TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
激しい組手を終えた私たちは、グラウンドの隅にある自動販売機の前にたどり着き、思い思いの飲み物を買っていた。私は首にかけていたタオルで汗を拭いながら、ペットボトルのキャップを捻り、スポーツドリンクを一気に口の中に流し込む。
すると、お茶を飲んでいた夏油が、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、家入さん。さっきは何であんなに恥ずかしがっていたんだい?」
「ぶふっ……! ごほっ、げほっ!」
思い出したくもない黒歴史をピンポイントでえぐられ、私は思わずむせ返った。
「いや……元が古い漫画の架空の武術とはいえ、君の『裂蹴拳』の練度は完璧だった。趣味の範囲とはいえ、格闘技を齧っている私が手も足も出なかったんだ。だったら、何もあそこまで恥ずかしがる必要はないだろうと思ってね」
夏油は純粋な疑問として首を傾げているが、私からすれば地獄の尋問である。
「んー、あー、いや。確かに技術としては、別に恥ずかしいなんて微塵も思ってない。そこは誇りを持ってる」
「だったら……」
「それはそれとして! 戦闘のテンションに任せて、キャラの台詞をフルボイスでなぞって、あの独特のポーズまで大真面目にキメちゃったのは全く別問題だろ!? 完全にただの痛いヤツじゃないか!」
「あー……なるほど。戦闘の高揚感に当てられて、ついやりすぎてしまった後の『我に返る感覚』か……何となく、わかる気がするよ」
夏油は少しだけ遠い目をして、深く頷いた。
仙水を知っていた彼のことだ。もしかすると彼も過去に、自宅の鏡の前で『邪王炎殺黒龍波』とか言いながら右腕に包帯を巻いたりしたんだろうか?
「は? なにそれ。技名叫んでポーズ決めるのの何が恥ずかしいわけ? 俺だって『術式順転「
全く理解できないといった様子で、五条がコーラを飲みながら口を挟んでくる。
「んー、悟。確かにそうかもしれないが、ちょっと別問題というか。説明しづらいな」
「よくわからんけど、そういうものなのか? そういえばさ、家入。お前、自分の『術式』使わねぇの? さっきも言ったけど、俺の『六眼』で見ても、お前の術式は真っ黒に塗りつぶされたみたいになってて、よく分かんねーんだよ」
「術式……? って何?」
私が小首を傾げると、五条の動きがピタッと止まった。
「……そこからかよ。やっぱりお前、マジで基本の『き』から覚えねーとダメだな」
「いいかい。呪術師にとっての『生得術式』というのはね、生まれつき脳に刻まれている、その人固有の特殊能力のことだよ。大体、四歳から六歳くらいの間で発現して、本能的に『自分の能力の使い方』を理解するはずなんだが……」
呆れる五条の代わりに、夏油が優しく解説してくれる。四歳。……ああ、なるほど。そういえば、心当たりがある。
「あるにはあるんだけど……私、その自分の能力の『中身』がよく分かってないというか」
「は? 使い方が分かんないの?」
「いや、発動のさせ方は分かる。でも、頭の中にあるマニュアルが……『結界術』だの『必中』だの『縛り』だの、聞いたこともない専門用語の羅列でさ。結局、それを発動させたら、具体的に『現実に何がどうなるのか』がイメージできないから、使えるとは思うけどよくわからないというか」
私が困ったようにため息をつくと、二人は顔を見合わせた。
「んー……。呪術の基礎知識が全くない状態で術式が覚醒したせいで、マニュアルの言語が解読できない状態になってるのか?」
「悟。そんなことあるのかい? 私はすぐに呪霊操術の使い方は理解できたが……」
「術式の中にはさ、たまにやたらと内容が複雑だったり、変なルールを強制するのもあるからな。ただ、実例が少ねーから俺にも分からん」
そんな会話をしていると、重厚な足音を立てて夜蛾先生が歩いてくるところだった。その手には、なぜか少し古びたインスタントカメラが握られている。
「お前ら、こんな所にいたのか」
「夜蛾先生。次の授業ですか?」
「いや。硝子の制服も揃ったことだしな。……遅くなったが、今から入学式を行う」
