無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「ぐふ、ぐふふふふ! たまらないわぁ、美少女の姿をした妖怪なんて大好物よぉ!」
閉鎖された女子更衣室の中で、ジャージ姿の変態化け狸の女が下卑た笑い声を上げた。
「人間をさらったり手を出したりすると、すぐに警察が動くし、裏の組織もうるさいから面倒なのよねぇ。でも、妖怪相手なら誰にも文句は言われない! 行方不明になっても自己責任! つまり、あなたにどんないやらしいことをしても問題ないってわけよぉ!」
「このド変態が! 妖怪の風上にも置けんわ!」
わしは激怒しながら、ポケットから裏市で仕入れた黒い球を取り出した。
「くらえ!」
「あら、そんなおもちゃ──」
球が床に触れた瞬間、強烈な閃光と轟音が更衣室を包み込んだ。
数千円ほどした目眩ましの閃光玉じゃ。
「くっ!? 目がぁっ!」
「これだけでは終わらんぞ!」
わしは視界を奪われた狸女に向けて、あらかじめ用意していた使い捨ての使い魔として、百均の折り紙で作った何十羽もの折り鶴を一斉に放った。
折り鶴たちは鋭い刃のように狸のジャージを切り裂き、意識を散らす陽動となる。
(相手は二百年を生きている格上。馬鹿正直に真正面からやり合えば勝ち目はない。じゃが、頭脳と道具を使えば……!)
わしは気配を殺して狸女の背後に回り込み、懐から竹筒を取り出した。
中に入っているのは、相手の妖力を一時的に封じる、特殊な呪いの墨汁じゃ。
これをぶっかければ、あの忌々しい結界も解けるはず!
……本当は、筆でいろいろ書くことでもっと効果を出せるが、今はそれどころではない。
「もらったぁ!」
わしが竹筒を振りかぶった、その瞬間。
「──甘いわね、小娘」
「なぬっ!?」
狸女の背後から巨大な尻尾が飛び出し、わしの手首を強かに打ち払った。
変化の術の応用によって行われる、まるで棍棒のような一撃。
竹筒が宙を舞い、黒い墨汁が床にぶちまけられる。
「亀の甲より年の功、ってね。目が見えなくても、気配くらい読めるわよぉ! 伊達に長生きしてないんだから!」
「しまっ……!」
わしは体勢を崩し、そのまま勢いよく押し倒されてしまった。
冷たい床に背中を打ちつける。
馬乗りになるような形で、狸女の柔らかくも重い体が覆い被さってきた。
「ぐふふふ……捕まえたわよぉ。さあて、どこから可愛がってあげようかしら……」
「ひぃっ!? や、やめい! 離れろこの変態!」
わしが着ているリンカの制服に手が伸びてきた。
(やばい、貞操の危機じゃ! いろいろな意味で終わる!)
思わず絶望に目を閉じた、その時。
更衣室を覆っていた認識阻害と音の遮断の結界が、まるで薄いガラスのように物理的に叩き割られた。
「……は?」
「ま、まさか……」
狸女が扉の方へと視線を向ける。
そこに立っていたのは、長く艶やかな黒髪を揺らす一人の女子中学生。
「……私のシラギクちゃんに、何してるの?」
リンカだった。
その瞳は絶対零度。見下ろす視線は完全に冷え切っており、周囲の空気が重圧でひしゃげるほどの圧倒的な霊力が渦巻いている。
「な、なんなのこのガキ……!? ただの人間が、私の結界を破ったっていうの!?」
狸女が慌ててわしから離れ、別の扉から逃げようとした。
長生きしてきただけあって判断が早いが……遅い。
「……消えろ、害獣」
リンカが冷たく言い放ち、指先を軽く弾く。
ドンッ!
たったそれだけで、見えない巨大なハンマーで殴られたかのように、狸女の体が更衣室のロッカーに深々とめり込んだ。
「ぎゃっ!?」
二百年以上を生きた妖怪が、白目を剥いて一撃で気絶した。
あまりにも圧倒的すぎる。文字通りの瞬殺じゃった。
「リ、リンカ……お主、どうしてここに……」
「……位置情報アプリ。ずっと更衣室から動かないから、様子を見に来たの。……そしたら」
リンカの目が、ゆっくりとわしに向けられる。
その瞳の奥には、ドス黒い嫉妬の炎と、なんだかよくわからないギラギラとした熱が混ざり合っていた。
「……シラギクちゃん、あんな泥棒猫ならぬ変態狸に、押し倒されてたね」
「ち、違うんじゃ! あれは戦いの最中にたまたま体勢が崩れて……!」
「……言い訳は、あとでゆっくり聞くから」
リンカはわしの右手を掴むと、自分の左手の小指と、わしの小指を重ね合わせた。
チリチリとかすかな痛みが走る。
「な、なんじゃこれは?」
「……見えない霊力の糸。頭の中が真っ白になたあと、少しだけ力の使い方がわかってきたの。これで、いつでもシラギクちゃんの居場所がわかるし、引っ張れば引き寄せられる」
なんという恐ろしい術を短期間で開発しておるのか。
いや、この程度で済んでよかったと言うべきか?
リンカはそのままわしの手を引き、更衣室をあとにした。
「……先生。私、ちょっと体調が悪いので早退します。あ、この子に付き添ってもらいますから大丈夫です」
すれ違った教師に嘘八百を並べて、堂々と早退の手続きを済ませるリンカ。
かくしてわしは、有無を言わさずリンカの家へと連行、もといお持ち帰りされることになった。
***
「リ、リンカさんや……? ちょっと、落ち着こう?」
リンカの部屋のベッドの上。
わしは仰向けに寝転がされ、その上にリンカが馬乗りになっていた。
両手は頭の上で、リンカの手によってガッチリとホールドされている。
本気を出せば抜け出せるかもしれないが、相手が激重メンヘラだとさらなる拘束に繋がりかねないので、下手に刺激するのは怖い。
「……シラギクちゃん」
リンカの顔が近づいてくる。
怒りと、そして明らかにムラムラとした興奮が入り混じった、獲物を狙う肉食獣のような瞳。
吐息がかかるほどの距離で、リンカはねっとりと甘い声を出した。
「……あんな変態に触られて、悔しかった? それとも、ちょっとドキドキした?」
「するわけなかろうが! あんな変態化け狸など、気持ち悪いだけじゃ!」
「……よかった。シラギクちゃんは、私のものだもんね。私以外の誰かに触られるなんて、絶対に許さない」
リンカの顔がさらに近づき、わしの首筋に鼻を擦りつけてくる。
すー、はー、と深く匂いを嗅ぐ音が聞こえる。
「……制服、私の匂いとシラギクちゃんの匂いが混ざって、すごくいい匂いがする。……ゾクゾクする」
「ちょっ、リンカ、近い! 息が荒いぞ!」
わしは顔を真っ赤にして叫ぶが、リンカはまったく意に介さない。
「……シラギクちゃん。シラギクちゃん……。私だけの、お狐様……」
メンヘラ全開の重いセリフを吐きながら、リンカの指先がわしの狐耳の付け根を、執拗に、そして優しく撫で回し始める。
「ひゃんっ!? そこは、ダメじゃと……!」
「……ダメじゃない。シラギクちゃんの全部、私が上書きしてあげるから……」
逃げ場のないベッドの上で、わしは激しい胃痛と貞操の危機に怯えながら、メンヘラ中学生の過激すぎるスキンシップに耐え続ける。
ええい、それもこれも全部、あの化け狸が悪い。