準決勝は、これまでの三試合とは異なる形で決着した。
この日、目立ったのはAチームの投手陣だった。先発投手が立ち上がりから低めに球を集め、相手打線をゴロの山に打ち取っていく。二回、三回と、相手にヒットらしいヒットを許さないまま、試合は淡々と進んだ。
打線も、四回に犠牲フライで一点、五回には相手守備の乱れに乗じて二点を追加。悠朗はこの試合、出番こそなかったが、ベンチから味方投手の投球を食い入るように見つめ、その制球の精度を目に焼き付けていた。
先発投手は五回を無失点に抑え、六回からは別の投手が締めくくり、六対一で試合を終えた。
「これで決勝だ」
試合後、進藤がそう呟いた声には、これまでとは違う重みがあった。
◆
決勝の相手は、大会を通じて一度も苦戦していないという、今大会屈指の強豪だった。
「あそこは、去年も一昨年も、優勝候補の常連なんだ」
Aチームのコーチがそう説明すると、選手たちの間に、これまで以上の緊張感が広がった。
決勝当日、球場には多くの保護者や関係者が詰めかけていた。悠朗も、これまでにない数の視線を感じながら、いつも通り道具袋の中身を確認していた。
Aチームのベンチでは、進藤が円陣の中心に立っていた。
「今日で、俺たち六年生の少年団生活は終わる。悔いのないように、全部出し切ろう」
その声は、いつもよりずっと静かで、それでいて、これまでで一番力強く響いた。
「おう!!」
六年生たちの声が揃う。悠朗もその輪の中で、誰よりも強く拳を握りしめていた。
◆
試合は、初回から緊迫した展開になった。
相手の先発投手は、これまで対戦してきたどの投手よりも、速球のスピードとコントロールが際立っていた。Aチームの上位打線も、なかなか手が出ない。
一方、Aチームの投手陣も踏ん張りを見せた。二回、相手打線に一死満塁のピンチを作られたが、後続を併殺打に打ち取り、無失点で切り抜けた。
三回表、Aチームにもわずかなチャンスが訪れた。二死から先頭打者が四球を選ぶと、続く打者がヒットでつなぎ、二死一・二塁の場面で、打席には進藤が入った。
進藤は、いつものように軽くバットを二度素振りしてから構えた。
一球目、外角低めの厳しいコース。進藤のバットが鋭く反応し、打球はセンター前へ抜けていった。二塁走者が生還し、Aチームが先制する。一塁走者も三塁まで進んだが、続く打者が凡退し、追加点は奪えなかった。
一対〇。ベンチが沸き立つ中、進藤は一塁ベース上で、小さくガッツポーズをした。
◆
だが、相手チームも黙ってはいなかった。四回裏、先頭打者の長打を皮切りに、着実に走者を進め、犠牲フライで同点に追いつく。
「切り替えろ、まだこれからだ!」
進藤の声がベンチに響いた。だが、その声には、これまでの試合とは違う、切迫したものが滲んでいた。
一対一のまま、試合は五回に突入した。
◆
五回表、Aチームの攻撃。二死走者なしの場面で、コーチがベンチを見渡した。
「悠朗、代打だ」
短くそう告げられ、悠朗の心臓が、いつもより速く、大きく動いた。これまでの試合とは比べ物にならないほどの緊張感が、体の内側から込み上げてくる。
「はい」
ヘルメットをかぶり、バットケースから自分のバットを取り出す。グリップの汚れを丁寧に拭き取ってから、打席へと向かった。
打席に入る前、相手ベンチから、守備位置を指示する声が飛んだ。
「あの八番、まだパワーはない。外野の頭は絶対に越えない。内野を締めて、間を抜かせるな!」
その声に、悠朗は思わず耳を疑った。相手コーチの声は、はっきりと聞こえるほど大きかった。
内野の守備位置が、じわりと動いた。三塁手、遊撃手、二塁手が、それぞれいつもより一歩ずつ、間を締めるように寄っていく。深さも、心持ち深めに構え直していた。極めつけは外野だった。右翼手が、内野と外野の中間あたりまで大きく前進し、ほとんど五人目の内野手のような位置に構えている。中堅手と左翼手も、定位置よりわずかに前へ詰めていた。悠朗の打球が頭を越えるほどの飛距離はないと、完全に見透かされていた。
(……見られてる)
これまでの試合で見せてきた、内野の間を抜くという結果の出し方が、この決勝の舞台では、すでに研究し尽くされていた。悠朗の中に、これまで感じたことのない種類の焦りが広がった。
打席の手前で足を止め、深く、静かに一礼をする。
マウンドの投手と、悠朗の視線が、一瞬だけ交わった。相手投手の目には、これまで対戦してきたどの投手にもなかった、静かな闘志が宿っていた。
一球目、内角の速球。悠朗は反応したが、わずかに差し込まれ、ファウルにした。
二球目、外角低め。悠朗は見送った。ボールの判定。
三球目——投手が選んだのは、真ん中からわずかに外へ逃げる速球だった。
悠朗のバットが、短く持ったグリップのまま、鋭く振り抜かれる。
小気味いい音が響いて、打球は三遊間へと転がっていった。だが、そこにはすでに、深く守っていた遊撃手が待ち構えていた。
「アウト!」
一塁への送球は、悠朗のわずか一歩前で間に合った。
ベンチに戻る悠朗の足取りは、これまでの試合とは違っていた。バットに当てる感触はあった。狙い通りの方向にも運べた。それでも、結果は出なかった。
(……同じことをしてても、通用しない)
これまで積み上げてきたものが、決勝の舞台で、真っ向から見透かされた。悠朗にとって、それは初めて味わう種類の壁だった。
(つづく)