TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
夏油美々子・夏油菜々子(旧姓:枷場)について
本作では過去編で夏油に救出された後、正式に夏油の養子として引き取られています。
それから高専で生活しており、15歳になったので乙骨や真希たちと同期の「1年生」として入学しました。
幼い頃から夏油・五条・硝子・夜蛾学長という最強の大人たちから呪術の英才教育を受けて育っているため、呪霊の危険度を測る目利きや生存戦略はピカイチです。
東京都立呪術高等専門学校。
一学年に数名しか生徒がいないこの学び舎の、一年生の教室。
その日の朝、教室の中はいつものように騒がしくも平和な空気が流れていた。教卓の前の席で、巨大なパンダのぬいぐるみ――突然変異呪骸のパンダが、丸い背中を揺らしながら同級生に話しかける。
「聞いたか? 今日来る転校生。前の学校で、同級生四人をロッカーに詰めたんだと」
「……殺したの?」
窓際の席で頬杖をついていた少女――禪院真希が、鋭い三白眼を向けて聞き返す。
「ツナマヨ」
真希の斜め後ろの席では、口元を隠した呪言師の少年――狗巻棘が、「どうなの?」と同調するように小首を傾げた。
「いや、殺してはない。重傷らしいぞ」
パンダが手を振りながら訂正すると、教室の少し後ろの方から「えー」と呆れたような声が上がった。
スマートフォンをいじりながら足を組んでいる、金髪の今どきな女子高生――夏油菜々子だ。
「重傷かー。ま、どうせそのロッカーに詰められた四人組が、その今日来るっていう転校生をいじめてたんでしょ? 自業自得じゃない?」
「……うん。いじめっこ、よくない。パパもそう言ってた」
菜々子の隣の席で、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめている双子の姉――美々子も、静かにコクリと頷いた。幼い頃、非術師の村で理不尽な虐待を受けていた彼女たちにとって、いじめっ子への返り討ちは同情の余地がないらしい。
真希は「ふーん」と鼻を鳴らし、机の上に置いていた愛用の呪具を軽く撫でた。
「事情はどうあれ、協調性がねぇなら困るな。ま、生意気ならシメるまでだ」
「おかか」
「真希、顔怖いよー。転校生ビビっちゃうって」
好戦的な気配を漂わせる真希に、棘が「やめとけ」と同意し、菜々子がケラケラと笑う。そんな、一見すると普通の高校生――1匹パンダが混ざっているが――の他愛のない日常風景。
――ガラララッ!
その平和な空気をぶち壊すように、教室のドアが勢いよく開け放たれた。
「転校生をっ! 紹介っ! しやすっ!! テンション上げてー! みんなーー!!」
両手をバンザイの姿勢で突き上げ、無駄に高いテンションで教室に飛び込んできたのは、担任である五条悟だ。
「「「「「…………」」」」」
しかし、教室の空気は完全に凍りついていた。
パンダは明後日の方向を向き、真希は舌打ちをし、棘はそっぽを向き、菜々子はスマホの画面に視線を戻し、美々子はぬいぐるみに顔を埋める。完全なる無視である。
「お前ら、担任のテンションの高さと温度差ありすぎだろ」
私は呆れ果てながら、五条の背後からゆっくりと教室へと足を踏み入れた。白衣のポケットに両手を突っ込み、ため息をつきながら五条のすねを軽く蹴り飛ばす。
「いっ」
「朝からうるせぇんだよ。ごめんな、お前ら。こいつが無駄に騒がしくて」
私が気だるげに声をかけた瞬間。さっきまで完全無視を決め込んでいた生徒たちが教壇に顔を向ける。
「あっ、硝子お姉様も来てる!」
