□〈旧レーヴ果樹園〉 ノーランド・バーノルン
走る、走る…。
ひたすらに、後ろを向かずに。
たまに潜み……すぐにバレ、また逃げる。
腕の中には“十歳前後の金髪の少女”を抱え、飛び回る蜂型モンスターから、逃げ続ける。
が、さすがに引き連れすぎた。
少女を茂みに隠し、少しずつ、デカ蜂を倒していく。
否、倒すと言うより、羽なんかを集中的に攻撃して、一時的に追えなくさせているだけだ。
真の意味では倒せていないため、気休め程度でしかない。
「きゃあ!」
そして蜂どもに気を取られている内に、デカい蟻型のモンスターが顎をギチギチと鳴らし、少女の側へと近づいていく。
「こっちを見ろ…!」
道中買っておいた投げナイフを当ててみるが、刺さりはしない。
その代わりヘイトは俺の方に向いてくれたのでヨシとする。
一体なぜこうなってしまったのか…
話は、数分前から始まる。
◇
遡ること数分前。
〈旧レーヴ果樹園〉へと足を踏み入れた俺は、すぐさまこのダンジョンの異常さに気づく。
「敵…強すぎん?」
いくら何でも強すぎる、それに初心者が対応できる量ではない。
南門の近くに位置して初心者用な顔をしながら、蓋を開けてみれば完全に上級者用の森林ダンジョン。
印象詐欺もいいところだ。
アイツ、それでここに誘いやがったな?
少し不満を漏らすが、そんなことをしていても仕方がないため、息を殺して森を探索していく。
「…アレ殺れそうだなぁ」
発見したのは、見るからに弱った蟲型のモンスター。
姿はカブトムシのような…分からないが、何か争いに負けて逃げてきたった感じだ。
様子を見てみるが、近くにも、他に敵がいる感じはしない。
おとりか何かか?……その線も考えたが、それにしては弱りすぎている。
「…っりゃ!」
崩れかけた右側の羽めがけて後ろから襲いかかる。
疲労で油断していたのか、蟲モンスターは対応できずに、無抵抗のまま羽を壊される。
そして壊された羽の方向に傾きながら落ちていき、飛べなくなる。
「もうっ…いっちょ」
硬い羽が壊れて晒された、柔らかい内側の肉に向けてメイスを思いっきり振り下ろす。
「…!」
モンスターは声にならない悲鳴を上げ、その後数回の打撃をもろに食らってしまい、そのまま絶命した。
そしてそれと同時にレベルが上がり、スキルを取得したという電子的な通知が頭に響いてきた。
「《鎚技能》と《鎚強化》か…」
なんてドンピシャなスキルだろう。
正直、今のステータスじゃ焼け石に水程度の効果でしかないが、今後役に立つだろうし有り難く使っていこう。
…レベルも上がった、スキルも取得して、そこそこの素材も手に入った。
だが、肝心のエンブリオは目を覚まさない。
何か、何か必要なのだろう。
経験か、意志か、それとも……ん?
おかしい、モンスターがいない。
さっきまでなら、そろそろ視界の先に一匹ぐらい見えてもいい頃だが、見渡してもいる感じも音もしない。
いや違う。
何かは感じる、なんだこの匂い……この先か?
「…ん?」
「あっ…」
不思議な匂いを辿っていくと、そこには、この場所に似つかわしくない容姿の整った少女が、お香のようなものを持って草むらの陰で身を縮めていた。
…これはなんか厄介事か…?
