TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
「はい死んだ。また私の勝ちだな」
「だっ! ……い、今の最後の突き、要りました真希さん!?」
「甘えんな。常に実戦のつもりでやれ。痛みがあるのと無いのとじゃ、成長速度がダンチなんだよ」
「……ッ! もう一本、お願いします!」
秋風が吹き抜ける高専のグラウンド。木刀と薙刀が乾いた音を響かせる様子を、私と五条、そして棘とパンダの四人は日陰のベンチからぼんやりと眺めていた。
「乙骨が来てから、どれくらい経ったっけか」
「3ヶ月くらいですね」
「かなり動けるようになったな。体幹のブレが減った」
「しゃけ」
私の呟きに、パンダと棘が頷く。小学校の初任務でボロボロになっていたあの少年は、今や見違えるように精悍な顔つきになり、真希の鋭い連撃に食らいついていた。
「性格も前向きになったよねぇ。良い傾向だ」
「すじこ」
「確かに真希も楽しそうだ。今まで武具同士でまともに立ち合える相手なんて、あんま……」
そこまで言いかけて、パンダがピクリと耳を動かした。グラウンドの中央。負けじと木刀を構え直す乙骨に対し、真希が獰猛ながらも、どこか年相応に楽しげな笑みをこぼしていたのだ。それを見た瞬間、パンダの瞳の奥で何かのスイッチがカチリと入った。
「……ッ!! 憂太ァ! ちょっと来い!!」
「えっ? どうしたのパンダ君」
突然の大声に、乙骨が息を切らしながら小走りで駆けつけてくる。パンダは腕を組み、仁王立ちのまま極めて深刻な面持ちで乙骨を見下ろした。
「超大事な話だ。男として、心して聞け」
「っ……? な、なに……?」
「お前、巨乳派? 微乳派?」
「いま!?」
私の隣で、缶コーヒーを飲んでいた五条がニヤニヤとした顔(顔は包帯で見えないが)で見守る中、乙骨は顔を真っ赤にしてフリーズし、視線をグラウンドの真希、目の前のパンダ、そして――ベンチに腰掛けている私へと慌ただしく彷徨わせる。
「あ、あんまり気にしたことないんだけど……人並みに大きいのは好きかと……」
乙骨の絞り出すような回答にパンダは満足げにうなずき、大きく手を叩いた。
「ほっほーう。つまり、真希や硝子先生がタイプだと」
「ん、若人がこんな年増はイヤだろう」
私が気だるげに苦笑すると、乙骨はあわてて両手をブンブンと横に振った。
「せ、先生は、わ、若いしお綺麗ですよ!」
必死にフォローを入れる乙骨。だが、グラウンドの少し離れた場所からそのやり取りを聞いていた真希は、一瞬「っ!」と顔を赤くしたものの――直後の乙骨の必死なフォローを聞いて、みるみる不機嫌な顔になった。
「……ふん。年上好きのスケコマシが」
「ええっ!? なんで怒ってるの真希さん!?」
「うるせぇ! 休憩終わりだ、さっさと構えろ!」
理不尽にキレて木刀を突きつける真希と、完全にパニックになっている乙骨。
年頃の男女のなんとも初々しく甘酸っぱいやり取りに、五条もパンダも、隠す気ゼロの下卑たニヤケ面を浮かべている。棘に至っては「しゃけ、しゃけ」と嬉しそうに頷いて携帯を取り出していた。
(……やれやれ。青春してやがんなぁ)
私は煙草に火をつけ、紫煙を燻らせながら、口元に浮かんだ生温かい笑みを隠そうともせずにその光景を眺めていた。
◇ ◇ ◇
――そして、数日後。
秋の冷たい雨が降る、夕暮れ時のことだった。
「硝子先生ッ! すみません、狗巻くんが……っ!」
バンッ! と医務室の扉が乱暴に開かれ、泥と血にまみれた乙骨が、同じくボロボロの狗巻棘に肩を貸しながら転がり込んできた。乙骨も打撲や切り傷だらけだが、それ以上に棘の様子が酷い。制服の口元は吐血で真っ赤に染まり、ゼーゼーと苦しそうな呼吸音を漏らしている。激しい呪言の連発による、喉の限界突破だろう。
「おいおい……! すぐそこのベッドに寝かせろ!」
私は手に持っていた医学書を放り投げ、即座に駆け寄って棘の喉元に手をかざした。反転術式の正のエネルギーを流し込み、破裂しかけていた声帯と気管を強引に修復していく。数秒後、白煙と共に傷が塞がると、棘はようやく「ケホッ」と小さく咳き込み、安堵の息を吐き出した。
「ふぅ……。声帯は治した。乙骨、お前もそこ座れ」
「は、はい……!」
乙骨の打撲も反転でサクッと治しながら、深くため息をついた。
「おい、伊地知からの事前報告じゃ、ハピナ商店街の『低級呪霊の群れ』の討伐だったはずだぞ。なんでこんな死にかけて帰ってきてんだ」
私の問いに、乙骨が申し訳なさそうに、けれどどこか誇らしげに答える。
