TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~   作:MMOだと殴りヒーラーが好き

28 / 29
第27話『狂言廻し』

 帳が解除され、夕暮れの茜色に染まった都内の幹線道路。小学校を後にした高専の黒塗りセダンは、激戦の疲労感と、独特の静けさを乗せて西東京の山奥へと走っていた。

 

 車内の座席配置は、控えめに言っても窮屈だった。

 

 助手席には、背もたれを少し倒して深く背を預け、気怠げに目を閉じている私。

 

 相手は、一発でもまともに貰えば人間なら肉片も残らない特級過呪怨霊だ。しかも、祓ってしまっては元も子もないため、急所を外した打撃で痛覚だけを与えて宥めるという、非常に神経を使う精密コントロールを強いられた。知覚リミッターを外してフル回転させた脳の奥が、熱を持ったようにズキズキと重い。

 

(……チッ。全力でブッ殺すより、手加減して宥める方が百倍疲れるっつーの)

 

 そして後部座席には――左から、腕を組んで不機嫌そうに窓の外を睨む真希、小さくなって縮こまっている乙骨、そして右側で無駄に長い脚を持て余し、窮屈そうにしている五条の三人だ。

 

「……あの、家入さん。お加減は……」

 

「んー……肉体や脳の損傷は反転で治したが、リミッター外した後のアドレナリン切れがダルい。まだあと2回は使えるとはいえ、試合直後に動きたくねぇのはプロも同じだろ。ところで伊地知、車内でタバコ吸ったら学長に怒られるか?」

 

「ひっ……! は、灰皿はございませんし、学長からは『車内での喫煙は厳禁』と……! あ、ですが、窓を全開にしていただければ……!」

 

「冗談だよ。死線をくぐり抜けてヘロヘロのガキどもの前で、煙草吹かすほど落ちぶれちゃいねぇよ」

 

 ハンドルを握る補助監督・伊地知潔高が、バックミラー越しに私の顔色を窺いながら、今にも泣きそうな声で答える。

 

 私と五条、そして夏油の三人は、伊地知にとって「尊敬する先輩」であると同時に、「理不尽なパシリと無茶振りを息をするように押し付けてくる天災」のような存在と思われているフシがある。

 

 夜蛾学長からも『あいつらに何か理不尽なことをされたら、遠慮なく私に言いなさい』と保護者面で言われているらしいが、私じゃなくてトラブルを起こすのはあの二人の方が明らかに多いと思うんだよな。

 

 私がフッと小さく息を吐き出すと、後部座席から気の抜けた五条の声が降ってきた。

 

「いやー、でも硝子が止めてくれてホント助かったよ。憂太や真希がいる場所じゃ、僕の術式は使いづらくて仕方ないしね。僕が相手してたら、加減をミスって小学校どころか周辺の区画ごと消し飛ばしてたかも」

 

「おい最強。サラッと味方ごと更地にする前提で喋るな。……ま、お前が『一人でいる時が一番強い』のは昔から知ってるがね」

 

 私がシートから首だけを回してジト目を向けると、五条は「アハハ、だから適材適所ってやつ!」と軽く手を振って笑った。

 

 そんな大人たちの不毛なやり取りの隣で。乙骨は、自らの左手――薬指に光る銀の指輪を、じっと見つめていた。

 

「……あの」

 

 ぽつり、と。

 

 少年の掠れた声が、静かな車内に落ちた。

 

「……初めて、自分から里香ちゃんを呼びました」

 

 ずっと自分を脅かす恐怖の対象だった怨霊。閉じこもり、他者を拒絶するための呪い。それを、自分自身の意思で、誰かを助けるために解き放ったのだ。

 

「そっか。一歩前進だね」

 

 五条が、目隠しの奥で柔らかく微笑む気配がした。からかうような響きは微塵もない、一人の教師としての温かい全肯定の言葉。

 

「……少し、思い出したんです」

 

 乙骨のその一言で、車内の気配がスッと静まり返った。

 

 私は再び深く背もたれに身を沈め、そっと目を閉じる。運転席の伊地知もそれを察したのか、前方の道路へ視線を固定して息を殺した。他人が土足で踏み込んではいけない、少年の魂の告白。私たちは無言のまま、車内の全員で「聞かないフリ」をしてやる。

 

 後部座席から聞こえる、震えるような細い呼気。

 

 カチ、と金属の擦れ合う小さな音が響く。指輪を強く握りしめ、胸の奥底に澱のように溜まっていた恐ろしい推測を、必死に言葉へと紡ぎ出そうとしているのが伝わってきた。

 

