三振をしたあの日から、悠朗の素振りの数が、少しだけ増えた。
誰かに言われたわけではない。ただ、あの日感じた「間に合わなかった」という感覚が、体のどこかにずっと引っかかっていた。夕食を終えたあと、悠朗は毎晩、庭先でバットを振った。
「悠朗、もう暗いから、続きは明日にしなさい」
母親にそう声をかけられても、悠朗はもう少しだけ、と言って素振りをやめなかった。
◆
週末の練習で、悠朗はBチームのコーチである笹本に、思い切って聞いてみた。
「笹本コーチ、速い球、うまく打つには、どうしたらいい?」
笹本は少し考えてから、悠朗の手元に目をやった。
「悠朗は今、バットのどのへんを持ってる?」
「……ここらへん」
グリップの一番下を握って見せる悠朗に、笹本は頷いた。
「速い球に差し込まれる時は、バットを短く持ってみるといい。ちょっとだけ、こう——」
笹本はバットを手に取ると、グリップより少し上を握って構えて見せた。
「短く持つと、その分バットが軽く感じる。軽いと、腕の振りが速くなる。速い球にも、ぎりぎり間に合うようになるんだ」
悠朗は言われた通り、バットを少し短く持ち直してみた。確かに、いつもより軽く感じる。
「これで、振ってみていい?」
「おう、やってみな」
素振りを始めた悠朗の振りは、心なしか、いつもより鋭くなっていた気がした。うまく言葉にはできなかったが、体の感覚として、何かが変わった。
◆
同じ頃、大地は悠朗の隣で、黙々とティーバッティングを繰り返していた。まだお世辞にもうまいとは言えない大地だったが、この頃は素振りの回数だけは誰にも負けないくらい多くなっていた。
「悠朗、俺もバット短く持ってみようかな」
「うん、いいと思う」
「お前がやってるの見てたら、なんか、俺もできそうな気がしてきた」
大地は照れくさそうに笑いながら、悠朗の真似をしてグリップを短く持ち直した。二人並んで素振りをする様子を、笹本コーチは少し離れたところから眺めていた。
(あの二人、悪くない組み合わせだな)
口には出さなかったが、笹本はそんなことを思いながら、練習メニューを次に進める合図を出した。
◆
家に帰る道すがら、悠朗は父親に、短く持つコツを教わったことを話した。
「ふうん。それで、感覚は変わったか?」
「ちょっとだけ、軽くなった」
「ちょっとだけでも、変わったならいいことだ」
父親はそう言うと、悠朗の頭を軽くぽんと叩いた。
「一気に全部うまくなろうとしなくていい。ちょっとずつでいいんだ」
悠朗は父親の言葉を、頭の中で何度か繰り返した。ちょっとずつ。それなら、自分にもできそうな気がした。
その夜も、悠朗はいつも通り庭先でバットを振った。短く持ったグリップの感触は、まだ完全には馴染んでいなかった。だが、その感触を確かめるように、悠朗は何度も何度も、同じ素振りを繰り返した。
三振したあの日の悔しさは、まだ悠朗の中に残っていた。けれど、それは重荷ではなく、次の一振りへ向かうための、静かな燃料になっていた。
(つづく)