TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
ランキングを見て読む本を探していたら、なんと拙作がハーメルンの日間ランキング上位に入っており、驚きと感謝でいっぱいです!
また、誤字脱字の報告を送ってくださった皆様、本当にありがとうございます。とても助かります!
私と夏油による、呪力を一切使わない純粋な武術の応酬。それは、十数分にも及ぶ息詰まるような攻防の末に、唐突に終わりを迎えた。
「――ははっ、参ったな。降参だよ」
私の右脚から放たれた上段回し蹴りを、間一髪でスウェーして躱した夏油が、大きくバックステップを踏んで距離を取った。
その顔には玉のような汗が浮かび、息も少し上がっている。対する私は、前世から染み付いたスタミナ配分のおかげで、少し汗ばんでいる程度だ。
「純粋な体術の削り合いじゃあ、到底君には勝てないや。私の完敗だ」
「あら、そう? まだまだボコボコにしてあげてもよろしくてよ?」
再び
「勘弁してくれ。私の身体はもう痣だらけだよ。……だから、ここからは『呪術師』としての手合わせをお願いしようか」
その瞬間、夏油の雰囲気がガラリと変わった。先ほどまでの『格闘家』としての熱がスッと引き、底知れない『呪術師』としての冷たいプレッシャーがグラウンドを支配する。
「私の術式は『呪霊操術』。調伏した呪霊を体内に取り込み、己の手足のように自在に操る術式さ。取り込んだ呪霊は――」
「は?」
ペラペラと己の能力について語り始めた夏油の言葉を、私は思わず遮ってしまった。
「……なんで自分の能力を、わざわざ敵である私に教えるのかしら?」
私が理解できずに疑問の目を向けていると、少し離れた場所で見ていた白髪の少年――五条悟が、鼻で笑いながら口を開いた。
「はー、マジでド素人なんだな。そんなことも知らないの? 自分の術式をわざと相手にバラすことで『縛り』が発生して、術式の効果や威力が底上げされんだよ。呪術戦の基本中の基本っしょ」
小馬鹿にしたような五条の態度に青筋を立てていると、夜蛾先生が重々しい咳払いで割って入った。
「悟、言い方があるだろう。……だが、悟の言う通りだ。独学で呪力を操ってきたお前が知らないのも無理はないが、『術式の開示』は呪術師にとって最もポピュラーな底上げの手段だ。覚えておけ、硝子」
「……術式の開示。なるほど、そういった呪術師の専門知識は覚えて行かないと、思わぬ危険がありそうですわね」
「ああ。特に他者との『縛り』は、破れば予測不能なペナルティを受ける。呪術師にとって、不用意な口約束は命取りになると思え」
「命取り、ですか」
「詳しいことは今後の座学で徹底的に叩き込む。――今は目の前の手合わせに集中しろ」
「はい、先生」
(はえー……呪術の世界って、色々あるんだなー。授業だけじゃなく色々な蔵書とかあったら見てみたいな、勉強は嫌いではないし、夜蛾先生に見ても良い呪術関連の書物が無いか聞いてみよう)
内心で素人丸出しの感想を抱きつつ、私は再び夏油に向き直った。
「解説ありがとうございます、夏油くん。で? その『呪霊操術』とやらで、私をどう料理するつもりです?」
「手始めに、様子見といこう」
夏油が指を鳴らすと、彼の足元の影から、おぞましい音を立てて四つん這いの獣のような呪霊が一体這い出してきた。たまに地元で見掛けたことのある弱い呪霊だ。それが、奇声を上げながら私に向かって一直線に飛びかかってくる。
「シィッ!」
私は一歩も動かず、軽く呪力を纏いながら鋭い呼気と共に放った右の前蹴りだけで、飛びかかってきた呪霊の頭部を粉砕した。頭を吹き飛ばされた呪霊は、悲鳴を上げる間もなくチリとなって消滅する。
「さすがに君相手では一体じゃ足止めにもならないか。なら……これならどうだい?」
ボコッ、グジュル……ッ!
夏油の影が大きく広がり、そこから次々と異形のバケモノたちが這い出してきた。無数の目玉を持つ肉塊、長い腕を引きずる異形。あっという間にグラウンドを埋め尽くしたその数は、優に三十体を超えている。
「行くよ、家入さん。この数の呪霊を相手に、君のその蹴りがどこまで通用するかな?」
「……なるほど、随分と数が多いじゃねぇか」
肉が腐ったような酷い悪臭と、鼓膜を直接引っ掻くような悍ましい呪鳴。三十体を超える呪霊の津波が、グラウンドの土煙を巻き上げながら一斉に私めがけて襲いかかってくる。『数の暴力』という、呪霊操術の絶対的なアドバンテージ。
普通の女子高生なら、その悍ましい光景を見ただけで腰を抜かして泣き叫ぶだろう。だが、その絶望的な状況を前にしても、私の心は奇妙なほどに冷え切っていた。いや、正確には――歓喜のあまり、極限まで澄み渡っていたのだ。
(……来た! これだよ、これ! 使うのは間違いなくこのタイミングだろ!)
