無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「……なんだなんだ、他にもいろいろ起きとるではないか」
公園のベンチに座り、スマホのニュースアプリをスクロールしながら、わしは思わず眉をひそめた。
ファミレスの窓ガラス消失事件の他にも、ここ数日の間に奇妙な事件がちらほらと報道されていることに気がついたのだ。
《深夜の公園、すべての銅像が一夜にして四つん這いの姿勢に!》
《謎の現象!? 市民プールの水がすべてカラフルなゼリー状に変化》
《市内の横断歩道の白線が、波打つようにウネウネと曲がっている事案が発生》
「……どれもこれも、人間の仕業とは考えにくいのう」
器物破損や悪戯の類ではあるが、物理法則を無視したあまりにも非現実的な手口。
間違いなく、妖怪か妖術を使う者の仕業じゃろう。
ただ、少し奇妙な点もあった。
(これだけ派手にやらかしておきながら、怪我人は一人も出ておらん)
窓ガラスが外されたファミレスも人がおらん時間帯じゃったし、他の事件も同様。
なんらかの明確な線引きをして、人命に関わるような被害は避けているように見える。
「タチの悪い愉快犯か、それとも何か目的があってのことか……」
わしが顎に手を当てて探偵気取りで推理していると、ファミレスの店長からの電話が来る。
なんだろうと思い、通話ボタンを押す。
「はい、シラカワです。お疲れ様です、店長」
「あ、シラカワさん? ごめんね休みの日に。実はさ、今日の朝に伝えた事故の件なんだけど……」
店長の声は、どこか歯切れが悪かった。
「駐車場に綺麗に並べられた窓ガラスなんだけど、警察の現場検証とか、安全確認のための調査が長引きそうでさ。そのあと工事も入るから、最低でも二週間ほど店を休業することになっちゃったんだよね」
「えっ? に、二週間ですか?」
「うん。もしかすると、もうちょっと延びるかも。だから、その間はバイトのシフト入れなくなっちゃったんだ。本当にごめんね!」
……つまり最低でも二週間、いやそれ以上、わしの収入がゼロになるということか。
わしは冷や汗を流しながら、恐る恐る尋ねた。
「あ、あのう、店長。その期間の休業補償というか、お給料の補填みたいなものは……」
「あー、それがねぇ。本部からの指示で、今回の休業は天災みたいなイレギュラーだから、補償は出せないってことになっちゃって。ホント申し訳ない! じゃあ、また店が再開できそうになったら連絡するから!」
「あっ、ちょっ、店長!?」
無情にも電話は切れる。
わしはスマホを持ったまま、三秒ほど静止した。
「ふ、ふざけるなっ! 補償なしじゃとっ!?」
誰もいない公園の中心で、気高き妖狐の怒号が響き渡った。
ブラック! ブラック企業じゃ!
これだから人間というやつは!
わしの貴重な生活費と、今月の買い物の予定が狂ってしまったではないか。
「絶対に許さん……! わしに迷惑をかけた馬鹿妖怪を探し出して取っ捕まえねば、腹の虫が収まらぬわ!」
わしは牙を剥き出しにし、犯人探しの行動を開始することを決意した。
***
放課後の時間を見計らい、わしはリンカと合流する。
駅前のファストフード店で向かい合い、先ほどの顛末を怒り交じりに説明していく。
「──というわけでじゃ! わしはこれから、その窓ガラス事件の馬鹿を自らの手でしょっ引いてやろうと思う! お主も手が空いておるなら、少し手伝ってくれんか?」
わしの熱弁を聞いていたリンカは、ストローでジュースを飲みながら、どこか嬉しそうに目を細めた。
「……そっか。二週間、シラギクちゃんはバイトがお休みなんだね」
「うむ! 許せんじゃろ?」
「……うん。じゃあ、その空いた時間、私が全部買い取ってあげる」
「……はい?」
わしは自分の耳を疑った。
「……ファミレスのバイト代が、だいたい時給千円ちょっとだよね? じゃあ、私は一時間で一万円出すから。私の家で、ずっと一緒にいて。お仕事として、ずっと私のお世話をしてよ」
「なっ……!?」
リンカの瞳の奥で、ドス黒い下心が駄々漏れになっていた。
ただでさえ狐吸いやら何やらで貞操の危機に瀕しているのに、お金で時間を縛られ、二週間も二人きりになったらどうなるか。
「断る! 金で時間は売らん!」
「……ちぇっ。せっかく合法的にシラギクちゃんを飼えると思ったのに」
「本音が漏れておるぞ」
わしは全力で首を横に振り、なんとかリンカの恐ろしい提案を突っぱねた。
「と、とにかく、わしは自分の手で犯人を捕まえて、すっきりしたいんじゃ」
力説すると、リンカは少し不満そうにしながらも小さく頷いた。
「……わかった。シラギクちゃんがそう言うなら、私も手伝う」
「おお、恩に着るぞ」
「……それで、どうやって探すの?」
「うむ。情報収集は役割分担しようと思う。お主は学校や、人間のネット掲示板かなんかで、不審な噂がないか聞き込みをしてくれ。わしはちょっと、あっち側で探りを入れてみる」
わしの手元には、先日ハヤテから譲ってもらった案内状がまだある。
隠世のネットワークを使えば、この手のド派手な事件を起こした妖怪の噂くらい、すぐに掴めるはず。
「……わかった。学校のオカルト好きのグループにでも聞いてみる」
「助かるぞ。じゃあ、今日はここで解散じゃな」
わしが席を立とうとした、その時だった。
「……ねえ、シラギクちゃん」
リンカが、テーブルの上に置かれていたわしの右手を、両手でそっと包み込んできた。
「ん? なんじゃ?」
「…………」
リンカは無言のまま、わしの指に自分の指を絡め、恋人繋ぎのような形に持ち込んだ。
そして、指の関節や手のひらの柔らかい部分を、親指でねっとりと執拗に撫で回し始めたのだ。
「ひゃっ……! り、リンカ……? くすぐったいんじゃが……」
「……シラギクちゃんの手、冷たくて、小さくて……好き」
「お、おお……そうか……」
にぎにぎ、すりすり。
まるでわしの手の感触を、自分の細胞の隅々にまで記憶させようとするかのような、重くてねっとりとした愛撫。
周囲の客の視線が少し気になり始めた頃、リンカはようやく手を離した。
「……気をつけてね。何かあったら、すぐに連絡して。飛んでいくから」
「う、うむ。わかっておる」
背中に少し冷たい汗をかきながら、わしはファストフード店をあとにした。
***
日が落ち始めた路地裏。
わしは先日も訪れた、コンクリートの壁の前に立っていた。
「さてと。人間のニュースには出ないような、裏の情報を見つけねばな」
ポケットから案内状を取り出し、壁に押し当てる。
水面のような波紋が広がり、体がコンクリートの奥へと吸い込まれていく。
その先は、ネオンと提灯の光が入り混じる、むせ返るような妖怪たちの裏市。
「待っておれよ。わしのシフトを奪った罪、きっちりと清算させてやるからな……!」
気高き妖狐の意地と、失われたバイト代の恨みを胸に、わしは雑多な妖怪たちがひしめく隠世の奥へと足を踏み入れていくのだった。