無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
朝、目が覚めてスマホを確認すると、ファミレスの店長からメッセージが入っていた。
【おはようございます、シラカワさん。実は今朝、店でちょっとした事故が起きまして……申し訳ないですが、今日のシフトはなしということでお願いします】
「事故? ボヤ騒ぎでも起きたのかのう」
そう呟きながら、わしは煎餅布団の上に大の字になって寝転がった。
急な休みだが、たまにはこういうことがあってもいい。
しかし、ぼんやりと天井の木目を眺めているうちに、とある重大な事実に直面した。
「このままでは、まずい……」
リンカのわしへの執着は、日を追うごとにエスカレートしている。
昨日の狐吸いといい、見えない霊力の糸で捕獲しようとしたことといい、もはや一線を超えつつある。
この異常な愛情の矢印をどうにかして逸らさなければ、わしの貞操と日常がリンカのものになってしまう!
「そうじゃ! わしへの執着を分散させるため、あやつに友人を作ってやればいいんじゃ!」
中学生といえば、友達と恋バナをしたり一緒に買い食いしたりしてキャッキャウフフするお年頃。
同年代の友人ができれば、わしへの重すぎる意識も少しは和らぐはず。
名案を思いついたわしは、そこそこ実力のある妖怪たるハヤテにすぐさま電話をかけた。
「──というわけで、リンカに友達を作ってやりたいんじゃ。お主の伝手で、口の堅い人間の子役か、人間に化けるのが上手い子狸でも紹介してくれんか?」
「はぁ?」
電話口の向こうで、ハヤテが心底嫌そうな声を出した。
「馬鹿なの? あの子の霊力、下手な妖怪が近づいたら、それだけで変化がバレるっての。だいたいさ、私はあの子のやばい実力について裏社会にも黙っておいてあげてるんだから、これ以上私を巻き込まないでよ」
「そこをなんとか! わしの貞操の危機なんじゃ!」
「自業自得! じゃあね」
無情にも通話は切られた。
ちっ、薄情者め。
「仕方ない。わしが妖術で同級生を洗脳して、無理やり友達に仕立て上げるか……? いや、幻術や洗脳は一時的なものじゃ。あとでバレたらリンカが怒って状況が悪化しかねん」
どうしたものかと頭を抱えていると、スマホが鳴った。
【リンカ:シラギクちゃん、おはよう。起きてる? 今何してるの?】
【リンカ:今のシラギクちゃんの顔が見たい。自撮り送って】
朝っぱらからメンヘラ感マシマシの要求である。
わしはため息をつきつつ、起きたばかりで寝癖のついた自撮りを適当に撮って送信した。
すると数秒後、リンカからも画像が送られてきた。
少し乱れた黒髪に、キャミソールの上に薄い上着を羽織っただけの、生々しい寝起きのパジャマ姿だ。
【リンカ:私からのプレゼント。シラギクちゃんのためだけに撮ったよ。保存してね】
「……重いというか、きついというか」
わしは自分の左手の小指を見つめた。
昨日、ハヤテに霊力の糸を切ってもらうことに成功した。
だが、リンカのあの才能と執念だ。
やろうと思えば、いつでもまた繋ぎ直すことができるだろう。
「……いっそ、夜逃げするか?」
誰も知らない遠くの土地へ行き、偽名を使ってひっそりと生きる。
だが、もし夜逃げがバレてリンカが暴走したら、周囲にどれほどの被害が出るかわからない。
それに、万が一逃亡中に捕まったりしたら……狐吸いの比ではない、それこそ口では言えないような、いやらしい意味でとんでもない状況になりかねない。
想像しただけで背筋が凍る。
「やはり、わし自身が強くなるしかないのか……? 修行して、あの才能を圧倒できるほどの力を……」
わしは両手で狐火を出したり消したりしながら考える。
しかし、休日にチマチマと腹筋したり妖力を練る程度で、あの桁違いの霊力に勝てるわけがない。二百年モノの変態化け狸すら瞬殺したんじゃぞ。
