無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
ピンポーン
ファミレスのフロアに、無機質な呼び出し音が響き渡る。
ハンディ端末の画面に表示されたテーブル番号を見て、わしの肩がビクッと跳ねた。
そこは、開店直後からずっと居座っている黒髪の美少女──激重メンヘラであるリンカの指定席であった。
(くそっ……また鳴らしおったか!)
わしは内心で血の涙を流しながら、笑顔を貼りつけてフロアを歩き出した。
特大のやらかしにより、わしが大人の女性たるシラカワとしてこの店に潜伏していることは、リンカに完全にバレている。
しかし、リンカは店内で騒ぎ立てるような野暮な真似はしなかった。
彼女はあくまで一般の客として振る舞い、そして──わしがテーブルの近くを通りかかった絶妙なタイミングでのみ、呼び出しボタンを押すのだ。
他の従業員が近づいた時は、「あ、まだ決まってないので大丈夫です」と涼しい顔で追い返すくせに。
「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
わしはテーブルの横に立ち、営業スマイルで尋ねる。
リンカはメニュー表から顔を上げ、わしの顔をじっと見つめた。
その黒曜石のような瞳の奥には、ドス黒い執着と隠しきれない優越感が渦巻いている。
「……ええと。ストロベリーパフェを一つ、お願いします」
「かしこまりました。ストロベリーパフェがお一つですね」
表向きは、どこにでもいる店員と客のやり取りだ。
だが、わしが端末を操作している間も、リンカの視線はわしのエプロン姿、手元、そして隠しているはずの狐耳のあたりを、ねっとりと這いずり回っていた。
(視線が重い! 物理的な質量を持っておるじゃろ、これ!)
冷や汗を流しながら、わしは逃げるように厨房へと戻った。
***
数分後。
わしはお盆に乗せたパフェを運び、リンカのいるテーブルへと向かった。
「お待たせいたしました。ストロベリーパフェでございます」
そっとテーブルにパフェを置く。
その瞬間、リンカの口元がふわりと緩んだ。
愛しいお狐様が、自分のためだけに甲斐甲斐しく給仕をしてくれる。
それがたまらなく嬉しいのか、彼女は頬をほんのりと赤らめ、恍惚とした表情を浮かべていた。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ……」
くそっ、完全にこの状況を楽しんでおるな。
わしが頭を下げて立ち去ろうとした、その時。
「……あ、そうだ」
「はい?」
「ちょっと、これ見てくれない?」
リンカが、テーブルの隅に置いてあった数枚のカラープリントを指差した。
見れば、それはどこかの求人情報のコピーだった。
ファミレスでの接客中とはいえ、客から話しかけられたら無下にはできない。
わしは少し身を乗り出して、そのプリントに視線を落とした。
「……これは? カフェの求人ですか?」
「……うん。最近流行りの、コンセプトカフェ。メイド喫茶みたいなところ」
リンカが指差したプリントには、フリフリの可愛らしいメイド服を着た女の子たちの写真と、デカデカとした文字で『時給千五百円~!』と書かれていた。
「時給、千五百円……!?」
わしは思わず素のトーンで呟いてしまった。
このファミレスの時給が千円ちょっとであることを考えると、破格の待遇だ。
さらに、リンカはその下の小さな文字をトントンと叩いた。
「……ここ、見て。これに+αがつくの。お客さんとのツーショットチェキのバックマージンとか、指名料、ドリンクの売上バックとかね。……頑張れば、月に何十万も稼げるらしいよ」
「な、何十万じゃと……?」
わしの尻尾(隠している)が、ピクッと反応した。
何十万もあれば、欲しかった最新のゲーム機も、高級和牛も、回らないお寿司も、全部買い放題ではないか!
「……シラカワさんみたいな、可愛くて……スタイルもいい女の人なら、絶対にナンバーワンになれると思うな。……狐の耳とか尻尾をつけるコスプレデーなんかがあったら、それこそ大儲けだよね」
わしは生唾を飲み込んだ。
狐の耳と尻尾をつける……というか、わしの場合は自前のものを出すだけで、人間どもから莫大なお金を巻き上げることができるというのか。
(悪くない……。ファミレスで汗水流して働くよりも、ずっと効率よく稼げるではないか……!)
気高き妖狐のプライドが、札束の魅力の前に揺らぎ始める。
しかし、リンカの悪魔のささやきはこれだけではなかった。
「……でも、接客業は不特定多数の人に見られるから、疲れちゃうかもしれないね。……だったら、こっちの方がいいかも」
そう言って、リンカはもう一枚のプリントをわしの目の前に滑らせた。
そこに書かれていたのは──。
「家事代行業者……?」
「……そう。お金持ちの家に派遣されて、掃除や洗濯、料理なんかをするお仕事。……時給はなんと、二千円から」
「に、二千円!?」
「……うん。しかもね、この業者は専属契約っていうシステムがあるの」
リンカの目が細められた。
黒曜石の瞳の奥が、まるで捕食者のように光る。
「……特定の顧客から気に入られたら、その家のお抱えメイドとして住み込みで働くこともできるんだって。……家賃はタダ。食事も三食付き。お風呂も入り放題。……依頼主のお世話だけをしていれば、何不自由なく暮らせるの。最高のお仕事だと思わない?」
──ピシッ
わしの頭の中で、冷たい氷が割れるような音がした。
時給二千円。住み込み。専属契約。
(……こやつ、わしを家事代行業者に登録させてから、自分の家に専属メイドとして呼び寄せるつもりじゃな!?)
完全に点と点が繋がった。
リンカの豪邸は両親が不在で、部屋はいくらでも余っている。
もし、わしがこの求人に釣られて業者に登録しようものなら、リンカは莫大な財力を使ってわしを指名し、そのまま合法的に自宅へ軟禁するつもりなのだ!
(メイド喫茶の求人はただのダミー! 本命はこの家事代行によって飼育ルートへの道筋をつけること!)
背筋にゾクゾクと悪寒が走る。
なんて恐ろしい中学生だ。
表向きは他人のふりをしながら、ファミレスよりも圧倒的に条件の良いバイト先をチラ見せすることで、わしの金銭欲を煽り、自ら鳥籠の中へ飛び込むように誘導している。
「……どう? ファミレスのバイト、辞めちゃえば?」
リンカが、甘くねっとりとした声でささやいてくる。
わしは奥歯を噛み締め、必死に営業スマイルを作った。
「あ、あははは……! とっても魅力的なお話ですけど、私、このファミレスの仕事に誇りを持ってますから。店長やお客さんの笑顔を見るのが、一番のやりがいなんです」
「……ふーん。そっかあ」
リンカはつまらなそうに目を伏せたが、すぐにまた口角を上げた。
「……まあいいや。いつでも相談に乗るからね。……ずっと、待ってるから」
それは求人の話なのか、それともわしが屈服する日を待っているという意味なのか。
リンカの言葉に含まれた重すぎる意味に、逃げるように頭を下げた。
「し、失礼いたします!」
足早にバックヤードへと逃げ込みながら、わしは固く決意した。
(絶対に……絶対に、このファミレスのバイトは辞めんぞ! 時給が安かろうが、ブラック気味だろうが、あの激重メンヘラの合法ペットになるよりは一万倍マシじゃ!)
自らの自由と尊厳(あと貞操)を守るための戦いが、今日もファミレスのフロアで繰り広げられる。