私はゆっくりと息を吸い込み、前世からずっと憧れ続けていた『あの構え』をとった。体内の呪力を極限まで練り上げ、両脚を大きく開いて腰を低く落とし、両腕を身体の前にスッと添える独特の構え。*1
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
すると、私の周囲の空間に、数十個に及ぶバスケットボール大の『呪力の塊』がフワフワと浮かび上がった。
「……は? マジかよ」
少し離れた場所で見ていた五条が、かけていたサングラスを指で少しずらし、信じられないものを見るように目を丸くした。
「ただの呪力じゃねぇ……反転術式のアウトプット。しかも、あの全てに反転を付与してやがる……!」
五条の言う通り、これら全てには、対呪霊においては触れただけで相手を消滅させる猛毒となる反転術式が付与されている。
着替えの時に女性補助監督から聞いていたが、人間である夏油に当たっても怪我が治るだけで害はないらしいので、私は一切の手加減なしでこれをぶっ放すことができる。
「呪力の放出? 呪術に関しては素人である彼女が、玉の形状にしつつあの数を同時に……って、ん? あの構えと見た目、何処かで見たような……?」
驚愕と、奇妙な既視感に首をひねる夏油。
そんな彼に向けて、私はかつて暗記するほど読み込んだ『漫画のセリフ』を、最高にクールな強者のトーンで言い放った。
「――少々本気を出すか。……行くぞ!」
私の言葉と共に、周囲に浮かんでいたバスケットボール大の呪力の塊が右足へと一気に集束していく。私はそれを、サッカーボールのボレーキックのように前方へ向けて思い切り蹴り飛ばした。
「『
ドゴォッッ!!
蹴りの衝撃と共に弾け飛んだ反転術式の球体が、軌跡を描きながら散弾のようにグラウンドへ降り注ぐ。その猛毒の球体は、私に迫りつつあった三十体を超える呪霊の群れに次々と着弾する。
「「「グギャアアアァァァッ!?」」」
呪霊のみを祓う広範囲殲滅攻撃。夏油が放った無数の呪霊たちは、私に触れることすら叶わず、一瞬にしてチリと化して完全に消滅した。
「ふぅ……」
私は完璧な残心を決め、ゆっくりと息を吐き出す。
前世からの夢が叶った。あの架空の必殺技を、現実の世界で完全再現してやったのだ。組手の最中だがもう終わってもいいような解放感に包まれている。
ふと夏油の方を確認すると、彼は顎に手を当て、私の方を見ながら何かを思い出すかのようなポーズをしていた。打つ前の構え、叫んだ技名、そして私のセリフを脳内で繋ぎ合わせ……やがて、まるで頭の上に電球が点いたようなすべてを理解した顔になった。
「……あの、家入さん」
「ん?」
(あ、なんかイヤな予感がする)
「さっきから考えていたんだけど。君の、その腕はガードや受け流しのみで攻撃は足技というスタイル、球体を浮かべた時の独特の構え……そして極めつけは、その技の名前。……君、もしかして『幽☆遊☆白書』の仙水忍のファンなのかい?」
「――ッ!!?!?!?!」
ピキィィン、と。
私の頭の中で、何か決定的なものがへし折れる音がした。
「え、嘘でしょ……? もしかして知ってる……? いや、違います、そういうアレじゃなくてですね……!」
「ああ、いや、無理に取り繕わなくていい。私も好きだったからね。素晴らしい原作リスペクトの完コピだったと思うよ。うん」
「やめろぉぉぉ! 生温かい目で見るなぁぁぁ!!」
穴があったら入りたい。夏油の生暖かい視線と慈愛に満ちた表情に、辛うじて耐えていたお嬢様の言葉遣いも剥がれ、ほぼ素の口調で叫んでしまう私。
「……あー、なぁ」
一人だけ完全に置いてけぼりを食らっていた五条が、目をパチクリと瞬かせながら会話に割り込んでくる。
「傑。なにその、センスイって。どっかのヤバい呪詛師?」
「いや。十年前くらいにアニメ放送が終わった、古い少年漫画のキャラクターだよ。家入さんは、そのキャラの必殺技を大真面目に再現していたんだ」
「ちょっ! 五条にまで解説するなバカヤロー!!」
グラウンドに、私の悲痛な叫び声が響き渡る。
「……お前たち。まだ実力測定の組手中だということを忘れていないだろうな? 夏油が終わったら次は悟、お前だぞ」
すっかり戦いを忘れて羞恥に悶える私に、夜蛾先生の呆れ果てた低い声が降ってきた。しかし、五条は面倒くさそうに首を振り、ツカツカと私の方へ歩み寄ってくる。
