無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「えっ……店を、閉める?」
休日の朝。
煎餅布団の上でゴロゴロとスマホを弄っていたわしの耳に、電話してきた店長の力ない声が飛び込んできた。
「うん、ごめんねシラカワさん。急な話なんだけど、来月の末でうちの店舗、閉店することになっちゃったんだ」
「な、なぜですか!? 窓ガラス事件の休業から、ようやく再開したばかりじゃないですか!」
「それがさぁ……本部の方針で、採算が微妙な店舗を一気に減らすことになったらしくて。ほら、うちってあの事件で二週間も休業したでしょ? そのせいで今期の売上目標を大幅に下回っちゃって、減らす対象に選ばれちゃったみたいなんだよね。ハハハ……」
店長の乾いた笑い声が、やけに遠く聞こえた。
「というわけで、シフトに入れるのはあと数週間だけになっちゃうんだ。急に職を奪う形になっちゃって、本当に申し訳ない!」
電話が切れ、静寂が六畳一間の安アパートを包み込んだ。
わしはスマホを耳に当てたまま、ゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。
「なん……じゃと……?」
わしの、神聖なる職場が。
時給は安かったが、なんとか人間社会に溶け込んで生計を立てていたあのファミレスが。
あの馬鹿な鎌鼬たちの窓ガラス事件のせいで、消滅するじゃと!?
「うおおおおおっ! あの時、もっとボコボコにして、むしり取れるだけ金を巻き上げておけばよかったわぁぁぁっ!」
わしは布団の上でジタバタと暴れ回り、己の不運と世の無常を呪った。
しかし、嘆いてばかりもいられない。
あと少しはシフトがあるとはいえ、早いうちに次の仕事を探さねば、来月の家賃の支払いが苦しくなってしまう。
最悪の場合、気高き妖狐がホームレスに転落である。
わしは起き上がり、スマホの求人アプリを開き、鬼の形相で眺め始めた。
***
「……時給千二百円、深夜帯スーパーの品出し。……ううむ、体力勝負はきついのう」
一つ見たら次へスクロールしていく。
「こっちは時給千百円、ティッシュ配り。……これからの季節、外に立ちっぱなしは嫌じゃなあ」
どれも最低時給すれすれのものや、待遇がいまいちなものばかり。
特別な資格がない状態では、高待遇の仕事に就くのは難しい。
どうしても、わしの頭の中にあの数字がチラついてしまう。
(時給千五百円+α……)
先日、リンカがファミレスの席でチラ見せしてきた、メイド喫茶のようなコンセプトカフェの求人。
(時給二千円、住み込み専属契約あり……)
そしてリンカの本命である、家事代行業者の求人。
あれらと比べてしまうと、どうしても普通のアルバイトがひどく安く見えてしまう。金銭感覚がバグり始めている証拠だ。
「いかんいかん! あれは悪魔の誘惑じゃ! 特に家事代行の方は、リンカの家に合法的に監禁されるための罠じゃからな!」
わしが頭をブンブンと振って邪念を振り払おうとした、その時だった。
ピコーン
スマホの画面上部に、メッセージの通知がポップアップした。
送り主は、当然のようにリンカである。
【リンカ:シラギクちゃん、聞いたよ】
【リンカ:バイト先のファミレス、来月で潰れちゃうんだってね。可哀想に】
【リンカ:(泣いているウサギのスタンプ)】
「……っ!?」
わしは息を呑んだ。
店長からわしに電話があってから、まだ一時間も経っていない。
他のアルバイトたちにすら、まだ全員には行き渡っていないはずの情報だ。
(なぜ、ただの中学生であるリンカが、ファミレスの経営状況や閉店の決定をすでに知っている!? 他のバイトから聞き出したとでもいうのか?)
店に何かあれば教えてほしい、とでも言って事前にお金で釣っておけば不可能ではない。
中学生の美少女ともなれば、成人男性がお願いするよりも上手くいくだろう。
戦慄するわしのスマホに、リンカからの追撃メッセージが容赦なく連打される。
【リンカ:これで、シラギクちゃんは自由だね】
【リンカ:前のファミレスは時給も安かったし、変な客も多いし、シラギクちゃんにはふさわしくないと思ってたの】
【リンカ:ねえ、前に見せた家事代行業者のバイト、やらない?】
【リンカ:今なら、私が専属契約で指名してあげる。家賃も食費も全部タダ。私のお世話だけしてくれれば、ずっと一緒にいられるよ。新しいベッドも、可愛いエプロンも、全部シラギクちゃんのために買っておくから】
【リンカ:今すぐうちにおいでよ。待ってるね】
「くっ……!」
わしはスマホを放り投げ、部屋の隅でガタガタと震えた。
ウキウキで私欲に満ち溢れた、下心しかないメッセージ!
隠す気すらない、完全なる囲い込み宣言!
ファミレスという逃げ場を失ったわしを、今度こそ逃さず鳥籠にぶち込む気満々ではないか!
「だ、誰がそんな罠に引っかかるか! 気高き妖狐たるもの、人間のヒモに成り下がるなど言語道断じゃ!」
わしはスマホを拾い上げ、リンカのメッセージをそっと既読無視した。
とはいえ、現実は厳しい。働かなければ生きていけない。
「どうする……? このままでは、本当に家賃が払えなくなる……」
わしは腕を組み、うーんうーんと唸りながら考え込んだ。
リンカの罠たる家事代行には絶対に乗らない。
しかし、金は欲しい。できれば、新作ゲームをいくつも買えるくらいには。
……ふと、わしの脳裏にある閃きが舞い降りた。
(待てよ? リンカが以前見せてきた求人には、ダミーとして使ったもう一つの仕事があったではないか……!)
そう、メイド喫茶である。
リンカはあれを「接客業だから不特定多数に見られて疲れちゃうかもね」と否定し、わしを家事代行の方へ誘導するための噛ませ犬として使っていた。
つまり、リンカの意識は今、「シラギクちゃんは家事代行を選ぶはず」という方向に完全に向いている。
(これじゃ……! リンカに内緒で、こっそりメイド喫茶に応募するんじゃ! そうすれば、リンカの監視の目を掻い潜りつつ、高収入をゲットできる!)
わしは己の天才的な頭脳に打ち震えた。
時給はファミレスの五割増し。厳密にはやや低いが。
しかも狐耳のコスプレをすれば人気も出るに違いない。
不特定多数の客に愛想を振りまくのは気高き妖狐のプライドが少し痛むが、背に腹は代えられぬ。
「ふははは! リンカよ! お主の思い通りにはならんぞ!」
わしは意気揚々と求人アプリの検索窓に《コンセプトカフェ 狐耳 メイド》と入力した。
すると、隣町にある妖狐カフェ・こんこん亭という、まさにわしのためにあるような求人がヒットした。
《未経験大歓迎! 狐っ娘になって、ご主人様を癒やしませんか? 時給千五百円~!》
「これじゃ! これしかない!」
わしはリンカにバレないよう、祈るような気持ちで応募画面へ進むのボタンをタップした。
名前は以前も使ってる偽名のシラカワ。年齢は二十三歳。志望動機は接客が好きだから。
トントン拍子で入力し、送信ボタンを押す。
「よし……! これで面接に受かれば、わしの新しいバイト生活が始まるんじゃ!」
リンカには、適当に別のスーパーで働いているとでも嘘をついておけばいい。
彼女の束縛から逃れ、自由なメイド狐として大金を稼ぐ己の姿を想像し、わしは久々に明るい希望に胸を膨らませた。