無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
豪邸でのお泊まりが確定し、わしは胃痛と共に夜を迎えていた。
夕飯は、リンカがスマホのアプリで手慣れた様子で注文したデリバリーだった。
少しお高めのチェーン店の宅配寿司と、オードブルのセット。
「いつもこうなのか?」
「うん。頼むものは日によって違うけど」
ダイニングテーブルに広げられた食事は確かに美味しかったが、だだっ広いリビングで二人きりでの食事は、どこか寒々しさもあった。
リンカの家は、確かに立派な二階建ての一軒家だ。
だがそれゆえに、両親の不在という生活感の欠如がリアルな冷たさとして空間に漂っている。
そして食後、最大の修羅場が訪れた。
一緒のお風呂である。
「……シラギクちゃん、背中流してあげる」
「い、いや、自分で洗えるから! わしは百年以上生きとるんじゃぞ!?」
「……じゃあ、耳と尻尾。そこ、洗わせて」
湯気で白く曇った広い浴室。
リンカは目をトロンとさせながら、わしの頭に生えた狐耳と、お尻から伸びる銀色の毛並みをした尻尾に熱い視線を向けて、少しずつ距離を詰めてきた。
手にはたっぷりと泡立てたボディタオルが握られている。
「だ、断じてダメじゃ!!」
わしは浴室の隅に逃げ込み、両手で耳と尻尾を必死にガードした。
「狐の耳と尻尾はな、非常にデリケートなんじゃ! 特に耳は、中に水や泡が入らないようにペタンと折りたたんだり、妖力で弾いたりする特殊なコツがいる! 素人が洗おうとすれば中耳炎になりかねん!」
「……そっか。残念。でも、触るだけならいいよね?」
「触るのもほどほどにせい! ふあぁっ!? そこは撫でるな、力が入らなくなるじゃろ!」
結局、わしはリンカに全身を隅々まで観察され、隙あらば堪能されそうになるのを必死で防ぎながら、戦場のような入浴時間を終えることになった。
「……シラギクちゃん、これ着て」
脱衣所で渡された着替えを見て、わしは二度見した。
それは、真っ白な生地に大量のフリルとレース、そしてピンク色のリボンがあしらわれた、これでもかというほどふりっふりのパジャマだったのだ。
「な、なんじゃこのお姫様みたいな服は!? 中学生でも着るのきつかろう!?」
「……シラギクちゃんのために、前にネットで買っておいたの。絶対似合うと思って」
「確信犯じゃと!?」
わしは抗議しようとしたが、リンカの着てくれないと泣く(あるいは呪う)と言わんばかりの暗いオーラに気圧され、渋々袖を通すことになった。
鏡に映った自分の姿は、ナルシストでなくとも「うむ、天使かな?」と思うほど似合ってはいた。
まあ、見た目は十四歳の美少女じゃからな。
(リンカ以外に見られないなら、ギリギリセーフということで……)
わしは己をそう納得させ、ため息をついた。
***
そして就寝の時間。
案内されたリンカの部屋のベッドは、二人で寝るには十分な広さがあった。
しかし、広さにあまり意味はない。
「……すー、はー。シラギクちゃん、いい匂い……」
「ち、近いぞ、リンカ……」
なぜなら、ベッドに入るなりリンカがタコのように絡みついてきたからだ。
腕を腰に回し、足まで絡め、顔をわしの胸元に押しつけてくる。
これでもかというほどの密着具合であり、心臓の音まで聞こえてきそうである。
激重メンヘラの執着心に胃を痛めながら、わしは身を硬くしていた。
しかし、リンカはわしの胸元に顔を埋めたまま、ぽつりぽつりと小さな声で呟き始めた。
「……あたたかい……」
「リンカ?」
「……シラギクちゃんが、そこにいる。……ずっとこうしたかった。……ずっと、一人で寝るのは……寂しかったから……」
その声は、いつものメンヘラ過ぎる威圧感も、策士のような狡猾さもない。
ただの、親の愛情に飢えた寂しがり屋な年相応の子どもの声だった。
そしてそれだけ言うと、リンカは安心しきったように、規則正しい寝息を立て始めたのだった。
(……まったく。メンヘラで、ありえん力があって、手におえん娘じゃが、まだまだ子どもじゃな)
わしは内心でほっと息をついた。
両親が仕事で不在の冷たい豪邸。
あの強大な霊力を持ちながら、誰にも理解されずに一人でこのベッドで眠る夜は、どれほど孤独だったことだろうか。
そう考えると、胃痛よりも先に、年長者としての哀れみと愛着が湧いてきてしまう。
わしは絡みついてくるリンカの背中にそっと腕を回し、優しくポンポンと抱き返してやった。
「ん……」
すると、リンカが身じろぎをして、ゆっくりと目を開けた。
「……シラギクちゃん? 起きてるの?」
「おお、すまん。起こしてしまったか」
「……ううん。シラギクちゃんが抱きしめてくれたから、嬉しくて起きちゃった」
リンカはえへへ、と嬉しそうに笑い、わしの腕の中でモゾモゾとポジションを調整した。
それからしばらく、暗い部屋の中で他愛のない話を続けた。好きな食べ物や、テレビの話題など。
やがて、話題はリンカの通っている中学校に移る。
「……ねえ、シラギクちゃん。最近、学校でなんか変なことが起きてたりするんだよね」
「変なこと?」
「うん。誰もいない理科室から音がしたり、女子更衣室の物がなくなったり。生徒の間で、ちょっとした怪談になってるの」
リンカが不思議そうに小首をかしげる。
「……それって、妖怪とか、悪霊の仕業なのかな?」
「ふむ。話を聞く限り、悪質な低級霊か、あるいは人間の真似事をして面白がっている阿呆な妖怪の仕業かもしれんな」
更衣室の物がなくなるなど、もし妖怪の仕業だとしたら、盗撮や下着泥棒をやっている変態である可能性が高い。
妖怪の風上にも置けぬ屑じゃ。
術が使える人間の可能性については……考えないものとする。
「……私は、まだ力を上手く使えなくて、どうにかしようとしたら学校ごと吹き飛ばしちゃうかもしれない。……ねえ、シラギクちゃん。調べるの、お願いしてもいい?」
「わしが、か?」
「うん。シラギクちゃんが解決してくれたら、学校も平和になるし。……ただ、私のお小遣いから出すから、報酬はあまり出せないかもしれないけど」
リンカが申し訳なさそうに上目遣いで見てくる。
毎日一万円の食費をもらっている娘が何を言うかと思ったが、彼女なりに気を遣っているのだろう。
それに、変態妖怪が女子中学生を狙っているのだとしたら、放置しておくのは気分が悪い。
「……よかろう。可愛いリンカの頼みじゃ。報酬など気にせずともよい」
わしは気高き大妖怪として、自信満々に胸を叩いた。
「馬鹿な妖怪が女子中学生の縄張りを荒らしておるなら、わしがちょちょいと潜入して、実態を調べて成敗してやろうではないか!」
「……本当? ありがとう、シラギクちゃん! 大好き!」
リンカは歓喜の声を上げ、力いっぱいに抱きついてくる。
かくしてわしは、中学生のふりをして、リンカの通う中学校へと潜入調査を行うこととなった。
……勢いで受けたはいいが、学校で問題を起こしてはまずい。しっかりと準備せねば。