無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
夜、アパートの前に着いた時には、わしは精神的にも肉体的にもボロボロじゃった。
「はぁ……。まさか、凛としていた大妖怪が、外面だけはいいド変態だったとか……」
レンタル娘としてお人形を演じていた屈辱と疲労を引きずりながら、安アパートのドアノブに手をかける。
だが、鍵を開けようとしたわしは、すでに鍵が開いていることに気づいた。
(……はて? 朝出かける時は、たしかに閉めたはずじゃが)
嫌な予感を覚えながらドアを開けると、暗い六畳一間の部屋に、ぽつんと人影が座っていた。
「……おかえり、シラギクちゃん。遅かったね」
「ひぃっ!? リ、リンカ!?」
そこには、お泊まり用の荷物を詰め込んだと思わしき大きなバッグを持ったリンカが、冷たい目を光らせて待ち構えていた。
「な、なぜお主がここに!? というか、どうやって入ったんじゃ!」
「……合鍵だよ」
「だからいつの間に作ったんじゃー!」
掃除機ロボットによる偽装工作の時にはすでに合鍵を用意しておったが、いつ作ったのやら。
わしの叫びを無視して、リンカはすっと立ち上がると、首元に顔を近づけてきた。
そのまま深呼吸するように匂いを嗅ぐと、瞳孔があっという間に細くなった。
「……シラギクちゃん。この匂い、何?」
「えっ」
「……私じゃない、女の匂いがする。甘くて、大人の香水の匂い。それに、シラギクちゃんと同じ狐の匂いも混ざってる。……誰と会ってたの? 何をしてたの?」
ドス黒いオーラが部屋を満たしていく。
メンヘラ尋問の始まりじゃ。
(ま、まさか『妖艶な美女の姿をした妖狐のレンタル娘になって、フリフリのドレスを着せられて、徹底的に甘やかされていた』などと言えるわけがない!)
そんなことを言えば、リンカが嫉妬と独占欲で裏市ごと消し飛ばしかねない。
わしは必死に話題を逸らすべく、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「こ、これじゃよ! 情報を集めるのに、裏のやばい連中と接触して、死ぬほど苦労したんじゃぞ。その時に、ちょっと強い妖怪と揉めかけてな、匂いが移っただけじゃ!」
「……ふーん?」
「ほ、本当じゃ! 見てみろ、窓ガラス事件の犯人と、アジトの場所じゃ!」
わしがメモを押しつけると、リンカは訝しげにそれを受け取った。
「……犯人は鎌鼬。アジトは、隣町の廃工場……」
「うむ! 風を操る妖怪だし、窓ガラスだけを綺麗に外すのも納得じゃろ! とにかく、討伐のための作戦会議を始めるぞ!」
強引に話を進めると、リンカはまだ納得しきっていない様子だったが、ひとまず追及を収めてくれた。
しかし、まだ安心はできん。話を振らねば。
「……それで、リンカ。お主の方は何か収穫はあったか? 学校で噂を聞いてくれると言っておったが」
ちゃぶ台を挟んで座り直し、わしが尋ねると、リンカはスマホを取り出した。
「……うん。オカルト好きの子たちに聞いてみたんだけど、なんか変な動画を見たって言ってる子がいたの」
「動画?」
「うん。ファミレスの窓ガラスが、何か見えない力で外されて、駐車場に綺麗に並べられていく動画。……見た子たちは、最近流行りのAIを使った合成のネタ動画だと思ってたみたい」
なんということか。
犯行の様子が動画になっておったとは。
「それにね、ファミレスだけじゃないの。公園の銅像が動くのも、プールの水がゼリーになるのも、全部似たような動画が上がってたんだって。でも……」
リンカはスマホの画面をスワイプしながら首をかしげた。
「その動画が見られるサイト、お昼休みに一緒に見ようとしたら、エラーが出て繋がらなくなっちゃったの。だからもう、見られなかった」
「……なるほどな」
わしは腕を組んで考え込んだ。
人間社会に動画投稿サイトがあるように、最近は妖怪社会にも小規模ながら動画投稿サイトのようなものが存在している。
基本的に、人間の目には触れないよう結界や認識阻害のプロテクトがかけられているはずじゃが……なんらかのエラーか、あるいは結界の綻びで、たまたま人間のスマホからアクセスできてしまったのじゃろう。
「つまり犯人の鎌鼬どもは、動画の再生数を稼ぐために、あんなド派手で迷惑な悪戯を繰り返しておったというわけか」
怪我人が出ないように線を引いていたのも、妖怪社会のルール(人間に直接危害を加えると妖怪の自治組織に目をつけられる)をギリギリで回避しつつ、再生数だけを稼ごうという魂胆か。
いわゆる、迷惑系妖怪チューバーというやつである。略すと妖チューバー。
「わしの貴重なバイト先を、承認欲求のために動画のネタにしおって……! 絶対に許さんぞ、鎌鼬!」
「……シラギクちゃん。怒ってる顔も可愛い」
作戦会議を終えたあと、一緒に近所にある昔ながらの格安銭湯へとやってきた。
ただし、もうすぐ営業時間が終わるので、のんびりすることはできん。
「……シラギクちゃん。背中、流してあげる」
「い、いや、自分で洗える」
「……ダメ。変な匂い、全部洗い落とすから」
結局、わしはリンカに全身を石鹸まみれにされ、五尾の妖狐の匂いと気配をこれでもかとゴシゴシ洗い流されることになった。
リンカの目は完全に、自分の縄張りをマーキングし直すという肉食獣のそれであり、わしはされるがままに震えるしかなかった。
***
銭湯からアパートへ戻り、さっぱりした体で六畳一間に敷いた煎餅布団に潜り込む。
わし用の一人用布団には、当然のようにリンカも入ってきた。
「……ん、すー、はー。……よかった。私の石鹸の匂いと、シラギクちゃんの匂いだけになった」
リンカは満足そうに微笑むと、わしの体にぴったりと密着してきた。
「……あたたかい。シラギクちゃん、大好き……」
「お、おお……わしも……じゃよ」
引きつった笑みを浮かべながら、わしはリンカの背中をポンポンと軽く叩いてやる。
リンカはすぐに安心した様子で寝息を立て始めた。
わしは天井のシミを見つめながら、内心で深く、とても深く嘆いた。
合鍵の作成、霊力の糸での束縛、そして匂いへの異常な執着とマーキング。
(リンカはわしを独占するために、どんどん経験を積み、力をつけ、そのやばさに磨きをかけておる)
最初はただの寂しがり屋の中学生だったはずなのに、今やわしの生活のすべてを包囲する恐ろしい捕食者じゃ。
(しかし、もはや止められん……)
力の差は歴然。逃げ出そうとしても、あの才能と執念には必ず捕まるだろう。
できることなど、ただ一つ。
(この激重メンヘラが完全に理性を失い、力ずくでわしを捕らえてあんなことやこんなことをしないことを……ただひたすらに願うしかないとは……)
気高き妖狐のプライドはどこへやら。
明日はいよいよ迷惑系妖怪チューバーとの決戦だというのに、わしは己の貞操と未来への不安で胃を痛めながら、なかなか眠れずに長い夜を過ごすはめになった。