無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
隠世の雑多な通りを歩きながら、わしはあちこちの露店や情報屋で聞き込みを続けていた。
「ファミレスの窓ガラス消失事件、誰か心当たりはないか? なんでもいい、少しでも怪しい奴の噂はないか?」
そう尋ねて回るも、妖怪たちの反応は芳しくなかった。
「さあな。人間界の窓ガラスなんて外してどうするんだ?」
「知らねえよ。それより小娘、この絶対に宝くじが外れる呪いのお守りを買っていかないか?」
有益な情報はまったく得られず、時間ばかりが過ぎていく。
(くそぅ、やはり下っ端の妖怪どもでは、あんな大規模な事件を起こすような奴の情報は掴めんか……)
苛立ちと共にため息をついた、その時だった。
「あら。こんなところで迷子かしら、可愛い狐さん」
鈴を転がすような、凛とした美しい声が耳を打つ。
振り返ると、そこに立っていたのは息を呑むほど艶やかな大人の女性だった。
しっとりとした茶髪を上品にまとめ、豪奢な着物を身にまとっている。
背後には、立派な尻尾が五本揺れていた。
間違いない。
昼間に見かけた、あの五尾の妖狐だ。
「あ、あなたは……」
「立ち話もなんですから、少しお茶でもいかが?」
清楚で凛とした佇まい。あふれ出る気品と隠しきれない強者のオーラ。
これぞ、わしが理想とする気高き大妖怪の完成形ではないか。
わしはすっかり感銘を受け、「ぜひ!」と二つ返事で彼女のあとについていった。
***
案内されたのは、隠世の奥にある高級そうな茶屋の個室だった。
周囲の喧騒が遮断された静かな空間。
五尾の妖狐はわしの対面に座ると、ゆっくりと微笑んだ。
「さあ、遠慮せずに召し上がれ。……うふ」
突如、彼女の空気が変わった。
凛とした気品が、どろっとした甘ったるい何かへと変貌する。
「ああぁぁ〜〜んっ! 近くで見るともっと可愛いわねぇぇっ!! ねえねえ、お名前は!? いくつ!? 好きな食べ物は何!? ねえ、私をお母様って呼んでみない!?」
「……は?」
わしは出されたお茶を吹き出しそうになった。
目の前の妖艶な美女は、身を乗り出してわしの顔を覗き込み、頬を赤らめてハアハアと荒い息を吐いている。
「な、なんじゃ急に……」
「ごめんなさいね、私、可愛い女の子を見ると母性が暴走しちゃうの! 今まで猫又やら座敷童子やら、いろんな女の子を可愛がってきたけど、やっぱり同族の狐の女の子が一番だわ! ああ、その一本しかない初々しい尻尾! 未熟で小生意気そうな表情! 最高よぉ!」
「ひぃっ……!」
わしはドン引きして、座布団ごと後ずさった。
マザコンの逆、つまり娘コンプレックスみたいなものを極限まで拗らせたド変態ではないか!
表向きのあの凛とした清楚さは、ただの擬態。
中身は二百年モノの変態化け狸とベクトルが違うだけで、同種のやばい妖怪じゃ!
