えたが、
ドムッ!!
東堂が感極まって熱弁を振るっている最中、私はパイプ椅子に座ったまま、一切の予備動作なしの鋭利なローキックを彼の軸足めがけて叩き込んだ。
体重が乗った重鈍な一撃が東堂の巨体を横に薙ぎ払い、彼は「ウグッ! 素晴らしいキレだ……!」と恍惚の表情を浮かべ、綺麗に医務室の床へと転がった。
「ふぅ……そんな記憶は私には無い。CDとプロテインは貰っとくから、さっさと行け」
「はいッ! 握手会が終わったら、また夜に手合わせを――」
「わかったわかった。じゃあまた夜になー」
そう告げると東堂は、床に転がった体勢のまま「うむ! では夜、高田ちゃんの握手レポと共に参上します!」と力強く親指を立て、のっそりと立ち上がった。そして嵐のような勢いで医務室から去っていった。
あいつの脳内にある『河川敷の姉弟子』は百パーセント妄想だが、手解きをしていること自体は事実だ。昨年の交流会で初対面だったはずの東堂が、なぜ私に格闘の心得があると見抜いたのか。歩行時の重心移動などから同類の匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。
「ふぅ……。嵐が去ったな」
私はパイプ椅子に深く腰掛け直し、白衣のポケットから煙草を取り出して火をつけた。紫煙を燻らせ、一息ついたと同時に肺へ反転術式を巡らせ、煙の悪影響を消し去り、そのあと消臭スプレーを白衣にひと吹きする。
前世では心肺機能とスタミナに直結するため、酒も煙草も厳禁だった。だが、傷んだ肺胞や血管を反転術式でその都度新品に作り替えられると気づいてからは、私の手放せない嗜みになっている。
酒にしても同様だ。飲む時はきっちり酔っ払い、翌朝の二日酔いと肝臓の疲労だけを正のエネルギーで洗い流せば、肉体を損なうことなく浴びるほど飲める。反転術式の最大の恩恵はもしかしたらこれかもしれない。
そうして煙草を吸い終わり一息ついていると、またもや誰かが近づいてくる気配があった。
バァァンッ!!
「やっほー硝子! 今日も美人だねー!」
ノックもなしに勢いよく扉が開け放たれ、黒い目隠しをした長身の白髪男――五条悟が、やたらと高いテンションで滑り込んできた。
「……五条。ドアを乱暴に開けるなと何度言えばわかる。あと、東堂と入れ替わりで来るな。部屋の空気が騒がしくて仕方がない」
「えー、葵がまた来てたの? 相変わらずよく来るねぇ。ま、今はあいつのことはどうでもいいや。それよりこれ見てよ」
五条はひらひらと手を振って私の小言を受け流すと、私のデスクの上に、一冊の分厚いファイルを放り投げた。表紙には、朱色のインクでデカデカと【完全秘匿死刑対象】のスタンプが押されている。
「なになに……完全秘匿での死刑執行。対象は一般高校2年*4、乙骨憂太?」
ペラリと表紙をめくると、目の下にひどい隈を刻んだ、幽霊のように線の細い少年の顔写真が目に飛び込んできた。備考欄には去年の秋から不登校、出席日数不足のため留年という文字。東堂や秤と同い年のはずだが、とてもそうは見えないほど頼りなげな佇まいだ。
「そうそう、あり得ないでしょ? あの上層部のジジイども、いくら危険だからと言っても未成年の子供を死刑だなんてさ。去年の秋に事件を起こしてさ、自害しようとしても憑りついてる『特級過呪怨霊・祈本里香』が邪魔をして死ねないもんだから、ずっと部屋に閉じこもって泣いてたらしいよ」
「……同級生四人をロッカーにグチャグチャに詰め込んだ、か。そりゃ一般社会じゃ大事件だな。半年以上も引きこもって、死にたいと喚くガキをどうする気だ?」
「僕が彼の面倒を見る事にしたから、うちの1年に編入させるよ!」
