Aチームでの練習が始まって、二週間が経った。
体格差は、悠朗が思っていた以上に大きな壁だった。同じ三年生とはいえ、Aチームは五年生・六年生が中心のチームだ。ボールを投げる腕の長さも、バットを振る力も、悠朗とは根本的に違っていた。
「悠朗、今日はバッティングピッチャーやってもらうから」
Aチームのコーチにそう言われて、悠朗はマウンドに立った。五年生・六年生相手に投げるのは、まだ体力的にも技術的にも簡単なことではなかった。何球か続けて、コントロールが定まらない。
「おいおい、しっかり投げろよ」
打席に立っていた六年生の一人が、少し苛立った様子で声を上げた。悠朗は小さく頭を下げた。
「すみません」
謝りながらも、悠朗の中には焦りよりも、冷静な観察があった。(腕の力だけじゃ、この人たちには追いつけない。じゃあ、何が足りないんだろう)
◆
Aチームには、悠朗と同じ外野の守備位置を争う、六年生の選手がいた。名前を進藤といい、チームの中心打者の一人だった。最高学年の彼にとって、これが少年団で過ごす最後の一年になる。
進藤は、最初のうち、悠朗にほとんど関心を示さなかった。
「まだ三年生だろ。特別扱いされてるだけで、そのうち化けの皮が剥がれるさ」
そんな声が、悠朗の耳にも間接的に届いていた。悠朗はそれを気にする様子もなく、いつも通り、道具の手入れを丁寧に続けていた。
進藤がそう言い放つ裏には、悠朗にはまだ知る由もない事情があった。進藤自身、外野のポジションを争う立場であり、なおかつ、これが最後の一年だという焦りを抱えていた。学年も体格も自分よりずっと下の子どもが、いきなり同じ土俵に立たされる——それを素直に歓迎できるほど、進藤の中に余裕があるわけではなかった。
ある日の練習後、進藤が偶然、悠朗のすぐそばで自分のグラブを片付けていた。悠朗はグラブの土を払い、型崩れしないように整えてから、道具袋にしまう。その一連の動きに、迷いも雑さもなかった。
「……お前、いつもそうやって道具扱ってんの?」
進藤が、思わずといった様子で声をかけてきた。
「うん。大事な道具だから」
短くそう答える悠朗に、進藤は少し意外そうな顔をした。
「ふうん。まあ、道具を大事にするだけじゃ、試合には勝てねえけどな」
そう言い残すと、進藤はそのまま自分の道具袋を持って、さっさとベンチを後にした。素っ気ない態度は変わらなかったが、その日以降、進藤が悠朗を頭ごなしに無視することは、少しだけ減ったように感じられた。
◆
数日後の紅白戦で、悠朗に初めて打席が回ってきた。相手は、Aチームのエース格の投手。球速も、これまで悠朗が対戦してきたどの投手よりも速かった。
一球目、悠朗のバットは反応できず、空を切った。
「やっぱりまだ早いんじゃ……」
ベンチから、そんな声も聞こえてきた。悠朗は構わず、バットのグリップを短く持ち直した。あの日、笹本コーチに教わったやり方だった。
二球目、三球目と、悠朗はなんとかファウルで粘った。バットに当てることはできる。だが、力負けして、フェアグラウンドに強い打球を飛ばすところまでは、まだ届かない。
結局、最後は詰まった当たりの一塁ゴロに終わった。派手な結果ではなかった。それでも、進藤はベンチでその打席を、少しの間だけ黙って見ていた。
「……まだまだだな」
進藤はそれだけ呟くと、興味を失ったように視線を逸らした。それでも、その言葉には、以前のような突き放すような響きは、わずかに薄れていた。
◆
練習が終わった帰り道、途中でBチームの練習を終えた大地とすれ違った。
「悠朗、Aチームどうだ?」
「……ぜんぜん敵わない」
「そっか。俺は俺で、Bチームのレギュラー目指すわ」
大地はそう言うと、軽く手を振って先に帰っていった。それぞれの場所で、それぞれのペースで前に進んでいる。それだけのことだったが、悠朗にとっては、何となく心強い一言だった。
その後、悠朗は父親に、今日あったことを話した。
「Aチーム、体が全然追いつかない」
「そうか。悔しいか?」
「うん。でも、なんか……前よりは、当たった気がする」
父親は少し笑って、悠朗の頭に手を置いた。
「体格差は、時間が解決してくれる部分もある。でも、それを待つ間に、お前にしかできないことを積み重ねておけばいい」
「お前にしかできないこと?」
「道具を大事にすること。誰よりも早くグラウンドに来ること。今日みたいに、食らいつくのをやめないこと。そういうのは、体の大きさに関係ないだろう」
悠朗はしばらく黙って、その言葉を頭の中で繰り返した。体格差という壁は、すぐには埋まらない。それでも、自分にできることは、ちゃんとあった。
その夜も、悠朗は庭先でバットを振り続けた。まだ小さな体に、まだ大きすぎるバット。それでも、悠朗はその重みを、嫌いにはなれなかった。
(つづく)