理由を探していた。
ただ彷徨っていた。何を求めているのか、心の奥底ではとうに理解していたが、その危うい答えを行動に移す勇気を持てずにいた。
方法はなんでも良かった。私の存在が消えてしまったところで、悲しむ人なんて居ないはずだ。つまりは元より存在していないも同然なのだ。
環境、待遇、性根。その全てが私に牙を向け続けていた。今更足掻いたところでもう手遅れだった。配られたカードが最弱の手であったとして、チップがなければ勝負に出ることすら叶わない。
淡い希望に縋ったことも何度かある。しかし丁寧にその全ては摘み取られ、一つ、また一つと無くなっていった。
もはや絶望するほどの気力もない。結局、最初から私は底にいたのだ。私自身に価値などまるで見いだせなかった。
だからそう、私の前を気ままに歩く猫の方が私よりずっと尊い存在なのだ。
……うにゃ、なんか頭痛えにゃ。ポカポカ陽気に誘われて、いつの間にかうたた寝してたみたい。おはようございます、クロです。かわいすぎ注意報発令中のネコちゃんです。すっごい嫌な夢を見てた気がするけど全然内容が思い出せない。まあきっと先生に吸われておへそがおっきくなっちゃう夢とかでしょ。いやー、覚えてなくてよかった。
今日のシャーレは先生不在。朝からお仕事でどこかの学校へ向かいました。ご苦労なことでごぜーます。先生がいないと当番さんも居ないからなぁ。クロちゃん暇ですわよ。
こんな時は、自由気ままなネコちゃんらしくシャーレを探検でもしましょうかね。多少部屋を荒らしたところであのネコ狂いが文句言うこともないでしょ。そうね、とりあえず奴のデスクでも漁ってみるとしますか。
デスクの上でくつろいだりしたことはあるけど、引き出しの中とか見たことないんだよなぁ。先生。このキヴォトスで唯一の大人だ。なんか変なもん持ってたりするんじゃないかにゃあ。例えばHな本とか背徳的なグッズとか。*1折角だからこれを機に弱みを握って、ちゅーるの本数増やしてもらおう。一日一本じゃとても満足できないのだ。私は草彅くんじゃない。*2
そんな打算の元、私はデスクの一番下の引き出しの取っ手に前脚を掛ける。うぬぬ、お、開いた。鍵とか掛けてないんだ。不用心ですなぁ。
引き出しいっぱい、ミッチミチに写真が詰まっている。
被写体は全て私である。
そっと引き出しを閉じた。
……私は何も見てません。デカめの引き出しいっぱいに詰まっているおそらく数千枚の私の写真なんか見てません。生徒に撫でられて蕩けている私の写真が多かったような気がするけど気のせいでしょ。ヨダレみたいな液体で滲んでた写真もあったような気もするけどよく分かんない。ネコなので。
気を取り直してデスク周りの探索をしてみよう。引き出し? 知らない子ですね。機密情報とか入ってるかもしれないし、あんまり覗き見るのは良くないよね。うん。
デスクの下に潜る。やたらここに入り込んで先生に構ってもらう子もいるし、もしかしたら何かしらの魅力があるのかも。
……うーん、まあ落ち着くっちゃ落ち着くけど、ヒトの身体でピッタリ収まるくらいのスペース。ネコにとってはちょっと広すぎるかな。ん? デスクの裏になんかガムテープで貼り付けてある。ちっちゃな機械っぽいもの? なんだろ。えい! ネコパンチで留めてある謎の機械らしきものを落としてみる。
平べったい円形のちっちゃな機械。なんかマイクみたいのが付いてる。これあれじゃん。警察24時でみたことある。
盗聴器じゃね? え? これ盗聴器だよね?