「わしはこれで失礼する!」
「あら、逃げるの? ……ファミレスの窓ガラス事件、追ってるんでしょ?」
立ち上がろうとしたわしの足が、ぴたっと止まった。
振り返ると、五尾の妖狐は扇子で口元を隠し、狐特有の狡猾で意地悪な目を細めていた。
「人間界の窓ガラスを綺麗に外して回るなんて、ずいぶんと悪趣味な真似をする馬鹿。……私、心当たりがあるのよねえ」
「なっ……知っておるのか!?」
「ええ。でも、タダで教えるわけにはいかないわ」
彼女は扇子を閉じ、わしに向かって妖艶に、そしてねっとりと微笑んだ。
「少しの間でいいわ。私の娘になってちょうだい。そうね……三時間、私のお人形さんとして思いっきり可愛がらせてくれたら、知ってることを全部教えてあげる」
それは悪魔の……いや、妖狐の契約。
無視して帰れば、わしの復讐の機会は遠のく。
しかし、このド変態の要求を飲めば、気高き妖狐としての矜持がズタボロになるが、背に腹は代えられん。
「……三時間じゃな。一分でも過ぎたら、帰らせてもらうぞ」
「ふふっ。交渉成立ね」
──そして、そこから地獄のような時間が始まった。
「ああ〜っ、似合う! すっごく似合うわよシラギクちゃん!」
わしは今、なぜか茶屋の個室で、大量のフリルとリボンがあしらわれた西洋人形のようなドレスを着せられていた。
いつの間に用意していたのか、五尾の妖狐が次々と持ち込んでくる、娘用コレクションの着せ替え人形にされているのだ。
「次はこれ! この和ゴスロリも絶対似合うから! あ、その前に髪の毛を三つ編みにしてあげるわね! じっとしててね〜」
「…………」
わしは抵抗する気力も失せ、完全に死んだ魚の目をしていた。
この五尾の妖狐の過剰な母性(変態)のせいで、ひたすらに魂がすり減っていく。
「はい、あーん。このお団子、美味しいわよぉ」
「……あーん、もぐもぐ」
「はぁぁ〜……! 小さいお口でもきゅもきゅ食べてる! 尊い! 尊すぎるわ! お茶飲む? お母様がふーふーしてあげようか!?」
「……自分で飲める」
至近距離で、わしがお菓子を咀嚼する様子をハアハアと荒い息でガン見してくる。
(なんでわしは、行く先々でやばい女に捕まるんじゃ……。わしの可愛さが罪だとでもいうのか……)
心の中で涙を流しながら、ただひたすら耐え忍んだ。
気高き妖狐のプライドは、もはや千切れて風に舞っていた。
***
「……約束の、三時間じゃ」
アラームが鳴り、わしはドレスを脱ぎ捨てて元のパーカー姿に戻った。
息も絶え絶えである。
「はぁ〜、満たされたわぁ。シラギクちゃん、本当に最高の娘ね。いつでもうちの子になっていいのよ?」
「絶対に嫌じゃ。さあ、約束通り情報を吐いてもらおうか。窓ガラス事件の犯人は誰なんじゃ」
満足そうにお茶を飲む五尾の妖狐を睨みつける。
彼女は扇子を広げ、ふっと真面目な顔に戻った。
「あの事件の犯人は……鎌鼬(かまいたち)の三兄弟よ」
「鎌鼬……? 風に乗って人を切り裂くという、あの妖怪か?」
「ええ。昔は山奥で人間を驚かせていた連中だけど、最近は都市部に降りてきてるみたいね。あの子たちの風の刃なら、窓ガラスの枠のシリコンや金具だけを綺麗に切り裂いて、ガラスを無傷で外すことなんて造作もないわ」
なるほど。刃物のように鋭い風を操る鎌鼬なら、あの器用な犯行も頷ける。
「で、その鎌鼬の馬鹿どもは、なんであんな真似を? 盗むのではなく、ただ外すだけとは」
わしの問いに、五尾の妖狐は意味深な笑みを浮かべた。
「さあ? なぜそんなことをしたのかは、あなたが直接彼らに聞きなさいな。……彼らのアジトは、隣町の廃工場よ。住所はこれね」
一枚のメモ書きが差し出される。
わしはそれをひったくるように受け取った。
「……よし。これでようやく、わしに迷惑かけた馬鹿をボコボコにできるわけじゃな」
「気をつけてね、シラギクちゃん。鎌鼬の刃は厄介よ。……もしピンチになったら、いつでもお母様を呼んでいいのよ?」
「誰が呼ぶか、ド変態!」
わしは捨て台詞を吐き、茶屋の個室から逃げるように飛び出した。
背後から「ああ〜ん、ツンデレなところも最高ぉ!」という気持ちの悪い声が聞こえたが、全力で耳を塞いだ。
隠世のどんよりとした空気を抜け、人間社会の夜の路地裏へと帰還する。
「はぁ……はぁ……。今日は本当に、魂が削れたわい……」
壁にもたれかかり、大きくため息をつく。
スマホを取り出すと、案の定リンカから【どこにいるの?】【誰かと一緒?】【匂い嗅ぎたい】といったメンヘラメッセージが十数件溜まっていた。
(……今は犯人討伐に集中せねばな)
わしはリンカに【今から帰る】とだけ返信し、隣町の廃工場へ乗り込むための策を練り始める。
とりあえず、五尾の妖狐との件はなんとしてもリンカから隠し通さねばならぬ。地獄を避けるためにも。