無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「シラギクちゃん、なんだか熱くなってきたね」
「なっ……! 何を言っとるんじゃ、離さんか!」
リンカの自室のベッドの上。
完全に逃げ場を失ったわしは、そのまま力任せに引き寄せられ、抱き枕のようにぎゅっとされていた。
おまけに、リンカの手がわしの服の中に侵入し、柔らかいお腹の辺りを這い回っている。
明らかに、さっきの興奮とは別のいやらしい方向へと暴走しかけている!
(や、やばい……このままでは本当に貞操が、気高き妖狐としてのプライドが音を立てて崩れ去る……!)
危機感を覚えたわしは、ええいとばかりに自らの妖力を解放し、小さな煙と共に本来の小柄な狐の姿へと変化した。
「きゅぅっ!(人間のままでは危ういがこれならば!)」
これで少しは落ち着くだろう。
そう思ったのが間違いだった。
動物の姿になったことで、リンカのタガが完全に外れてしまったのだ。
「あぁ……! ふわふわなシラギクちゃん……!」
「きゅ、きゅにゃっ!?(ちょ、そこはダメ──)」
方向性が、いやらしい方向から限界突破のモフモフ方向にシフトしただけで、執着の度合いはむしろ悪化していた。
グイグイと顔を押しつけられ、全身の毛並みを逆立てるほど激しく撫で回される。
「すーっ……はぁぁぁ……!」
さらには、柔らかなお腹の毛皮に顔を埋め、猫吸いならぬ狐吸いを全力でキメられてしまった。
「ぎゅえっ!?(苦しい! 肺の空気が全部押し出される!)」
力いっぱい抱きしめられ、全身の水分と気力を吸い取られるような過剰なスキンシップの嵐に、わしの精神力はすり減り、文字通り燃え尽きそうになっていた。
(もうダメじゃ……。ここで意識を手放せば、楽になれるのじゃろうか……)
意識が遠のきかけた、まさにその時。
ピリリリリッ!
枕元に放り投げていたスマホが音を立てながら震えた。
「きゅっ!(た、助け舟!)」
わしは前足で器用に通話ボタンを押し、スピーカーモードにする。
「あ、もしもしシラギク? 私だけど」
電話の主はハヤテだった。
「あんた、今日中学校に潜入した? いやさ、今、変態狸を捕まえて妖怪の自治組織の連行チームに引き渡してるとこなんだけどさ。そいつが『銀髪の妖狐と、恐ろしい黒髪のガキにやられた』って証言しててさ。確認の電話」
「きゅ、きゅぅぅー!(た、助けてくれー!)」
「ん? どうしたのその声? ……あ、そうそう、その狸なんだけどね。裏社会じゃ結構な指名手配犯だったらしいよ。人間だけじゃなく、妖怪の少女も狙って、下着盗んだりとかいくつも余罪があってさー」
なんという変態!
だが、今のわしにとって最大の脅威は二百年モノの変態ではなく、目の前で「誰からの電話?」とドス黒いオーラを放っている十四歳の美少女である。
「きゅきゅっ!(ここじゃ、ここに来てくれ!)」
わしは電話越しにハヤテへ向けて、微弱な妖力のシグナルを飛ばした。ハヤテはそこそこ実力のある妖怪だ。
これに気づけば、助けに来てくれるはず。
「……あー、なるほどね。わかった、ちょっと待ってな」
数分後。
コンコンとベランダの窓ガラスを叩く音がした。
見ると、一羽の小さなカラスがいる。
あれはハヤテだ。社会に紛れるという意味では、人間だけでなく動物も一つの選択肢に入る。
くちばしから小さな妖術を放ち、器用に窓の鍵を開けると、その姿のままバサバサと部屋の中に入ってきた。
「お邪魔しまーす。……って、うわぁ」
ハヤテは、リンカの腕の中でぐちゃぐちゃにモフられているわしの姿を見て、ドン引きしたような声を上げた。
そして、リンカとわしの小指を繋ぐ、見えない糸に気づく。
「ちょっと待って、なにこれ。特級呪物レベルの霊力じゃん……。あんた、こんなやばいので繋がれてるの?」
「きゅ、きゅ〜……(そうなんじゃ、助けてくれ……)」
ハヤテはリンカの底知れぬ才能に気づいたようだが、面倒事に関わるのは御免だとばかりに、見て見ぬふりを決め込んだらしい。
「えー、じゃあ、部外者は帰るね。お邪魔しましたー」
ハヤテはしれっと言うと、自然な動きで器用に霊力の糸をスパッと切り裂いた。
なかなかの演技である。
その直後、逃げるように窓から飛び去ろうとしたのだが。
「……私のシラギクちゃんに、何してるの?」
リンカの目は、絶対零度の冷たさを放っていた。
そして手元に残った糸を、まるで鞭のように窓の外へと放つ。
「んあっ!?」
シュルルッという音と共に、窓の外へ出ようとしていたカラス、もといハヤテが糸でぐるぐる巻きにされ、部屋の中へと猛スピードで引き戻されてきた。
ハヤテはカラスの姿のまま、天井の照明器具からぷらぷらと逆さ吊りにされる。
「……ちょっとシラギク。この子、やばすぎでしょ」
「きゅぅ……(だから言ったじゃろ……)」
完全に制圧されたハヤテを見て、わしは諦めと共に、狐の耳と尻尾を出した美少女の姿へと戻った。
「よいかリンカ。お主はまだ子どもなんじゃから、さっきみたいなエッチな真似は絶対ダメじゃ! それに、あんなに力いっぱいむぎゅむぎゅされたら、いくら人間より丈夫な妖怪でもこっちの体がもたん!」
わしが必死に説教をすると、リンカは不満そうに唇を尖らせた。
「……シラギクちゃんが魅力的過ぎるから悪い。ずっと触っていたいのに」
言い返しながら、ちゃっかりとわしの尻尾をにぎにぎしている。
この娘、本当にブレない。
「あのー、私、変態の移送の仕事がまだ残ってるから帰っていい?」
天井から吊るされたハヤテが、空気を読んで脱出を試みる。
リンカはハヤテをじろりと睨みつけた。
「……私の邪魔したら、次は痛めつけるから」
「ひぇっ。……シラギク、達者でな!」
「おい、待てハヤテ! 見捨てる気か!」
「激やば美少女に好かれてるあんたが悪い! じゃあね、二度と関わりませんように!」
リンカが糸を解くと、ハヤテはカラスの姿のまま、バサッと短い翼で敬礼もどきのポーズをとり、窓から空へと一目散に逃げ去っていった。
(くそ、わしも同じ立場なら逃げてただろうから強くは言えん……)
その後、話し合いというかわしの懇願により、会えなかったりなどで触れられない日は朝と晩の二回メッセージを送ってくること、という取り決めがなされた。
ピコーン
早速、目の前にいるリンカからメッセージが届く。
【リンカ:シラギクちゃんは私のもの】
【リンカ:明日も、明後日も、ずっとずっと思ってるからね】
【リンカ:(血まみれの包丁を持った笑顔のクマのスタンプ)】
わしは遠い目をして、スマホの画面をそっと閉じた。
(昔の人間は、ここまで厄介な奴はいなかったんじゃがなぁ……)
重すぎる愛だけならまだいい。圧倒的な力があるのがまずい。
妖狐であるわしの平穏な日々は、今日もまた遠ざかっていく。