「……里香ちゃんが僕に呪いをかけたんじゃなくて。僕が……里香ちゃんに、呪いをかけてしまったのかもしれません」

 

 車内の空気が、シンと冷たく張り詰める。

 

 五条は笑わなかった。いつものふざけた態度も、生徒をからかうような軽口も一切なく、ただ静かに、重々しく言葉を紡ぐ。

 

「これは持論だけどね」

 

 夕日の熱気がかすかに染みる車内に、五条の低く澄んだ声だけが落ちてくる。

 

「……愛ほど、歪んだ呪いは無いよ」

 

 その言葉が鼓膜を打った瞬間、私の胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 あいつがどんな思いでその言葉を口にしているのか。かつてあの夏、守りたかった少女たちを理不尽に奪われて遺体を弔うことすら叶わなかった、強烈な『後悔という名の親愛』を未だに呪いのように抱え続けている私たちには、その一言の重みが痛いほどよく分かってしまったからだ。

 

「先生」

 

「ん?」

 

「僕は……呪術高専で、里香ちゃんの呪いを解きます」

 

 声から、怯えが完全に消えていた。

 

 もう、死にたいと泣き言を垂れていた少年の声じゃない。自分の足で立ち、自分の犯した罪と向き合い、愛した少女を救うと誓った、一人の呪術師の響きだ。

 

 五条は何も答えなかった。

 

 ただ、シート越しに気配が動き――バサリと衣擦れの音が響く。大きな掌で、少年の乱れた黒髪をくしゃりと一度だけ、乱暴に撫でたのが分かった。

 

 乙骨の隣に座っている真希は、最後まで窓の外を睨んだまま何も言わなかった。けれど、衣擦れの音と共に、堅く強張っていた気配がふっと解けたのを、私は閉じた瞼の裏で確かに感じ取っていた。

 

(……やれやれ。いい顔つきになったじゃねぇか、乙骨)

 

 重苦しかった車内の空気は、いつの間にか、初夏を告げる夜風のように澄み渡っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 高専の駐車場に車が滑り込み、エンジンが止まった。

 

 後部座席から降りた真希は、薙刀を肩に担ぎ直すと、自分の足元を見つめていた乙骨へぶっきらぼうに背を向けた。

 

「……じゃあな、憂太。明日の朝練、遅刻すんなよ」

 

「えっ……! は、はい! お疲れ様でした、真希さん!」

 

 初めて呼ばれた名前に、乙骨が嬉しそうにパァッと顔をほころばせる。そんな初々しい新入生たちの背中を見送りながら、私と五条は夜の風に吹かれていた。

 

「お疲れさん、憂太。今日はゆっくり風呂入って寝なよー」

 

「真希も傷は塞がってるが、今日は無茶したんだから早めに休めよ」

 

 二人が並んで学生寮へと歩いていくのを見届け、私と五条は肩を並べて夜の校舎へと向かった。目指すは私の根城――医務室だ。小学校の屋上で待機していた夏油が、すでに先回りして待っているはずだった。

 

「傑のヤツ、もう来てるかなー」

 

「来てるだろ。あの過保護教祖のことだ、美々子と菜々子の様子を見がてら、茶でも飲んで待ってるはず……って、おい」

 

 医務室の前に差し掛かった瞬間、私は足を止めた。五条も気配を察したのか、ピタリと足を止める。閉ざされた扉の向こうから、何やら聞き覚えのある野太い大男の声が、やたらと響き渡ってきたのだ。

 

『――Mr.夏油。初めまして、京都校2年の東堂葵と申します。初対面での不躾を許していただきたいが、一つ、お答え願いたい』

 

「……は? なんで東堂がここにいんだよ」

 

「しーっ! 硝子、静かに! なんか面白いこと始まってる!」

 

 五条が悪ガキのような顔でニヤニヤしながら、扉に耳をピタリと押し当てる。私も呆れつつ、扉の隙間から漏れ聞こえてくる声に耳を傾けた。

 

『――貴方は、どんな女性がタイプですかな? ちなみに俺は、タッパとケツがデカい女がタイプです!』

 

「ぶっ」

 

 五条が口元を押さえて肩を激しく震わせる。相変わらずの狂気的な挨拶。だが、それに対する夏油の返答は、予想外に穏やかで、そしてどこか真摯なものだった。

 

『……ふっ、手厳しい洗礼だね。だが、つまらない嘘をついて君を失望させるのも不誠実だ、正直に答えようか』

 

 湯呑みを置くような、かすかな陶器の音が響く。

 