「商店街の魚の呪霊は、狗巻くんが言葉一つで一掃してくれたんです。でも……終わったと思った直後に、別の呪霊が床を突き破って現れて……」
……なるほど。昔もあった、典型的な観測ミスか。
「狗巻くんの喉は限界だったのに、僕を庇って前に出ようとして……。だから僕も、五条先生に教えてもらった通りに刀に呪力を込めて前に出ました。僕が斬りかかって足止めした隙に、狗巻くんが最後の一撃を……」
「しゃけ」
棘が、喉をさすりながら照れくさそうに笑い、乙骨にサムズアップを向ける。乙骨もまた、嬉しそうに「ありがとう、狗巻くん」と笑い返した。
(……大人のバックアップがない本物の死線。それを二人きりで乗り越えたか。乙骨のやつ、もうすっかり立派な『呪術師』の顔になってやがる)
二人の間に芽生えた確かな「戦友としての絆」に、私は密かに口角を上げながらも、あえてぶっきらぼうに言い放った。
「よし、治療終わりだ。風呂入って、今日は寮で寝ろ」
「はい! ありがとうございました、硝子先生! 行こう、狗巻くん」
「ツナマヨ!」
互いに肩を叩き合いながら医務室を出て行く二人の背中を見送り、私は白衣のポケットから煙草を取り出した。
――そして、数分後。
生徒たちと入れ替わるようにして、医務室の扉が再び開いた。
「……喉の潰れ方は派手だったが、反転術式で声帯も気管も元通りだ。乙骨の負傷も全部治した。二人とも、今は寮のベッドで眠ってるはずだ」
血のついたゴム手袋をゴミ箱に放り込んだ私に、パイプ椅子に座る夏油が重々しく口を開いた。
「商店街の任務、窓の事前査定は低級だったはずだ。それが蓋を開けてみれば準1級……。二人とも無事に生還して呪霊を祓ったとはいえ、一歩間違えれば死んでいた」
「上のジジイどもと窓の連中、マジで一回全員シメてくるわ」
壁に寄りかかった五条が、目隠しの奥から氷点下の殺気を隠そうともせずに吐き捨てる。かつてのあの夏。2級査定で出向いた先で1級の産土神に遭遇し、灰原と七海が血まみれになって帰ってきた日の記憶が、私たちの脳裏をよぎっていた。相変わらず、この呪術界の構造的な杜撰さは何一つ変わっていない。
沈黙の中、夏油が深く息を吐き出し、静かに切り出した。
「……悟、硝子。先日の、私の襲撃計画の件だが……中止にしないかい?」
「ん?」
「こんな事があった直後だ。彼らは今、本物の死線をくぐり抜けて心身ともに疲弊している。そこに追い打ちをかけるように、私が悪役を演じて高専を襲撃するなど……あまりに酷ではないだろうか。憂太くんの覚悟を信じて、通常の実戦任務で経験を積ませる方針に切り替えても――」
「――いや、だからこそやるべきだよ、傑」
五条が、普段の軽薄さを完全に消し去った、低く硬い声で夏油の言葉を遮った。
「今回の件でよく分かったでしょ。呪術界の現場に『絶対の安全』なんて存在しない。いつ、どこで、どんな理不尽な格上が降ってきて殺されるか分からないんだ。だからこそ……僕たち大人が裏でコントロールし、『絶対に死なない安全が確保された状態での格上との死闘』を経験させておく必要がある」
五条の言葉に、夏油が息を呑む。私は白衣のポケットから煙草を取り出すと、火をつけずにくわえたまま、夏油の肩をポンと叩いた。
「五条の言う通りだ、夏油。……それに付け加えるなら、あの時みたいに本当に『外部からの理不尽な襲撃』が来る可能性だってゼロじゃねぇんだよ」
私の言葉に、室内の空気が一段と張り詰めた。あの夏。高専の強固な結界の内部でありながら、背後から音もなく現れ、私たち全員を血祭りに上げた『術師殺し』。そして――理子たちの遺体を奪い去り、今もどこかの闇に潜んでいるであろう者の存在。
「敵がいつ攻めてくるかなんて、向こうの都合だ。生徒たちが十分に育つまで待ってなんざくれない。……不意を突かれて本物の悪意に殺されるくらいなら、手加減を知っているお前にボコボコにされて、極限状態での生存能力を叩き込まれた方が百倍マシだろ」
「……そうだね。君たちの言う通りだ」
夏油は自嘲気味に微笑み、目を伏せた。
「甘さが出たよ。生徒たちが可愛いあまり、現実の過酷さから目を背けさせるところだった。……わかった。当初の予定通り、私が『最悪の呪詛師』を演じきろう。彼らがどんな絶望に直面しても、仲間を守り抜いて生き残れるようにね」
「そうこなくっちゃ! ま、怪我人は全部硝子が治してくれるしね!」
「おい、重労働前提で話を進めるな」
いつもの軽口が戻ってきたが、その瞳に宿る覚悟の色は、三人とも先ほどまでとは全く違っていた。
――そして、季節は本格的な冬へと向かう。
