練習試合から、数週間が経った。
悠朗は相変わらず、誰よりも早くグラウンドに来て、誰よりも遅くまで居残っていた。Aチームでの居残り練習は、低学年の頃よりもずっと本格的で、体力的にはきついものだったが、悠朗はそれを苦にする様子もなく、黙々とバットを振り続けていた。
「悠朗、まだやってんのか」
声をかけてきたのは、進藤だった。普段なら、先に着替えて帰ってしまうはずの進藤が、その日は珍しく、グラウンドの隅に残っていた。
「うん。……もう少しだけ」
「相変わらずだな、お前」
呆れたような口調だったが、以前のような突き放す響きはなかった。進藤はグラブを手に取ると、悠朗の隣まで歩いてきた。
「打撃はだいぶ様になってきたな。守備の方はどうなんだ」
「……あんまり、自信ない」
正直にそう答える悠朗に、進藤は少し意外そうな顔をした。
「珍しいな、お前がそういうこと言うの」
「打つのは、なんとなく分かる。守るのは、まだよく分かんない」
◆
進藤はそう言うと、外野の定位置に向かって歩き出した。
「じゃあ、ちょっと付き合え。フライ、上げてやる」
進藤はそう言うと、自らノックバットを手に取った。悠朗は言われるがまま、外野の守備位置についた。
「いいか、悠朗。大事なのは、打球が上がってからじゃない。**バットにボールが当たる瞬間**だ」
「……当たる瞬間?」
「そう。ボールが来るのをただ突っ立って待ってると、そこから動き出すのに一瞬遅れる。だから、当たる直前に、軽くこう——」
進藤は両足を軽く浮かせて、トン、と小さく着地して見せた。
「一回、軽くジャンプするみたいに、足を浮かせるんだ。そうすると、着地した反動で、どっちにでもすぐ動き出せる。突っ立ったままより、ずっと一歩目が速くなる」
悠朗は言われた通り、構えの中で軽く両足を浮かせてみた。ぎこちない動きだったが、確かに、地面についた瞬間、体が自然と前に出ようとする感覚があった。
「よし、その調子だ。じゃあ打つぞ」
かーん、と乾いた音を立てて、打球が上がる。悠朗は、ボールが上がる直前の一瞬に合わせて軽く跳び、着地の反動で体を打球方向へ向けた。
「そうだ、そのタイミング。頭で考えるより先に、足が動く感じだ」
何度も何度も、進藤はノックを打ち続けた。悠朗は汗だくになりながら、その一球一球を追いかけた。うまく捕れることもあれば、追いつけずに後逸することもあった。それでも、悠朗は途中で足を止めることはなかった。
「……お前、そういうところは、ほんと大したもんだよ」
一区切りついたところで、進藤がぽつりと呟いた。
「打っても守っても、絶対に諦めないよな」
「うん。……途中で投げ出すの、かっこよくないから」
短いその答えに、進藤は少し笑った。
◆
道具を片付けながら、進藤が不意に、独り言のように口を開いた。
「俺さ、今年で、この少年団最後なんだよな」
悠朗は手を止めて、進藤の方を見た。
「うん。知ってる」
「今までは、正直、それをあんまり意識してなかった。でも、最近になって、なんとなく——残り時間が、少ないんだなって、思うようになった」
進藤はそう言うと、少し照れくさそうに頭をかいた。
「柄でもねえこと言ったな。忘れろ」
「……忘れない」
悠朗は真っ直ぐに、そう答えた。
進藤は一瞬驚いた顔をしたが、それから、ふっと表情を緩めた。
「変なやつ」
「うん。……よく言われる」
その返答に、進藤は声を出して笑った。
◆
グラウンドを出る頃には、すっかり夕方になっていた。同じ帰り道の途中で、悠朗はBチームの練習を終えた大地と合流した。
「悠朗、今日も遅かったな」
「うん。進藤さんに、守備教えてもらってた」
「進藤さんって、Aチームの……」
「うん。今年で最後なんだって」
大地は少し驚いた顔をしてから、「そっか」と短く呟いた。
三人分——いや、進藤はもう別の方向へ帰っていったので、二人分の足音が、夕暮れの道に響いていた。悠朗の中には、今日の居残り練習で教わったことと、進藤がふと漏らした言葉の両方が、静かに残っていた。
まだ、うまく言葉にはできない。それでも、悠朗はその感触を、大切にしまっておきたいと思った。
(つづく)