『そうだね……。強いて言うなら、自分より少し年上で、精神的に自立している人かな。誰かのために尽くせる健気さと、何があっても揺るがない芯の強さを持っている女性には、一人の人間としても敬意を抱くよ』

 

 扉の向こうの夏油の声は、ひどく柔らかかった。そして、わずかに間を置いて、どこか悪戯っぽく、けれど等身大の男としての苦笑混じりの声が付け足される。

 

『……ああ、それと。少しお節介で、割烹着なんかが似合う家庭的な人なら言うことなしだね。……まあ、強いて付け足すなら、少し胸が大きめだと男としては嬉しいかな。なんてね、少し茶化しすぎたかな』

 

「…………」

「…………」

 

 扉のこちら側で、私と五条はピタリと動きを止めた。数秒の沈黙の後、五条が私の脇腹を肘で小突き、ニヤニヤしながら小声で囁いてきた。

 

「ねえ硝子。割烹着が似合って、芯が強くて、胸がデカいって……これ、お前のこと言ってんじゃない?」

 

「お前、六眼が節穴になったのか? 同い年だろ。それに私のどこに『誰かに尽くす健気さ』があるんだよ。割烹着着て飯作ったことすらねぇわ」

 

「あ、確かに。お前にあるのは脳筋ゴリラの凶暴性だけだったわ」

 

「後で一回殺す。……黒井さんのことだろ、バカ」

 

 私がジト目で睨みつけながら正解を口にすると、五条は「あっ」と声を漏らし、ポンと手を打った。

 

(……夏油のやつ。未だに引きずってやがるな)

 

 かつてのあの夏、共に沖縄の海を巡り、守りたかったけれど救えなかった、家族同然の世話係の女性。その面影が、今の夏油の言葉の端々にこれでもかと滲み出ていた。

 

 最後の「胸が大きめ」というのも、真面目に語りすぎてしんみりした空気を嫌った、アイツなりの照れ隠しの自虐ジョークだ。普段すました顔をしている親友の、隠しきれないリアルな哀愁と不器用さ。私も五条も、呆れ半分、苦笑半分で息を吐き出すにとどめた。

 

 そして次の瞬間、扉の向こうから、床を揺るがすような感動の咆哮が響き渡った。

 

『ブラボー……! 実に素晴らしい、ブラボーだMr.夏油ッ!! 気品ある大人の包容力、そして己の欲望に嘘をつかない誠実さ! 貴方は実に、実に美しいソウルの持ち主だッ!!』

 

『お、おっと……急に立ち上がって服を脱がないでおくれ、東堂くん』

 

「……ダメだ、色々と我慢できん」

 

 私は深くため息をつくと、勢いよく医務室の引き戸をガララッ! と開け放った。

 

「おい東堂。テメェ、なんでこんな時間に私の医務室で、怪しい教祖と問答始めながら脱いでるんだよ」

 

 案の定、上半身裸のいつものスタイルになっていた東堂に呆れながら、医務室へ踏み込む。

 

 パイプ椅子に座っていた夏油は「やあ、おかえり」と涼しい顔で微笑んだ。対して、大胸筋をピクピクと動かしていた東堂は、私を見るなりパァッ! と顔を輝かせた。

 

「おおッ! 姉弟子ィ! お勤めご苦労様でしたッ!! この夏油先生、実に深く、濁りのない魂をお持ちのお方だ! 己の欲望と敬意を両立させるその姿勢、感服いたしましたぞ! さすが姉弟子の無二の親友だ!」

 

「いいから服を着ろ。……で、東堂。そういや夜に来るとか言ってたな、すっかり忘れてたわ」

 

「むっ! 記憶の片隅にでも俺の存在があったとは、我が人生最良の――」

 

「悪いが、今から教員同士の機密会議なんだ。他校の生徒に聞かせるわけにはいかねぇから、今日のところはさっさと帰れ」

 

「早ッ!? まだ一言しか喋っておりませんが!?」

 

 食い気味にぶった斬る私に、東堂が目を丸くして抗議の声を上げる。後ろで見ていた五条が「アハハハッ! 硝子、塩対応すぎる!」と腹を抱えて笑い、夏油がお茶を啜りながら苦笑いを浮かべた。

 

「まあまあ硝子。彼もせっかく東京まで足を運んでくれたんだ、冷たくあしらわなくてもいいだろう。……だが東堂くん、彼女の言う通り、これは君に聞かせるわけにはいかない話でね。新幹線の時間もあるだろう?」

 

「ぐぬっ……夏油先生にそう言われては、反論の余地もございません……!」

 

 夏油の大人の包容力による援護射撃を受け、東堂は悔しそうに胸筋を震わせた後、ビシッと服を着直して親指を立てた。

 

