無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
履歴書が入った茶封筒を握りしめ、わしは隣町の繁華街に立っていた。
今日は例の高時給メイド喫茶、妖狐カフェ・こんこん亭の面接日である。
ファミレスの面接の時と同様、わしは自身の姿を、二十代前半のごく平凡な黒髪の成人女性へと変化させていた。
(気高き大妖怪たるわしの本来の姿は、十四歳程度の可憐な銀髪美少女。とはいえ、法律は無視できん)
中学生の姿でメイド喫茶で働こうものなら、即座に警察沙汰になり、児童相談所に通報されかねない。
だからこそ、働く時は常にこの大人の姿に擬態する必要がある。
「よし……気合いを入れていくぞ」
雑居ビルの三階にある店舗の前で、わしは小さく深呼吸をした。
可愛らしい狐のイラストが描かれたドアを開ける。
「いらっしゃいませー! あ、面接の方ですか?」
店内は和風モダンな内装で、造花や提灯が飾られていた。
出迎えてくれたのは、ミニ丈の着物をアレンジしたようなメイド服を着た、可愛らしい女性店員。
頭には狐耳カチューシャをつけ、腰からは狐の尻尾が生えている。
しかし、わしは店に足を踏み入れた瞬間、ピタリと動きを止めた。
(……むむっ? なんじゃ、この気配は)
店内に漂う、強烈な妖気。
そして、目の前のメイド服の女性から発せられる、同族特有の匂い。
わしが驚いて目を丸くしていると、奥からスーツを着た女性店長が現れた。
「お待ちしてました。……あら? あなた、もしかして」
店長はわしの匂いをクンクンと嗅ぐと、ニヤリと笑った。
「なんだ、同族じゃない。妖狐でしょ、あなた」
「なっ……! なぜわかった!?」
「匂いと妖気でわかるわよ。ふふっ、ちょうどよかった。うちの従業員、全員が本物の妖狐なのよ」
店長の言葉に、わしはさらに驚愕した。
見渡せば、フロアを掃除している他のメイドたちも、皆それぞれに妖気を隠し持っているではないか。
「ぜ、全員が妖怪!? こんな堂々と人間社会で店を開いておるのか!」
「ええ。現代社会って、妖怪が単独で生きていくには世知辛いでしょ? だから、同じ妖怪が集まって協力し合う互助組織みたいなものが必要なのよ。この店は、同族である妖狐だけを従業員にするっていう方針でね」
なんという合理的なシステム。
確かに、妖怪同士なら正体を隠す苦労も減るし、何かトラブルがあった時も対処しやすい。
「滅多に店には来ないけど、うちのオーナーもかなりの力を持った妖狐なの。行き場のない若い狐を拾っては、ここで働かせているのよ」
「はえー……なるほどなぁ」
滅多に来ない凄腕の妖狐……どこかで聞いたような気もするが思い出せない。
「ところであなた、それは変化した仮の姿よね? 面接だから、変化を解いて、普段の本来の姿を見せてもらえるかしら」
「う、うむ。よかろう」
同じ妖狐の前で隠し立てしても意味がない。
わしはポンッと小さな煙を上げ、偽装を解いた。
黒髪の成人女性から、銀色の長い髪をなびかせた十四歳の美少女の姿へと戻る。
頭には尖った狐耳、腰には一本の銀色の尻尾が揺れている。
「これでどうじゃ。気高き妖狐たるわしの、本来の姿じゃ」
ドヤ顔で胸を張った瞬間、店内の空気が一変した。
「きゃあぁぁっ! 何この子、すっごく可愛いっ!!」
「銀髪!? 銀髪の狐なんて初めて見た! SSRじゃん!」
「うわぁ、尻尾が一本しかない! 初々しくて尊い〜っ!」
店長やメイドたちが、わあっと歓声を上げて群がってきた。
わしの銀髪を撫で回し、尻尾を触り、頬をぷにぷにと突いてくる。
「ひゃっ!? な、なんじゃお前ら! 気安く触るな!」
「ごめんごめん、あまりにも可愛かったから。うちの店、こういうちびっ子枠がいなかったのよね。うん、採用! 明日から来れる?」
「えっ、もう合格!?」
履歴書すら見ていないのに、わしのメイド喫茶デビューはあっさりと決まってしまった。