「あ〜……お嬢ちゃん?こんなところで何をしてるんだい?」
しまった。
あまりに予想外の出来事に気が動転しすぎた。
なんだよ、お嬢ちゃん?って。
胡散臭いったらありゃしない。
「…その…レムの実を、とりにきたの」
余程追い詰められた状況だったのだろう。
そんな怪しさ満載な俺に対し、そうして少女、もといミリアーヌちゃんはポツポツと経緯を説明してくれた。
レムの実。この辺りの特産品である高級果物だ。
ミリアーヌちゃんは、そんなレムの実を使ったケーキを、今日が誕生日だという姉に作ってあげようとしていたそうだ。
しかしなぜか市場に行ってもレムの実はなく、落胆していたところを“メガネをかけたお兄さん”に、〈果樹園〉に行けばレムの実がある。などと唆されてここまで来てしまったらしい。
そして【虫除けのお香】を持って来たはいいが、道に迷い、挙句【お香】の効果も薄れてきて絶賛大ピンチだったというわけだ。
そして話している間にも【お香】が効果が切れ、その反動かのように虫たちが大量に襲いかかってきたのだった…
そのまま、あれよあれよと逃げ出したわけで…
◇
(間に合わない…!)
そう思考が浮かんだと同時に、左から右へ強風が吹いた。
一瞬、幻覚でも見たのかと思ったその一瞬で、蟻どもは誰かの手により瞬時にして切り刻まれたのだった。
呆気に取られた俺は、ゆっくりと風が吹いていった右側へと視線を移す。
そこにいたのは、姫騎士…とでも表現できそうな美しい女性であった。
そして彼女は左腕にミリアーヌを抱え、右手に握りしめた剣には、蟻の血か体液であろう液体で汚れていたのだった。
休まず走ってきたのだろう。
額には大粒の汗で濡れており、こんな時に言ってはなんだが、抱えられたミリアーヌと騎士の立ち姿は、まるで物語の一枚絵のようであった。
「…はっ!」
そこでやっと我に返る。
多分。いやほぼ確定だろうが、この姫騎士さんこそがミリアーヌちゃんが言っていたお姉さんなのだろう。
十中八九、ミリアーヌを探しに来たのだろう。
「あの…一応聞きますが、貴方は味方、で良いのでしょうか?」
「あっはい!味方です!プレイヤー…じゃなくて〈マスター〉の、ノーランドと言います」
「…とのことですがミリア、この人の言ってることは本当?」
「うん。さっき森で会って…たすけてくれたの」
「そう…ありがとうございます。本当なら、ゆっくりとお礼がしたいところなのですが…ッ!」
言い終わる前に、また森の奥から虫が這い出てくる。
お姉さんがミリアーヌを守りながら近づいてくる虫をどんどん斬り刻んでいき、俺も彼女の死角で盾になるように虫を吹き飛ばして凌いでいく。
しかし、妹を守りながら戦っているため、素人の俺から見ても動きが先ほどの剣戟よりも鈍くなっていた。
「…あの!ミリアーヌのお姉さん?!」
「リリアーナです!」
「リリアーナさん!このままじゃジリ貧だ!貴方が許可してくれるなら、俺が妹さんを抱えて走る!そしたら貴方は戦いに集中できる!」
「…!」
これは賭けだ。
ミリアーヌが俺を味方だと弁明してくれてはいても、今日さっき会ったばかりの男に妹を抱きかかえさせるのは、さすがに無理があるだろう。
だが俺は初心者、十分な戦力とは到底言えない。
リリアーナさんも妹を側に置いて守りながらでは、妹を押し倒したりしないように意識を割かれながら戦うため、十分な実力を発揮できない。
ならどうするか。
彼女が十全に戦える方が生存率は上がる。
「…分かりました。では、そのようにお願いします…」
「…はい、任せて下さい」
これは、妹には手を出さないで下さい。って意味も少なからずあるだろう。
まぁこんな状況じゃ何もできないし、する気もない。
【クエスト【救助 ー ミリアーヌ・グランドリア 難易度:五】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
【NPCがパーティに参加します】
【リリアーナ・グランドリアが加入しました】
【ミリアーヌ・グランドリアが加入しました】
あとは出口へ向かって走るのみだ。
どこまで主人公を強くするか悩みどころ