いつか地獄に堕ちるとしても   作: 燃える空の色

1 / 4
第0話 プロローグ

 

□20??年?月?日 ???

 

 

 背中から倒れ込んでいたその男は、不意に天を見あげた。

 それはどこまでも続く、青くて、自由で、何よりも美しい青空(そら)

 自然と伸ばした短い手は、けれども自然に空を切る。

 目に映るほどに近いのに、決して届かないほどに遠い。

 揺蕩う雲ですらそうなのだから、あの青い空は、どれだけ遠くにあるというのだろうか。

 

 

 次いで、ずぅん、と腹の底まで揺らす音が響いた。

 同時に空が大きく揺れて、汚い黒煙が青空を遮る。

 美しいキャンバスに泥水をかけるような暴挙に、男は眉を顰めて、沈む身体を無理やりに起こした。

 

 

 

 ゆっくりと首を巡らせ、男は息を飲む。

 

 

 

 止むことのない爆音。銃声。悲鳴。

 絶えることのない爆炎。怒号。硝煙。

 

 

 火、火、火。 

 血、血、血。

 視界の全てを埋め尽くす、土気の混じった赤の色。

 

 

 

 穢れている。

 それは汚く匂いを伴った、尊くあった命の跡であり、愚かしさの示唆であり、過ちの証拠であり、鮮明に、苛烈に色を放つだけのもの。

 

 

 

 あぁ、そうだ。

 ここは、この世で最も醜い場所なのだった。

 

 

 この世に地獄があるとすれば、きっとここに違いない。そうでなければ、一体何だと言うのだろうか。

 これ以上に酷い場所など、有っていいわけが無いだろうに。

 

 

 重たい体を動かして、男は歩く。進み続ける。藻掻いて、足掻いて、探し続ける。

 

 

 千の歩みを進めた先に。

 小高い丘を超えた先に。

 長閑であったはずのその場所に。

 

 

 ただひたすらに、赤があった。

 無惨に広がる、赤の海。

 その上には、見知ったはずの小さな影たちが浮かんでいて。

 その姿はどこまでも頼りなくて、情けない。

 ゆっくりと手を伸ばして、か細く声を届けてみるが、返ってくることはなく。

 か細く、短い腕をそっと戻して、震える視界を塞ぎ込んだ。

 

 

 

 ここは地獄だ。

 この世の何より汚い場所だ。

 

 

 であれば、自分はなんの罪を犯したのだろうか。

 あの子たちは、一体何をしたというのだろうか。

 地獄の主に尋ねてみようにも、沙汰は一向に下されない。

 

 下唇を噛み締め、力任せに地面を抓るが、返ってくるのは痛みと小さな不快感だけで、とても罰と言うにはくだらない。

 

 

 

 ばたっ、ともう一度体を倒して、男はゆっくり瞼を閉じた。

 きっとまた、自分は取り残されてしまうのだろうと、深くため息をついて。

 

 

 

 

 

 地獄の沙汰は、未だ下されぬまま。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

――<Infinite Dendrogram>とは。

 

 突如、発売と同時に世間にその存在を表し、有り得ざる夢を示した不可解な、フルダイブ型VRMMOゲームの名である。

 それは世界中のネット・メディアにて広告され、荒唐無稽の夢を世間へと表明した。

 広告にて示された四つの夢。

 それは人々がかつて焦がれた果実であり、そして届くことなく果てた希望。

 「有り得ない」と、そう断じてなおも、可能性を追い求めてしまうだけのもの。

 

 

 

 それは人々が求め、届かなかった全ての夢を…次の世界<NEXT World>を彷彿とさせた。

 けれどそれが指し示すのは、夢は夢のままに終わるであろうという事実。

 かつて夢のゲームを唄い、世に出されたゲームたちと同様の結末を辿るのだろう、と。

 

 

 かつて夢を追い、泣きを見た多くの者が挑戦者たちを嘲笑い、誰もがその結末が落胆であると疑わなかった。

 けれど、挑戦者たちを迎えた現実は、まさに「夢」のような世界であった。

 

 彼らにとっての現実と、まるで相違のない五感。

 人間と、自分たちマスターと区別がほとんどつかないNPC<ティアン>。

 プレイヤーひとりひとりに与えられた、唯一無二にして、<Infinite Dendrogram>の象徴である、無限の可能性―――<エンブリオ>。

 

 それらはまさに、現代、近現代の人類が追い求めてきた夢そのものだった。

 

 

 …発売発表と同時に世界中のゲームショップの店頭に売られるようになったこのゲームは、暫くの内に広まった評判と共に店頭から姿を消すこととなる。

 それによって、遅れて評判を聞きつけたゲーマーたちや、かつて見た夢を求めた人達は阿鼻叫喚をあげる事となった。

 けれど、<Infinite Dendrogram>を遊ぶ無数のプレイヤー……<マスター>の中には、自らの意思で<Infinite Dendrogram>を始めたわけではない者もいた。

 彼らは皆、<Infinite Dendrogram>の開発責任者と名乗る男――ルイス・キャロルによる勧誘を受けたものたちだ。

 

 彼らは一様に特殊な環境に身を置き、大抵、普通の人間とは程遠い存在であった。

 それは例えば「宇宙人」であったり「妖怪」であったり……

 

 

培養液に浮かぶ脳だけの「人間」であったり。

 

火星に一人取り残された「少女」であったり。

 

 

 大きな括りで人ではあれど、他に類似しない特徴を持つ彼らは、その特異性から可能性を見込まれて、<Infinite Dendrogram>へと足を踏み入れることとなった。

 

 これはそんな、ルイス・キャロルに選ばれた数多くのひとりにすぎない男の。

 ただ絶望的なまでに悪運が良いだけの、そんな「一般人」の物語。

 

 

To be continued.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。