無口で可愛い女の子だと思ってナンパしてみたらメンヘラだった件 ~のじゃロリ妖狐の胃痛に満ちた現代生活~ 作:パッタリ
「シラカワちゃん、今までお疲れ様! 次のバイトでも頑張ってね!」
「店長も、みなさんも、お元気で!」
ファミレスの最終営業日。
わしは同僚たちと別れの挨拶を交わし、長らく世話になった制服を返却した。
窓ガラス事件からあっという間の出来事だが、人間社会の世知辛さを味わうには十分すぎる経験だった。
少しの感傷に浸りながらアパートに帰ると、そこには当然のように、わしの部屋でくつろいでいる黒髪の美少女がいた。
「……おかえり、シラギクちゃん。お疲れ様」
「う、うむ。ただいまじゃ、リンカ」
最近、リンカは自分の家に帰らず、わしの狭い六畳一間に半ば入り浸っている。
わしは彼女の目を盗んで、スマホの裏に貼った位置情報偽装シールに妖力を流し込んだ。
これでわしのGPSは、日中は適当な駅前のスーパーあたりを指し示すようになっているはずじゃ。
「……明日から、新しいバイトだよね。どこで働くの?」
リンカが、じとーっとした目で探りを入れてくる。
「え、ええと……駅の反対側にある、普通のスーパーの品出しじゃよ。裏方の仕事じゃから、接客はせんし、誰にも見られん!」
「……ふーん。そっか」
適当に煙に巻くと、リンカはそれ以上追及してこなかった。
(ふははは! 完璧じゃ! チョロいぞメンヘラ中学生!)
わしは内心でガッツポーズを決め、明日からのメイドライフに胸を躍らせたのだった。
***
そして翌日。
わしは妖狐カフェ・こんこん亭での初出勤を迎えていた。
「シラカワさーん、テーブルにオムライスお願いねー!」
「はいっ! ただいまお持ちします!」
二十代前半の黒髪で地味な成人女性に変化したわしは、フリフリのメイド服を着てフロアを駆け回っていた。
「シラカワちゃん、真面目だねー。でもやっぱり、その黒髪地味じゃない? 狐耳が浮いてるってば」
「ほっといてください! これでいいんです!」
休憩中、三本尻尾や四本尻尾の派手な先輩妖狐たちにイジられながらも、わちゃわちゃとした職場の雰囲気は悪くなかった。
妖怪同士という気安さもあり、意外と働きやすい。
そんな初日の夕方。
フロアで接客をしていると、一人の妙な客が来店した。
ハンチング帽を目深に被った、くたびれたスーツの中年男だ。
彼はコーヒーを一杯だけ頼むと、わしの胸元にあるネームプレートをじっと見つめてきた。
(ん? なんじゃ、あの客。わしの胸をいやらしい目で見ているのか?)
警戒していると、男は手帳を取り出し、わしの名前と特徴をササッとメモした。そしてコーヒーを飲むと、逃げるように早足で退店してしまったのだ。
「……なんじゃったんじゃ、今の」
わしは首をかしげたが、忙しさにかまけてすぐにそのことを忘れてしまった。
***
それから数日後。
新しいバイトにも慣れ、指名も少しずつ取れるようになってきたある日の放課後の時間帯。
「お帰りなさいませ、ご主人様ー!」
ドアベルの音に、入り口近くにいた先輩メイドが明るい声を上げる。
しかし、その声は途中で止まった。
「……あ、あの。ご指名はありますか?」
「…………シラカワさんで」
底冷えするような声を聞いた瞬間。
バックヤードからお冷を持っていこうとしていたわしの全身から、ブワッと嫌な汗が噴き出した。
(嘘じゃろ……?)
トレイを持つ手が震える。恐る恐るフロアを覗き込むと、そこには。
制服姿のまま氷のような無表情でフロアのど真ん中に立つ、激重メンヘラなリンカの姿があった。
「シ、シラカワちゃーん! ご指名入ったわよー! なんかすごい美少女の中学生!」
先輩メイドが無邪気にわしを呼ぶ。
わしは膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、ロボットのような足取りでリンカの案内をすることになった。
「い、いらっしゃいませ……。ご指名、ありがとうございます……」
「……こんにちは、シラカワさん」
案内された席に座るなり、リンカはわしのメイド服姿を、足の先から頭の狐耳まで、舐めるようにねっとりと観察した。
「……黒髪の大人の姿。メイド服。……狐耳と、尻尾」
「…………」
「……似合ってるね。すごく可愛い」
「ひっ……!」
わしは息を呑んだ。
なぜじゃ、なぜここがバレた。
スマホの位置情報偽装シールは完璧に機能しているはずだ。
毎日妖力を流し込んでいるし、アプリ上ではわしは今も駅前のスーパーにいることになっているはず!
わしの顔面蒼白な表情を見て、リンカはフッと、小さく、そして恐ろしい笑みを浮かべた。
「……どうしてここがバレたか、不思議そうな顔してるね」
「え、あ、いや、そんなことは……」
「……探偵の人、雇ったんだ」
リンカの声は、周囲の客や他のメイドには聞こえないよう、極端に小さく、そして重かった。
「……探偵?」
「うん。プロの探偵さんに、シラギクちゃんが朝に家を出てから、どこに行ってるか、ずっと尾行して調べてもらったの」
わしの頭に、鈍器で殴られたような衝撃が走った。
数日前の、あの妙な客。
ネームプレートを見て手帳にメモし、すぐに帰っていったあの男!
あれは同業者の偵察などではなく、リンカが札束で雇い、物理的にわしを尾行させていた探偵だったのか!
「……どんな方法かは知らないけど、位置情報を偽装するなんて、いけないことするんだね。シラギクちゃん」
にっこり、と。
リンカが今までで一番恐ろしい満面の笑みを浮かべた。
「スマホのアプリで嘘をついても、人間の目は誤魔化せないよ。……だから、シラギクちゃんがここでメイドさんの服を着て、知らない男の人たちに愛想を振りまいてることも、ぜーんぶ、報告してもらったから」
「あ、あわわわわ……!」
わしの喉から、情けない音が漏れる。
周囲には聞かれていない。
だが、わしの心臓と胃袋は、プレッシャーで今にも破裂しそうだった。
「……罰として、今日から毎日、私がここに来るから。……指名料、ちゃんと稼がせてあげるね」
***
その日を境に、わしのメイドライフは完全に監視下に置かれた。
リンカは本当に毎日、放課後になると妖狐カフェ・こんこん亭に現れた。
そして財力に物を言わせて高額なメニューを頼み、わしこと黒髪メイドのシラカワを指名し続けた。
「またあの中学生の子、来てるね」
「シラカワちゃん、なんかあの美少女に異常に好かれてない? すっごい見つめられてるけど」
「お金持ちのお嬢様かなぁ。地味なシラカワちゃんが性癖に刺さったのかしら」
バックヤードで先輩メイドたちが勝手な噂話に花を咲かせる中、わしは胃薬を水で流し込みながら、深いため息をついた。
「……いっそ、狐の姿に戻って逃げ出したいわい……」
ハイテクな偽装ツールを用いても、探偵という古典的な方法には勝てなかった。
毎日のように推しに課金しにくる激重メンヘラの視線に胃を壊しながら、わしは今日も引きつった笑顔で「お帰りなさいませ、ご主人様」と頭を下げる。