事も無げに言ってのける五条に、私は吸い殻を灰皿の底へグリグリと押し付けながら眉をひそめた。
「ん? じゃあ今年入ってきた真希たちより、アイツの方が1歳年上になるのか」
「そ! まぁ関係ないでしょ。呪術界のイロハも知らないド素人なんだから、今年入った1年たちと一緒にイチから学ばせればいいかなと思ってさ」
「で、その乙骨憂太とやらは今どこにいるんだ?」
「高専の地下結界牢。最初はさっき言った通りナイフで自害しようとしてたみたいだけど、背後の里香ちゃんが刃物をひしゃげて邪魔したからね。今はもう『誰も傷つけたくない』って殻に閉じこもっちゃってる」
「自害まで試みてるなら、精神的にいつ爆発してもおかしくないな。早めに行った方がいい」
私が白衣のポケットに両手を突っ込んで立ち上がると、五条は黒い目隠しの奥でニヤリと口角を吊り上げた。
「頼もしいねぇ。もし万が一『祈本里香』が完全顕現して暴れても、僕と硝子が揃ってりゃ何の心配もないし。僕の術式だと地下牢どころか校舎ごと吹き飛ばしかねないからさ、狭い室内でのタイマンなら硝子のほうが適任でしょ? 顕現したら前衛は任せていい?」
「人使いの荒い担任だな。いいが、予想以上に相手が強くて止めきれなかったら、お前もすぐ割って入れよ」
「りょーかーい。それじゃ、新しい生徒クンをお迎えに行きますか」
◇ ◇ ◇
高専の校舎から外れ、薄暗い地下へと続く石階段を下りていく。湿った冷気と、壁一面に隙間なく貼り巡らされた黄色い呪符。天元の結界によって外部と完全に遮断された、最深部の隔離牢だ。
「ここだよー」
五条が何重もの
部屋の中は薄暗く、家具らしい家具は中央に置かれた木製の椅子しかない。その冷たい空間で、椅子の上で膝を抱え、小さく丸まっている少年がいた。扉の開く軋み音に反応したのか、少年がビクッと肩を震わせ、怯えたようにゆっくりと顔を上げる。
ひどく色白の肌に、濃い隈の浮かんだ虚ろな瞳。調書に貼られていた写真そのままの、今にも消え入りそうな少年――乙骨憂太だった。
しかし私の視線は、本人より彼の足元に転がっている「異様な物体」に吸い寄せられた。
ナイフだ。だが、その頑丈な鋼鉄の刃は、まるで怪力で握り潰されたかのように飴細工のようにグチャグチャにねじ曲がり、使い物にならなくなっていた。
(……なるほど。五条が来る前に、すでに自分で胸を突こうとした後か)
常人の力で刃物がこんなひしゃげ方をするはずがない。彼に憑りついているという『特級過呪怨霊』が彼の自害を阻止した後の残骸だろう。
「やぁ乙骨憂太くん。調子はどうだい?」
「……ご、五条……さん……」
五条の気安い呼びかけに、乙骨は掠れた声で応じる。だが、その隣に立つ私――見知らぬ白衣の女の姿を認めた瞬間、彼の瞳に明確な怯えの色が走った。
「だ、誰……ですか……?」
「彼女は今日から君が入る予定の呪術高専の医務室で働いている家入硝子だよ、僕の同期」
五条に紹介され、私は咄嗟に思考を巡らせた。……いかん。見るからに限界ギリギリの精神状態だ。ここでいつものような感じの声を出したら、更に怯えるかもしれん。私はすっと背筋を伸ばし、ワントーン高い声を意識しつつ『優しげな女医の笑み』を張り付けた。
「初めまして、家入硝子です。よろしくお願いしますね、乙骨くん?」
「……その口調、久しぶりに聞いたな……」
隣で五条がジト目を向けて呆れている。
黙れ目隠し不審者、さすがに精神がギリギリの相手には気を遣うんだよ。
視線だけで親友を射殺しながら、私は乙骨へ向き直った。しかし、乙骨はさらに深く膝に顔を埋め、足元の曲がったナイフを見つめながら首を横に振った。
「……行きません……」
「ん?」
