TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
【Side:夏油 傑】
特級過呪怨霊・祈本里香。底なしの呪力の塊が放つプレッシャーに、私は先程まで頭を占めていた『教え子の採点』という甘い考えを完全に捨て去っていた。
「生まれて初めての激情。呪力が身体に満ち満ちているね? 身体能力の向上、万能感。五感が研ぎ澄まされているだろう」
私は極めて冷静な、特級呪詛師としての声音を作って見せる。手にした遊雲を軽く回し、油断なく構えた。
「合わせろ、里香!」
『オオォォォォォッ!!』
鼓膜を劈く咆哮。次の瞬間、乙骨くんの姿がブレた。数十メートルの距離を瞬き一つの間で縮める、常軌を逸した高速移動。踏み込みと共に振り下ろされた白刃を、私は遊雲の柄で斜めに受け流す。
(……重い!)
腕の骨が軋むほどの斬撃。だが、驚いている暇はない。間髪入れずに死角から里香の巨大な腕が私を握り潰さんと迫る。
「させないよ」
私は即座に、十体の呪霊を一斉に顕現させた。
――ただし、放つだけではない。呪霊と意識を繋ぎ、十体すべての視界が、一斉に私の脳裏へ流れ込む。異なる十の場所から映し出される光景を把握しながら、それぞれの呪霊へ個別に意思を送り込む。
呪霊操術は本来、取り込んだ呪霊を支配下に置き、命令を与えて使役する術式だ。一度放ってしまえば、基本的にはその呪霊自身の判断で行動する。
ある程度の知能を持つ呪霊なら、それでも問題はない。だが低級呪霊は別だ。命令を理解するだけの知能もなければ、「襲え」と命じたところで、正面から愚直に突撃する程度のことしかできない。
だから――私が動かす。一体を里香ちゃんの腕への盾にし、三体を乙骨くんの死角へ回り込ませ、残りを遊雲による私の攻撃に合わせて波状攻撃のコマとして動かす。
一体一体の性能そのものは変わっていないが、変わったのはそれを扱う頭脳だ。十体の呪霊すべてを、私自身の手足のように操作する。
悟と硝子に追いつくために考え、磨き上げた新しい呪霊操術。
言ってしまえば――私が十一人に増えたようなものだ。もっとも、当然ながら欠点もある。十一人分の視界を同時に認識し、十一の身体を同時に動かすのは、呪力より先に、脳が悲鳴を上げて長時間の運用は到底できない。操作を切れば、呪霊たちは従来通り自らの意思で行動するため、常に私が操る必要はないのが救いだが――。
(……こういう時ばかりは、反転術式が羨ましくなるね)
「はぁッ!」
「シッ……!」
乙骨くんの連撃を遊雲で弾き、体勢が崩れた隙を呪霊の爪で穿とうとする。それを里香が庇い、私に反撃の拳を叩き込む。それを別の呪霊が盾になることで防いで祓われてしまうが、フリーになった私が遊雲で乙骨くんを吹き飛ばした。
「ぐぁっ!」
『憂太ぁ、大丈夫ぅ?』
「……大丈夫、慣れてきた」
血を吐くような息遣いの中、乙骨くんが力を溜める。そして、数十メートルはあった距離を一瞬で駆け抜け、私へ凶刃を突き立ててきた。
(更に速い!)
私は遊雲で彼の移動場所に合わせて迎撃を放つ。だが、彼はそれを更に加速して躱し、私の完全に死角となる背後へと回り込み――全力で刀を振り抜いた。
(なにっ!? 速すぎる、呪霊の防御すら間に合わな――)
肉を断たれる覚悟をした。だが、私の背中を斜めに切り裂くはずだった白刃は、私の身体に届く寸前で砕け散った。
パキィィィンッ!
「ダメじゃないか」
刀を失い、無防備に体勢が流れた少年に向けて、私は教官としての余裕を取り戻して微笑む。
「急にそんなに呪いを籠めちゃ、器が保たない。悟に教わらなかったかい? 呪いは少し――」
ドゴォォォォォォォンッッ!!!