「えー、俺はパス。だって意味ねーじゃん」
「意味がないとはどういうことだ」
「アイツの体術がヤバいのは分かったけどさ、どうせ俺には当たんないし。ほら、家入。思いっきり俺の顔面殴ってみ?」
「……は?」
無防備に、その端正で腹立たしいほど整った顔を突き出してきた五条。
いくらなんでも不自然すぎる。先ほどの夏油の『呪霊操術』や『縛り』という特有のルールの可能性があるだろうか。あえて自分から攻撃を受けようとするからには、絶対に何かガード系か、あるいは反射系のカウンター能力みたいなのがあるはずだ。
私は顔を突き出しながら煽ってくる五条への苛立ちを冷静に抑え込み、いつでも引き戻せるように威力を殺した、様子見の鋭い左ジャブを五条の鼻先に向けて放った。
――ピタッ。
「……ん?」
私の拳は、五条の顔面に触れる手前で、見えない壁に阻まれたかのように完全に静止していた。
いや、壁というような固い感触ではない。拳を進めれば進めるほど、空間そのものが無限に引き延ばされているような、無限ループしているような不思議な感覚。
「あれ? 思いっきり殴れって言ったのに、警戒して牽制にした? ま、どっちでもいいけど」
五条は余裕の笑みを浮かべたまま、ピタリと止まった私の拳を指差した。
「俺の術式『無下限呪術』。俺の周りにある『無限』を現実に持ってくる術式。……ね? 見ての通り、お前じゃ俺に触れることすらできない。だから手合わせはナシ」
(……なんだこのクソ技。攻撃無効とかどうすれば殴れるんだ……?)
圧倒的な理不尽を前に、私の心は二度目の致命傷を負った。そんな私を他所に、五条はかけていたサングラスを少しだけずらし、六眼と呼ばれる蒼い瞳で私をジッと見つめ込んできた。傲慢な態度はそのままに、しかしその目だけは、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いている。
「それよりさ、お前。さっきの『反転術式』……どうやって呪力回してんの? しかもなんであんな玉みたいに飛ばせんの?」
五条の問いに、私は言葉に詰まった。どうやって、と言われても困る。なにせ私は『幽☆遊☆白書』の仙水忍をイメージしながら、ノリとテンションでやったらなんか出来ちゃった、というだけなのだ。
「えーと……こう、ひゅーっとやって、ひょいっだよ。ひゅーひょいっ。……分かんない?」
「……は? お前、俺を舐めてんの?」
私の精一杯の言語化を聞いた五条の顔から、スッと表情が消える。ただでさえオタクバレしてメンタルが死んでいるのに、これ以上理不尽な天才に絡まれるのは御免だ。
「舐めてないです! 本当にそれしか言いようがないんです! ああもう、致命的な精神ダメージを食らったので、私、本日の授業は降参します……!」
「えっ? ちょっと家入さん、まだ途中……」
「いいから! もう私のライフはゼロなんだよ……ッ! 察してくれ、夏油……っ」
私が両手で顔を覆い、グラウンドにがっくりと膝をついて泣き崩れると、夜蛾先生は頭痛を堪えるように深々とため息をついた。五条は「チッ、使えねー。折角コツがわかると思ったのによ」と不満げに舌打ちをしている。
(……なるほど、こいつ反転術式は使えないのか。今度、逆に煽り倒してやろう)
内心でそんな邪悪な復讐を誓いつつ、本日の組手の授業はうやむやの内に終わりを迎えた。
この日。私は、前世でも今世でも得られなかった、得難いスパーリングパートナーを得た。――そして同時に、格闘家としてのプライドをへし折る理不尽な天才と、生涯にわたってイジられ続けるであろう『消せない黒歴史』をも刻んでしまったのだった。
頂いた感想で反転で無下限突破出来るんじゃ?というのがありましたが、本作においては【反転では突破できない】という解釈を採用しています。
『無下限呪術』は「空間を無限に分割するシステム」で、そこに反転術式(プラスのエネルギー)をぶつけても、「近づくものが通常のマイナスのエネルギーからプラスのエネルギーに変わっただけ」であり、システム自体を破壊・中和することはできず、ピタッと止まってしまうという理屈ですね。
なので、本作主人公は五条の煽り顔を殴るためだけに呪術高専にある蔵書(実際あるかどうかは原作で明言されてませんが)で勉強に励むと思われます。動機が不純すぎる。