11月下旬の夜。
明日、いよいよ夏油が高専へ「最悪の呪詛師」として宣戦布告にやってくる。その最終の擦り合わせのため、私たちは夜の医務室に集まっていた。
「さて。いよいよ明日だね」
「ああ。私が外回りで伝手を得た外国人呪術師たちと一緒に、高専へ宣戦布告しに行くよ」
パイプ椅子に座る夏油が、腕を組みながら真面目な顔で頷く。私は白衣のポケットを探りながら、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば確認してなかったんだが、ミミナナには明日のこと、説明してあるのか?」
「……一応ね」
夏油が少しだけバツの悪そうな顔をする。五条がケラケラと笑いながら身を乗り出した。
「『明日、パパと悟おじちゃんたちで、憂太たちをビックリさせるお芝居をするから、絶対に内緒にしててね』って言い含めてあるよ。二人とも『パパの悪役ごっこ、楽しみ!』ってキラキラしてたし」
「おい。あいつら、お芝居だってバレないようにちゃんと怖がるフリできるんだろうな?」
私の至極真っ当なツッコミに、夏油がこめかみを押さえた。
「そこなんだが……少し前に『怖がる演技の練習』をさせたら、あまりにも大根役者でね。『キャー、パパこわーい(棒読み)』といった感じで……」
「ダメじゃねぇか!」
「真希たち、そういうの鋭いから一発で勘付かれそうだなー」
五条がゲラゲラと笑い転げる。
「まあ、憂太くんや真希が私に本気で殺気立てば、美々子たちも空気を読んで大人しくしているだろう。……最悪、悟が適当に誤魔化してくれ」
「丸投げかよ。ま、任せといて。僕の完璧なアドリブで緊迫感を演出してあげるから」
「お前のアドリブが一番信用できねぇんだよ」
私は深くため息をつき、新しい煙草に火をつけた。明日、この男たちが真面目な顔をしてどんな茶番を繰り広げるのか。それをシラフで見届けなければならない私の身にもなってほしい。
「ま、せいぜい派手にやってこい。怪我人は私が全員治してやる」
「ああ。頼りにしてるよ、硝子」
私が煙草の煙を吐き出し、夏油が不敵な笑みを浮かべて頷いた。誰もがシリアスな面持ちで覚悟を決めていた――その時だった。
「……あ、そういえば」
ふと、五条が何かを思い出したようにポンと手を打った。
「夜蛾学長には『そのうちテストのために高専襲撃するよー』とは伝えてあるけど……明日行くって具体的な日時と、七海や灰原、それに冥さんとかの他の術師たちへの『ドッキリだから本気で来ないでね』って通達……誰かした?」
ピタリ、と。
夜の医務室の空気が、不自然なほど静止した。
「……夏油」
「……いや、私はてっきり、硝子が夜蛾学長経由で全員に連絡を回してくれているものだと」
「は? 言い出しっぺのお前らか、学長がやってると思ってたぞ」
「私だって、宣戦布告のセリフの練習や、外国人のエキストラ呪術師の手配で忙しかったんだよ」
「僕も憂太たちの授業準備で忙しかったし!」
「お前は何もしてねぇだろ」
お互いに責任をなすりつけ合うダメな大人たち。もしこのまま明日、夏油が堂々と宣戦布告に現れればどうなるか。事情を知らない七海や冥さんたちが、ガチで夏油を殺そうと迎撃に出てくる大事故(というか大惨事)が確定する。
「「「…………」」」
三人の間に、ひどく気まずい、約十秒の沈黙が落ちた。
そして。
私たち大人トリオは、一切の無言のまま、三人が全く同じタイミングでポケットから携帯を取り出し電話を始める。
「伊地知か? ちょっと緊急の連絡があるんだが……」
「七海? 今いいかい?」
「冥さんちょっといいかな?」
医務室で前日の夜に緊急連絡をするという、生徒たちが見れば信頼度が底辺まで落ちそうな光景が展開された。そして翌日。
◇ ◇ ◇
「お集まりの皆々様! 耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!!」
(あいつ無駄に悪役演技上手いな)
巨大な怪鳥――ペリカンの呪霊の背に立ち、五条柄の袈裟を風になびかせながら叫ぶ夏油。
その堂に入った悪党ぶりに、私は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、内心で盛大に顔をしかめた。横を見れば、包帯を目に巻いた五条が、口元に「ぷっ」と吹き出しそうな笑いを必死に押し殺している。
――乙骨たちにとって、初めて直面する『明確な格上』との死闘。仕組まれた舞台の上で、少年たちが真の呪術師へと羽化するための、運命の日が始まろうとしていた。