私の言葉は、顔面への凄まじい衝撃によって途中で断ち切られた。刀が折れた直後、乙骨くんは全く躊躇うことなく、その拳に空間が歪むほどの黒い火花を纏わせ――私の顔面を強打したのだ。
黒閃。
私自身の体重ごと、砲弾のように吹き飛ばされる。地面を何十メートルも削り、瓦礫に背中を激突させてようやく停止した。
「……やるじゃないか」
(今のはさすがに効いたね……。これ以上やると本格的に殺し合いになりそうだ、そろそろ終わりにしようか)
私は、自身の口の端から流れる血を親指で拭い、ゆっくりと立ち上がった。
「私はこれから、全霊を持って君を殺す。もう質も量も妥協しない。……特級仮想怨霊、
私の背後に、禍々しい巫女のような巨大な呪霊が顕現する。さらに私は、体内に取り込んでいた無数の呪霊たちを、一箇所へとドス黒く圧縮し始めた。
「さらに今私が所持している呪いの大部分を一つにし、君にぶつける」
私が指先を天へ掲げた瞬間、空間そのものが黒く滲んだ。
虚空から無数の呪霊が湧き出し、それらが互いに喰らい合うようにして上空で巨大な渦を形成していく。数千もの怨念、咆哮、異形の手足や眼球が、ドス黒い呪力の奔流の中ですり潰され、極限まで圧縮されていく。それはまるで、夜空にぽっかりと開いた『地獄の
周囲の空気が凄まじい重圧でミシミシと軋みを上げ、石畳の破片が重力を失ったように宙へ浮き上がる。
「呪霊操術・極ノ番……『うずまき』」
私はうずまきが完成するまでの時間を稼ぐためにあえて話しかける。
「乙骨くん。君が、祈本里香を使いこなす前に殺しに来て、ほんっとうに良かった」
(いや本当に。この底なしの呪力は凄いね。私が多少は成長していなかったら、一方的に劣勢だったかもしれない)
私の極大の呪力を前にして、乙骨くんは自身の左手の薬指――指輪を見つめ、静かに思いに耽り始めた。
「……里香」
『なぁにぃ?』
「いつも守ってくれてありがとう。僕を好きになってくれてありがとう。最期に、もう一度だけ力を貸して」
――ん? 最期? 力を貸して?
(あれ、悟ー? これ乙骨くん大丈夫だよね? 『最期』って言ってるんだけど。私の予測だと、ここで特級の出力を引き出して終わりのはず――)
「あいつを止めたいんだ。その後は、もう何も要らないから。僕の未来も、心も、全部、里香にあげる。これからは、ほんとにずっと一緒だよ」
(ちょっと待って乙骨くん!? それ本気のやつだよね!? 自らを生贄にする気満々じゃないか!!)
私の内心の大パニックなど露知らず、少年は微笑みながら呪いの女王へと優しく口付けをした。
「……愛してるよ、里香。一緒に逝こう」
『憂太ぁっ! 憂太ぁぁぁっ! だいだいだいだい、大好きだよぉぉぉっ!』
里香の姿が変異し、その単眼から、この世の全てを消し飛ばすような極大の純白のエネルギーが凝縮されていく。
(ん? いや、悟は『里香ちゃんが』呪ったわけではなく、『乙骨くんが』呪った可能性が高いと言っていた。なら――)
「自らを生贄とした、呪力の制限解除! そう来るか、女誑しめ!」
「失礼だな……純愛だよ」
「ならばこちらは、大儀だ!!」
数千の呪霊を圧縮した『うずまき』を放とうとした、まさにその瞬間だった。
キィィィィィィィンッッ!!!
「――ッ!?」
私の足元、瓦礫の影に潜んでいた『極小の呪霊』が、私と乙骨くんの巨大な呪力に当てられて自壊した。それと同時に、鼓膜に直接刺さるような、極端な高周波が周囲に撒き散らされたのだ。
予期せぬ奇声に、呼吸が一瞬乱れる。完璧にコントロールしていたはずの呪力操作が乱れ、うずまきの圧縮に、ほんの一瞬だけ致命的なノイズが入った。
(しまっ――!)
うずまきは暴発こそしなかったものの、完成寸前だった圧縮が一瞬だけ緩み、極ノ番は本来の出力を発揮できないまま放たれた。そこへ、乙骨くんと里香ちゃんの『命を懸けた純愛砲』が真っ向から激突する。
ズドォォォォォォォンッッ!!!
世界が白く染まった。
威力の落ちたうずまきでは、到底押し切れない。莫大な光の奔流が、私の全身を飲み込もうと迫る。
(まずい、このままでは消し飛ぶ……! 悟は、なぜ『蒼』で私を引かない!? もしや、あちらも何かの妨害が……!?)
思考している猶予はない。私は咄嗟に、背後の特級仮想怨霊『化身・玉藻前』の術式を起動した。
(――『化身・玉藻前』!!)