「「「は?」」」
揃って素っ頓狂な声を上げる私たち。
「入学式って……体育館とか行くんですか?」
「いや、先ほどの組手と面接、あれが入学式代わりだ。お前たちは無事、高専の一年として認められた。ジャージから制服に着替えてきて、校門の前に並んで記念撮影だな」
「生徒三人しかいないからって経費削減ですか?」
私の至極真っ当なツッコミは夜蛾先生の咳払いに揉み消され、私たちは半ば強引に高専の校門の前へと並ばされた。
不機嫌そうにポケットに手を突っ込む五条と、優等生らしく微笑む夏油。私は二人の間に立ち、なんだか気恥ずかしくて、少しだけ呆れたような、でも悪くない気分でカメラを見つめた。
「よし、撮るぞ」
カシャッ、と。のちに私たちが『青い春』と呼んで懐かしむことになる、私たち三人の始まりの姿が、一枚の写真として切り取られた。
――そして、そこからの数ヵ月は、怒涛のように過ぎ去っていった。
◇ ◇ ◇
――ある日の教室にて。
「……あれ、夜蛾先生。五条は?」
「悟は座学の必要がない。御三家の人間だからな。今は一級呪霊を祓う任務に行かせている」
「御三家?」
「五条、禪院、加茂の三つの名家のことだよ。名前の通り、悟は五条家の者だね」
首を傾げる私に、夏油が苦笑しながら教えてくれる。夜蛾先生は黒板を叩き、私に向けてチョークを向けた。
「そういう呪術界の常識も含めて、硝子、それから傑にも知識を覚えてもらう。まずは『結界術』や『帳』。そして帳を使用した非術師への秘匿方法など。御三家に呪術界の上層部に、任務について。それから『縛り』に『簡易領域』、『領域展開』の仕組みなどだな」
夜蛾先生がそう言って、ちゃんと製本されていない、手作りのような分厚い資料を渡してくる。
「これって夜蛾先生の手作り……?」
「ああ。呪術高専の授業は教員毎に自由にやっていいことになっているからな。それと、硝子には並行して医者の勉強もしてもらう予定だ。お前が卒業する頃には現在の医療教諭が退職する予定なのでな。反転術式のアウトプットも使えるお前が引き継ぐのが良いだろう。将来的に医者になったと伝えれば、硝子の実家からもオカルト云々と口出しされる心配もなくなる」
「なるほど。それは助かりますね。まあ、医術の勉強は昔少しやっていたので、多少はわかりますが」
前世の事は適当に誤魔化しつつ、私は夜蛾先生から渡された分厚い医学専門書をパラパラと捲る。そこに書かれている解剖学の知識が『前世の地球』と全く変わらない事を確認すると、ふむ、と頷いた。
私がパタンと本を閉じると、隣の席に座る夏油が目を丸くしていた。
「へえ、意外だね。てっきり家入さんは脳筋……いや、ごめん、なんでもないよ」
夏油が慌てて口をつぐんだが、遅い。私は彼に向かって極上の笑顔を向け、あえて丁寧な『お嬢様口調』で告げる。
「ん? 今、何か失礼な言葉を聞いたような……? 夏油君、もしご希望でしたら、貴方の身体で『人体の破壊と反転術式による再生』のレッスンをして差し上げてもよろしくってよ?」
「……謹んで辞退するよ。私が浅はかだった、申し訳ない」
私の笑顔の奥にある確かな
◇ ◇ ◇
――ある日の、放課後の寮にて。
「な、なんだいこの大きなテレビと大量のDVDは……?」
「悟の部屋に落ちてたブラックカードで勝手に買ってきた」
「家入さん!? 犯罪だよそれ!?」
任務を終えて帰ってきた五条を強引に引きずり込み(※もっとも、ここは五条の自室なのだが)、私たちは真新しいデカいテレビの前に陣取って宅配ピザの箱を開けながら、深夜のアニメ鑑賞会を開催していた。
「あー、センスイってこいつの事か! ははっ、確かにあの時見た家入の体術とか、反転術式で作った呪力の弾とかこんな感じだったな!」
「うるさい、ピザのタバスコその綺麗な目ん玉にぶち込むわよ」
画面の中で『裂蹴紫炎弾』の構えをとる仙水を見て爆笑する五条の背中を、私は無言で蹴り飛ばした。からかわれた恥ずかしさで顔から火が出そうだったが、物語が『テリトリー』の解説シーンに入った瞬間、私はピザを口に運ぶ手を止めた。
(……あれ、テリトリーってこの前座学で学んだ領域展開と似てるのか?)
