TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
【Side:???】
木枯らしの吹き抜ける晩秋の空。
高専の敷地を見下ろす上空、木の葉の裏に潜ませた『微小な監視呪霊』の複眼を通して、頭に縫い目を持つ女は眼下の光景を静かに観測していた。
――巨大な怪鳥の呪霊の背に立ち、五条柄の袈裟を風になびかせる長身の男。
地上では、突如現れた呪霊と不審者の威圧感に、高専の生徒たちが一斉に臨戦態勢をとっていた。
『関係者……じゃねぇよな』
『見ねぇ呪霊だな。かなりの大物だぞ』
『わ……でっかい鳥……』
薙刀を構える禪院真希、ファイティングポーズをとるパンダ、そして気圧されながら見上げる乙骨憂太。そんな生徒たちを見下ろしながら、夏油は笑みを浮かべる。
『はじめまして、乙骨くん。それに……久しぶりだね、高専のみなさん』
『えっ、あっ……は、初めまして……?』
『お前ら何者だ! 侵入者は憂太さんが許さんぞ!』
『こんぶ!』
『憂太さんに殴り飛ばされる前に、さっさと帰りな!』
好戦的な生徒たちの反応を、夏油は心地よさそうに受け流した。その視線が、生徒たちの後ろにいる二人の少女――美々子と菜々子に向けられる。
『あ、あれー? パパ、どうしてここにいるのかなー』
『……パパ、こわーい』
学芸会でも見かけないほどの、あからさまな棒読み。しかし、何も知らない乙骨たちは驚愕に目を見開いた。
『パ、パパ!?』
『やぁ、美々子に菜々子。君たちにつけておいたマーキングのおかげで、高専の結界も容易く通り抜けることができたよ。ご苦労だったね』
『え、えー、ショックだなー』
あまりの棒読み演技だが、純粋な生徒たちは『ショックで感情が麻痺している』とでも深読みしたのか、勝手に怒りを沸騰させていく。
『……っ! ミミナナの親父……!?』
『あいつの言葉からすると……二人はただの結界侵入のためのマーカーにされたってことか……!?』
真希とパンダが、娘を平然と道具扱いする夏油の冷酷さに激昂する。思惑通り、生徒たちの怒りのボルテージは一気に跳ね上がっていた。
『まあ、出来損ないの娘たちのことはもういい。……そこの落ちこぼれもね。君のような猿は、私の世界には要らないんだよ』
『なっ……!』
『真希さんを……悪く言うな!』
敵意を剥き出しにする乙骨を見据え、夏油は悠然と両手を広げる。
『乙骨くん。君は、実に素晴らしい力を持っている。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える。……非術師を淘汰し、呪術師だけの楽園を作る。来る12月24日、日没と同時に我らは百鬼夜行を行う。君も、私と共に来ないかい?』
呪霊から送られてくる視覚情報を処理しながらその女は薄く冷笑を浮かべた。
「あれは……呪霊操術使いの、夏油傑か。高専に所属し、裏で子供たちを囲っていると聞いていたが……まさか、呪詛師へ堕ちたのかい? ……いや」
千年の時を生きる知性が、眼前の光景のわずかな違和感を瞬時に弾き出す。夏油の放つ過剰なまでの芝居がかった言葉遣い。娘と言われていた少女たちの白々しい態度。
そして何より、離れた校舎の影で、五条悟と家入硝子が微動だにせず、悠然と見守っているその空気。
「……なるほど。乙骨憂太を覚醒させるための『試練』……茶番劇、というわけだね」
すべてを察した女の口元が、三日月の形に吊り上がった。
「くだらないお遊戯会だ。……だが、利用させてもらおうか」
女の懐には、すでに手に入れている忌まわしき特級呪物――『獄門疆』がある。六眼を封印するためには、五条悟の精神を強烈に揺さぶる「鍵」が必要だ。かつての親友、夏油傑の肉体ほど、その鍵に相応しいものはない。
「本気だろうと茶番だろうと、舞台が整っているなら関係ない。……極限の熱狂に紛れ、最高のタイミングで私が『一手』を差し挟めばいいだけのこと」
死体を手に入れて乗っ取ることができれば、千年の悲願への道は劇的に早まる。
「手に入れられなければ、その時はその時で引けばいい。痕跡さえ残さなければ、私には別のプランもあるのだからね」
女は冷酷に嗤い、暗がりの中へと静かに気配を沈めていった。
◇ ◇ ◇
【Side:夏油 傑】
宣戦布告から月日は経ち、2017年12月24日。
私が宣言した、『百鬼夜行』当日の午後。
冬の張り詰めた冷気が高専を包む中、決起予定の日没を前に、私は医務室で悟、そして硝子と最後の擦り合わせを行っていた。
(先日は真希に『猿』という暴言を浴びせてしまったな……。ネタバラシの後、銀座の高級洋菓子でも贈らねば。……いや、あの子は甘い物より肉やジャンクフードの方が喜ぶだろうか?)
