TS成り代わり殴りヒーラー家入硝子さん~幽遊白書好きが呪術廻戦の世界に転生して仙水忍の『霊光裂蹴拳』を極めたら~ 作:MMOだと殴りヒーラーが好き
感想返信で「武器(呪具)も持ち込める」と回答してしまったのですが、よく考えたら『前世のMMAの試合会場』を具現化しているのに凶器持ち込みOKなのはおかしいな? と気づいたため、「武器はシステムに弾かれる」というルールに本話より修正しました!
あと作者は五条先生は嫌いではなく好きです。
――翌日。呪術高専東京校。
木造の教員室に、重苦しい沈黙が降りていた。
椅子に座る担任の夜蛾正道は、机の上に置かれた『任務報告書』と私を交互に見比べ、こめかみを押さえて深い、本当に深いため息をついた。
「……つまり。お前は事前情報では1級とされていた廃鉱山の任務に単独で赴き、そこで未知の特級呪霊と遭遇。それを単独で祓い、帰還したということだな?」
「はい。そういうことになりますね」
私は支給されたばかりの新品の制服姿で、夜蛾先生の対面の椅子に深く腰掛けながら頷いた。
夜蛾先生の顔は、驚愕と安堵、そして僅かな戦慄が入り混じった複雑なものだった。呪術高専に入学して一年に満たない少女が特級呪霊の祓除を成し遂げたのだから、無理もない反応だ。
「……よく生きて帰ってきた。補助監督から『特級事案発生』の連絡を受けた時は、最悪の事態も覚悟したんだぞ」
「ご心配をおかけしました。まあ、私も死にかけてましたし」
「だろうな。反転術式で傷跡こそ残っていないが……死線を彷徨い、服までボロボロにされるほどの激闘だったのだろう。身体は治っても、精神的なショックは大きいだろう。数日は授業を休んで構わん、無理はするな」
強面の奥にある、夜蛾先生の不器用で真っ直ぐな親心。普通の女子高生なら、ここでホロリと涙を流して感謝する場面だろう。だが、私の中身は骨の髄まで闘争に脳を焼かれた格闘バカのおっさんである。
「精神的なショック? ああ、そうですね。あれは本当にショックでした」
「……そうか。今は辛いだろうが、時間が解決して――」
「せっかく買ったばかりのお気に入りの下着と、特注のプリーツスカート含む制服をボロボロにされたのは、本当に許せませんでした。ちなみに夜蛾先生、これって高専の経費で落ちます?」
私が真顔でそう告げると、夜蛾先生の口が半開きになり、紡ぎかけていた慰めの言葉が空中でピタリと止まった。
「……お前、自分の命がかかった特級との死闘の後に……下着代の心配をしているのか?」
「私からすれば死活問題です。反転術式で身体は治っても、財布のダメージは治らないんですから。これ、領収書です」
ジッと真顔で見つめ返す私に、夜蛾先生は深く、深くこめかみを揉み込んだ。
死にかけた戦闘をした翌日にも関わらず破壊された服の費用を心配する図太さに加え、年頃の教え子から下着類の領収書を突きつけられることへの気まずさで頭痛がしているようだ。
「……わかった。任務中の破損だ、経費で落としてやるから後で書類を出しておけ。……もう行け、休め」
「ありがとうございます! 失礼します!」
疲労困憊といった様子の夜蛾先生に一礼し、私は意気揚々と教員室を後にした。
その背中越しに、「……これで1級昇格は確実だが。本当に今年の1年はどうなっているんだ……」という深すぎる嘆きが聞こえた気がしたが、まあ良しとしよう。
◇ ◇ ◇
その日の午後。高専のグラウンドにて。
「――ってわけでさ。私、領域展開できるようになったんだよね。ちょっと検証に付き合ってよ」
休めと言われていたにも関わらずジャージに着替えてグラウンドに出ている私が軽いノリでそう切り出すと、グラウンドで退屈そうにあくびをしていた五条悟と夏油傑の動きが、ピタリと停止した。初夏の風が吹き抜ける中、二人は信じられないものを見るような目で私を凝視している。
「……は? 今、領域展開って言ったか? 未だに帳も張れない、結界術の基礎すら怪しいお前が?」
「うん。昨日、特級呪霊との戦闘で死にかけたらなんかパッカーンって脳の回路が繋がってさ。やれるようになったんだよ」
「君が嘘をつくようなタチじゃないのは分かっているが……驚いたな。それより硝子、夜蛾先生からは休めと言われていなかったかい? 見つかったらまた説教だと思うんだが」