「もう、誰も傷つけたくありません……。死のうとしたのに、里香ちゃんが邪魔をして、死ぬことすらできない……。だからもう、ここから外には出ません……」
ぽろぽろと零れ落ちる涙。自らの存在そのものを呪い、震える少年の背中。五条は目隠しの奥で穏やかな視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
「でも……一人は寂しいよ?」
「……え?」
「君にかかった呪いは、使い方次第で人を助ける事も出来る。力の使い方を学びなさい。全てを投げ出すのは、それからでも遅くはないだろう」
最強の男が紡ぐ、不器用だが確かな救いの言葉。乙骨が呆然と顔を上げるのを見て、私は深く、深く息を吐き出した。
「五条さんも、以前と比べれば随分と教師らしくなりましたね?」
「うるさいよ。それといつまでその口調でいるの? ……それで、憂太。君はどうしたい?」
五条の問いかけに、地下牢の冷たい空気がシンと静まり返る。
乙骨は両手で顔を覆ったまま、小刻みに肩を震わせていた。足元に転がる、飴細工のようにひしゃげたナイフ。誰にも傷ついてほしくなくて、自分を消し去ることすら許されなかった少年の、途方もない孤独。
やがて、彼は覆っていた両手をゆっくりと下ろし、涙で濡れた瞳を上げた。
その瞳はひどく怯え、揺らぎながらも――五条が差し伸べた言葉の端に、蜘蛛の糸のような細い希望を見出そうとしていた。
「……僕でも……」
掠れた、今にも消え入りそうな声。
「……こんな僕でも……誰かを、助けることが……できますか……? もう、誰も傷つけずに……生きていて、いいんですか……?」
自分を呪い続けてきた少年が、絞り出すように放った魂の問い。五条は目隠しの奥で、柔らかく、けれど絶対的な確信を込めて口角を上げた。
「できるよ。僕が教えてあげる」
その言葉を聞いた瞬間、乙骨の目からポロポロと大粒の涙が溢れ出し、彼は深く、深く頭を下げた。
「……行きます……。僕に……呪術を、教えてください……」
少年の小さな、けれど確かな一歩。それを見届けた私は、深くため息をつくと、もう営業スマイルを保つのをやめていつもの気だるげな姿勢に戻った。
「……チッ。ったく、湿っぽいのは性に合わねぇな」
「あ、素に戻った」
茶化す五条を無視し、私は乙骨の前までスタスタと歩み寄ると、その場にしゃがみ込んだ。急に口調が変わり、ドスの利いた気配をまとった私に、乙骨が「ひっ」と小さく息を呑む。
「おい、小僧」
「は、はいっ!?」
「手、出せ」
恐る恐る差し出された乙骨の右手。ナイフを握りしめて自害しようとしたのだろう、手のひらには痛々しい赤い切り傷が刻まれていた。
私がその手の上にそっと掌をかざすと、淡い光――反転術式の正のエネルギーが傷口を包み込み、瞬く間に皮膚を新品同様に再生させていく。
「え……? き、傷が……?」
「反転術式だ。私の前で勝手に死のうとするなよ、医者に喧嘩売ってんのか」
「ご、ごめんなさい……!」
「謝るな。二度とやるなよ。次やったら、今度は私がぶん殴って止めるからな」
私は乙骨の手を放すと、そのボサボサの頭を乱暴に、けれどポンポンと優しく叩いた。
「五条の言う通りだ、まずは何も考えずに動け。……行くぞ、腹減ったろ。学食で温かいもんでも食って、少し肉をつけろ。こんな陰気な部屋にずっと居たら、気分も落ち込むだろ」
呆然と目を丸くしていた乙骨は、自分の新品になった手のひらを見つめ、それから私の顔を見て――今日初めて、泣き笑いのような微かな笑みを浮かべた。
「……はいっ、ありがとうございます……!」
立ち上がった少年の背中は、さっきまでよりほんの少しだけ、前を向いているように見えた。