無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
隣町の外れにある、寂れた廃工場。
夜の闇に沈む、巨大な鉄の塊のようなその建物の前に、わしとリンカは身を潜めていた。
錆びたトタンの隙間からは、かすかに中から漏れる灯りが確認できる。
どうやら、例の鎌鼬たちがアジトにしているというのは本当らしい。
「……よいか、リンカ。相手は刃物のように鋭い風を操る妖怪じゃ。万が一、命の危険があるかもしれんから、お主はここで後方待機しておれ。まずはわし一人で中に入る」
「……えー。私も一緒に行きたい」
「ダメじゃ。相手の出方がわからん以上、お主の強大な霊力を隠し玉として取っておきたい」
不満そうに唇を尖らせるリンカを宥めつつ、わしは己の銀色の髪を数本、ブチッと引き抜いた。
「あいたた……見ておれ」
その髪の毛を手のひらに乗せ、ふうっと妖力を含んだ息を吹きかける。
すると、わしの髪の毛は自分そっくりな銀髪の少女たちへと姿を変えた。
紙ではなく髪を使った式神じゃ。
かみだけに。
まあそれはともかく、本体ほどの力はないが、簡単な妖術を使ったり囮になったりするには十分な性能を持っている。
「よし。お前たちは工場の周囲に散開し、窓や出入り口から奇襲と援護の準備を──」
「ああっ……!」
わしが式神たちに指示を出そうとした瞬間、背後から尋常ではない熱量の気配を感じた。
振り返ると、リンカが目を血走らせ、荒い息を吐きながら三人の式神をガン見していた。
「……シラギクちゃんがいっぱい。……ねえ、この子たち、私にくれるの? 連れて帰っていい? 一人は抱き枕にして、一人はお風呂で一緒に……あ、でも本物のシラギクちゃんもいるし、四人に囲まれて……っ!」
「お主、こんな時まで下心全開か!?」
興奮するリンカに、わしは冷や汗を流しながらツッコミを入れた。
「ばかもん! こやつらはわしの分身、ただの妖力の塊じゃ。終わったらただの毛に戻るわい。今はそんなことより、わしのシフトを奪った迷惑系妖怪チューバーをボコボコにするのが優先じゃろ」
「……うん、わかったよ」
わしが叱りつけると、リンカは渋々引き下がった。
しかし、その視線は式神たちの太ももや尻尾を舐め回すように追っており、わしは激しい不安を覚えながらも工場の中へと足を踏み入れた。
***
廃工場の内部は埃っぽく、金属の臭いが充満していた。
足音を殺して進むと、広い作業場の中央に、ドラム缶をテーブル代わりにして集まっている三人の若い男たちの姿があった。
頭にバンダナを巻いた、チンピラのような風体の三兄弟。
「次はどうするよ、兄者」
「この市役所の入り口をよ、俺たちの風で全部自動ドアみたいに吹っ飛ばすってのはどうだ? 動画のバズり間違いなしだ!」
「いいねえ! 人間ども、腰抜かすぜ!」
地図を広げながら笑い合う三兄弟。
わしは狐の耳と尻尾を全開にして、彼らの前に姿を現した。
「そこまでじゃ、迷惑系妖怪チューバーども!」
「あぁん? なんだテメェ……って、おっ? 立派な耳と尻尾じゃねえか。妖狐のお嬢ちゃんか?」
三兄弟の長男らしき男が、わしを見てニヤリと笑った。
「ちょうどいいところに来たな。どうだ、俺たちと一緒にでかい事件起こさねえか? コラボ動画ってやつだ!」
「はぁ? なんでわしがそんな真似を」
「決まってんだろ! 妖怪ってのは、人間を驚かせてナンボだからだよ! 現代の妖怪は縮こまりすぎなんだよ。俺たちがド派手にカマして、人間の度肝を抜いてやるのが妖怪の本来の姿じゃねえか!」
長男の言葉に、わしは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
……言っていることはわからんでもない。
わしとて、幻術を使って人間を化かし、高級寿司や焼き肉を奢らせて生活していた時期があったからな。
まあ、成功率の問題からお菓子を奢らせる方向に移っていったわけじゃが。
(ただ、そのせいでリンカという規格外の激重メンヘラに見つかってしまったのが……)
妖怪が人間に干渉し、驚かせ、利用するのは、ある意味で本能のようなものだ。
部分的に同意はできる。だが、それとこれとは話が別。
「お前たちのくだらん承認欲求のせいで、わしのバイト先のファミレスが二週間近く休業になったんじゃ! その分のお仕置きと賠償を払わせないことには、わしの腹の虫が収まらん!」
「なんだと? 人間社会に媚び売ってバイトなんかしてる落ちこぼれかよ! やっちまえ、弟たち!」
交渉決裂。
三兄弟が一斉に動き出し、目にも留まらぬ速さでわしに向かって突進してきた。
「鎌鼬の陣! 切り刻んでやるぜ!」
三方向からの鋭い風の刃が、わしを切り裂こうと迫る。
連携はなかなか見事じゃ。しかし、わしは不敵に笑って指を鳴らした。
「今じゃ!」
バリンッ!!