「目隠し不審者だけじゃなくて、何で硝子お姉様も……?」
菜々子がパシャパシャと私に向けてスマホのカメラのシャッターを切り、美々子が五条を不審者呼ばわりしながら小首を傾げる。
「おい硝子! 君のせいでミミナナが僕の事を目隠し不審者呼ばわりするんだけど!」
「事実だろ。三十手前にもなって目隠しして女子高生に絡んでる男なんて、事案で通報されないだけマシだと思え」
「ひっど!」
私が鼻で笑って切り捨てると、真希、パンダ、棘の三人が、五条の存在を完全にスルーして、私に向けて元気よく声を張り上げた。
「「「おはよーございます、硝子先生!!」」」
「おう、おはよう。朝から元気だな」
「ちょっと!? ねえ、僕には!? 僕、担任なんだけど!?」
一人だけ挨拶をされず、生徒たちから完全に除け者にされている五条が「えぇー!?」と不満の声を上げる。私はクスクスと笑う菜々子たちを見渡し、コホンと一つ咳払いをして空気を引き締めた。
「ま、私がここに来たのは、担任の保護者代わりってのもあるが……お前ら、心してかかれよ。今日来る転校生は、少しばかり特殊だ。万が一お前らが怪我した時のために、私が待機させられてるくらいにはな」
「……へぇ」
私のその言葉に、真希の瞳の奥がギラリと光気を帯びた。菜々子と美々子も、ただならぬ気配を察してスッと表情を引き締める。
「それじゃ、入っておいでー!」
五条がパンッと手を叩き、廊下に向かって声をかけた。
ガララ……と。
教室の扉が、ゆっくりと開かれる。おずおずと足を踏み入れたのは、高専の黒い制服ではなく、真っ白な特注の制服を着た、ひどく気弱そうな少年――乙骨憂太だった。
だが。
彼が教室に入った、その瞬間。
――ドクンッ!!
教室内の空気が、急激な気圧の変化を起こしたかのように、ドス黒く、そして恐ろしいほどに重く張り詰めた。
ガタガタッ!!
反射的に、巨大なパンダが椅子を蹴り飛ばしてファイティングポーズをとる。禪院真希が机を蹴り越え、鋭い切っ先の薙刀を構える。狗巻棘が、口元を覆っていた制服のジップを素早く下ろして『呪言』の態勢に入った。
全員が即座に殺意を向けたのは、転校生である乙骨憂太の背後――彼に憑いている、規格外のドス黒い呪いに対してだ。
「おい真希、ストップ!!」
殺気立つ三人に対し、真っ先に声を上げたのは菜々子だった。
見れば、菜々子はいつの間にか教室の後ろの窓を全開にし、窓枠に片足をかけている。その隣では、美々子が教室後ろのドアをしっかりと握りしめ、いつでも廊下に飛び出せる体勢を整えていた。
「そいつ、普通の呪霊憑きじゃないわよ!!」
「……うん。パパに教わった、特級の気配。それ以上刺激したら、私たち肉片も残らない」
夏油からの『何よりも己の生存を優先しろ』という教えを忠実に守り、音速で退路を確保しながら警告を発する双子。
「チッ、わかってるよ!」
真希は菜々子たちに視線で答えつつ、薙刀の刃を、怯えて立ち尽くす乙骨の喉元へと突きつけた。
「てめぇ。ここがどういう場所か分かってて来てんだろうな。……ここは呪いを学ぶ場だ。呪われてるヤツが来る所じゃねぇよ」
「……えっ?」
真希の凄みのある言葉に、乙骨が間抜けな声を漏らす。事態が飲み込めていない転校生に、黒板の前に立つ五条が、どこか楽しげな口調で解説を始めた。
「日本国内での、原因不明の死者・行方不明者は年平均一万人を超える。そのほとんどは、人の肉体から抜け出した負の感情――『呪い』の被害だ。中には呪詛師による悪質な物もある」
「呪い……」