「夜蛾学長や七海、灰原、それに僕や硝子は、傑が呪霊を放つと予告した新宿へ迎撃に向かう……というスタンスをとる」
「まぁ、実際は呪霊を放つなんてしないんだけどな。……ん、夏油、どうした?」
「ああ、すまない。ちょっと考え事を。呪霊は実際に放たないって話だったね。そこは流石に、非術師を危険に晒す気はないよ」
私が苦笑しながらお茶を啜ると、パイプ椅子に腰掛けた悟が、白包帯の奥の口角をニヤリと吊り上げた。
「で、手薄になった高専本校には『危険だから』という名目で1年生たちを待機させる。そこへ、乙骨狙いの最悪の呪詛師・夏油傑が単身で強襲を仕掛ける、と」
「……言葉にすると、本当に悪辣なマッチポンプだね」
「今更ためらうなよ。言い出しっぺはお前だぞ」
硝子が白衣のポケットから煙草を取り出し、呆れたように紫煙を燻らせる。ふと、彼女は何かに気づいたように煙草の灰をトントンと落とした。
「あれ、そういえば2年の秤と綺羅羅はどうした? あいつらも高専に居たら、話がややこしくなるだろ」
「ああ、それなら心配ないよ。二人なら今、任務で京都に居るんじゃないかな」
悟がひらひらと手を振って答える。
「よし、それなら邪魔者はいない。舞台の役者は揃ったわけだ」
硝子がソファーから身を起こす。その瞳には、悪友への信頼と、これから過酷な試練に挑む生徒たちへの慈愛が宿っていた。
「ま、せいぜい派手に悪役やってこい、夏油。生徒たちを本気で怒らせて、憂太を覚醒させてやれ」
「ああ。……怪我人はちゃんと治してくれよ、硝子」
「言われなくても。殺意のない格上とのガチスパーなんて、そうそう経験できるもんじゃねぇからな。あいつらの良い血肉になるだろ」
硝子は短くなった煙草を灰皿に押し付けて消すと、不敵に口元を吊り上げた。壁際に立っていた悟が時計をチラリと見て、パンッと手を打ち鳴らす。
「おっと、そろそろ向かわないと時間通りに『開戦』できないね。じゃ、僕と硝子、それに高専に集まってる連中で、まずは大慌てで新宿へ向かうフリをしまーす」
「で、現地に着いたら七海たちをサクッと解散させて、私と五条は結界の死角へトンボ返り。生徒に見つからない特等席で高みの見物……だな。おい五条、しくじるなよ。もし夏油が死にそうになったら、お前が『蒼』で夏油を引っ張り出すんだからな」
「へーきへーき! 僕の精密コントロールを舐めないでよね」
白包帯の奥でニシシと笑う五条に、私はお茶を飲み干して苦笑いを浮かべた。
「そうならないように努力はするつもりだがね。……まあ、憂太くんが本当にあの特級の呪力を完全に引き出したら、流石に私でも無傷じゃ済まないかもしれない。悟、頼りにしてるよ」
「りょーかーい! ま、死にそうになったら大声で泣きつきなよ!」
「それは断るよ」
軽口を叩き合い、私たちは医務室の扉を開けた。舞台劇、開演だ。