「訓練や組手をしているわけじゃなくてただの検証だから平気平気。どうも術者と対象者を強制的にタイマンにしつつ、領域内では特殊ルールを強いるタイプみたいでさ。二人以上居たらどうなるのかなと」
私は返答を待たずに呪力を高め、白いオープンフィンガーグローブを手に装着して準備し始める。それを見て五条が眉を顰めた。
「ん? 手印を結ぶタイプじゃないのか? 家の蔵書にもグローブ装着して領域展開するなんてのは見た事が無いな」
「展開するだけならダメージとか何も発生しないから、とりあえず行くぞー。領域展開、『
言葉と共に、私の魂の心象風景が、初夏のグラウンドを塗り潰していく。まばゆい光が収まった直後。私たちの周囲は、土のグラウンドから、煌々とした蛍光灯に照らされた血と汗の染み付いたケージへと完全に書き換えられていた。
「へぇ、これが領域展開……」
声がした方を見上げると、そこはケージの外、一段高くなっている『観客席』だった。薄暗い観客席の最前列に、ジャージ姿の夏油が一人でポツンと立っている。対して、明るく照らされたケージの中には、私と五条の二人だけが配置されていた。
「あれ? 傑、なんでお前そんなとこにいんの?」
「わからない。領域が展開された瞬間、私は弾かれるようにこの位置に配置された。……中に入ろうとしても、透明な壁のようなものに阻まれて入れないようだ」
夏油がケージに向かって手を伸ばすが、コンコン、とアクリル板のような見えない壁を叩く音がするだけだ。
「なるほどね。私の領域は『対象に指定した相手との完全なタイマン』を強制する。だから、メインターゲットに指定された五条と術者である私だけがケージ内部に居て、巻き込まれた夏油は『観客』として外に隔離されたってわけか」
「面白いな……。第三者の介入を完全に遮断できてタイマンに持ち込めるのか。これは敵が複数居た場合に各個撃破できるし、展開できる時間がどの程度かはわからないが複数の敵の隔離も出来るんじゃないか?」
夏油が目を輝かせながら、ケージの外からペタペタと見えない壁を触って私の領域展開の使い方の分析を始める。対して、五条はケージの金網を蹴り飛ばして外に出る事が出来ないのを確認しながら話しかけてくる。
「ケージの中から観客席に出る事も出来ないんだな。で、今の所ルールの強制が何かわからないんだけど、この領域の効果は?」
「あ、私が『始める』的な言葉を言わないと始まらな……あ、今のでも開始判定になるのか」
五条と夏油の脳裏にこの領域のルールである【この領域内では呪力、術式の使用不可。肉体での戦闘のみ許可される】という領域内のルールが強制的にインストールされる。
そして使用不可能になる五条の六眼。結果、光を透過しない『ほぼ真っ黒な素材』で作られている特注のサングラスを付けたままだった五条は完全に視界を奪われた。
「……は? え、ちょっ。真っ暗なんだけど。俺の六眼が……ってか肉体での戦闘のみ許可されるって、呪力関連だけじゃなくて六眼も使えなくなるのかよ!?」
「おーい硝子。呪具とかはどうなるんだい?」
観客席に居るせいで微妙に距離が遠い夏油が声を張り上げて問いかけてくる。
「わからん。なのでそれも検証してみよう。一旦領域解除するね」
パチン、と私が指を鳴らすと、周囲を覆っていたケージの景色がガラスのように砕け散り、元のグラウンドの景色へと戻った。
「あー……なるほど。これが術式の焼き切れってやつか」
領域を解いた直後、身体の奥にある呪力の回路が熱を持ち、一時的にショートしたような重だるい感覚が襲ってくる。私が首を回して息を吐いていると、五条がサングラスを外して目を瞬かせながら忌々しそうに舌打ちをした。
「マジでビビったわ。突然視界が真っ暗になるんだもん。……ってことは、完全に呪力が練れない生身にされるってことか。オッケ、それなら呪具だ。ちょっと高専の『
「待て悟。勝手に持ち出したらまた夜蛾先生に大目玉を食らうぞ」
「平気平気、後でこっそり返せばバレねーって。じゃあ硝子の術式が回復するまで休憩な!」
五条は夏油の制止も聞かず、六眼をキラキラさせながら楽しそうに忌庫の方へと走っていってしまった。それを見送った夏油が、やれやれと肩をすくめる。
「……全く。まあいい、武器の持ち込みを検証するなら、食事の持ち込みがどう判定されるのかも気になるな。私も少し準備をしてこよう」
そう言って夏油も踵を返し、学生食堂の方へと向かっていった。