「ええい、考えても仕方がない! せっかくの休みじゃ、パーッと出かけるとするか!」
わしは頭を振ったあと、十四歳の銀髪美少女の姿になってお出かけすることにした。
***
初夏の陽気が心地よい街を、適当にうろつきながら歩く。
クレープを買って食べ歩きしたり、ウィンドウショッピングを楽しんだりしているうちに、ふと見覚えのある通りの近くに出た。
「お、バイト先のファミレスの近くじゃな。そういえば、どんな事故が起きたのやら」
気になったわしは、店の方へ足を向けた。
店の前には、警察車両が数台停まっており、規制線の外には野次馬がたくさん集まっていた。
「んん? ずいぶん物々しいが……」
背伸びをして店の方を見ると、思わず目を疑った。
ファミレスの大きな窓ガラスが、一つ残らず外れていたのだ。
割れたのではない。
綺麗に、枠ごとすっぽりと外され、駐車場に丁寧に並べられている。
「昨日の夜中、いきなり窓が全部外れたらしいぜ」
「泥棒? でもレジのお金とかは無事だったらしいけど」
「じゃあ何目的なの。気味が悪いわねえ」
野次馬たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。
(……間違いない、妖怪の仕業じゃな)
わしは内心で確信した。人間にこんな器用な嫌がらせができるわけがない。
それにしても、誰もがスマホを持ち、どこにでも防犯カメラがあるこの現代社会で、ここまで堂々と面倒事をやらかす馬鹿がいるとは。
一周回って感心してしまうわい。
***
警察と野次馬の喧騒から離れ、わしは人気のない細い路地へと入った。
すると前方から、和服を着た妙に色気のある大人の女性が歩いてきた。
すれ違いざま、強い妖気を感じてハッとする。
彼女の背後には、妖術で隠されてはいたが、ほのかに揺れる立派な狐の尻尾が五本も見えたのだ。
「……五尾の妖狐か」
わしは思わず足を止めて振り返った。
女性は路地の突き当たりにある、古びたレンガの壁に向かってすっと手を伸ばすと、そのまま壁の中に溶けるように隠世(かくりよ)へと消えていった。
「……ああいう、強くて気高い妖怪になりたいものじゃなあ」
尻尾が一本しかない己の未熟さを痛感し、わしは小さくため息をついた。
***
その後、適当な公園を見つけてベンチに腰を下ろした。
空は青く、ポカポカとした日差しが気持ちいい。
遠くから聞こえる車の音や人々の喧騒が、少しずつ遠のいていくような感覚がする。
「やれやれ……昔、まだ小狐だった頃を思えば、わしもずいぶんと強くなったんじゃがな」
昔はイノシシや野犬に追いかけられて泣きながら逃げ回っていたものだ。
それが今では、人間社会に溶け込み、ファミレスで接客をして金を稼ぎ、幻術を駆使して生きている。
なのに中学生の少女に力負けして、貞操の危機に怯える日々を送ることになるとは、本当に困った話である。
木漏れ日の中でそんなことを考えているうちに、心地よい風に吹かれてウトウトと居眠りをしてしまった。
ピコーン ピコーン。
「んん……?」
スマホの通知音で目を覚ます。
画面を見ると、昼休みの時間になったからか、リンカからのメッセージが届いていた。
朝のようにメンヘラ感マシマシではなく、今回はごく普通の短い文章だった。
【リンカ:なんだか町のあちこちで窓が外されてるみたい。ニュースになってるよ。シラギクちゃんは何か知ってる?】
「……ん? あちこちで?」
わしは寝ぼけ眼をこすりながら、その文面を二度見した。
ファミレスだけの事件ではなかったのか。
それにしても、窓ガラスだけを綺麗に外して回る妖怪など聞いたこともない。
なんだか嫌な予感がする。
わしはベンチから立ち上がり、とりあえずニュースアプリを開いて事件の詳細を調べてみることにした。