廃工場の窓ガラスが割れ、外に潜ませていた三体の式神が一斉に突入してきた。
「なっ!? 増えた!?」
「狐火じゃ!」
式神たちが手のひらから青白い炎を放ち、鎌鼬たちの陣形を見事に崩す。
本体であるわしも前線に飛び出し、数の差を埋めるどころか、四対三の状況を作り出して圧倒した。
「くそっ、この狐、なかなかやりやがる……!」
「動画投稿するにしても、もう少し考えろ! 窓ガラスを外すような迷惑行為はやめい!」
「うるせえ! 俺たちはちゃんと怪我人が出ないように夜中を狙ったし、元に戻せる程度にしかやってねえよ!」
「そうだそうだ! プールの水をゼリーにしたり、銅像を動かしたりしてる奴らの方がよっぽどタチが悪いだろ!」
蹴りを交わしながら、三兄弟がわめき散らす。
どうやら他の事件は、こやつらよりもさらにやばい別の妖怪チューバーの仕業らしい。
「知るか! そいつらはどうせ、わしみたいに怒った別の誰かにボコられる運命じゃ! とりあえず、今は目の前のお前らをボコらせろ!」
「理不尽だろ!」
再び陣形を立て直し、最大級の風の刃を放とうとする三兄弟。
(ちっ……長引けば、式神の妖力が尽きて不利になるな)
わしが追加の妖力を練り上げようとした、その時だった。
「あ……れ? 体が……動か、ない……?」
「なんだこれ!? 足に、見えない糸が……!」
突如、三兄弟の動きが完全に静止した。
よく見れば、彼らの足首や手首に、うっすらと光る霊力の糸が絡みついているではないか。
(間違いない。外で待機しているリンカの援護じゃな!)
わしを束縛しようとしたあの恐ろしい術が、今はこれほど頼もしいとは!
「隙だらけじゃ!」
わしは身動きが取れなくなった三兄弟の顔面に、容赦なく特大の狐火を叩き込んだ。
ドゴォォンッ!!
爆発音とともに、鎌鼬たちは黒焦げになって壁に激突し、白目を剥いて気絶した。
***
数分後。
正座させられた三兄弟は、涙目でわしに土下座をしていた。
「すんませんでしたぁっ! もう二度と、ファミレスの窓ガラスは外しません!」
「うむ。よろしい」
わしは腕を組み、気高く頷いた。
「反省しているようじゃから、許してやろう。……じゃが、わしが失った二週間分のシフト代。きっちりと休業補償として払ってもらうぞ」
「か、金ならここに! 動画の広告収入で稼いだ金が……!」
わしは彼らの財布から、数万円の現金をきっちりと巻き上げた。
これで当面の生活費は確保できた。
ホクホク顔で廃工場をあとにしたわしを、外で待っていたリンカが「お疲れ様、シラギクちゃん」と、どこか不気味なほど甘い笑顔で出迎える。
その手には、妖力が切れてただの髪の毛に戻ったはずのわしの抜け毛が、なぜか大切そうに回収されていたのじゃが……わしはそれを見なかったことにした。