――数十分後。
私の術式の焼き切れが回復したグラウンドには、異様な光景が広がっていた。私の前には、忌庫から持ち出したと思われる刃こぼれした日本刀や、三節棍、薙刀などの物騒な呪具を両手に抱えた五条。
そして数歩離れた位置には、自販機で買ったコーラの紙コップと、レンジで作る熱々のポップコーンを抱えた夏油が立っている。
「おい夏油。なんだその映画館に来たみたいなセットは」
「観客席に飛ばされるなら、観客らしく楽しもうと思ってね」
大真面目な顔で言う夏油。こいつもこいつで、探求心が変な方向に振り切れている。私は呆れつつも、再び両手でオープンフィンガーグローブを構えた。
「いくぞ。――『廻生鉄条閣』」
再び景色が反転し、蛍光灯に照らされた金網が現れる。
だが、その直後。
五条が抱えていた大量の呪具が、ふっと五条の手をすり抜け、ガシャガシャと音を立ててケージの床に散乱した。
「うおっ!? なんだこれ!」
五条が慌てて足元の日本刀を拾おうと手を伸ばす。しかし、五条の指が柄に触れようとした瞬間、まるで同極の磁石のように目に見えない力に反発され、手がツルリと滑ってしまった。何度掴もうとしても、武器を持つこと自体が強制的にキャンセルされる。
「……なるほど。観客席の私と食べ物は無事だ」
金網の外の観客席で、夏油が感心したようにポップコーンを口に放り込む。
「つまりこの領域内では、凶器の所持や使用はルールとしてシステムに弾かれる。だが、格闘技会場において『観客の飲食』は許可されているため、私のポップコーンは持ち込めた、というわけか」
「パリパリ食いながら冷静に分析すんな! つーか硝子、武器も呪力も駄目なら俺、完全に丸腰なんだけど!」
五条がケージの中で、丸出しになった蒼い目をパチクリとさせて抗議してくる。
……そう。今の五条悟は、無下限呪術も、六眼も、呪力による身体強化も、武器すらも奪われた『ただの背が高い男子高校生』だ。
「そういうことだ。じゃあとりあえず、始めようか」
私はバキバキと首の骨を鳴らし、ステップを踏みながら五条との距離を詰めた。私の顔を見た五条が、明らかに焦ったように一歩、二歩と後ずさる。
「はっ? ちょ、ストップ! タイム! 脳筋ゴリラ女の硝子に、呪力強化も無下限も使えない状態の俺が勝てるわけないだろ! バカなの!? 死ぬ死ぬ! 領域解除してくれ!」
「いや、いつかお前のその生意気な顔面をぶん殴るって何度も言ってたじゃないか。領域展開を覚えた今ならいけるかなって。大丈夫、本気ではやらないから」
私はニッコリと、獲物を追い詰める捕食者の笑みを浮かべた。
「ちょっ、マジで顔はやめ――っ!」
五条の懇願を無視し、私は軽く右のローキックを放つ。シュッ! という空気を裂く音。
「うおっぶな!?」
五条は生来の異常な反射神経だけで、ギリギリのところでローキックをバックステップで回避する。
さすがは天才。呪力がなくても基礎的な運動神経はズバ抜けている。だが、今の私はヘビー級の筋力を持ったプロ格闘家だ。ケージの端に追い詰める術など、いくらでも知っている。
「ほらほら、よけるだけじゃ勝てないぞ五条」
「クソッ! 当たるかよこんなの!」
私が放つキックの嵐を、五条は冷や汗を流しながら気合と反射神経だけで必死に避け続ける。しかし、金網という限られた空間では逃げ場はすぐに無くなる。
「悟、足元がお留守になっているよ。もっと顎を引いて」
見えない壁の向こう。観客席の最前列で、夏油がコーラをストローで啜りながら、テレビのスポーツ観戦のようなテンションで野次を飛ばしてきた。
「傑、お前見とらんと助けろやァァァッ!!」
「無理を言うな。この領域は完全なタイマン強制だ。私にはどうやっても手が出せない」
「ポップコーン食ってんじゃねぇぇ!! 硝子、お前もマジで手ぇ抜――ぐふぉっ!?」
五条が夏油にツッコミを入れたあの一瞬の隙。私が放った重い前蹴りが、五条の腹に深々と突き刺さった。
「あーあ。よそ見するから。タップという手があるよ、悟」
胃袋の空気を強制的に吐き出され、くの字に折れ曲がってうずくまる五条。私はその背中を見下ろしながら、日頃の鬱憤を晴らすため、無慈悲な追撃の踵を振り上げた。
――こうして。五条悟の『人生初のボコボコ敗北体験』という、私と夏油にとって最高に痛快な記録が、高専の歴史に深く刻まれたのだった。