「わかりました! 姉弟子、そして夏油先生、五条先生! 俺はこれより京都への帰路につきます! 握手会の詳細なレポと、本日分のプロテイン摂取記録は、改めて書面にて郵送いたしましょう!」

 

「郵送してくんな、シュレッダーにかけるぞ」

 

 私の冷たいツッコミを背中に受けながら、東堂は「では、失礼するッ!!」と嵐のような勢いで医務室を飛び出していった。バタン、と重い扉が閉まり、廊下に響くドタドタという足音が遠ざかっていく。

 

「……ふぅ。やっと嵐が去ったな」

 

 私が白衣のポケットから煙草を取り出して火をつけると、夏油が苦笑いを浮かべて苦言を呈してきた。

 

「硝子。彼、君の事すごく慕っているんだろう? ちょっと塩対応すぎじゃないかい?」

 

「あー……確かにそうかもな。ちょっと反省した、今度いい肉でも奢ってやるよ。……とはいえ、あいつとまともに付き合ってるとテンション高すぎて疲れるんだよ……」

 

「ははっ、まあ慕われてる分にはいいんじゃない? ま、とりあえず誰か来る前に打ち合わせしよっか。急患とか来ると困るだろうしね」

 

 五条がパンッと手を叩き、空気を切り替える。私もパイプ椅子に深く腰を下ろし、紫煙を燻らせながら五条を見た。

 

「で? 車の中で乙骨が『自分が里香に呪いをかけたのかもしれない』って勘付いてたが……五条、お前が調べてた憂太の家系調査の結果はどうだったんだ?」

 

 私の問いに、五条はニヤリと不敵に口角を上げた。

 

「ビンゴもビンゴ、超大物だったよ。憂太はね……菅原道真公の末裔だ。僕の、超・遠縁の親戚」

 

「……なるほど、日本三大怨霊の」

 

 夏油が目を細め、静かに息を吐く。私は煙草の灰を落とし頭を掻いた。

 

「あの底なしの呪力量の理由がそれか。……つまり、乙骨は呪われた哀れな被害者なんかじゃなく、愛する少女の死を受け入れられずに、無意識に特級呪霊を生み出しちまった元凶、ってわけだ」

 

「ま、僕たちが手塩にかけて立派な術師に育て上げれば万事解決でしょ! 当面は、真希や棘たちと一緒に任務に行かせつつ、呪力のコントロールと体術を徹底的に叩き込む。仲間との親密度と、術師としての実力をガンガン上げさせるよ」

 

 五条が明るく言い放つ。だが、問題はここからだ。私は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。

 

「基礎力と仲間の絆はそれでいい。……あとは、乙骨が自力で里香の呪いを解くための、決定打だな。どうやって本気を出させる気だ?」

 

「なら、こういうのはどうだい?」

 

 静かに聞いていた夏油が、腕を組んだまま、ひどく冷徹で、けれど計算高い笑みを浮かべた。

 

「今日の小学校で彼を見て確信した。憂太くんは、自分のためには動けないが……自分より他人、もしくは『仲間が危害を加えられる』と、本領を発揮するタイプだ」

 

「まあ、そんな感じはするな。真希が食われそうになった瞬間、初めて自分から里香を呼んだくらいだからな」

 

「だから――その状況を、私が作ろう」

 

 夏油の言葉に、私と五条は同時に彼を見た。夏油は、さも楽しげな舞台の脚本でも語るかのように言葉を続ける。

 

「私の現在の活動は、夜蛾学長や一部の術師には知られているが……一般の在校生には、私の存在は知られていない。そこで、だ。数ヶ月後、十分に彼らが育ったタイミングで、私が――」

 

 親友の口から語られた、あまりにもえげつない「マッチポンプ」の全貌。それを聞いた私は深くため息をつきながら顔をしかめ、五条は腹を抱えて大爆笑した。

 

「……お前ら、本当に性格悪いな。真希たちが知ったらマジギレするぞ」

 

「これも憂太くんの未来のため、愛のムチというやつさ。怪我人はちゃんと、君が反転術式で治してくれよ、硝子」

 

「ま、そういうこと! 冬の大舞台に向けて、気合入れて準備しようぜ! あ、キレそうな夜蛾学長に説明は任せるわ」

 

 悪友三人組による、愛と悪ふざけに満ちた『自作自演テロ』の計画は、夜の医務室で密かに、そして着実に練り上げられていく。

 

 ――なお、担任である五条が翌日の1年の授業準備を何一つしていない事実を、硝子も夏油もまだ知らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。