画面の解説と、以前座学で夜蛾先生から叩き込まれた結界術の知識が、私の脳内でガチッ!と音を立てて噛み合った気がした。
「ねえ、夏油。そういえば『テリトリー』って、要するに呪術で言うところの『領域展開』みたいなもの?」
「ん? まあ、そうだね。心の中の風景やルールを外に具現化するという意味では、原理は近いんじゃないかな」
夏油の言葉に、私は画面を食い入るように見つめる。
「なるほど……こういう感じなのか」
「なに? お前、帳もまだ張れないのに領域展開使おうとしてんの? 天才の俺でさえまだ出来ないのに」
五条が口の端にチーズをつけたまま振り返る。
「私の未だによくわかってない術式が、領域展開と関係ありそうな感じがしてるのよ」
「あー。領域展開ってのは普通、術式を極めた先にたどり着くもんだけど……稀に、術式と領域が最初からセットになってるタイプの能力も歴史上あったと聞いた覚えはあるな」
六眼を持つ五条のその推測は、私の直感を裏付けるには十分だった。その後も、私たちは深夜まで色々なアニメを見ながら五条の部屋で駄弁り続けた。
◇ ◇ ◇
――またある、休日の昼下がり。
「な、なあ家入さん……私は、外で待っていちゃダメだろうか……」
「ダメに決まってるでしょ。荷物持ちなんだから」
私たち三人は、休日の東京の街へと繰り出していた。
ゲーセンで格ゲーの対戦をして五条をボコボコにし、クレーンゲームで夏油の無駄な才能が開花し、マックでハンバーガーやポテトを奪い合う。そこまでは普通の高校生の遊びだったが、問題は私が『女性用の下着屋』に二人を連れ込んだことだ。
中身が男とはいえ、十五年以上も女子として生きていれば、ブラジャーやショーツ選びはただの日用品の補充作業である。恥じらいなどとうに捨て去っていた。
ピンクやレースに彩られた店内で、真面目な夏油は壁のポスターの数を数えるように必死で虚空を見つめ、完全にフリーズしている。
対照的に五条は、店内の女性客から「ねえ、あの人超イケメンじゃない?」とヒソヒソ声を浴び、調子に乗ってサングラスを少しずらして歓声を浴びていた。
ひとしきり女性客と喋ってからこちらに戻ってくると、五条は開幕からデリカシー皆無な言葉を放ってきた。
「あのさー家入。お前どうせ機能性重視の地味なスポブラっしょ? 色気ねーな」
「うっさい、このノンデリ! 少しは夏油みたいにデリカシーを学べ!」
私は五条の脛に遠慮のないローキックを見舞いながら、実用的な下着類を買い終えると、今度は別の服屋に入り、私服用のふわりとしたブラウスを胸に当ててみる。
「これ、どう?」
「お前みたいな脳筋には似合わねーよ」
「家入さんはスタイルが良いから、何を着てもよく似合うと思うよ」
「何にでも使えそうなセリフだけど、ありがとう夏油。そして五条は一生夏油の優しさを見習え」
ギャーギャーと騒ぎながら、私たちは夕暮れの街を歩いた。オレンジ色に染まる空の下、隣を歩く二人の横顔を眺める。前世では、ただひたすらに強くなるための格闘技の修練にかまけすぎて、経験することのなかった時間。くだらなくて、騒がしくて、どうしようもなく楽しい時間。
――振り返れば。中身がおっさんの私にとってすら、それは紛れもなく、人生で一番『青くて、眩しい時間』だったのだ。