準々決勝当日、球場に向かう道すがら、悠朗はこれまでの二試合を思い返していた。
初戦の緊張、二回戦の粘り合い。どちらも、終わってみれば大きな手応えが残る試合だった。だが今日の相手は、これまでの二チームほどの強さはないと、事前にコーチから聞かされていた。
「今日は、落ち着いていけそうだ」
隣を歩く先輩選手が、そう呟いた。悠朗は小さく頷きながらも、油断はしないようにと、自分に言い聞かせていた。
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試合は、Aチームのペースで進んだ。
一回表、先頭打者が四球を選ぶと、二番打者が送りバントで送り、一死二塁の好機を作る。三番打者の進藤が、初球を迷わず振り抜いた。
打球はセンター前へ弾き返され、二塁走者が生還。Aチームが幸先よく先制した。進藤自身は一塁に残ったが、四番・五番が続けて凡退し、この回は一点で終わった。
「よし、その調子だ!」
ベンチの空気は、これまでの二試合よりも、ずっと落ち着いていた。相手投手の球速は、初戦・二回戦の投手ほどではなく、Aチームの打線が着実に食らいついていく。
二回にも、六番・七番の連打で一点を追加。二対〇と、Aチームが着実にリードを広げていった。
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四回、Aチームはさらに加点した。先頭打者が四球を選び、続く打者もヒットでつなぎ、一死一・二塁の場面で、下位打線の打者がセンター前へタイムリーを放った。二塁走者がホームを踏み、一塁走者も三塁まで進んで、三対〇。
「今日は、いい流れだな」
ベンチで、進藤が満足そうに呟いた。悠朗はその隣で、静かに頷いた。
「うん。……でも、まだ油断できない」
「お、いいこと言うじゃねえか」
進藤がそう言って笑うと、悠朗も釣られるように、小さく口元を緩めた。
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五回、コーチがベンチの選手たちを見渡した。
「よし、ここからはメンバーを入れ替えていくぞ。悠朗、守備でライトに入れ」
一瞬、悠朗は驚いた顔をした。これまでの代打とは違う、初めての守備での途中出場だった。
「はい」
短く答えると、悠朗はグラブを手に、ベンチを飛び出した。守備位置につく前、悠朗は小さく一礼をした。誰に対してというわけでもない、いつも通りの所作だった。
外野の守備位置に立つと、これまでとは違う視点でグラウンドが見えた。試合の流れ、味方の守備位置、相手打者の癖——ベンチから見ていた時とは、感じ取れる情報の量が違った。
五回裏、相手チームの反撃が始まった。先頭打者の打球が、悠朗の守るライト方向へ緩やかに上がる。
その瞬間、悠朗の体は、あの日進藤から教わった通りに動いていた。打者がバットを振り抜く直前、軽く両足を浮かせ、着地の反動で一歩目を踏み出す。落下点を見極め、迷わず前へ詰めた。
グラブに、確かな感触が収まった。
「ナイスキャッチ!」
ベンチから声が上がる。悠朗は小さく息を吐き、次の打者への準備に集中し直した。
その後、相手チームは一点を返したが、三対一のまま、試合は終盤へと進んでいった。
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六回表、Aチームの攻撃。守備からそのまま出場を続けていた悠朗にも、打席が回ってきた。
打席の手前で足を止め、深く、静かに一礼をする。
相手投手は、疲れが見え始めていた。一球目、真ん中付近の甘い速球。悠朗は迷わずバットを振り抜いた。
小気味いい音が響いて、打球はライト線を破っていった。二塁打だった。
「よし、いいぞ!」
ベンチが沸き立つ中、悠朗は二塁ベース上で、静かに息を整えた。派手なガッツポーズはしなかったが、口元にはっきりとした喜びが浮かんでいた。守備でも打撃でも結果を出せたことに、これまでとは違う種類の手応えを感じていた。
続く打者のタイムリーで、悠朗はホームを踏んだ。四対一。試合の大勢は、完全に決していた。
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六回裏、Aチームの投手陣が最後の守りを締めくくり、試合終了。
四対一、Aチームの快勝だった。
◆
試合後、進藤が悠朗のもとへやってきた。
「悠朗、今日は守備も打撃も、両方いいとこ見せたな」
「うん。……守備で出たの、初めてだった」
「緊張したか?」
「ちょっとだけ。でも、教わったこと、ちゃんとできた」
「あのライトのキャッチ、良かったぞ。俺が教えたこと、しっかり身についてるじゃねえか」
進藤はそう言うと、満足そうに頷いた。
近くにいたコーチも、悠朗の肩を軽く叩いた。
「悠朗、今日は守備でも打撃でも、しっかり結果出したな。お前の使い道が、また一つ増えた」
「はい。……ありがとうございます」
短いやり取りだったが、悠朗の中には、これまでとは違う手応えが、確かに積み重なっていた。代打だけでなく、守備でもチームの役に立てる——その実感は、悠朗にとって、また一つ新しい自信になっていった。
◆
帰りのバスの中、悠朗は今日一日の出来事を、静かに振り返っていた。守備での初めての途中出場、あの一球を捕った瞬間の感触、そして打席での二塁打。どれも、これまでの積み重ねが、少しずつ形になってきている証だった。
家に帰ると、悠朗はいつものように道具の手入れを始めた。今日一日、グラウンドで使い続けたグラブとバット、その両方を、丁寧に確かめていく。
「今日はどうだった?」
夕食の席で、父親が尋ねてきた。
「勝った。……守備でも、打席でも、出た」
「両方か。すごいな」
「うん。……まだ、もっとできると思う」
その言葉に、父親と母親は、顔を見合わせて微笑んだ。
大会は、まだ続く。準々決勝を突破し、次はいよいよ準決勝——悠朗の中には、これまでにない確かな充実感が、静かに広がっていた。
(つづく)