……うん、私は何も見てません。その後シャーレオフィスの中を小さなネコの身体でくまなく三十分ほど搜索したところ、同じ機械を十数個見つけましたが全て見ていません。シャワールームや先生がいつも使ってるトイレにも設置されていましたが知りません。全て先生の生活の導線に沿って設置されてましたが何も分かりません。ネコなので。
……先生のプライベートを探るのは良くないと思う。
そうだ! 私のプライベートプレイスを探しに行こう。先生に見つからずにくつろげる、私だけの秘密基地。うん、とても魅力的じゃないか。
そうなると人間が簡単に入れない場所がいいな。んー、候補としては狭いとことか暗いとことか? なんかいいとこないかなぁ。
あ、そういえばあのオフィスの端っこにあるゴミ箱。あそこ、何故か誰もゴミ捨ててないんだよね。デスクの近くにもゴミ箱あるし、なんであそこに置いてるんだろ。廃棄予定だったりするのかな? 貼ってあるラベルも銃とか弾とか、多分燃えないゴミだと思うし臭いもしないんじゃない? 捨て口もネコなら入れそうなサイズだし、中々に良いかもしれない。
ゴミ箱によじ登って蓋を開けてみる。
「ひぅ……」
ぱたり。蓋を閉める。
……えぇ、何も見てませんよ? ゴミ箱の中に女の子がいた気がするけど気のせいでしょ。そんなわけないよね。念の為、念の為もう一回見てみようかしら。えいっ。
「……こ、こんにちは?」
ぱたり。
……いやぁ、クロちゃん疲れてるみたい。幻覚が見えたわ。とりあえずこのゴミ箱はやめておこう。ゴミ箱だしね。中に入るもんじゃないよ。うんうん。
さて、それじゃあ私のゆっくりプレイスを探すとしようかしら。このオフィスの中は得体のしれない恐怖で埋め尽くされている気がする。何か見つけたわけじゃないけどね。なんかそんな雰囲気がする。
そういえば天井にあるあのダクト、どこに繋がってるんだろう。排気のやつだとは思うんだけど、点検口がいつも開いてるんだよね。キャットタワーの一番上からジャンプすれば入れると思う。排気ダクトの中なんて中々魅力的じゃない? ネコにとってはそんなに狭くないだろうし、夜目が効くから暗くても問題ない。もしネズミとかの原住民*3がいたとしても逃げ出すでしょ。ネコだからね。ネコに勝てるネズミはカートゥーンアニメの中にしか存在しないのだ。
そうと決まればれっつらごー! キャットタワーを登り、少し離れた点検口へ向かってジャンプ。見事に飛び移りました。さすがの身のこなし。山田さん見てるー? 黒虎にスカウトされちゃうかも。*4
暗いダクトの中を進む。ネコちゃんだから真っ暗でも大丈夫だと思ったけど、所々隙間から光が漏れている。意外と明るいね。お、このへん先生のデスクの近くだ。……ん? 先が塞がってる? 壁? 違うな。ん、これもしかして人じゃ……。
「あら、ご機嫌よう」
あ、こんにちは。
……じゃないわ! あなたなんでこんなとこいるの!? 全身真っ白のネコ耳さん。何やら目元に仮面をつけてらっしゃるけど、怪しさ満点ちょー怖い。こんなとこで出会わなければとても優雅な印象を受けたんだろうなぁ。とりあえず、ダクトの中には先客が居ました。では、私はこれで。失礼いたしました。事を荒立てずに後ずさりしようとしたところ……
「クロさん、ですよね? 私がここに居ること、先生には内緒ですよ?」
こくこく。絶対言いません。笑顔がとっても怖い。恐怖のあまり頷くことしかできないが、どうやら納得してくれたようである。私は急いで踵を返し、ダクトから脱出したのでした。
日も暮れてきたころ、先生が帰ってきた。道中戦闘にでも巻き込まれたのか、スーツが煤にまみれている。疲れた表情を浮かべたまま上着を脱ぎ、デスクに座って書類仕事を始める。
私は先生の元へ向かい、そのまま膝へ飛び乗る。にゃあ。撫でてもいいよ。先生の膝上で丸まって頭を垂れる。
「クロ……!? クロが自分から来てくれた……!」
先生にされるがまま撫で回される。いやぁ、あんたも中々苦労してるね。私の存在がちょっとした癒しになるなら、好きなだけ撫でるがいいさ。引き出しの中の写真については今度こっそりユウカちゃんに報告するけど。現像するだけでいくら掛かったんだろ。こってり絞られてください。
人肌の温もりを感じてちょっと安心。こいつはほんと私のこと好きだなぁ。
……別に心細かったわけじゃないんだからね! 魑魅魍魎渦巻くシャーレに居るのが怖かったとかじゃないんだからね! 断じて違うからね!