「そう! そして、呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。ここは呪いを祓うために呪いを学ぶ、都立呪術高等専門学校だ」
五条がビシッと乙骨を指差して決めポーズをとるが。乙骨は、薙刀を突きつけられたまま、震える声で半泣きになりながら言った。
「そ、そんなの……事前に言ってくださいよ……っ」
その悲痛な叫びに。臨戦態勢をとっていた真希、棘、パンダ、そして逃げる準備をしていた美々子と菜々子の五人が、ピタリと動きを止めた。
「「「「「えっ。今、教えたの……?」」」」」
五人の生徒たちのツッコミが、見事なまでに重なる。冷や汗を流す生徒たちの視線が五条に突き刺さると、当の担任はペロッと舌を出して、右手を頭の後ろに回した。
「メンゴ☆」
「メンゴじゃねぇよ、バカ。お前、こいつに学校の説明を何も伝えてないのかよ」
私は呆れ果て、こめかみを押さえながら容赦のないツッコミを入れた。コイツは本当に、教師に向いていないにも程がある。だが、私の呆れ声よりも早く、事態は最悪の方向へと転がり始めた。
「あっ。真希、早く離れたほうがいいよー?」
五条が極めて軽いトーンで警告を発した、その直後。乙骨の背後の影が、ドス黒く膨れ上がり巨大な歪みを生み出した。
「えっ……待って、里香ちゃん!!」
乙骨が必死に制止の声を上げるが、もう遅い。生じた歪みを突き破り、真っ白で巨大な異形の腕が、這り出してきた。
『ゆうたを……いじめるなぁぁぁッッ!!』
鼓膜を破るような、特級過呪怨霊の絶叫。圧倒的な呪力の暴力が、教室という狭い閉鎖空間で爆発する。
「来るぞ!!」
「ツナマヨッ!!」
真希たちが迎撃のために動いた――そのコンマ一秒の隙に。
「ほら美々子、早く!」
「うん!」
菜々子と美々子は、一切の躊躇なく、窓とドアから廊下へと身を翻して全速力で脱出した。
直後。
――ドガァァァァァァァンッッ!!!
教室の壁が吹き飛び、凄まじい轟音が廊下中に響き渡った。
◇ ◇ ◇
「――てな感じで! 彼の事がだーいすきな里香ちゃんに呪われてる、乙骨憂太くんでーす!」
数分後。
机や椅子が木っ端微塵に粉砕され、黒板がへし折れた惨状の教室にて。五条が何事もなかったかのように、明るい声で転校生の紹介を締めくくっていた。
「いっ、ってぇ……」
「おかか……」
「いてて……綿出ちゃったぞ……」
瓦礫の中で、真希、棘、パンダの三人が、ボコボコにされて床に転がっていた。里香の圧倒的なパワーの前に、反撃の隙すら与えられず叩き伏せられたのだ。
「ったく、派手にやりやがって。ほら真希、頭から血が出てるぞ、じっとしてろ」
私はため息をつきながら、ボロボロになった三人の間を歩き回り、手のひらから反転術式の光を放って手当をしていく。
ガラッ。
そこへ、外したはずのドアをそーっと開けて、美々子と菜々子が恐る恐る戻ってきた。彼女たちの制服には、埃一つついていない。完全なる無傷だ。
「あっ、おかえり二人ともー。傑から『自身の生存を第一に』って教え込まれてるからか、見切って脱出するの超速かったねー」
「……真希たち、生きてる?」
「無事? 私たち、パパの言いつけ通りに逃げただけだからね」
ケロリとしている美々子と菜々子に、傷を治してもらった真希が「てめぇら……薄情すぎんだろ……」と恨めしそうに睨みつける。
「で、今みたいに憂太に攻撃しようとすると、里香ちゃんの呪いが発動したり、しなかったり。怪我は今回は硝子が治してくれたけど、みんな気を付けてねー!」
五条の無責任極まりないまとめに、真希たちはげっそりとした顔でため息をつく。こうして、新入生・乙骨憂太の波乱の学園生活が、幕を開けたのだった。