純白の奔流が私を飲み込む、その寸前――視界が反転した。私が立っていた場所へ玉藻前が現れ、代わりに私の身体が十数メートル後方へ弾き出される。
――玉藻前の術式、『身代わり』。致命の一撃を一度だけ肩代わりし、術者を射線から逃がすための術。しかし、完全な回避とはいかなかった。術式発動までのほんの一瞬、純愛砲の余波を食らった私の右腕に爆発的な激痛が走る。
「ガァァァァッ……!!」
乙骨くんの視点では、私が純愛砲の直撃を受けて完全に消し飛んだように見えただろう。しかし私は、離れた瓦礫の影で、凄まじい熱と痛みに喘いでいた。
(……今のは、おかしい。玉藻前が間に合わなければ、私は死んでいた。憂太くんの出力が想定以上だった……だけではない。うずまきを放つ瞬間、足元で自壊したあの呪霊……誰が、あんなものを……)
思考を巡らせようとした私の視界が、不意にグラリと揺れた。見下ろせば、五条袈裟の右袖から先が根こそぎ消滅し、切断面から夥しい量の鮮血が噴き出していた。
(……ああ、これは流石に、マズいか……)
急速に失血していく感覚。視界の端が黒く霞み始めた、その時だった。
私の身を隠していた校舎の残骸が、暴風のような呪力によって強引に吹き飛ばされた。舞い散る土煙の中に現れたのは、目隠し用の包帯を引きちぎり、六眼を見開いて顔面を蒼白にさせた悟と――ギリッと奥歯を噛み鳴らし、鬼のような形相をした硝子の姿だった。
「傑ッ!!」
「てめぇ……ッ!」
血まみれで倒れ伏す私を見て、悟が息を呑み、硝子が弾かれたように私の傍らへ膝をつく。私は薄れゆく意識の中で、心配をかけまいと、努めていつものように笑みを浮かべてみせた。
「やぁ……ちょっと予想外の出来事があってね……」
「『やぁ』じゃねぇよ大馬鹿野郎がッッ!!!」
私の軽口は、硝子の鼓膜を裂くような怒声にかき消された。彼女はためらうことなく、私の血と泥に塗れた右肩の切断面に両手を押し当てる。
「テメェのくだらねぇ舞台劇で死にかけといて、何笑ってやがる! すぐに治してやる!」
罵声と共に、硝子の両手から『反転術式』の莫大な正のエネルギーが流し込まれ腕が再生していく。シュウゥゥゥッ……! と、傷口から細胞が爆発的に沸騰するような高温の蒸気が立ち上り、失われた右腕の骨と肉が凄まじい速度で編み上げられていく。
そんな私を見下ろし、悟が震える手で前髪を掻き上げながら、心底肝を冷やしたという顔で吐き捨てる。
「……マジでふざけんなよ傑。一瞬、お前の呪力が消えて……死んだかと思っただろうが」
「すまない……心配、かけたね……」
私は急速に再生していく右腕の感覚を確かめながら、二人の前でだけは、特級呪詛師としての仮面を下ろして苦笑した。
「だが、言い訳をさせてもらうなら……最後の最後で、邪魔が入ったんだ」
「邪魔、だと?」
硝子が私の右腕を元通りに復元させながら鋭く目を細める。
「ああ。うずまきを放つ寸前、私の死角で……仕掛けられていた『呪霊』が起爆したんだ」
私の言葉に、悟の六眼がスッと細められ、周囲の空間を探り始めた。
◇ ◇ ◇
【Side:???】
大爆発によって更地と化した高専から遠く離れた山林。木の葉の裏に潜ませた微小な監視呪霊を通して一部始終を観測していた女は、静かに舌打ちをした。
「……なるほど。そういう術式だったのかい、化身玉藻前」
女は、監視呪霊越しに映る高専周辺を眺める。そこには先ほどまで、無数の『極小呪霊』を潜ませていた。
あらかじめ設定された閾値を超えるほどの呪力密度に反応して一体が自壊すれば、それを合図に周囲へ潜ませた同種も連鎖的に自壊し、微弱な呪力のチャフと高周波を撒き散らすだけのハエ。当然、夏油傑の『呪霊操術』のように自在に使役できるわけではない。あらかじめ単純な条件反射だけを仕込んだ、一度きりの使い捨てだ。
だが、それで十分だった。
夏油傑の集中を高周波で乱し、同時に周囲一帯へ微弱な呪力反応を散らす。五条悟の『六眼』が拾う情報量をほんのコンマ数秒だけ爆発的に増大させ、夏油傑を助け出す『蒼』の発動を遅らせるための、ただそれだけの仕掛け。
――そして、そのコンマ数秒さえあれば、乙骨憂太の一撃が夏油傑を殺してくれるはずだった。
「五条悟の方もわざわざ邪魔をして、乙骨憂太が夏油傑を殺した、という状況に仕立て上げたかったのだけどね……化身玉藻前の術式が予想外だったよ」
千年を生きても、他者の手札すべてを知れるわけではない。夏油傑が最後まで温存していた特級仮想怨霊。その一枚だけが、女の計算から零れ落ちていた。
「まあいい。どうせあわよくば、という計画だったんだ。今回は夏油傑の死体を乗っ取っての呪霊操術は諦めて、別のプランで行くとしようか」
女はそう独りごちると、自らがそこにいたという一切の痕跡を残さず、夜の闇の中へ音もなく溶けていった。
夏油の呪霊操術の発展型と玉藻の術式は独自解釈です。
映画見直してて、なんであの爆発で生きてるんだ?と玉藻なんかしてた?って思ったのでこうなりました。
夏油が主人公みたいになってましたが、次回からはTS家入視点へ戻ります。
あと、ここから原作とだいぶズレていく予定。少し時間かかるかもしれません。