まあ、同族のコネというのはこういうものかもしれん。
「ただ、さすがにその姿で接客させるわけにはいかないわね。人間のお巡りさんに捕まっちゃうから」
「うむ。だから、働く時はさっきの大人の姿に変化するつもりじゃ」
わしは再びポンッと煙を出し、黒髪の成人女性の姿に戻った。
すると、さっきまでキャーキャー言っていた同僚の狐たちが、急に微妙な表情になった。
「え〜……なんか、イメージ違いすぎない?」
「ね。普段の自分と違うようにするためなんだろうけど、ちょっと黒髪で地味っていうか……」
「もっさりしてるよね。せっかくメイド服着るんだから、もう少し明るい茶髪にするとか、メイク派手にするとかさぁ」
もっさりという言葉を受け、わしのこめかみには青筋が浮かんだ。
「な、なんじゃと! わしは目立たないように、あえてこの実用的な姿を選んでおるんじゃ! 仕事に派手さなど必要あるか!」
わしが抗議するが、先輩メイドたちは「えー、でもお店のコンセプトがさー」と口々に文句を言う。
言い返してやろうと息を吸い込んだわしだったが、彼女たちの背後を見て、口をつぐんでしまった。
「ほら、私なんて尻尾三本に合わせて、髪もゴージャスに巻いてるし」
「私は四本だから、和風のお姉さんキャラで売ってるのよね」
そう。彼女たちは皆、わしよりも長く生きているのか、あるいは才能があるのか、腰から複数本の尻尾を生やしていた。
二本、三本、中には四本の者もいる。
妖狐にとって、尻尾の数は強さと格の象徴である。
一本しか尻尾がないわしは、どうしても本能的に肩身が狭くなってしまう。
(くっ……百年以上生きておるのに尻尾が一本しかないわしへの当てつけか……! ええい、いつか絶対に見返してやるぞ!)
内心でハンカチを噛みちぎりながら、わしは心機一転、この店でナンバーワンメイドになって大金を稼いでやると気合いを入れ直した。
***
面接、というか顔合わせを終え、わしは採用関係の書類を貰って店を出た。
「ふふふ……時給千五百円。これに他のあれこれを合わせれば、リンカの庇護など受けずとも自立した大妖怪ライフが送れるわい」
ホクホク顔で駅前を歩いていると、ポケットのスマホが震えた。
画面を見ると、案の定、激重メンヘラ中学生からのメッセージである。
【リンカ:シラギクちゃん、今どこにいるの?】
【リンカ:家に行って待ってていい?】
相変わらずの監視体制である。
しかし、今日のわしは一味違う。焦ることもなく、堂々とフリック入力をした。
【シラギク:新しい仕事を探しに、面接に来ておるんじゃ。今は隣町の駅前じゃな。わしの家に行くならついでにティッシュとか買ってくれ。あとで払う】
送信ボタンを押したあと、わしはスマホをひっくり返して裏側を眺めた。
そこには以前、隠世の裏市で化け狸のオヤジから高値で買った、お札状のシールが貼られている。
位置情報偽装シール。
一度妖力を流し込めば、しばらくの間スマホのGPS機能を完全に偽装し、指定した場所にいるように見せかけることができるという、わしにとっては必須のアイテム。
「ふはは! このシールがある限り、リンカにわしの現在位置を知られることはない!」
リンカがわしのスマホに仕込んでいる位置情報共有アプリは、今頃ハロー○ークの待合室あたりを指し示しているはずだ。
メイド喫茶で働いているなどと知られれば、間違いなく毎日のように店に居座られ、他の客と揉めて、最悪の場合クビになりかねない。
だが、この偽装ツールとわしの完璧な変化があれば、リンカの監視網を抜け、メイドとしてこっそり荒稼ぎすることが可能なのだ。
「……完璧な偽装工作じゃ。これでようやく、わしはメンヘラの恐怖から解放されて、自由な大妖怪になれる!」
わしは夕暮れの空に向かって、高らかに笑い声を上げた。
これまでの鬱憤を晴らすかのように、晴れやかな気分で家路につく。