無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
バイトのシフトがない日の朝。
わしはリンカから渡された制服に袖を通し、鏡の前に立っていた。
「うむ、サイズは問題ないが……なんだか、すごくリンカの匂いがするぞ?」
「……うん。それ、私が普段着てるやつだから。私の匂いがたっぷり染みついてるの」
「お主、わざとか!?」
柔軟剤の香りとは違う、甘くて重いリンカの匂い。
抗議しようと振り返ると、リンカはわしの制服姿を見て、頬を紅潮させながら恍惚とした表情を浮かべていた。
「……ふふっ。私の服を着て、私の匂いに包まれてるシラギクちゃん……最高に可愛い。ずっとそれ着ててほしい」
「潜入のための変装だと言っておろうが!」
これだから激重メンヘラというやつは。
わしは真っ赤になりながらツッコミを入れ、足早に家を出た。
***
リンカが通う中学校の敷地に入る前、わしは自分の姿におかしい部分がないか鏡を使って確認する。
すでに妖力を使って、自らの銀髪を目立たない黒髪へと変化させてある。
耳と尻尾もしっかりと隠し、見た目はどこにでもいる女子中学生そのもの。
(よし、問題なし。これより潜入開始じゃな)
校門を抜け、下駄箱へと向かう。
すれ違う生徒や教師たちが、見慣れないわしの顔を見て不思議そうに首をかしげた。
「あれ? 君は……こんな子いたっけ……?」
「おはようございます、先生。私、隣のクラスのシラカワですけど。忘れないでくださいよー」
少しだけ声のトーンを上げ、現代の女子中学生らしい口調を演技しながら、わしは認識阻害と記憶改竄の幻術を薄く展開した。
途端に、教師の顔から疑念が消え去る。
「あ、ああ! シラカワさんか! ごめんごめん、寝ぼけてたよ」
「もう、しっかりしてくださいねー」
ニコニコと笑ってやり過ごす。
これぞ妖狐の真骨頂。
わしら狐の妖怪は、力任せの直接戦闘よりもこうして人間を化かすことの方が遥かに得意であり、だからこそ現代社会を生きることに向いておる。
ちなみに、念には念を入れて偽名を使っている。
「ふぅ……さて、次は透明化じゃな」
授業中、わしは姿を完全に消す透明化の術を使い、校内を探索して回る。
誰もいない廊下を歩き、生徒たちの会話を盗み聞きしていく。
しかし、この透明化の術は妖力の消費が非常に激しい。
ずっと使い続けることはできず、休み時間になるたびに人目のない階段の踊り場などで術を解き、息を整える必要があった。
「はぁ……はぁ……しんどいわい」
壁にもたれて休憩しながら、わしはふと、ある疑問に行き当たった。
(そういえば……学校におけるリンカの様子や評判って、一体どうなっておるんじゃろうか?)
依頼の目的である女子更衣室と理科室の件のことは、あとからでもどうとでもなる。
わしは完全に自分の興味を優先し、リンカのクラス周辺で情報収集を始めることにした。
***
「ねえ、今日の数学のノート、リンカさんに見せてもらおうかな」
「あー、でもリンカさんって、ちょっと話しかけづらいよね」
「うん。なんかいつも一人で本読んでるし。この前の体育のハードル走、トップだったけど終わったらすぐ隅っこ行っちゃったし」
透明な状態で女子生徒たちの会話を盗み聞きする。
どうやらリンカは、学校では少し遠巻きにされているらしい。
とはいえ、いじめられたり嫌われているわけではなさそうだ。
単に、リンカ自身が他人と深く関わろうとしないため、誰も積極的に近づこうとしないだけじゃろう。
(授業では真面目。成績もトップクラスで、運動神経も抜群か……)
わしは遠くから、一人で静かに教科書を開いているリンカの横顔を見つめた。
整った顔立ちに、長い黒髪。
(これだけ頭が良くて運動もできる美少女なんじゃ。……激重メンヘラでさえなければ、誰からも慕われる完璧な優等生だろうに)
わしは少しだけ複雑な気持ちになりながら、内心でため息をついた。
そして、校内のパトロールへと戻るべく、再び透明なまま廊下を歩き始めた。
ガタッ
しばらくすると、無人のはずの女子更衣室から不自然な物音が聞こえた。
(ん? 今は授業中で、誰もいないはずじゃが……。まさか、件の変態か?)
わしは気配を殺し、そっと更衣室のドアの隙間から中を覗き込んだ。
すると、そこには。
「……すー、はー。すー、はー。あぁ〜、体育のあとの女子更衣室、たまんないわぁ〜」
頭に葉っぱを乗せたジャージ姿の女が、脱ぎ捨てられた体操着を顔に押し当てて、これでもかと深呼吸をしていた。
(うわぁ……化け狸の女じゃ。しかも、かなり気持ち悪いことしておる……)
はっきり言ってドン引き以外の言葉が出ない。
わしは冷や汗を流しながら、頭の中で素早く計算を立てた。
(まずはドアに鍵をかけて逃げられないようにしてから、教師を呼んで騒ぎにするか。人間の目を集めれば、妖怪は退散せざるを得なくなるしな……。そしたらあとは妖怪の組織が捕まえてくれるはず)
そう考えながらドアノブに手を伸ばそうとした、その時。
「──あら?」
化け狸の女が動きを止め、ドアの隙間にいるわしをまっすぐに見つめてきた。
透明化しているはずなのに、完全に目が合っている。
「……見えとるのか!?」
「ええ、丸見えよ。……とっても可愛い妖怪の女の子ね、あなた」
狸女はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、軽く指を鳴らした。
その瞬間、女子更衣室全体がどす黒い霧のような結界に包まれた。
(なっ……空間が、遮断された!?)
「認識阻害と音の遮断の結界を展開させてもらったわ。これで、私があなたに何をしても誰にもバレないわよぉ。ぐふふふふ!」
狸女が、舌なめずりをしながら一歩、また一歩と近づいてくる。
冗談ではない。
こんなやばい変態に目をつけられたら、貞操の危機どころの話ではないぞ!
「かかってこい! こちとら百年以上生きておる気高き妖狐じゃぞ!」
わしは強気に言い放ち、両手に青白い狐火を浮かべた。
しかし、狸女は鼻で笑った。
「ふん、妖怪にとっては、たった百年ぽっちでしょうに。それこそ、こっちは二百年以上生きてる大先輩なんだけど?」
「なっ……! 二百年じゃと!?」
わしは息を呑んだ。
妖怪にとって、基本的に生きた年月はそのまま妖力の強さに直結する。
ただの気持ち悪い変態かと思いきや、こやつ、謎に実力と年季が入っておる!
(まずいぞ……割といろいろな意味で危険を感じる!)
背中を嫌な汗が流れ落ちる。
少しばかりの呪具はある。一般女子中学生として、怪しまれない範囲での準備はしてきた。
だが、二百年を生きる格上の相手に、それがどれだけ通用するかはまったくの未知数。
「さぁて、可愛い狐ちゃん。たっぷり可愛がってあげるわねぇ!」
「く、来るな! 変態狸め!」
わしは退路を絶たれた結界の中で、本気で妖力を練り上げ、決死の戦いへと挑むのだった。